#第9話 対ブルート用アーマーSAS
#第9話 「対ブルート用アーマーSAS」
翼竜のような姿をした人間の言葉を話すブルート、
“ドンナー・ケツァルコアトルス”は、
作戦指揮官である上戸鎖こと
“トランセンデンタル・オーガナイザー”へと向かい、
一直線に滑空を開始する。
「さぁ、新種のブルートの力、見せてください。」
オーガナイザーは右手をまっすぐに前に突き出すと、
瞬時に彼の背後には
まるで”面”を構成するかの如く、多量の平たいブレードが生成された。
そのブレードらは宙で静止しながら、
刃先をまっすぐに目の前の獲物へと向け、
規律正しく並べられている。
すぐにそのブレードは僅差で全てが順番に射出され、
迫り来る翼竜を貫かんと放たれていく。
・・・翼竜は瞬時に僅かな進路転換を繰り返し、
射出されたブレードの合間を見計らい、
確実に攻撃を避けながら獲物へと接近してくる。
「なるほど、その飛行能力はなかなかのものと見ました。」
オーガナイザーはそう言った直後、
間合いを詰められた翼竜の突進攻撃を食らい、
その勢いで身体を弾き飛ばされて10mほど後方に着地した。
ケツァルコアトルスは容赦なく、
再び地面すれすれを滑空し、オーガナイザーへの距離を詰める。
そして、両前腕部に生えている
鋭い翼を巧みに使い、獲物を連続で切り付ける。
オーガナイザーは両手を駆使して、
その切り裂く攻撃をいなすように受け止め、
ダメージを防いでいるように見える。
「さっきまでの余裕はもうないな?」
ケツァルコアトルスは両腕で切り付けながら
冷静な様子で呟いた。
どうやら、彼にはまだ余裕があるように見える。
「フッ、そう見えますか?」
オーガナイザーの思わぬ切り返しに
隙を見せた翼竜は、
あっさりとその隙を利用され、腹部に強烈な蹴りを食らい、
後方へと引きずられるように後退した。
が、翼で飛行し、宙を華麗に1回転しながら両脚で着地する。
「確かに、私はこのままではあなたには勝てません。」
「よくそんな事が堂々と言えるな。
つまり、そこのもう2人の力も借りないと
俺を倒せないという事か。」
ケツァルコアトルスは、
電柱の陰から観戦していた俺と、
SAS開発担当者である
神崎 高来を指差した。
・・・この際、
変身の仕方すらもままならない俺は無力だが、
神崎は高ランク帯のアーマーチップを所持しているはず。
それなのに、一切の動作を見せない。
・・・それほど上戸鎖が嫌いだという事か?
「フッ・・・このまま、全力の”10%程度の力”では勝てない、
と言ったのですよ?」
「何?」
次の瞬間、腕組みをして話し込んでいたはずの
オーガナイザーの姿が一瞬でその場から消えた。
焦る様子の翼竜は、次の瞬間、
海老反りになるほどの猛撃を背中に受け、
うつ伏せの姿勢でアスファルトに身体を擦り付けた。
かと思いきや、何かに跳ね飛ばされたように突然頭部から持ち上がり、
今度は勢いよく仰向けに倒れた。
気付くと、いつの間にかオーガナイザーが
彼の足元で待機しており、翼竜の首を片手で握って起き上がらせた。
「お前ぇぇぇ・・・」
翼竜は苦しそうにオーガナイザーの腕を掴むが、
既に抵抗の余地は残されていないように見える。
・・・無理もないだろう。
傍観している俺でも、戦力差は容易く理解できた。
あのオーガナイザーというフォーサー、
尋常ではないほどの強さを誇ると見て間違いないだろう。
いくら未知の生命体であるとは言っても
さすがにビビるのも無理はない。
「あなたからは色々とお聞きしたい事があります。」
オーガナイザーはまるで人形のように翼竜を片手で掴みながら、
俺たちの方を向いた。
「このまま私が拷問を担当します。」
「貴様、その未確認ブルートを素材にすれば、
新たなアーマー作成が実現します。
そのまま俺に引き渡してください。」
神崎は両腕を組んだ状態で
オーガナイザーを睨み付けた。
「”コア”の摘出は別に拷問終了後でも良いでしょう?
