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競馬場物語  作者: ミー子
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6/6

飛び込み参加のレース

平和な話が続きます


あめこ達は、ふて寝したエクレールたちをたたき起こして、スタンドの中へと入っていった。

子供たちがあちこちで掃除していた。

いつも土日に来ていたので、平日に子供たちが掃除をしているなど、まったく知らなかったのだ。


「おい、坊主! 掃除頑張れよ!」


そういって子供にアイスクリームを買ってやっているおじさんもいた。

おじさんは、耳に赤ペンを挟んで、手にはレーシングプログラムと、競馬新聞を重ねて持っていて

これから予想でもしに行くのか、パドックに向かって行く。

スタンドのプラスチックの座席も、自動ドアも、手すりも地面も、全てがきれいに丁寧に手入れされて

営業開始から、営業終了まで、きっちりと同じ状態を保っているのだとかしわが説明した。

ましろは、子供は正直苦手だったが、一生懸命に掃除をしている姿は微笑ましかった。


『おいましろ! 俺様は基本的には平日に走って、土日に走るのはまれだってこと知ってるか?』


後ろから鼻づらで、ましろの背をつつきながらエクレールが急に話しかけてきた。


『だからな、俺様が平日にいるのは、実は珍しいことなんだ』


「ええ?! そうだったの? だって、水音といつも競馬場に来てたけど、エクレールは

いつも土日に走っていたような……」


「ああ、それはね、馬主(オーナー)がましろちゃんのファンレター読んで

ましろちゃんが来そうな土日のレースを選んでたんだよ。

オープンクラスならともかく、1勝クラス、2勝クラス、3勝クラスのファンは貴重だからね。

ファンサービスってところで!」


あめこがこっそりとましろの耳元でささやいた。

ましろは、ずっと自分の顔も知らない人が、自分のことを気にかけていてくれてたと思うと

胸が熱くなった。


「ましろちゃんは、どこから来たんですか? やっぱり、府中の外って

無法地帯で、だれもがパンやおにぎりを奪い合って、戦ってるんですか?

馬の呼吸も聞こえず、夢や希望も失っていって、その日食べるおにぎりもなくて、灰色の世界で

お花も咲かない世界で、だれもが泣いて過ごしてて、正直者が馬鹿を見る世界なんですか……?」


かしわが恐る恐るという具合に、ましろに尋ねる。

ましろはお台場に住んでおり、すぐそばにはダイバーシティ東京プラザがあって、等身大の

ユニコーンガンダムがそびえていた。道行く人を優しく見守っているユニコーンガンダムを見て

心の中でユニコーンガンダムに「行ってきます」と、挨拶してから

G1珈琲店に出勤しており、休日にはダイバーシティで大階段に座ってユニコーンガンダムを

眺めながらテイクアウトしたハンバーガーだとか、階段を登り切って左手にある

カフェでパスタを口に運びながら休日を過ごしており、それなりに幸せだった。


「あ、いや、普通にみんな過ごしていましたよ。私はいつも東京競馬場や中山競馬場が閉まっている

時にはダイバーシティっていうショッピングプラザに行って

等身大のガンダム眺めて過ごしてましたし」


どうも彼女、かしわは外は無法地帯だと思い込む癖があるらしい。

競馬がないときのましろの楽しみは、大階段の端っこに座って

ユニコーンガンダムを笑顔で眺めているお客さんを見ながら本を読むことだった。

その本もすべて売られてしまったが。


「競馬場が毎日レースしてるって、あそこに住んでるときは知らなかったので

平日が休みの時はユニコーンガンダムを眺めて、一日中居座ってました」


それはそれで楽しいとましろは思う。

人間観察もして、ふと横を見たら、階段でガンプラを作ってる人がいて驚いた。


「階段でガンプラを作っている人もいたんですよ」


ましろが、かしわたちにそれを言うと、かしわは目を丸くし、あめことかのこは

くすくすと笑っていた。


「家で作ればいいのにねぇ」


かのこはソードマスターをなでながら言った。


「ああ、そういえばここにもたまにいるよ。スタンド席に座って、ずっと、ここが終わるまで

本を読んだり、何か作業している人」


あめこも、ねー、とエクレールに話しかけてエクレールもうなずいていた。


『ああ、いるぜ。ここって今は入場無料だし、平日は空いてるから

椅子に座って作業はし放題さ! パソコンをもちこんで、スタンドで一日じゅう何かカタカタ打ち込んでいる人

もいるぜ。土日は100円の入場料がかかるけどな』


あめこは、ジト目でエクレールを横目で見て、ちょっと! と口を開いた。


「なんで馬のあんたが、入場料のことなんて知ってるのよ」


ああ! とあめこは声を上げた。

心当たりがあった。

いつも、競馬場の中を栗毛の馬が歩いて回っていると話を聞いていた。


「あんた、馬房のカギを口で開けて出入りしてるでしょ!

