平日の競馬場
続きです。誰も傷つかない話。この話はフィクションです。
ましろはエクレールの言葉で気づいた。
そういえば忘れていたが、今日は平日だ。
昨日は日曜日で、今日は月曜日で、普段なら、競馬場は封鎖されているはずなのだ。
ましろは思い出した。そういえば今朝のテレビは、月曜日のニュースを流していた。
好きなアイドルが出ているからと、いつも5チャンネルのニュースを流していた。
あの番組は平日しかやっていなかったはずだ。
ましろは、無意識のうちにテレビをつけて、ニュースを流していた。
「あれ? 今日はそういえば平日ですよね?! なんで競馬場が開いてるんですか?」
自分の好きな、競馬系アイドルの山口裕介がテレビに出ていることが当たり前になっていて
平日という感覚が抜けていたが、スマートフォンを確認すると、月曜日だった。
何度も確認していたから、間違いはないはずだ。
「ああ、だって今日は平日開催ですもの」
かしわが答えた。
ほら、と話をつづけた。
「昨日言ったように、勝てない騎手や、勝てない馬たちが中心にレースを行ってるって」
パドックを右に、スタンドに入ろうとする。
普段は人でにぎわっているフードコートスペースも、平日なだけあって
少しだけ空いているがやはり人はたくさんいた。
ふと、ガラス張りの、いつもの出入り口を見ると、小学生くらいの子供たちが
雑巾を使いガラスを磨き、地面を掃き掃除していた。
「こっ……子供がいる! かしわさん! かのこさん! あめこさん! 学校があるのに
なんで子供たちがいるんですか?! 競馬場に! こんな平日に!」
『昨日俺様がいっただろ? 子供たちが掃除してるって』
エクレールが、鼻を鳴らしながら楽しそうに得意げに言う。
「なんで子供たちがいるんですか? 職場体験?」
目を丸くしながらましろが問う。
「ああ、不登校支援だよ」
あめこが言う。
なんとなく聞いたことがある言葉に、ましろはきょとんとした。
「不登校支援? 競馬場が?」
そう訊き返して、かしわも付け加えた。
「ほかにも、ホームレス支援、引きこもり支援なんかもやってますよ」
「競馬場は広いから、いくら人がいても困らない! これは、初代レジェンドの言葉だね」
かのこがかしわの言葉にに付け加える。
つまり、人員を大量に雇い、教育し、清掃業務や、物販の販売をしているということだ。
確かにこれだけ広いのだから、専門知識が必要なレース場の管理や馬の世話、審判を除けば
清掃や販売はホームレスの人や、引きこもりだった人に仕事を教えて任せれば
その分別のことができることに気づいた初代レジェンドが、支援を行うことに決めたのだ。
「ああ、実況アナウンサーも、インターンシップ中の学生を平日は受け入れてるよ。
お金払わない代わりに、実況中に笑わなければ、何してもいいということにしてね」
あめこがそう言って、エクレールを連れてスタンドの中に入っていった。
「あっあめこさん待ってください!」
ましろがあめこに続き、その後ろから、かしわとシルバープリンス、かのことソードマスターが続いた。
「スタンドの中とか、レース場の内側とかは平気そう? 分かる?」
と、かのこがやさしく尋ねた。
ましろはもちろん頷いた。
レース場の内側でやってるグルメイベントなんかにも何度も参加して食べたり飲んだりしていた。
子供たちが遊ぶトランポリンや遊具の場所も分かるし、食べ物屋さんの場所も分かる。
どこに何があるかは把握済みだった。
「お客さんが入れるところは全部知ってます。だから大丈夫かと思います」
「なら、安心だね」
あめこが楽しげに笑って、隣にいるエクレールにも笑いかける。
『お、ほら、子供たちだ』
駅直結の入り口があるところまで来ると、子供たちの声が聞こえてきた。
エクレールが促すので、ましろはエクレールが顔を向けたほうを見てみる。
見てみると、入り口のガラスを、子供たちが入り口の掃除していた。
年齢層はバラバラで、低学年風の子から、高学年であろう子までいた。
そばでは、初老の清掃人が、子供たちに丁寧に掃除を教えていた。
「ほら、ここは小さい子も触るから、罅がないかもよく確認して。
もし割れてるところがあったら教えてくれ」
半分以上は、元ホームレスや、引きこもりの人たちだと、昨日、エクレールが(偉そうに)
教えてくれたが、そうは見えなかった。
ただ、仕事に熱心な初老のお爺さんである。
「驚いたでしょう? 子供たちが、平日に競馬場に来て、掃除しているから」
ましろは目を丸くして頷いた。
『ましろ、あっちにもいるよ。見てごらん』
シルバープリンスが指示した方向は、スタンド席で、水音が生きていたころ
