無双と無謀
難産じゃなかったのですが
過労は辛いですね
一瞬の目が眩むような光を抜けて、転移は終わる。どうやら成功したらしい。飛んだ先は郊外のようだ
あまり私は他国の地理に詳しくない。勿論現在地など分かるわけもない
(『や、別に構わないのだが…と、囚われの離れを探そうか』)
とりあえずは見える範囲を確認する。猫の視界からでは低すぎたので近くの木に飛び乗った
辺りを見回すと少し離れた場所に大きな街が見えた。城が見えるその街並みには私も記憶がある、たしかこの国の都だったはずだ
更に見渡していく。辺りには街並みの他には街道が続いている以外特別に何かあるようには思えない。目だけでは探すのは厳しいようだ
仕方無しに木の上で目を瞑り周辺に魔力が感じられないか調べることにした
研ぎ澄まされているわけではないがこの猫の姿というのは鼻が利く。ただの匂いだけというわけではない。魔力の残滓を嗅ぎ取る事も可能なほどだ
そんな私の鼻だから嗅ぎ取れた魔力の溜り。目と鼻の先から嗅ぎ取れているのに何故か気付かなかった
(『幽閉といってはいたが、まさか普通の屋敷とは』)
足を運び、見えたのは普通の屋敷だった。私やセラの屋敷よりは2周りほど小さい。一般的な住宅より僅かに大きいほどだ。セラの離れの別荘だったというところだろう
しかし、見えた屋敷に使われている魔術がかなり酷かった
(『認識阻害と空間停止、時系を僅かしか使っていないというのは嘘だな。まあ、セラは目分量設定だから誤差かもしれないが』)
認識阻害。これは他の者から認識されないように仕向ける黒魔術か無魔術の術式の一つ。魔力量によっては阻害の為に真直ぐ歩いているはずが迂回していたりする。傍から見ている側も認識できなければ不思議に思う事すらない、かなり高度な術式だ
空間停止。これは銀魔術の一つだが言ってしまえば場所と場所との間に見えない結界を作る術式の一つ。だが、これはアレンジが酷い
(『恐らく…内部と外部の時間の流れを変えている? どんな理屈で陣を組んだんだ…こんなことしたら陣解除後に中の人がどうなるか分かったものじゃないぞ』)
間違いない、金魔術のほうが割合が高い。よく見ると銀魔術より金魔術の方が制御がかなり丁寧にされている。内部に悪影響を起こしたくなかったのだろう……これならば術を構成している陣を解除してもそれ程被害は出ないだろう
だが、あくまでも術式を解除した時だけだ。魔力でこじ開けた場合は中にあるものの無事は保障できない
(『仕方ない。猫のままが良かったのだが魔力のみで無理やりこぎあけたら内部は崩壊するだろう…全く』)
本当に仕方ない。猫に戻ってみて猫の方が動きやすい事この上なかった。服を気にする事も羞恥を感じる事も無くなって楽だ。出来るならば猫のままでよかった……帰るのに魔術を使う必要があるのだから仕方ないと納得させないと未練が残りそうだ
"ポンッ"
現れたのはつい先ほどまでなっていた姿。魔力を形付けるのにそれ程時間をかけずに済んだ……もう人化にも慣れてしまったのかもしれない
しかし、不思議だ。人化すると前に着ていた服がそのまま残った状態になるのはどういう仕組みなのだろうか
「さて、と。準備を致しましょうか」
それをさておき、私は事を早めにしないといけないらしい。人化した途端突然辺りに感じられた視線はあまり穏便に済みそうな雰囲気に無い
「しかし、監視の目が濃いのですね。少し寝ていてもらいましょう」
こちらも襲ってくる相手に穏便に済ますつもりは当然無い。手で陣を描きながら目は相手を確認する
向かってきた者達とその場に留まっている者達双方から魔力を感じる。どうやら彼等は魔術使いらしい。有難い事だ、ただの腕力勝負などよりは断然御しやすい
良く見ると向かってきた者達の魔術は皆終わっているようで得物が全て淡く光っている。自己強化系だろう、私が覚えなかった魔術の一つだ。似たような事は無魔術で可能だが、多分燃費は悪い
「………………」
得物、黒く塗られた細身の剣や同様の色の槍が届く距離になっても彼らは何も言わない。そして無言のまま襲い掛かってきた
「矜持無しですか…暗殺者か始末人といったところでしょう、得物と使用魔術を考えたら」
軽口を叩きながら彼らの攻撃を避ける。身を引き、横にずれ。彼らの動きは前何度も襲われた狼達よりもかなり遅いように感じるので脅威に思えなかった。ただ、服を斬られるのだけは勘弁してほしい。だから私の避け方もかなり大きな事になっていた
「不穏分子は排除するだけだ」
初めて声が聞こえた。だが、聞こえたのは背後から。誘われたのだろう、前の3人は囮だったようだ
けれど、背後からの剣戟は届くより先に私が手で描いていた陣が先に発動する。ちなみに私は未だ尻尾1本だ
「"眠りの風"」
詠唱をつけ魔術を発動した途端、私を囲んでいた襲撃者たちは地に倒れた。強制的に眠りに入らせる魔術なのだがこの眠りが浅いものになる事は無い
ちなみに範囲は広くしていないので動かなかった者達は範囲に入らない。それでも今襲われそうになったこの現状は回避できたようだ
「そちらの方々、まだ何かありますか?」
遠めに声をかけたところ返答は無かった。魔力も消えていた。つまりこの彼らを見捨てて逃げたようだった
別に襲撃者をどうこうするつもりも無い。今の私の役目は襲撃者殺害ではない事は明白だ。邪魔だから気に縛る程度の事はさせてもらおう
「"草の束縛"」
彼等は近くの木の根元で足を草で絡められた状況になった。茶魔術は地味だ
いざ、邪魔者を排除して結界の前に立つ私。はっきりいって陣の作りはかなり精巧で一見は微弱な箇所など存在しないようにすら思える。多分聖教国の魔術師が見ても、誰もが不可能と判断するだろう
結界を一周し、見た目には何処にも隙は無い事を確認した。これはかなり手が掛かる陣のようだ
魔力を解析する為に目を瞑り、手を結界に合わせて指先のみで小さな陣を描く
「"解析"」
これは単純に陣の構成を調べる無魔法の一種。この魔術は汎用魔法として既に出回っているが描かれている陣を解析するだけでそれなら私には必要ない
だから私は改良した、内部構成を読み解くように。しかしこの改良した魔術は一つ難点がある……その内部構成を薄い魔力として取り込む為対象の陣が強ければ強いほど自分自身に負荷がかかる事だ
「………っ、ぅぁ……」
突如脳内で始まった構成術式の魔力の濁流にとっさに頭を押さえて耐える
半分力技で作られている為構成に使用されている魔力の総量がとんでもない事になっていたようだ
頭を掴まれ上下左右に激しく揺さぶられる感覚なんて、これはそんな可愛い表現ではない!
「…ぅぁぁぁぁぁ!?」
声を抑えるのも無理だった。自ら頭を振って痛みを和らげようとするのも無理だった
「………ぁ、ぁ……」
限界だった。足がかくんと折れ、地面に腰が落ちた
ただ、それでも終わるわけではなく絶え間なく脳内に構成内容は流れていった
未だなのか。後どれくらいだ………どれ位耐えれば私は終わる事が出来る?
傍から見たら、ただただうつろな目で呆然と佇み口を微かに動かしている猫耳の少女の姿が確認出来たに違いないだろう
そして、耐え切れず意識が途切れた体はゆっくりとその場に崩れ落ちた
貯めると思っても貯まらないのがネタですよね