第20話:鷹狩り(Side:プライド③)
「アローガ嬢のおっしゃる通り、見事に晴れてきましたな。誠に素晴らしいスキルだ」
翌日は朝から雨だったが、午後になると太陽が顔を出した。
風も止んで過ごしやすい天気だ。
ここまではアローガの予報通りだった。
「え、ええ。ほんとにアローガはすごくて」
「お、恐れ入りますわ」
俺たちは丘に向かって歩いている。
スタミーニの護衛は勢ぞろいしているが、こっちのお供は一人しかいない。
「しかし、間が悪かったですな。使用人たちがこぞって体調を崩すとは。プライド殿下とアローガ嬢も寂しいでしょう。なに、ご安心ください。私の護衛がしっかりと守りますから」
「ありがとうございます……」
「ほんとに間が悪いことで、オホホ……」
使用人や護衛は鷹狩りの話を聞いたとたん、いっせいに具合が悪いと言い出した。
俺は逃げ遅れたヤツを無理矢理連れてきている。
この使用人も見るからに元気そうだった。
こいつはさっきからずっと帰りたそうにしている。
(俺だって早く城に戻りたいんだよ!)
「私のファルコは最高の鷹なのです。特にこの羽が……」
「本当に素敵な鷹でございますね」
「私もうっとりしてしまいますわ」
スタミーニはしきりに鷹の自慢をしてくる。
羽がどうとか爪の形が良いとか、飛ぶ力強さが素晴らしいとか喋りっぱなしだ。
だが、俺たちは天気が気になってそれどころじゃなかった。
いつ雨雲が出てくるか不安でしょうがない。
「それにしてもいい天気ですね。鷹狩りに持ってこいだ。これほどの鷹狩り日和はそうそうないでしょう。ご覧ください、ファルコもすぐに飛びたがっています」
スタミーニの言うように小さな雲すらない晴天だ。
雨が降り出す予感さえしなかった。
(なんだ、余計な心配だったかな)
「これならずっと晴れそうだぞ、アローガ」
「ですから、そう予報しましたのに」
安心させてやろうとしたが、アローガにプンスカ怒られてしまった。
「おっ、プライド殿下。狩場に着きましたよ。いやぁ、素晴らしい」
やがて、小高い丘の上に着いた。
近くには森があり小動物がたくさんいる場所だ。
確かに、鷹狩りには最適だろう。
アローガと小声で相談する。
「とにかく、早く終わらせるんだ」
「わかってますわ、プライド様」
こそこそ話していたら、スタミーニに見つかった。
「どうかされましたかな?」
「「いえ、何も!」」
「よし、ファルコ! 大きな獲物を取ってこい!」
スタミーニが合図を出すと鷹が勢いよく飛び去った。
鷹狩りをしない俺が見ても感心するほどの雄大な飛び方だ。
なるほど、自慢したくなる気持ちもわかる。
「見てると僕たちまで強くなったような気になりますね」
「なんて素晴らしいのでしょう」
「そうでしょう、そうでしょう!」
スタミーニはご機嫌だ。
この辺りは建物や小屋も何もないので、鷹が飛んでいく様子がよく見える。
青空と相まってなかなかに美しい光景だった。
(まぁ、この天気なら大丈夫か)
相変わらず、空は晴れ渡っている。
アローガと静かにホッとした。
そのうち、鷹が獲物を捕らえこちらに飛んできた。
「スタミーニ殿、戻ってきましたよ」
「足に動物を捕まえてますわね」
「よくやったぞ、ファルコ! プライド殿下にも獲物を見せて差し上げろ!」
(よし、もう満足だろう。これで引き上げてもらうとするか)
――ポツリ。
突然、俺の頭に何か当たった。
そう、まるで水滴のような……。
思わず一瞬ヒヤリとした。
(さすがに雨じゃねえよな。ハハハ、あり得ないだろ。そもそも雲がないんだから)
余裕で空を見上げる。
(は?)
いつの間にか、空はぶ厚い雨雲に覆われていた。
(なんで曇ってんだよ!)
