#第7話 偽りの平和
#第7話 「偽りの平和」
正面から、涙を浮かべ抱き着いてくる
郡川 晴乃を受け止め、
俺は複雑な気分に浸っている。
・・・ここは俺が本来暮らしていた時代から
約5年も過去の世界。
郡川が生きている事は
おかしいとは言えないのかもしれない。
ただ、生きている彼女の姿を見る事には抵抗がある。
それに加え、今、
俺の家の中からこの女が出てきた事を考えると、
何だか嫌な予感がする・・・。
「・・・拓?どうして喋らないの?」
笑っていた彼女の笑顔が止んだ。
俺の異変に気付かない訳がないか。
「・・・記憶がないんだ。
お前の事は知っているが、
これまで何をしていたか、何も覚えていない。」
俺は彼女から視線を逸らして言い放った。
やっぱりコイツの顔を直視するのは無理だ・・・。
「え、じゃあ・・・私と”婚約”したのも忘れたって事?」
郡川の言葉に、思わず彼女の顔を直視してしまった。
「何!?」
俺は驚きを内におさめられなかった・・・。
「・・・忘れちゃったんだね。
でも、仕方がないよね!
色々あったんだろうし!」
郡川は精一杯の笑顔で俺を見つめたが、
俺は逃げる様に視線を逸らす。
・・・まさかこの世界では
俺はコイツと既に”結婚”しているという事なのか・・・?
・・・確かに、本来の世界で
俺はこの女に惚れた経験がある。
でも結局、関係が上手くいかない事は知っている。
この過去でも同じ歴史を繰り返すとは限らないが、
彼女との関係はあまりにも酷い結末で終結するのだ。
そもそも、その発端となったのは
彼女の堂々とした浮気だった。
だから俺はあまり
郡川を信用できない節がある。
・・・この女と結婚など、
百害あって一利なしとも判断できるだろう。
「・・・お前との思い出を全て忘れた俺に、
お前と生活を共にする資格があるのか?」
こうなれば離婚せしめるように仕向ける。
それしかない。
一度は好意を持った女でも、
今の俺から見れば”敵”でしかない。
「私はそんな拓でも許せるよ!
だって、アーマー装着して、
凄い敵と戦って・・・。
拓が大変なのは知ってるから。」
彼女は笑ってひたすら俺の顔を見てくる。
・・・この程度じゃ揺るがないか。
「いつまでも立ち話もなんだし、
中に入ってよ!
ってか・・・ここ私たちの家だけどね。」
そう言いながら、郡川はサンダルを脱いで、
中に消えていった。
・・・困ったものだが、ふと安心した事もある。
それは、今まで話していた女性が
完全にあの頃の郡川そのものである事だ。
表情や口調、笑顔。
何を見ても、変わりない。
純粋な懐かしさを感じた。
・・・俺は中に入り、30分ほどで郡川と会話し終えると、
とりあえず自室にこもり、この世界の情報を得ようと
預けられたタブレット端末でブラウザを立ち上げた。
ネットとは便利なもので、
異世界からの漂流者である俺が
ほんの十数分で状況を把握できるほどの技術だと再認識した。
・・・まず、この世界では
約1年半前、2028年の10月20日、
国会議事堂にほぼ直撃する形で巨大隕石が落下した。
それは昼間だった事もあり、都内では8万人を越える死者が出た。
しかし、隕石落下の事件以上に衝撃的だったのは、
その落下と同時に、”奇怪な生物”が都内に出現し始めたという事だ。
おそらく隕石に付着していた地球外生命体と考えるのが妥当で、
地球上に存在する生物に似ている体を持つものもいれば、
何を模したかよく分からないモンスターのようなものもいるとの事だ。
攻撃性が高く、人間や動物を無差別に襲い、
捕食する姿が多数確認されている。
日本ではその宇宙から現れた新種を『ブルート』と呼ぶ事になった。
・・・しかし、人間はただブルートに駆逐される存在ではなかった。
俺はもとの世界で”僧侶服”を着た強化人間、”フォーサー”に出逢ったが、
