第18話:あの子のために
みんなは少し考えていたが、やがて笑顔になった。
「ウェーザさんのスキルなら晴れてないタイミングがわかるね。いい案じゃないかな」
「ネイルスも安心できれば自然と外に出たくなるだろう。アタシもウェーザを頼ってみたらいいと思うよ」
「いつ晴れるかわかるので日差しが出てこない日を教えられます。ずっと部屋の中にいるのも身体に良くないですから」
考え込んでいたラフさんも納得したようだ。
「ウェーザ、俺からも頼むよ。あいつだって、いつまでもギルドの中で暮らすのは嫌だろうしな……まったく、お前は優しいな」
たぶん、ネイルスちゃんはいつ晴れるかが怖いだけだ。
まだまだ遊び盛りだろう。
何よりも外の世界をもっと知ってもらいたい。
だって、こんなにも素晴らしい世界が広がっているのだから。
「まずは、私のスキルをネイルスちゃんに知ってもらってからにしようと思います。いきなり外に出ようと言っても怖いだけですから。天気が100%わかると証明すれば、私のことを信頼してくれると思うんです」
ひとまず、外に出るかどうかの話は仲良くなってからだ。
「そうだね、僕もそれが良いと思う。僕だってネイルスちゃんに色んな作物を見せてあげたいよ」
「ウェーザの予報は絶対あたるとわかれば、あの子も安心するさ」
みんなと同じくらい信頼してくれるには少し時間がかかるかもしれない。
それでも、自分にできることをするだけだ。
「どうせなら、どしゃ降りじゃなくて何かキレイな景色を見せてやりたいな」
ラフさんがぼそりとつぶやいた。
本当に妹想いの優しい人だ。
「それでしたら、二週間後のムーンボウをネイルスちゃんと一緒に見ましょう。きっと感動すると思いますよ」
月虹は心に残るような神秘的で美しい景色だ。
満月を見ると気持ちが明るくなるかもしれない。
夜なら昼間より安心できるだろう。
フレッシュさんもうんうんとうなずいていた。
「月を見るだけでも楽しいだろうね。もしかしたら、ネイルスちゃんも虹を見るのは初めてじゃないかな」
「ネイルスのためにも虹が出てほしいさね」
ラフさんがよしっ、と立ち上がる。
その顔はどこか明るかった。
「じゃあ、さっそくネイルスのところに行くか」
みんなに案内されてラフさんの部屋へ行った。
緊張しながら中に入る。
「ネイルス、入るぞ」
「し、失礼しまーす」
ラフさんの部屋は私のところより広かった。
もちろん窓はあるけど、固く閉ざされていてちょっと暗い。
まだ昼間なのに明かりをつけていた。
そのおかげで、なんとなく部屋の様子はわかる。
ネイルスちゃんは窓から一番離れた所に座っていた。
「あっ、さっきのお姉ちゃん」
「ネイルス、この人はな、昨日から俺たちの仲間になった人だ」
ラフさんはしゃがんで、小さいネイルスちゃんと視線を合わせていた。
「ウェーザ・ポトリーって言います。よろしくね、ネイルスちゃん。さっきはごめんなさい。言い訳になっちゃうけど、事情を知らなかったの」
「よ、よろしく」
ネイルスちゃんはやっぱり肌が白かった。
外に出ないからだろう。
色白な分、ツタの模様もくっきりと見えていた。
話してはくれるものの、ネイルスちゃんはビクビクしているようだ。
人付き合いが苦手なのかもしれない。
「ネイルス、具合は大丈夫か?」
「う、うん、平気だよ」
ラフさんはゆったりと腰かけた。
いつの間にか無骨な雰囲気は消えている。
代わりに、穏やかで優しいオーラが出ていた。
(ネイルスちゃんのことが本当に大事なんだな)
「この人はすごいんだぞ。天気がわかるんだぜ」
ラフさんは努めて明るく接しているようだ。
私も笑顔を心がける。
ネイルスちゃんも興味深そうな顔をしていた。
「て、天気がわかるの?」
「そうなの。私は【天気予報】ってスキルがあるんだよ」
スキルと聞くと、ネイルスちゃんは嬉しそうな笑顔になった。
