第6話:天気予想とお触れ(Side:プライド①)
窓の外を見ると、強めの雨が降っている。
アローガの予報では一日中晴れだった。
だが、午後になると雨が降り出した。
「ああ~ん、また外れちゃいましたわ。どうして当たらないのかしら」
「なに、こういう日もあるさ。気にすることはないよ」
アローガが天気を外すのはいつものことだ。
だからといって、別に何の問題もない。
天気予報が外れたから何がいけないというのだ。
農民や大工たちは困っているみたいだが、俺の知ったことではない。
(誰のおかげで、この国で生活できてると思ってんだ。雨が嫌なら一年中晴れてる国へ行け)
当たり前だが、天気は晴れの日もあるし雨の日もある。
どうしてそんなに簡単なことがわからないのか、俺には理解できなかった。
「私に優しくしてくださるのはプライド様だけですわ。今日も国民の方から苦情の手紙が届きましたの。たかが天気ですのに、なぜこんなに文句を言ってくるのでしょう」
「まったく、困ったものだね。今日だって、午前中は晴れてたんだからそれでいいじゃないか。いちいちうるさいヤツらだ」
「私も国民からの手紙はいらない、って何度も言っていますの。それなのに、しつこく送ってくるんですよ。ウンザリしてしまいますわ。お姉さまが天気予報士をしていたときは、こんなに苦情の手紙が届いたことはありませんのに」
シクシクと泣くアローガをそっと抱きしめる。
「メイド生まれという境遇が同情を誘っていたんだよ。手紙を送ってくるのも、どうせ貧乏人ばかりに決まってるさ」
(国民どもはもっと貴族を崇めるべきだろうに。どうして、こうも偉そうなんだ)
ヤツらは大した税金も払えないくせに、権利ばかり主張してくるので嫌いだった。
「あの方たちは、いつもお姉さまと私を比べてきますわ。お姉さまのときは絶対に外れなかった、何日先でも予報してくれた、本当にしつこくて嫌になります。今の王宮天気予報士はこの私ですのに」
「国民は文句が多すぎるね。今度から、アローガの予報に口出ししたヤツは監獄に入れてしまおうか。きっと、国民は君に嫉妬しているんだよ。公爵家の正式な跡取りなのに、【天気予想】という素晴らしいスキルまであるんだから」
「そうですわね。貴族と庶民は違いますから。家柄も良いのにスキルまであるとなったら、嫉妬されるのは当たり前ですわ」
ちなみに、俺は国民が大事だとかは一度も思ったことはない。
この国で一番どうでもいいヤツらだ。
「さて、明日の予報も終わったことだし、これから何しようか」
「失礼いたします、プライド様。今日も国民から不満を訴える大量の手紙が届いています」
アローガを撫でていると使用人が手紙を持ってきた。
たくさんありすぎて、両手からあふれるほどだ。
(チッ、いらねえって言ってんのによ! 余計なことしやがって!)
アローガに聞こえないよう、使用人の耳元できつく命令する。
「手紙を持って執務室の前で待ってろ!」
「ひっ……は、はい」
使用人は怯えた様子で出て行った。
一変してアローガには優しい笑顔を向ける。
「ちょっと待っててね、アローガ。仕事をしてくるから」
「ええ、お待ちしておりますわ、プライド様」
執務室の前に行くと、使用人が身震いして待っていた。
乱暴に部屋の中へ押し入れて、めちゃくちゃ不機嫌な顔で睨みつけてやる。
「なんだ、お前はいきなり来て。こっちは暇じゃないんだぞ」
「お、お忙しいところ、大変申し訳ありません。こ、こちらでございます」
使用人は震えながら手紙を渡してきた。
内容は想像つくが、形式的に中身を確認する。
案の定、アローガの予報に関する苦情だった。
アローガの天気予報が外れたせいで、農作物の収穫が台無しになったと書いてある。
(知らねえよ! 台無しになっても問題ないくらい作っとけ! お前らの努力が足りねえんだよ!)
