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番外編 カフス

 

 カラン


 扉を開けると呼び鈴代わりの木札が鳴った。

 店主は店内のウィンドウの側に居て何かを見ていたが、音に気付き額に上げていた丸い眼鏡をひょいと掛けて、いらっしゃい、とこちらを向いた。

 イチはそっと会釈してハットを外し、帽子掛けに掛けさせてもらう。そして2坪程しかない店内のウィンドウの中をじっと眺めた。


「プレゼントですか? レディ」


 突然看破されて目を見張ると、

「ああ、すみません。キュレーター・メイから伺っていましたので」

「あ、そうでしたか…」

 イチはそっと手を胸に当て、息をはく。

 元々仕事帰りに寄ったので男装のままであったが、メイから教えて貰ったこのカフス専門店が普段生活しているウエストエンドではなく、下町があるイーストエンドに近い場所にあったので自衛の為にこの格好で来たのだ。

 早々に看破されるのであったら自衛にならない所だったので、ほっとして胸を撫で下ろす。

「とは言え、男装をしていてもお綺麗なので……馬車で来られています?」

 心配そうに聞いて来た店主に、イチはニコッと頷いて、はい、表に、と頷いた。

 それならよかった、と店主も頷いて、どの色をお探しで? と聞いて来た。

「エメラルドか、それに近い物があれば」

「畏まりました。お待ちください」


 しばらくして店主が選んで出してきてくれた濃紺のビロードの小箱の中を見て、イチは戸惑った様に小首を傾げる。

 出てきたカフスの色が、全て黒く、オニキスの輝きを放っていたからだ。

「恋人へのプレゼント、と見立てたのですが。違いました?」

 恋人、という言葉に少し顔を赤らめながら、いえ、その通りです、と小さく言うと、店主はにっこり笑って頷いた。

「では、こちらから選んで頂いて大丈夫です。レディの瞳の色から選びました。恋人へは、自分の目の色を贈るのが一般的ですから」

「そうなのですね」

 知らなかった、と言うと、店主は面白そうに、言った。

「逆に貴女へのプレゼントはエメラルドや翡翠が多いと思いますが……思い当たりませんか?」

「あ、はい。確かに」

 先日の舞踏会の為に用意してくれたイヤリングは綺麗なエメラルドだった。翌日高価な物だからと返却しにアルバートの所へ持って行ったら、何故か散々怒られてとにかく手元に置いておけ、とかみつかれたのだった。

 イチの様子を見て店主は、レディ、と優しく声を掛けた。

「英国では、恋人にプレゼントを贈る際、自分の瞳の色を送るのです。お互いがお互いの瞳の色を身に付ける事で、所有されている、というのを内外に示すのですよ」

「そんな意味が……」

 イチは漆黒のカフスを身につけたアルバートを想像してしゅっと頬を染めた。

「レディ、あまりそういうお顔は外で見せない方が良いですよ」

「す、すみません」

「お相手の方の心配そうな顔が目に浮かびました」

「私には怒った顔が目に浮かびました」

 苦笑した店主と情けない顔をしたイチはお互いの顔を見て笑い合うと、濃紺の小箱の中を眺め、時間をかけて選んでいった。

「これにします」

 そう言って大事そうに手に取ったカフスは、銀地の台座に親指の爪ほどの長方形をした黒瑪瑙くろめのうのカフス。シンプルな物だ。

 自分に見立てて、と想像すると、あまり色んな細工がない方がらしいのではないかと思った。


 喜んでくれるといいけれど。


 じっと眺めながら微笑むイチを店主は穏やかに見守っている。これはお相手の方は目に入れても痛くないだろうな、と思いながら。



 ****



 アルバートが外出から戻ると、執事がイチ様が執務室でお待ちです、と言った。

「ん? やけに早いな」

「ええ、私も気になってお聞きしたらば、お仕事は午前で切り上げたとか」

「へえ、……それならば、かえって遅いな」

「ええ、私もその点も気になりましてお聞きしたらば、お買い物に行かれたそうですよ?」

「ふーん」

 何を買いにいったんだ? と執事に目で問えば、ご自分でお確かめ下さい、と片眉を上げられた。

 それもそうか、と足早に執務室に向う。


「イチ、戻っ」

 扉を開け、声をかけようとして自分で自分の口を塞ぐ。

 イチは、執務室の長椅子の端に身体を寄せ微かな寝息を立てて眠っていた。

 以前ここで寝ていた時は座ったまま微動だにしなかった事を思うと、寄っかかって寝ているだけまだましか、と思う。それだけこの場所がイチにとって落ち着く場所になってきたのだろう。

 アルはイチの革靴を脱がして脚を伸ばせられる体勢にすると、クッションを一つとって頭の下に当てた。さらりとした髪を愛おしむ様に撫でると、ん? とイチが大事に手に持っている物に気付いた。

 外して楽にしてやろうとするのだが、しっかりと両手で握っていて外れない。

 まあ、いいか、とそのままにする。

 きっとこれを買いに行ったのだな、と思うと、外してローテーブルに置いても気になって開けてしまいそうだ。

「まて、そもそも俺宛なのか?」

 恐ろしい疑問が口に付くが、まてまて、とまた思考を巡らす。

 イチが仕事を切り上げてまで買いに行った。そして屋敷に戻ったら執務室でアルを待っていた。買ったものを見せるか贈るかどちらかだろう。

「贈るなら俺宛だか、見せるなら他の奴宛……」

 ぶつぶつと言いながらじっと手に持っている小箱を見るのだが、本人が起きない事には何とも言えない。

 いっそ起こして聞こうかとも思うのだが、あまり見た事のないあどけない寝顔をもう少し堪能しておきたかった。

 以前の仕事上の預かりではなく、婚約者としてこの屋敷に住んでいるとはいえ、寝室はもちろん別、アルに襲わないようにとイチの部屋はアルの寝室から一番離れた部屋になっていた。

 失礼な、婚前前に襲うか!!と執事に迫ってはみたが、信用なりません!!! との一点張りで未だイチの寝顔を見たのはあの執務室での一回だけだ。いや、そう言えば、美術館でも。

 あの時のしどけない寝顔も魅力的だったが、今日の寝顔は安心し切っている。

 さすがに、起こすのは躊躇ためらわれた。

「仕方ない、起きるのを待つか」

 苦笑して身体を起こし、自分のフロックコートを取ってくるとイチに掛けた。

 柔らかな白い頬に手を伸ばしたい衝動を何とか意識して止める。ちらっとみた執務机の上に書類の束を見つけてしまったからだ。見つけなければ全力で起こす方向に傾けるのに、と先ほど躊躇った事を忘れたかの様な本能まみれの思考になる。

 見るだけなら止められる。

 触ったら最後だ。

 そして思う存分楽しむのならあいつをやっつけてからだ。

 髪をかき上げ名残惜しそうにイチの寝顔を見ると、アルバートは肩に手を当てながら執務机へと歩いて行った。


挿絵(By みてみん)

檸檬さまよりFAを頂き描いた番外編です。やわらかなイラストの雰囲気に合う仕上がりになっていますように。

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