あんた東京競馬場所属の競走馬になったからって

たまに1頭で競馬場の中をうろうろしてるんでしょ?! 噂もクレームもいつもうちの厩舎

に来てて、皆神経とがらせてたんだから! 言ってくれれば連れてきたのに!

あんた野放しにすると何しでかすかわからないじゃない! 」


あめこが騒いでも、エクレールは面白くない話を聞いているように鼻を鳴らしていた。


『おやおや、誰かが騒いでると思えば、癖が強い競走馬ランキングでいつも単独1位に輝いてる

エクレール君じゃありませんか』


涼やかな声が聴こえたので、そちらの方を見てみたら、栗毛のサラブレッドが

ニコニコと微笑んでいる女性を乗せていた。

その馬の栗毛は、クリーム色に近い栗毛のエクレールと比べると、赤毛に近い栗毛だった


「こんにちは。あめこさん、かのこさん、かしわさん。ずいぶん賑やかね。3人は本当に仲がいいのね。

そちらの方は、お友達かしら?」


女性は穏やかに微笑んでいて、あたりがパッと明るくなるような笑みで、ましろたちを見る。


「ひふみさま!」


かしわが声を上げる。

そして、シルバープリンスの引綱を持ったまま慌てて頭を下げる。


「ええ?!女性で初めて今年のダービーを勝った皇(すめらぎ)ひふみさん!?

ていうことは、その子は……」


ひふみ、という名前を聞き、ましろは目を丸くした。

今年の日本ダービーは、女性騎手が初めて制覇したことで、競馬場も、競馬中継を見ていた

人たちも騒いで、その場は、その空間はお祭り騒ぎになったのだ。

勿論、ましろも沸いた。

抽選が通って、東京競馬場で初めて見た日本ダービー。

その時の勝利馬は、エンペラーナイト。夜の皇帝という意味の名前だが、牝馬だ。

ウオッカ以来の牝馬でのダービー制覇であり、皇ひふみは、女性初のダービー騎手だ。


『もしかしなくても、わたしは、エンペラーナイトでございます』


エンペラーナイトは、そういって頭を下げる。

なんとも優雅な所作で、賢い馬だということが一目でわかった。


(落ち着き方が、私のエクレールとはまるで違う……)


あめこはこっそりエクレールを振り返った。エクレールはあくびをしていた。

ダービーを勝った時、彼女、エンペラーナイトは、最低人気だった。

最低人気でダービーを勝ったエンペラーナイトは一躍スターホースになり

人気投票でも上位に躍り出るほどの競走馬であった。

それもそのはず、戦前最強の牝馬と伝説になっている、名牝クリフジと同じ道をたどることを

目標にしており、彼女は桜花賞を馬なりで勝ち、ダービーも勝ち、次は菊花賞を狙っているのだ。

赤毛に近い栗毛で、額に大きく輝く星を見ながら、シルバープリンスが

エンペラーナイトに尋ねた。


『それで、ダービー馬が、私たちに何の用だ? ここにいる3頭は、エクレールは3年前のダービーの日に、未勝利戦を勝ち、私は4年前のダービーに間に合わず、ソードマスターは