と、思ったらその直後、とてつもない大雨が降ってきた。
雨だけじゃない、風だってめちゃくちゃに吹き荒れている。
「うわあ、なんだ! 今日は晴れるんじゃないのか!? プライド殿下、アローガ嬢! これはいったいどういうことですか!?」
いきなりの大雨と強風に、スタミーニも護衛も右往左往していた。
「わ、わかりません! 僕にも何がどうなっているのか……!」
「と、とにかく、どこか屋根のあるところへ行きましょう! プライド様、ご案内してくださいませ!」
今すぐ雨宿りしなければ大変だ。
急いで辺りを見回すが、雨を防げそうな場所はどこにもなかった。
森だって結構遠くにある。
「あっ、ファルコ!」
突如、スタミーニが叫んだ。
ご自慢の鷹はびしょ濡れになっている。
それどころか、強い雨風でバランスを崩し墜落してしまった。
「ファルコー!!」
スタミーニは猛スピードで鷹のもとへ駆け出す。
俺たちも大慌てで後を追った。
どうやら、鷹は翼が折れてしまったようだ。
ぐったりして力強さなど消え失せていた。
「ファルコ……」
スタミーニは鷹を抱えながら、プルプルと肩を震わせている。
どういう心境か聞かなくてもわかった。
「ス、スタミーニ殿……これには訳が……」
「私もまさか、こんな急に天気が変わるとは思わず……」
俺たちは必死に言い訳したがまったく効果がない。
「あなた方はウソをついていたということですね! 貴国との関係を見直さねばなりませんな!」
スタミーニはものすごく怒っていた。
「それでは、私どもはこれにて失礼いたします。ファルコの治療がありますので」
その後、大急ぎで城へ戻ると、風呂や温かい食事などで精一杯もてなした。
だが、どんなに丁重に接待したところで、スタミーニの機嫌は直らなかった。
挙句の果てには、護衛と一緒にもう帰ると言い出した。
「お、お待ちください、スタミーニ殿! すぐに優秀な医術師を呼びますから! どうか、まだお帰りにならないでください!」
「そうでございますわ! この国にはたくさんの医術師がいますの! きっと、素晴らしい医術師が見つかりますわ!」
さっさと城の出口に向かうスタミーニを必死に追いかける。
スタミーニどころか護衛までウンザリした顔を向けてきた。
「いえ、それには及びませぬ。治せると言われてケガが悪化したら大変でございますからな」
俺たちはすっかりスタミーニの信用を失ってしまったようだ。
「スタミーニ殿! 今一度チャンスを! 鷹のケガを治させてください!」
「どうか、お待ちになってくださいませ! 私もあの鷹が飛ぶ姿をもう一度見たいのです!」
懸命に訴えていると、スタミーニはピタリと立ち止まった。
(よ、良かった。考え直してくれたんだ)
ほっとしたのも束の間、スタミーニはもはや呆れた顔で話し出した。
「……結局、あなた方はファルコの名前さえ覚えてくださらなかったですな。私のことなどどうでもいいのでしょう。さようなら、プライド殿下、アローガ嬢。お父上とお母上にどうぞよろしくお伝えください」
吐き捨てるように言うと、あっという間に城から出て行ってしまった。
俺たちは呆然と立ち尽くす。
大事な友好国からの評判が落ちてしまった。
これはさすがにまずい。
「どうしよう、アローガ……」
「ずいぶんとお怒りの様子でしたね……」
トボトボと部屋に戻る。
なんだか、アローガが悪い気がしてきた。
「もとはと言えば、君が予報を外すからこんなことになったんだろ! どうしてくれるんだ!」
「なんですか、その言い方は! プライド様こそ、ちゃんとお断りしていれば鷹狩りに行くことなどなかったのでは!?」
部屋に入ったとたん、俺たちはぎゃあぎゃあ喧嘩を始めた。
アローガが憎たらしくてしょうがなかった。
「プライド様!」
喧嘩をしていると使用人が慌てて入ってきた。
もしかして、と俺たちは期待に胸が膨らむ。
「どうした!? そうか、スタミーニ殿が戻ってきたのか!? 急いで支度をしろ!」
「今すぐ最高の着替えを用意して差し上げて! あと優秀な医術師を呼ぶの! 鳥専門のね!」
これが最後のチャンスだ。
絶対に失敗はできない。
「いいえ、違うんです!」
使用人は不気味なほど青ざめた顔をしている。
あまりにも緊張した様子なので、こちらまで心臓がドキドキしてきた。
「な、なんだ?」
「ど、どうしたの?」
使用人はゴクッと唾を飲む。
「王様と王妃様、そしてディセント様がお帰りになりました!」