いつものようにポイッと投げ捨てた。
ぐしゃぐしゃと踏みつける。
「プ、プライド様……国民からの嘆願書をそのように扱われては……」
「うるさいな、俺は第一王子だぞ。どう扱おうと俺の勝手だろうが」
仕事は終わったので、執務室から出て行く。
早くアローガのところに戻りたい。
(どうせ、残りも同じ内容だ。中身を見る気にもならないな)
「あ、あの、他の手紙は読まないのですか?」
あろうことか、使用人が食い下がってきた。
「黙れ! そんなもの全て焼き捨てろ! 何度も言ってるだろうが!」
国民どもが書いた手紙など真剣に読むわけない。
「で、ですが、城門の前にも国民が集まっております。ウェーザ様をどこにやったんだと……」
「ったく、うるせえな! 早くいなくならないと、税金を跳ね上げるとでも言ってやれ! さっさと追い払うんだよ! 何のために衛兵がいるんだ!」
「し、承知いたしましたぁ!」
怒鳴りつけると、使用人は大慌てで出て行った。
ようやく、俺はアローガのところに戻る。
「プライド様、どうされましたか? 大きな音が聞こえたような気がしましたが」
「別に大したことはないさ。また国民からの手紙だったよ。アローガの天気予報にまた文句を言ってきてるんだ。僕たちの貴重な時間を奪っていることをわかっていないんだろう」
「そうでございましたか。いい加減にしてほしいですわね。私だって魔力をたくさん使っていますのに」
「本当にその通りだよ。後でお触れを出そう」
アローガは明日の天気を予報すると、一日休む必要がある。
当然だろう、天気なんて不確かで繊細な物が相手なんだから。
(国民どもはその苦労を考える想像力さえないんだろうな)
もはや、怒りを通り越して悲しくなってきた。
「あの、プライド様?」
「なんだい、アローガ。そんな心配そうな顔をして」
急に、アローガの表情が暗くなった。
「私とプライド様の結婚を、王様と王妃様はお認めになるでしょうか?」
「なんだ、そのことか。大丈夫だよ。この前も言っただろう? アローガならきっと認めてくださるさ」
父上と母上は外国へ視察に行っている。
たしか、弟のディセントも一緒だったはずだ。
もちろん、ウェーザとの婚約破棄やアローガのことはまだ伝えていない。
(かと言って、何も問題ないだろう。同じポトリー公爵家の者だし、むしろアローガの方が良いくらいだ)
今となっては、どうしてウェーザを婚約相手に決められていたのかさっぱりわからない。
あのようなメイド生まれと結婚しなくて心の底から良かったと思う。
外を眺めていると、衛兵が国民を蹴散らしていた。
(はっ、ざまあみろ、貧乏人どもが。俺たちにたてつくからだ)
みっともない服を着ている庶民が追い払われるのはとても愉快な光景だった。
「では、プライド様。お触れの方よろしくお願いいたしますね」
「わかってるよ、アローガ。君の予報には誰も文句を言えないようにしてやるから」
今、この城の最高権力者は俺だ。
だから、お触れなんかは出し放題だった。
そこまですれば、わがままな国民どもも黙るだろう。
執務室でサラサラとお触れ状を書く。
書き終わると、さっきの使用人を呼びつけた。
「おい、このお触れを出しとけ」
「は、はい。承知いたし……!?」
お触れ状を渡すと、使用人は驚いた顔で固まった。
「なんだ?」
「プ、プライド様。さすがに、この内容はいかがなものかと……」
よりによって、俺のお触れに文句をつけやがった。
「黙れ! 口答えしてないでさっさと持ってけ! お前も監獄行きにするぞ!」
「も、申し訳ありません! すぐにお触れを出します!」
使用人は逃げ出すように出て行く。
(まったく、こいつらにも困ったものだな。新しく入れ替えた方がいいかもしれん)
その日、アローガの予報に苦情を言うことを禁止するお触れを出した。
破ったものは即監獄行きだ。