引き出す情報の方が、遥かに価値があります。」
「・・・。」
神崎と上戸鎖の不仲は、
明確に分かった。
・・・オーガナイザーは
ケツァルコアトルスを脇に抱える様にして支え、
1人で元来た道へと戻っていった。
「萩間さん、ブルートは確かに脅威ですが、
あの男も十分危険です。」
俺は黙って頷く。
「さて・・・前置きが長くなりましたが、
SASの事で少しお話がありますので、
30分ほど時間をもらえませんか?」
「確かに、アンタが現れたのはそんな用件だったが、
この騒ぎの影響は大丈夫なのか?
パーマネント・ガーディアンス内に
ブルートが侵入したという事実は、
だいぶ重大な事に思えるが・・・。」
ブルートから人を守るために築かれた壁の中で、
人がブルートに捕食されたのだ。
しかも、騒ぎは相当大きく、
内部の人間の不信感も拡大するであろう。
「防壁の一部が損傷している可能性が高いと思うが・・・。」
飛行能力を持つブルートが壁を突破する事は容易であるが、
俺は壁の中で4足歩行の”ケルベロス”と呼ばれているブルートが
人を食い散らかしているのを目撃した。
「それが、壊れた形跡は見当たらないようです。」
神崎は持っていたタブレット画面を俺に突き出す。
見ると、大量の外壁カメラから送信されたと思われる映像が
そこに次々と映し出されている。
おそらく、SAS開発担当者という権限で
多少は高度な情報も利用許可されているのだろう。
「・・・しかも、興味深い事に、
ブルートが出現したのはこの旧新宿区のみとの事です。」
と、なると、
あのブルートたちはここをピンポイントで狙ってきたという事か?
或いは、何者かがここにフォーサーを放し飼いにしたか。
一体、何の目的だろう?
偶然にしては不自然に感じる。
「奇妙ですが、興味惹かれる状況ではありますね。
なぜケルベロスが壁の中に・・・。」
どうやら、神崎も同じ事を考えているようだった。
ただ、彼の場合、
この状況を楽しんでいるといった、
少し常人からは外れた感情も見え隠れしていた。
・・・その後、俺は神崎に連れられ、
俺が数時間前に壁の中に入ってきて
最初に案内されたビルへと再び辿り着いた。
どうやら、ここが”ブルート対策本部”らしい。
全部で20階建ての大型ビルだそうだ。
そして、神崎の所有する
事務室らしき部屋へと案内された俺は、
記憶喪失について、また、
特に、俺がこの世界で元々所持していたはずの変身道具について
根掘り葉掘り尋ねられた。
ちょうど、神崎と机1つ挟んで対面する形で会話が進むが、
この状況でも俺はマスクを取るつもりはない。
「萩間さん、あなたには才能を見込んで
Aランクチップの”タイタン”を貸与しました。
アーマーチップはE、D、C、B、A、Sとランクが存在しており、
あなたに与えたチップは2番目に強力なクラスのAランクです。」
「つまり、相当強力だった、という事か。
しかし、SASのランクというのはどんなふうに決まっているんだ?」
ブルートの”コア”とやらを素材に使う、
というのは先ほどの戦闘中に小耳に挟んだ。
「ブルートには戦闘能力別にランクが定められていまして、
よりランクが高いブルートのコアを用いて
作成したアーマーチップの方が、
原型を再現する事でより強力なものになります。」
なるほど。
コアの性能が高ければブルートも強い分、
アーマーも高性能、という訳か。
「俺は開発者なので壁の外での戦闘には関与しませんが、
より高ランクのコアを採取するためには
犠牲は付き物、らしいです。
現に、5か月前、
俺の”シュヴァイツァー”チップの元になった
インジェクター・カプリコンというブルートの討伐には、
総勢120人以上のSAS装着者が殺害されたとの事です。」
神崎のアーマーチップはSランク。
という事はそのコアを体内に持っていたブルートも
“Sランクブルート”という扱いになる。
「アンタは、その戦った生き残りの誰かに
シュヴァイツァーチップを貸与する気はなかったのか?