G1レースでは何度抽選を受けても抽選突破できなかった、スタンド席。
そこにも子供たちがいて、強化プラスチックでできた椅子を
1つ1つ磨いていた。
そばでは中年の女性が、優しい目で子供たちを見守っていた。
「割れてたら私に教えて頂戴。みんなとってもお掃除が上手よ」
スタンド席に捨てられたゴミを拾っている子供もいる。
「あの子たち、学校は? 課外授業ですか?」
かしわが、実はね、と小声で、ましろの耳元でささやいた。
「ヒントは、社会問題になってる、学校の問題、と言ったらわかりますか?」
「えっと……もしかして、学校に行きたいけどいけない子たち?」
かしわは、にっこりと頷いた。
「正解です。初代レジェンドの1人が、不登校問題に心を痛めて
カウンセラーや、学校の先生、不登校の子、親御さんから一人一人話を聞いて
学校や教室が怖いなら、外で体を動かすお掃除をしてもらおう。と決めて
今この形になりました。何か役割を持たせて、自信を取り戻してもらうことにしたそうです」
子供たちは、楽しそうに掃除をして、そばにいるお爺さんや女性に見守られていた。
見るからに安心した顔をしている。
「不登校だと、どうしても人が怖いのだそうです。教室に行けばいじめられる
いじめられてなくても、悪口を言われてるような気がして怖い。
先生から、わざと優しい口調で話しかけられたり、軽い知的障害や発達障害で
十分に言葉も会話も通じてるのに、子供の口調で話しかけられたりして、小さい子として
扱われているから、行きたくない。
けど、家にはお父さんとお母さんが悲しい顔で、僕を、私を見てる」
なんとも言えない話を聞いて、ましろは顔を曇らせた。
前の仕事場にも、平日に子供が来たことが何度もあり、ましろは驚いたのである。
「それは、そのレジェンドが、その子たちから話を聞いて?」
ましろは、疑問に思ったことを訊いた。
「そうだよ」
かのこが、ソードマスターの耳をいじりながら口を開く。
「レジェンドの一人が、発達障害のある不登校の子と話をして、どうしたいか聞いたんだって。
そうしたら、外に行きたい。勉強ができない分、誰かの役に立ちたいって答えたんだって。
それで、レジェンドは気づいたんだよ。そういった子たちの居場所を用意できるのではないかと」
かのこは続けた。
「競馬場は広いし、掃除しないといけないところはいくらでもあるから、そういった子たちを集めて
平日に掃除をしてもらうことにした。もちろん未成年だからまだお給料は払えない。
お給料の代わりに昼食券を用意して、お昼ご飯に栄養バランスの取れたお弁当を提供することにした。
東京競馬場のグルメフロアじゃ、バランスは偏るからね」
耳をいじるのに飽きて、かのこはソードマスターの口をぷにぷに触り始めた。
ソードマスターはされるがままになっている。
「お弁当は、各お店の野菜やお肉の切れ端から作られているから、原価はかなり安く
子供たちはお腹いっぱいのお弁当を食べられる」
ましろは感心した。自分の住んでいるところでは、不登校の子は、引きこもっているか
市が運営する適応指導教室か、別室登校を余儀なくされていた。
「ましろさんが住んでいたところだと、不登校の子はどういう風に勉強していたんですか?」
かしわが訊いた。
かしわが生まれたときにはもう、不登校支援は始まっていて、子供たちが掃除しに来ていた。
初代レジェンドが亡くなってから本格化したというのが、伝え聞いた話である。
「別室に通っていました。暗い顔で、とぼとぼとだれもいない廊下を歩いて
隅っこに、追いやられていました……」
少なくとも、スタンド席やガラスを掃除していた子たちとは、雰囲気も顔つきも何もかも違う。
ましろが中学生の時にも不登校の子は1クラスに1人くらいいたから、覚えていた。
ましろのいたクラスにもいた。1言も話したことがない子だった。
入学式の日に見かけただけで、気が付くといなくなっていた。
クラスの人数も多かったから、話すタイミングもなかった。
ましろの知らないところで、いじめがあったのか、それとも、その子に何かがあったのか。
連絡先も知らないから、今何をしているのか知りようもない。
「競馬場はギャンブルの場所だ、金儲けだ、動物虐待だなんていう人もいるけど
不登校支援を始めたあたりから風向きが変わってきて、今では誰もが
競馬場を受け入れるようになったんです。競馬は、行き場のないサラブレッドのための場所
でもあるんですよね」
かしわがエクレールを見ながらうなずいた。
あめこもうなずいて、そうなんだよね、と口を継いだ。
「エクレールは気性が悪くて、騙馬になるしかなかった。騙馬になったエクレールにはもう
