39 ジャーキーの美しい食べ方
わたしは今日、とてもいけない事をしてしまいました。
男性がたしなむような強いお酒とジャーキーを、とても行儀悪く食べてしまったのです。いえ、あれが正しい作法なのかもしれないので安易に行儀が悪いというのもいけません。
あの時、わたしはフロスとユニちゃんと一緒に中庭を散歩していたのです。前に聞いた通り、雪化粧をまとった庭の様子はまた格別なものがあり、景色を楽しみながら歩いていました。
突然、きゅわとユニちゃんが鳴きました。
そして勢いよくどこかへ走っていきます。
「ユニちゃんどこに行くの?」
「きゅわ!」
着いてきてと言われたような気がして、わたしはフロスとともにユニちