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リズの瞳  作者: 朋永実久
第二章
47/50

人気者



 学園が再開されると聞かされたのは、年が明けて、蝕獏信教が起こした事件から四ヶ月後のことだった。

 早朝訓練を終えて、着替えを済ませたリズが食堂にやって来ると、後からやって来たエリックが教えてくれたのだ。


「音楽室はまだだが、他の教室の改修工事は終わったようだから、来週から授業が出来るそうだ」


 朝食を食べながら、エリックが言った。


「長い休みだったな」


「学園が休みだったおかげで、しっかり訓練出来てよかったじゃないか」


 ブラッチとマイロが朝食をがっつきながら言うと、ジョスが優雅に紅茶を飲みながら言った。


「……王都には雪は降らないから、今まで休んだ分、授業時間は増えるんじゃないか?」


「それはありえますね」


 とエリックが答えるのを聞いて、それはそれで嫌だなとリズは思う。訓練でも手いっぱいなのに、学園の授業と両立出来るだろうかと、少々不安になる。


「そういえば、課題は終わったか?」


 朝食を食べ終えたエリックに聞かれて、紅茶に手を伸ばそうとしていたリズは、課題と聞いて目を丸くした。


「……課題?」


「宿題だよ。学園が休みの間にするようにと、課題を渡されてただろ」


 それを聞いたリズは、机の上に重ねられた課題の山を思い出して、言葉を失った。

 騎士になってからというものの、毎日訓練ですっかり忘れていたが、休学が決まった時に担任教師のウルリクが、マーシャル家まで課題を持ってきてくれていた。

 だが、一切手は付けていなかった。リズは真っ青になった。


「か、かかか課題ッ!」


「忘れてたのか……?」


「わ、忘れてました……!」


「寝る前に出来ただろ」


「存在すら忘れてました!」


 絶望するリズをしり目に、ブラッチはガハハと笑っている。


「お前ら学生は大変だなぁ!」


「リズ。観念して、先生に怒られるしかないよ」


 マイロは同情してくれる。ジョスはエリックを見やった。


「……エリックはやったのか?」


「私はもう終わってます」


 エリックは当然のように言った。


「ど、どうしよう?!」


 縋るようにエリックを見ると、エリックは呆れ眼で見返した。


「見せてやってもいいが、写したところで、授業が再開したらテストがある。それで点数を取れなかったら補習だ。それに、今回のテストは進級に響くぞ」


「テスト?!進級出来なかったらどうしようー!」


 リズの悲鳴じみた声が食堂に響き渡る。頭を抱えたリズを、周囲にいた騎士が面白おかしくからかってきたが、リズはそれどころではなかった。


 その日から、リズは寝る間を惜しんでエリックの課題を写した。量が多いので写すだけでも大変だったが、なんとか学園の登校日には間に合わせることが出来た。



   ✴



 リズは玉兎騎士団に入団してから、王宮内にある使用人寮に住んでいる。本来なら騎士寮に入らなければいけないのだが、女が一人入寮すると何かと問題が発生しかねないとのことで、騎士寮から少し離れた女性用の使用人寮に入寮したのだった。


 学園がはじまっても、リズは寮から学園に通うことにしている。いつ任務が入るか分からないから、エリックもオリヴァーもそうしていて、たまに家に帰るそうだ。


 そういうわけで、リズは王宮から学園までの道を、エリックと並んで歩いていた。


 学園に通う貴族令息、令嬢からしたら、徒歩で学園に通うなど考えられないことだ。

 それなのに、徒歩で通うこととなったのは、身体を鈍らせないように早朝訓練をした後、馬車を使わずに二人で歩いていったらどうだ、という団長のラズロ・ウィートリーの思い付きからこうなった。


 この寒さの中歩くのかと思ったが、訓練の一環だと言われてしまえば、反論出来ない。リズもエリックも黙って従った。


 おかげでリズは、コートを羽織ってマフラーを巻いて、手袋をしてと、着ぶくれしてしまっている。隣のエリックは、黒いコートに革手袋をしていた。こちらはリズと違い、洗練された騎士に見えるから不思議だ。