行くところがないし、競馬しか居場所がない。エクレールみたいな馬たちはほかにも
たくさんいるから、ありがたいんだよね。競馬って」
そうだ、とましろは思った。
エクレールしか見ていなかったが、ほかにも騙馬はたくさんいる。
騙馬でG1を勝っている馬もたくさんいる。
G1や重賞を勝っていれば行き場もあるかもしれないが、そうでないエクレールをはじめとする
日陰の馬は、行き場がないのだ。
今でこそ府中は馬社会になり、殺処分されるサラブレッドの数は劇的に減ったが、ましろも
昨日までは、エクレールのような馬は、競馬がなくなれば行き場がなくて、その道は
閉口してしまう結末だと思っていた。
しかし、気性の悪い馬はやはり貰い手があまりないから、やはり競馬は必要なのだと
あめこたちは言っていた。
「競馬は、サラブレッドの居場所ですから。」
微笑んでかしわが言った。
「競馬は、サラブレッドの居場所、かぁ」
ましろは、なんて素敵な言葉なのだろうと思う。
これは、ましろが競馬を好きなのもあるかもしれないが、サラブレッドは
走るために生まれてきた馬だ。
走るために生まれてきたのに、走る役割を奪ってしまったら
いくらG1馬とはいえ、居場所はなくなってしまうのだ。
「競馬があるから、エクレールたちは生きている。そうですよね」
ましろは納得したように口にした。
それを聞いた3人は嬉しそうに微笑んだ。
「よし、内側も行ってみようか」
かのこがそう言ったので、4人と3頭で地下道を通り、レース場の内側に行く。
内側も、やはりきれいで、バラ園もあり、ギャンブルする場所とは思えないほど穏やかな風景が
広がっている。売店もあり、子供が楽しめるちょっと大きな公園ともいえる。
「ああ、ここ、何度も水音と来たところです。
枠色フロート、食べようって言ってて、結局食べなかったな……」
ましろは少し落ち込んだ雰囲気を纏う。
「じゃあ、今食べてみる? わたしが奢るからさ」
あめこが、エクレールをましろに預けると、枠色フロートを買いに走った。
4人分のフロートをもって帰ってくる。
「はい、ましろちゃんには大外枠の色の桃色だよ。
エクレールが外枠じゃないと走らないの知ってる人だからね」
それを見た馬たちがうらやましそうに鼻を鳴らした。
『ああ、いいよなぁ、人間は。なんでも食べられるんだから!』
エクレールが嘆く。
その嘆きに、ソードマスターとシルバープリンスが大きくうなずいた。
『見なよ。そのきれいな色と冷たくて甘そうなソフトクリーム。
僕たちも食べれたらいいのに』
ため息をつくようにソードマスターは嘶いた。
『まったくだ。なんで俺たちは食べたらだめなんだ』
「人間の食べ物は、塩分も油分も砂糖も、何もかも多いから、君たち馬は
食べたらだめなんだよ」
かのこが釘を刺した。
かのこのフロートの色はオレンジ色で、その色の通りオレンジ味だった。
かしわのフロートの色は緑色。
4人で水色でプラスチックづくりの椅子に腰を掛けて、フロートを味わった。
冷たくて甘いソフトクリームは、ジュースが薄い膜のように凍り付き
シャリシャリとさわやかな食感が楽しかった。
ジュースは人口の果物の味がして、なんとなく懐かしい味がした。
今、この場に水音がいたら、はしゃいだだろうか。
すぐそばに、あこがれのシルバープリンスがいて、エクレールと、ソードマスターとともに
競馬場のスイーツを楽しんでいるましろを、うらやましがるだろうか。
「ああ、枠色フロートって、こういう味なんですね。子供の時に夢見たことがあるんです。
絵の具を食べたら、どういう味がするんだろうって」
ましろがしみじみと、口を開いた。
食べかけの、桃色のフロートを手に、懐かしむ目をした。
「絵の具を?」
あめこが目を輝かせてましろに訊く。
馬たちは不貞腐れて地面に寝転がっていた。
昔だったら食べたら危険な植物が植えてあったのだろうが、今はもう馬社会なので
馬が食べても大丈夫でむしろ体にいい植物が植えてあるので、それを口にしつつ
不機嫌な顔をしている。
「はい。絵の具って、食べたら甘い味がしそうじゃないですか?」
ちょっと微笑んで、ましろが続けた。
「ああ、分かるかも」
かのこがオレンジ色のフロートを食べきって相槌を打つ。
あめこは、氷をかみ砕きながら、なるほど。と相槌を打ち
「面白いこと考えるね」
と、妹を見る目で言ったあとに、ああ、そうか。続ける。
「水色や青色は、空の味で、オレンジや黄色や赤は、太陽や光の味、黒は夜空の味」
うたうようにあめこが言った。
それを聞いた馬たちは、鼻を鳴らして、うとうととうたたねをした。
まだ続きます。




