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第四章 パーティを組む



朝のギルド《クロニカ》支部。  

依頼掲示板の前は、いつものように人の波が絶えない。傭兵や魔法使いが口々に仕事の話をしているなか、受付嬢フェリスの前に一組の中級冒険者パーティが立っていた。


「シーフを探しているんです」  


リーダー格の槍使いが、淡々とした口調で告げる。


「地下水路に潜る依頼なんですが……罠解除ができる人材が欲しい。ただ、腕のいいシーフはみんなもう予定が埋まってて」


 フェリスは、書類をめくりながら気のない返事をする。

「はい、罠解除ですね。……ちょうどいい新人がいますよ」


「新人?」  


眉をひそめる槍使いに、フェリスは軽く肩をすくめた。


「実力は未知数ですが、目はいいって評判です。

 同行受注であれば条件は満たせますし、リーダーであるあなた方が危険を判断して撤退してくださるなら、問題ありません」


 その言葉とともに呼び出されたのは、ちょうど依頼を眺めていたノアトだった。


※依頼の内容


 ブレストンの街の地下に広がる古い水路。

 近ごろ水流の一部が不自然にせき止められており、流通に支障をきたしているらしい。

 調査の過程で『盗賊の遺物が関わっている可能性がある』と噂が立ち、危険を察知した依頼人がギルドに依頼を持ち込んだ、というのが経緯だった。


「盗賊の遺物かぁ……」  

盗賊なら面白い遺物持ってるかも知れないと、ノアトは少しだけ口元を緩める。


 だが中級冒険者たちは、あくまで戦力としては彼に期待していない様子だった。

 剣士や魔導士が揃う中で、新人シーフは補欠にすぎないという空気が漂っている。



---


出発の前に


 フェリスは依頼の書類をまとめ、淡々と注意事項を述べる。

「地下水路は湿気が多く、視界も悪いです。迷わないように、必ず隊列を守ること。……特にノアトさん、勝手にどこかへ行かないようにしてくださいね。

 今回は“同行受注”ですから、危険度の判断と撤退の号令はリーダーが行います。ノアトさんはあくまで補助、単独行動は禁止です」


「え?あっはい」  

返事は軽い。だがその目は、どこか楽しげに光っていた。


 フェリスは心の中でため息をついた。 (今回は他の方が一緒だから大丈夫でしょう…。……たぶん)



---


 こうしてノアトは初めて、“冒険者のパーティ”に加わることになった。



---


地下水路の水門前


 古びた水門は、分厚い鉄でできていた。

 鍵穴は錆で黒ずみ、手をかけただけでもぎしりと音を立てる。


「……これは厄介だな」  


槍使いが眉をひそめる。

「普通なら鍵師を呼ぶべき案件だ」


 槍使いがノアトをちらりと見た。

「シーフなら開けられるんじゃないのか?」


「いや……ど、どうでしょう?」

 ノアトは首をかしげ、鍵穴にしゃがみ込む。


(鍵開け、したことないけどな……。

 開かなかったらどうしよう。……最悪、錠前ごと壊して怒られるか)


 ノアトはシーフだが、形上シーフなだけで何一つシーフとしての経験値などないのだ。

 だが、真剣に覗き込む姿は“構造を読み解いている”ように見える。

 仲間たちは息をひそめて見守る。


 ジャリッ

 ノアトは鍵穴を指で軽く撫でた。

 錆が指先にざらつく。

(依頼を受けた後すぐ、道具屋に寄ってよかった…。

 開けれるわけないじゃん!)


 ポケットの中に入れておいた、酸入りの瓶。

 試しに取り出し、鍵穴に当ててみる。


 じゅう……と白い煙が上がり、錆が泡立って崩れた。

 次の瞬間、ガチャリと内部の金具が落ち、水門の閂が自然に外れる。


「――あっ開いた?」  

ノアトが目を瞬かせる。


 槍使いが思わず口を押さえる。

「今の……錆と罠の状態を見抜いて、酸で溶かしたってことか?」


 魔導士が低く唸る。

「鍵開けの技術じゃなく、仕組みそのものを解読したの?」


 槍使いも真顔で頷いた。

「さすが噂に聞いた“予見のシーフ”だ。敵の罠も錆も先に読んでしまうとは」


 ノアトは開くようになった扉を押し開けながら呟く。

「すいません、ただの思いつきです……」


 広間の空気が一気に熱を帯び、ノアトは内心で頭を抱えるしかなかった。



---


 水門を越えた先は、崩落で塞がれた狭い水路だった。

 大きな岩と瓦礫が積み重なり、水がせき止められている。


「なるほど……自然の崩落か」  


槍使いが低く呟く。

「ただ、上から縄や鎖を仕掛けてあるな。盗賊どもが利用してやがる」


 ノアトは瓦礫の一部を見つめた。

(なにこの石……? 妙に軽い留め方だな)


 何気なく手をかけ、力を入れると――

 ゴロリ、と大岩が転がり落ち、ドドドッと水流が解き放たれる。


 仲間たちが慌てて後ろに下がる。

「おいおい! この短時間で罠を解いたのか!?」 「見ただけで仕組みを一瞬で……!?」


 ノアトは呆然としたまま。

(……盗賊さん留め方甘くない!?)