3年前のダービーに出走して惨敗している』


『ああ、あなたたち牡馬……1頭は騙馬ですね、を笑いに来たわけではありませんよ。

今日の最終レースの、3勝クラスの10頭立てのレースなのですが、1頭分の枠が手違いで

空いてしまったそうで、どうしようと関係者たちが途方に暮れてて

今日エクレールさんがここにきていることを知って、それで誘いに来たんです』


エンペラーナイトが、エクレールを見ながら言う。

エクレールのほうが、エンペラーナイトよりも、3つほど年上だが、彼女のほうがどうも落ち着いているのは、ダービー馬だからだろうか。

それとも、G1クラスにもなると、皆このように落ち着いた風格をしているのか

3勝クラスや2勝クラスばかり見ていたましろはそう思った。


『おい、エンペラーナイトさんよ。そのレースは、空いているのは外枠か?』


エクレールが耳を寝かせて、据わった目でエンペラーナイトを見る。


『残念、内枠です。白枠の1番。けど、エクレール。あなたも安田記念や、マイルチャンピオンシップを

目指すのなら、いい加減好き嫌いをなくしなさいな』


『いやだね。内枠ならおれは惨敗するぜ。俺様の大ファンだというましろに頼まれても

内枠ならおれは走る気はない』


それを聞いたひふみは思わず吹いた。

あまりにも強情なエクレールが、相当面白かったようだ。

あめこは、エクレールの額を軽く小突く。


「これっ! 変則2冠を達成している子になんてこと言うの!」


そのやり取りを微笑ましく見ていたひふみは口を開いた。


「ああ、笑ってしまってごめんなさいね。エクレール君、相変わらず面白いなぁって言うのは

この子と同じだけれど、決してバカにしているわけじゃないのよ

エクレール君の3勝って、全部大外枠でしょう? 相当癖が強い子なのね

ソードマスター君や、シルバープリンス君はちゃんとどこの枠でも成績だすのに……

それでも仲がいいって、ちゃんと愛情もらって、大切にされているのね。と思っただけよ

あめこさんが、しっかり愛情もって接してるから、エクレール君はちゃんとわがままを

安心して言えるのね」


ところで、とひふみは続けた。


「エクレール君は、どうして内枠は嫌いなの?」


そう尋ねた。エクレールは目を丸くして、堂々と答える。

周りには、「おい、あの人は、女性で初めてダービーを勝った、皇ひふみじゃないか?」

と人が集まってきているが、意に介さず、ひふみはニコニコと答えを待っている。

エクレールは堂々と答えた。


『決まっているぜ。俺様は、馬ごみが大嫌いなんだ。前にも後ろにも馬がいるのが気に入らないんだ』


「あんたそんな理由で内枠だったら走らなかったなんて! 1枠1番の時にはゲートからでなくて

競走中止になったこともあったけど……そんな理由だったのね! ゲートの再試験大変だったのに!」


あめこが目を丸くした。


「調教師にも調教助手にも迷惑かけて! 乗っていた騎手にも迷惑かけて! まったく!」


周りには、「おい、あれ、エクレールじゃないか?」

「え? あの癖の強い競走馬ランキングで、ぶっちぎりの1位の?」と、ささやく声も聞こえてきた。

ほかにも、「おい、あの白い馬、安田記念3連続2着のシルバープリンスじゃないか?」

「それを言ったら、その隣の黒い馬は、札幌記念を最低人気で勝利したソードマスターじゃないの?」

「豪華だね! 何の集まりだろう?」

観客がわらわらと集まってきて、ましろは目を丸くした。

3勝クラスの馬はともかくとして、ほかの馬はG1クラスの馬たちだ。

注目を集めて当たり前なのだ。


「ほら、エクレール! 早く決めなさいよ」


小声であめこがエクレールを小突く。

エクレールがそっぽを向いた。


「そのレース、うちのソードマスターが出たらだめ?」


かのこがひふみに尋ねるが、ひふみは、申し訳ないのだけれど。

と頭を馬上から下げた。


『そのレースは、何mのレースなんだ?』


シルバープリンスが、ひふみに訊いた。


「1400mのレースですよ」


にっこりとひふみが答える。

ひふみは、どうされますか? と優しい目でエクレールを見た。


『俺様が出てやる。勝てるかはその時の気分次第でいいか?』


エクレールは挑むような眼でひふみとエンペラーナイトを見た。

ひふみも、エンペラーナイトも、笑顔で頷いた。


「よし、じゃあ、エクレールを待機所に連れて行くから、わたしはこれで失礼するよ」


満足げに、エンペラーナイトとひふみが、あめことエクレールを先導して地下馬道に連れて行った。

検量して、空いている騎手がエクレールに乗ることになるのだろう。


「よし! ましろさん、第6レース……最終レースの始まる1時間くらい前に

パドックを陣取りましょう。今から一緒にお昼ご飯を食べに行きましょう」


かしわが、ましろを振り返る。ましろはあっけにとられていた。

内枠大嫌いのエクレールが、しぶしぶとだが、内枠のレースに出るのだ。


「エクレールが、1番枠で走る」


そんな話が、競馬場いっぱいに一気に広まった。

お昼ご飯は、立ち食いそば屋さんで、3人で並んで食べた。

シルバープリンスと、ソードマスターは、ニンジンの千切り(無農薬の切れ端野菜)

を桶一杯分食べる。

平日の競馬場は、平和でのんびりとしていた。

子供たちが10人ほどのグループで、大人2人と一緒にパドックの手すりを拭いたり、ガラス張りの

自動ドアの電源を切ってある部分を、せっせと拭き上げ、その光景を、競馬新聞を手にした

大人たちが、微笑ましく、温かく見守っていた。


「びっくりした?」


かのこが、ましろにそばを咀嚼しながら話しかけた。


「馬たちはみんな賢くて、実は人間と同じ言葉で話しかけてきてるって、府中では……というより

競馬場があるところでは信じられるようになってね。

人間が、馬の言葉を聞こうと一生懸命になったから、馬も人間の言葉を理解しようとしてくれた

って、初代レジェンドたちは、そう残してるんだよ」


ソードマスターが、知るまで飲み干すかのこを、ジト目で見ていた。


『かのこ、汁は体に悪いって、前、調教師(テキ)が言ってただろう?』


そうソードマスターがとがめたが、かのこはどこ吹く風だった。


「さあ、最終レースまで遊びましょう!」


楽しそうにかしわが2人と2頭に声をかけた。

女性ジョッキーのひふみさんが出てきました。

次は、エクレール君が内枠に挑戦します。

見守っててください

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