「お姉ちゃん、スキルがあるんだぁ。いいな。私も欲しい」
「私はここへ来る前、王都にいたのよ」
「おい、ウェーザ」
「いいんです、ラフさん」
相手に信頼してもらうには、自分のこともちゃんと話すべきだ。
辛い気持ちだってだいぶ消えていた。
これも全部、ラフさんたちのおかげだ。
「王宮で天気予報士として働いていたの。私には天気が100%わかるからね。王都では一週間くらい先まで予報してたわ。今は"重農の鋤"にお世話になっているけど」
「えぇ、すごーい!」
ロファンティの外の話だからか、少し話しただけで楽しそうに驚いてくれた。
「ネイルスちゃんは、どんなスキルが欲しいの?」
聞いてみると、ネイルスちゃんは小さな頭を傾けて考えていた。
「かっこいいスキルが欲しいな! お兄ちゃんと一緒に剣とか槍で、おっかないモンスターを倒すの!」
短い手をブンブンと振り回している。
かわいくて思わず笑ってしまった。
「ネイルスちゃんの好きなメニューはなに? 私は<太陽トマト>のスープがとても美味しかったな」
「フランクの作る料理なら何でも好き! <太陽トマト>は私も好きだよ!」
にっこり笑顔で教えてくれた。
「ウェーザさんは<太陽トマト>を雨から守ってくれたんだ。天気がわかるなんて僕たちもビックリしたさ」
「もうアタシらには欠かせない人間だよ。この辺りは天気が変わりやすいからね」
フレッシュさんたちの話を、ネイルスちゃんは食いつくように聞いていた。
「ねえ、ウェーザお姉ちゃんはどうして天気がわかるの?」
その小さな瞳はキラキラと輝いている。
「魔力を使うと雲だったり風の動く様子が見えるんだよ」
「ウェーザは空を見るだけでわかるんだ。すごいよな。ネイルスもスキルを使うところを見せてもらったらどうだ?」
ラフさんが空と言ったとたん、ネイルスちゃんは硬い表情になった。
「私……お空嫌い。お外に出たくても身体が痛くなるから」
過去の経験が心の傷になってしまっているのだ。
そこで、天気の話から始めてみることにした。
「ネイルスちゃん、雨ってどうして降るか知ってる?」
「ううん、知らないよ」
ネイルスちゃんはふるふると首を振った。
「雲は小さな水滴の塊なんだけどね。それがくっついて重くなったものが雨になるの」
「へぇ~、ウェーザお姉ちゃんはよく知ってるね」
感心したような顔がラフさんに似ていておかしかった。
「空が青いのはどうしてかわかるかな?」
「上の方の空気が青いんじゃないの?」
ネイルスちゃんの発想は素直で楽しい。
「実は、太陽の光にはたくさんの色が含まれているの。日の光が空気を通るとき、青色が広がるからなんだよ。それも空いっぱいにね」
「ふ~ん、そんなの知らなかったよ」
これから少しずつ天気の話をすれば、だんだん怖い気持ちも薄れるかもしれない。
ネイルスちゃんの表情もさっきより明るくなってきた気がする。
「今日のお外は晴れてるけど、明日はどうなるかな? ちょっと予報してみようか」
「予報ってどうやるの?」
「空を見るだけだよ」
すぐにでも予報をしたかったけど、この部屋の窓は固く閉ざされている。
どうしようか迷っていると、ラフさんが窓を開けてくれた。
「ネイルス、少しだけ窓を開けるからな。日の光は入らないから安心してくれ」
「それならいいよ」
ラフさんが窓をほんのわずかだけ開けてくれた。
もちろん、ネイルスちゃんのところまでは日差しは入らない。
隙間から空を見ながら、いつものように魔力を集中していく。
「明日は雨は降らないけど、雲がぶ厚いから太陽は顔を出さないわ。風も弱いわね」
「そ、そっか」
晴れないと伝えてもネイルスちゃんはやっぱり怖そうだ。
それでも、小さな一歩を踏み出せている気がする。
(ネイルスちゃんのためにも、私のスキルを活かすんだ)
その日から、ネイルスちゃんともお話しするようになっていった。