「寒いですね……」


 リズはこれだけ着込んでいるというのに、寒くて身体が震えっぱなしだった。あまりの寒さと会話のなさから口にすると、エリックも同意した。


「徒歩だからな」


「団長はいつもあんな風なんですか?」


「あんな風とは、思い付きを口にするってことか?」


「ええ」


「あれでよく皆振り回されてるよ」


 エリックは真冬の灰色の空を仰いで嘆いた。その表情には諦めが滲んでいた。

 エリックがあまりに遠い目をしているので、リズは話題を変えることにした。


「それにしても、課題がなんとかなったのは、エリック様様のおかげです」


 リズは重い鞄を持ち直して言った。中には、徹夜して書き写した課題がパンパンに入っている。


「なぜ様を二回言う?」


「それ程感謝してるからです」


 エリックは呆れたように小さなため息を吐いた。


「リズ……。訓練はもちろん大事だが、私達は学生なんだ。勉強を疎かにしたらダメだ」


 ぐうの音も出ない正論に、リズははいと小さく返事をして、ちらりと横目でエリックを見やった。


「エリック様はBクラスですよね?」


「ああ」


「どうやって成績を維持されてるのですか?」


「どうと言われてもな……。寝る前に予習復習はしてる」


 オリヴァーも騎士をしながらAクラスだし、エリックだって訓練に明け暮れているというのに、予習復習をやる余裕があるとは恐れ入る。


 リズは寝る前には友人への手紙を書いたり読んだりしている。そのうちに疲れて眠くなってしまうのだが、これからはそうも言ってられないだろう。


「リズも寝る前にやるといい」


「は、はい……」


 睡魔が襲ってくるから無理だとは言えない。これからはエリックを見習わないといけないと反省したが、実行出来る自信はなかった。





 久しぶりの学園ということもあり、リズは浮足立っていた。久しぶりにスーザンやキム、クラスメートに会えるのだ。手紙のやりとりはしていたとはいえ、話したいことは山程ある。


 Dクラスはいつにも増してガヤガヤと騒がしく、廊下にまで話し声が響いていた。リズがおはようと挨拶をして教室に入ると、クラスメート達の視線がいっせいに集まる。リズは一瞬怯んだ。


「リズ!おめでとう!」


「玉兎騎士団初の女騎士なんて、カッコいい!」


「毎日訓練してるんでしょ?辛くない?」


「エリック様も一緒なんでしょ?」


「もう任務には行ったの?」


「例の事件にはリズも関わったんでしょ?」


 クラスメート達が群がってくると、好奇心を剥き出しに矢継ぎ早に質問を放つ。リズはたじろいだ。


 思えば、騎士になってから学園はずっと休みだった。学園で起こったブレンダの暗殺未遂事件のことや、リズの玉兎騎士団入団といったビッグニュースはとっくに周知されているが、関わった本人を前にするのは初めてのことで、皆興奮している。


 リズの口から聞きたいことはたくさんあるのだろう。皆の興奮と好奇心を抑える術を知らないリズは、朝礼がはじまるまで質問攻めにあった。リズはまだ授業もはじまっていないのに、どっと疲れてしまった。

 それなのに、授業が終わって休み時間になるとまた皆に取り囲まれるものだから、リズの気は休まることがなかった。





「ずっと学園は休みで皆に会えなかったから、皆飢えてたのよ。久しぶりの学園に、話題のリズが同じクラスとなると、そりゃ興奮するのも無理ないわね」


「他のクラスの人や先輩後輩関係なく集まってきてたわね」


「手紙もたくさんもらってて、すごい人気だったわよ」


「ううー……」


 昼休みになり、リズは、スーザンとキム、それからニコルと、美術準備室で昼食をとっていた。


 食堂にいると、リズは生徒達に囲まれて質問攻めにあって落ち着いて食事も出来ないだろうと、キムとニコルがお弁当を持参してくれたのだ。そこに、スーザンも加わって皆で昼食をとることとなった。

 おかげでリズは、ようやくほっと一息つくことが出来た。


 ニコルとキムが持ち寄ってきてくれたお弁当を頂く。リズのことを想って用意してくれたお弁当は、どれも豪華で美味しくて、胸がいっぱいになった。


「私も頂いてよかったのかしら?」


 スーザンがニコルが持ってきてくれたパンを手にして言うと、もちろんよとキムが答える。


「これを機に仲良くなれたら嬉しいわ」


「それは、私も嬉しい」


 うふふ、とスーザンは嬉しそうに微笑む。リズも友人同士が仲良くなってくれそうで、なんだか嬉しかった。


 それに、キムはブレンダ暗殺未遂事件で怖い目にあったというのに、元気そうで安心した。


「それに、お弁当を持ち寄ろうって話は、ニコル様が考えたのよ。いつもAクラスでオリヴァー様が囲まれてるのを見て、きっとリズもああなるだろうって、学園が再開する前に家に来て話してたの」