この世界にはより一般的に存在しているらしく、
ブルートは多くのフォーサーによって駆除される事となった。
また、ブルートに対しては一般兵器も有効であり、
そういった対抗手段を持つ者にとっては
絶滅を恐れるほどの脅威となる侵略者とはなり得なかった。
・・・それでも、ブルートが全滅する兆しは見えなかった。
奴らに繁殖能力がある事は確認されていないらしいが、
いくら駆除しても個体数が増加しているとの事だ。
隕石落下から、ほんの2,3週間で
全国に広がったブルートたちから身を守るため、
人間達は全国に7か所の安全地区を作り、それを囲う形で高い防壁を建設した。
それが”パーマネント・ガーディアンス”という訳だ。
日本は海洋国だが、不思議なことに、
ブルートは日本だけに出現している訳ではなく、
世界各国で日本と同じ現象が起きているとのことだった。
そういった状況の中、少なくとも日本では
人類を養うための食料は不足しており、
パーマネント・ガーディアンスの中に住まう事のできる者は、
対ブルート用特殊アーマー”SAS”を装着し、戦える者、
もしくはその婚約者のみに限られている。
つまり、この世界で俺は
アーマーを身にまとって戦う戦士であり、
郡川は俺の婚約者として壁の中にいる、という事だろう。
実際、壁の外の状況は分からないが、
俺が見たようなブルートがうじゃうじゃいるようなら、
とても生存は見込めない。
・・・俺が調べ出してから15分ほど経過した時、
スマートフォンに着信が入った。
どうやら、病院施設での俺の検査があるらしい。
俺はすぐにマンションを出て10分ほど歩いたところにある
5階建ての病院施設へと辿り着いた。
壁内の道路は幅広いままであり、
俺がいた5年後の東京とさして変わりない。
それ故、迷う心配もなかった。
・・・病院施設の入り口をくぐると、いたって普通の受付が構えられていた。
「こんにちは、萩間 拓さんですね。
すぐにお入りいただけます。」
受け付けの40代ほどの女性の声は、
先ほどの電話の主だった。
俺はそのまま医者の診察を受け、CTスキャンにかけられ、
結果を報告された。
・・・特に体に異常はないらしい。
どうやら、俺が5年後の世界から来たという証拠は
この体には残されていないようだった。
少し、安心できた。
結局、診察に要した時間は1時間半ほどだった。
・・・会計を済ませ、玄関から外に出ようとしたその時だった。
入り口の扉が勢いよく開き、俺は思わず2歩ほど後退する。
と、外から入ってきた白衣を着た男が
俺の全身を撫でる様に見回していた。
正直、見た目と行動だけを取れば
不審者以外の何者でもない。
「・・・間に合って良かったです。」
その白衣男はまっすぐに俺の顔面を見据えてきた。
思わず、視線を右に逸らす。
・・・髪は白髪で左サイドだけ異常に長く垂れ下がり、
右側は耳を出している。
顔付きは、目付きが非常に鋭いが、整っている方だろう。
全体的に若々しく、歳は俺と同じか、
それ以下に見える。
が、見たところ身長が180cmを越えており、
威圧感はそれなりに強い。
「・・・あんたは誰だ?」
「申し遅れました。
俺はサス開発担当の神崎 高来です。」
男は、初対面でも一切取り乱す事なく、
俺の目を凝視している。
そればかりか、僅かな笑みを浮かべる余裕まであるようだ。
・・・サスというのはおそらくSASの事だ。
それは確か、対ブルート用アーマーの事だったはず。
その担当が俺に用があるという訳か。
「俺は萩間 拓だ。
知っているだろうが。」
「もちろんですよ。
俺はあなたに支給されたAランクチップ
“タイタン”のアーマーチップについて
少し伺いたく、参りました。」
アーマーチップ、とは何の事なのか分からない。
まだ調べないうちにマンションを出てきた。
「・・・悪いが、俺は記憶を失くしている。