なぜ、壁の中のアンタが最強クラスのチップを保有している?」
冷静に考えれば、おかしい。
「・・・カプリコンにとどめを刺した最後の1人は相打ちで死去。
つまり、討伐にあたった全員が死んだのですよ。
その後、コア回収班がコアのみを回収しました。」
「・・・Sランクブルートは、
ブルートが出現してからこの1年半のうちに
何体確認されているんだ?」
「俺が知る限りでは、カプリコンを含め2体です。
AランクかSランクか、というのは
東京パーマネント・ガーディアンスの司令官である
明電さんが、戦況などから判断し、
最終的に決めていますが、AとSの差はもはや歴然です。」
そう言うと、神崎の表情がやや強張った。
「しかし、SASの素材として見た時に、
AとSランクコアの差はほとんどありません。」
「それじゃあ、敵としてはSほど強力なブルートはいないが、
Aで作ってもSで作っても、アーマーの性能に大差はないと?」
なるほど。
だから神崎は、壁の中にいながら
Sランクの”シュヴァイツァー”を保持できたのか。
「・・・悔しいですが、俺たち開発側の技術力不足が原因でしょうね。」
神崎は顔をしかめ、唇を噛んだ。
「しかし、アーマー装着者側の問題ではないとも言えません。
ブルートとの戦闘が始まったのはここ1年と少し前からです。
慣れない使用者が仮にSランクアーマーを装着しても、
本来のカタログスペックは発揮できないでしょうね。」
まぁ、技術者側としては
他責で結論付けたい気持ちが分からないでもない。
俺も、何でも屋として色々やってきたが、
人に責任を押し付けるほど落ち着ける方法はないだろう。
「大阪パーマント・ガーディアンス、
京都パーマント・ガーディアンスには
優秀な装着者が多いという噂ですが、
外の事はよく分かりません。」
「各壁の中で独立して自治を行っているという事か。」
日本各地に用意されたパーマント・ガーディアンスは
・東京
・京都
・大阪
・名古屋
・東北
・北海道
・九州
と名付けられており、
それが位置する場所も本来の地名と重なっている。
「Sランクブルートは
俺の知る限りでは2体しか発見されていませんが、
各壁内の開発担当が隠蔽している可能性も示唆されています。」
「自治体同士の連携は上手く取れていないという訳だな。」
・・・話はそれから更に20分ほど続き、
俺は神崎から多数の情報を引き出す事に成功した。
「長々と申し訳ありません。
最後に、萩間さんに渡したいものがあります。」
そう言うと、神崎は立ち上がり、
デスクの方から見覚えのある器具を両手に乗せて戻ってきた。
「SASのドライバーと、アーマーチップ、
それにイフェクトチップ5枚セットです。」
俺の目が先に止まったのは
“Overture”という単語が刻まれた銀色のアーマーチップだった。
アーマーチップは
少し大きめのUSBメモリのような見た目をしている。
「”オーバチャー”チップ。
ランクはAです。」
「・・・イフェクトチップというのは?」
「さっきの人間を襲っていた”ケルベロス”のような
雑魚ブルートから得られるノーマルコアを元に作り出したチップで、
アーマーの補助をする役割を担います。」
なるほど、だから”効果”という訳か。
「萩間さんに貸与するのは
ブラストを3枚、パワードを2枚です。
“オーバチャー”は
大型ランチャーによる遠距離戦を得意としつつ、
銃身に搭載されたブレードで距離を詰めて戦う事も可能です。
基本、ブラスト3枚を装填し、
戦況に合わせてパワードに変更してください。」
「・・・なるほどな。
しかし・・・なぜ俺に高ランクチップを?」
「それだけ萩間さんを見込んでいる、
と言っておきましょう。」
俺は軽く頭を下げて無言で
変身道具一式を取り上げた。
・・・しかし、その時の彼の表情は、
何やら隠し事をしているように見えた。
ちなみに、ブルート退治というのは、
俺にとって二の次の責務だ。
俺がここに来た目的は1つ。
あの、『超次元パンデミック』を未然に防ぐ事だ。
俺がいた未来でパンデミックを引き起こした
”欲望ウイルス”とやらが、
この時代のどこに眠っているのか、
調査し、この手で処分する必要がある。
・・・だが、これは誰の協力も得られない。
俺が未来から来たという事実を知られては、
いずれ必ず不都合になる時が来る。
俺の【何でも屋】という孤独な職業は、
時間軸を越えても変わっていなかった。
#第9話 「対ブルート用アーマーSAS」 完結