 キムが言った。どうやら、リズの家で居合わせたのをきっかけに、いつの間にかキムとニコルは仲良くなっていたようだ。リズは益々嬉しくなった。


「わ、私はお父様に言われてそう提案しただけよ!お父様が、あなたのことを気にかけてやってくれって言うから……」


「ふふ。レーン侯爵には本当にお世話になりっぱなしで、感謝してます。ニコル様も、ありがとうございます。こんな穴場まで教えてくださって」


「別に!たまたま美術部だから思い付いただけよ。中庭だと寒いし、ここは誰も来ないし暖かいからいいと思ったの」


「本当に助かりました!」


 リズが感激して言うと、ニコルは照れてそっぽを向いたが、耳は赤い。素直でないところが可愛くて、気遣いが嬉しかった。ニコルとも、これからもっと仲良くなれそうだ。


「それにしても、一躍人気者だから、リズはこれから大変ね。以前のようにはいかないわよ」


 スーザンが言うと、キムも続く。


「しばらくは毎日こんな状況かもね。リズが学園にいない時は、きっとスーザン様に手紙を渡してくれって女子生徒が殺到するわよ」


「それは……困るかも」


 すでに、リズは休み時間に先輩後輩関係なく女子生徒から手紙をもらっていた。たまに男子生徒の手紙も混じっていたが、どれも憧れているだとか、かっこいいだとか書かれたファンレターなるものらしい。


 これら全てに返事を書く時間は、今のリズにはない。返事は書けないと言っても、受け取ってくれるだけでいいと言われたら、受け取るしかない。リズはオリヴァーの気持ちを少し理解出来た気がした。


「オリヴァー様やエリック様はよくこんな状況で学園に通えてるなって、思うわ。二人共成績を落とさずに、しっかりと勉強もしてて、日々の訓練や任務もこなしてるの。本当に尊敬しちゃう……」


 リズは机の上にぐてんと倒れ込んだ。腕を交差させてその上に顎を乗せると、ニコルがだらしがないわよと叱った。


「リズ、勉強苦手だものね」


 スーザンが言うと、キムも続く。


「試験ではエリック様に勝てても、勉強では敵わないわね」


「課題は間に合ったみたいだけど、すぐにテストがあるわよ。大丈夫なの?」


 皆から次々に心配されて、リズはううーと唸った。


「実は、課題は……エリック様のを写させてもらったの……。間に合わなくて……」


 リズが白状すると、皆からええーっと驚きの声が上がった。キムは呆れたように口を開けた。


「リズ、あなた……」


「ご、ごめんなさい!でも、本当にそれどころじゃなくて!あの……反省は、してます」


 背筋を正して謝ると、スーザンは苦笑した。


「ある意味大物ね。エリック様にそんなこと頼めるの、リズしかいないわよ」


「エリック様のファンに知れたら、また呼び出しを受けるわよ」


 ニコルは自分のことを棚に上げて言った。リズはしょんぼりと肩を落として、もうしませんと誓った。


「訓練で忙しいのは分かるけど、テストは頑張らないとね。去年は、Dクラスの皆も、進級の時期だけは頑張って勉強してたわよ」


 幸い、リズは任務が入るまではしばらくの間は、学園に通うことになっている。騎士としての活動は早朝訓練だけなので、放課後は勉強が出来るはずだった。


 ここで本腰を入れて勉強しないと本当にまずいと感じたリズは、立ち上がって握りこぶしを作ってみせた。


「うぅ……。なんとか頑張るわ!多分……大丈夫よ!」


 三人は、そんなリズを不安げに見守っていた。




 その日、リズは無事に課題を提出して帰路についていた。もちろん帰りも徒歩で、たまたま正門前で一緒になったエリックと王宮へ帰ることとなった。


 相変わらず空気は冷たいし、吹き付ける風で凍えそうだが、隣を歩くエリックは平然としている。キビキビと歩く様は軍人そのものだ。


「そういえば、明日からオリヴァーも学園に来れるそうだ。ブレンダ殿下から聞いた。ようやく、遠征から戻ってきたみたいだ」


「本当ですかっ?!」


 リズは目を輝かせた。


 オリヴァーとは、三ヶ月以上会っていなかった。

 リズが使用人寮へと引っ越した頃に、オリヴァーは隣国との合同訓練のために、北の国境沿いに向かったからだ。


 合同訓練は一ヶ月かからないと聞いていたが、そのまま魔物の瘴気を払うために南部へ向かい、続けて派遣要請があって西部に駆り出された。

 魔物自体は大したことがなかったそうだが、数が多く瘴気で汚染された範囲が広かったために浄化に時間がかかっていたようだ。


 遠征先からオリヴァーの近況を綴った手紙はポツポツと届いていたが、いつ移動するか分からないので、リズは返事を出すことが出来なかった。しかし、明日は久しぶりにオリヴァーに会える。


 話したいことはたくさんあったし、リズは未だにオリヴァーへお礼を渡せていなかった。お礼の品物はすでに丁寧に包んで用意してあるから、明日学園で会えたら渡せるだろう。


 リズはテストのことも寒さも忘れて、急に元気になった。うきうきとスキップをしそうな勢いのリズに、隣を歩くエリックは、やれやれとため息混じりに言った。


「リズ、テスト勉強もしないとな」


「……はい」


 釘を刺すように言われて、リズは気を引き締めざるおえなかった。



 

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[良い点] リズがポンコツかわいい [一言] 更新楽しみにしています!
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