この場ですぐに答える事は難しい。」
「それは俺も伺っております。
なので、俺の研究室でゆっくりとお話が」
・・・その時だった。
「誰かあああ!!!」
その叫び声は病院の外からだった。
「・・・こんな時に・・・」
神崎は踵を返し、小走りで外へと飛び出し、
俺もそれに続いた。
「何!?」
俺は目の前の光景に目を見張った。
・・・路上に血まみれの数人の人間の死体が転がっているのだ。
手足や頭部は切断され、どの人間のパーツなのか分からない。
そして、その先には、
あろう事か、俺が壁の外で出会った3本の頭を持つ犬、
ケルベロスが今なお通行人を食い荒らしている。
「ここは壁内のはずだが・・・なぜだ・・・?」
「・・・俺にも分かりませんが、対処する事は可能です。」
神崎はそう言うと、白衣のボタンを素早く外した。
すると、彼の腰には何やら大きめのバックルを備えた
ベルトのようなものが巻かれていた。
左サイドには拳が収まるほどのレバーが備えられている。
そして、彼はそのまま白衣のポケットから
一回り大きなUSBメモリのようなものを取り出した。
「それが例の・・・SASか?」
「その通りです。
しかも俺は開発者権限でSランクチップを使用できます。」
まだよく分からないが、
アーマーにはランク付けがされているらしい。
神崎はそのメモリを右サイドに挿入した。
更に、彼は白衣のポケットから
一辺が8cmほどの電子カード3枚を取り出し、
順にバックル上部に備えられた挿入口に入れていく。
《コネクティング。》
彼の腰のバックルから、暗いトーンの男性ガイダンス音が流れた。
神崎はそれを確認すると素早く
右手で腰のレバーを握り、右側へとスライドさせた。
「変身。」
《ロードコンプリーション。
アーマー・シュヴァイツァー。
イフェクト・バースト、バースト、バースト。》
ガイダンス音と共に、
すぐさま神崎の身体に纏わりつく様に
硬そうな物質が覆い、
それを隠すように白いローブが首から垂れ下がった。
頭部はインカムのように伸びた白い左髪を模した装甲で口を覆い、
目部分も硬い物質に変化している。
俺の目の前には、瞬時に白い戦士が出現した。
「それがSランクアーマーというものか?」
「このシュヴァイツァーは、Sランクアーマーの中でも
俺が自分のために直々に細かいチューニングを施した代物です。
実戦は俺の仕事じゃないですが、まぁ良いでしょう。」
そう言うと、白い戦士は
両方の腰から少し大きめのリボルバーを2丁取り出し、
前方20mほどで人を襲うケルベロスを撃ち抜いた。
2発の弾丸は正確に標的の頭部を貫き、
すぐに標的は動かなくなった。
「・・・危ない!」
そう呟くと、白い戦士は俺の方へと右手のリボルバーを向け、
すかさず発砲した。
銃弾は俺の後方へといた何者かを撃ち抜いた。
何事かと驚き、すぐに振り向くが、
俺の10mほど背後では、
タカよりももう少し大きな巨大な鳥類が悶え苦しんでいた。
・・・俺はもしや、ヤツの標的にされていたというのか?
「待て・・・鳥のブルートがいるならば、
壁だけじゃ守りが不十分じゃないのか?」
「これまで飛行能力を持つブルートは
一切確認されていませんでした。
あのブルートは調査する必要がありますね。」
シュヴァイツァーは冷静にそう言うと、
何かに気付いたように瞬時に振り返り、
トリガーを再度引いた。
・・・俺は、そのリボルバーの弾道を追うように空を見上げると、
思わず背筋が凍る感覚に陥った。
30匹を越える鳥型のブルートが
一斉に俺を含めた逃げ遅れた通行人に狙いを定め、
こちらを目掛けて向かってきていたのだった・・・。
#第7話 「偽りの平和」 完結
今回もお読みいただきありがとうございました。
ちなみに、本編で説明を入れる箇所がなかったので
こちらに追記しますが、
この世界では夫婦別姓が認められています。