---


 水が引いた跡に、瓦礫に押し潰された袋が転がっていた。

 中には金貨の詰まった小袋と――古びた革靴。


「……なんだこりゃ」


 槍使いが拾い上げる。

 革靴は左右で模様が違い、妙に軽い。

 槍使いが試しに履くと、ぐらりと体勢を崩し、危うく転びそうになった。


「おっと……! な、なんだこのバランスは」


 踏み込む力の三倍くらいで床から跳ね返される、とでも言えばいいのか。

 少し体重をかけただけで、床からゴム毬みたいに足が浮いた。


「跳ねる? いや、跳ねすぎるな。これじゃ実戦じゃ使えねーぞ」


 魔導士も眉をひそめる。

「……どうせ盗賊が道具として使っていた残り物だろう。誰も使わなかった理由がよく分かる」


 リーダーがノアトの方を向く。

「今回の手柄はお前の観察眼だ。報酬は分配するが……こいつは特別にやる。好きに使え」


「え、いいんですか?」  

ノアトが靴を受け取ると、仲間たちはあっさり頷いた。


「危なっかしい遺物は、欲しい奴に持たせておけばいい」


「礼代わりだ。俺たちには必要ない」



---


 ノアトは受け取った靴を手に取り、思わず口元を緩める。

「……タダで貰っちゃったな」


 変な跳ね方をする靴。

 他の冒険者が見向きもしないそれを、彼は履くのを楽しみにしてバッグに入れた。


 こうしてノアトは、

 **跳躍靴リープブーツ**という新たな“おもちゃ”を手に入れるのであった。



---


 夕暮れのブレストン。

 遺物調査局のギルド《クロニカ》支部の受付には、今日の依頼を終えた冒険者たちが列を作っていた。


 ノアトの所属したパーティも、その一団に混ざる。

 槍使いが代表して報告書を提出すると、フェリスが手際よく目を通した。


「……地下水路のせき止め解除、確認しました。罠や盗賊の遺物らしき痕跡もあった、と」  


淡々と読み上げ、カリカリとペンを走らせる。


「新人シーフのノアト・アルシエルさんが大きな働きをした、と」


「はい、彼の観察眼のおかげで助かりました」


 魔導士の人がそう答えると、フェリスは眼鏡の奥でほんの一瞬だけ目を細めた。


「……なるほど。迷子に続いて地下水路ですか。……あとで一度、“持ち物の申告”も聞いておいた方がいいかもしれませんね」


 ノアトは報酬袋を受けとったあと、仲間から譲られた革靴を抱えてその場を離れた。


 後ろで聞いていたパーティが反応する。


「観察眼だって!?」

「開眼……」

「追いつきたい、その背中」


 門番のおじさんも、なぜか列の後ろで話を聞いており、またもや声を張り上げた。


「市場で迷子を見つけて、今度は地下の罠を見抜いたんだぞ! こりゃ《予見》どころか、《眼》そのものが遺物なんじゃないか?」


 噂は、また一つ余計な尾ひれを得ていく。



---


 歩きながら、袋の中身をちらりと確認する。

 金貨数枚と、小さな銀貨の束。

 そして、あの奇妙な革靴――跳躍靴リープブーツ


(危なっかしい遺物だからって、いらないって言われたけど……)  

ノアトはくすりと笑う。


 家に帰ると、スノアが机で本を読んでいた。

 ランプの光に照らされた横顔は真剣で、眉がわずかに寄っている。


「ただいま」  

ノアトは靴をテーブルに置き、得意げに言った。


「見てこの靴、遺物だぞ」


 スノアは顔を上げ、怪訝そうに首をかしげる。 「……ただのボロ靴に見えるんだけど」


跳躍靴リープブーツっていうらしいよ。履くと跳ねるって」


「は、跳ねる?」

 スノアはぱちぱちと瞬きし、やがて小さく吹き出した。


「……お兄ちゃんらしい。変なものばっかり拾ってくるんだから」


 そんな他愛ないやり取りの裏で――

 ノアトがまだ報告していない“古びた指輪”のことと、

 その指輪が本当はどんな遺物だったのかを、《クロニカ》も《アストラ》もまだ知らないままでいた。

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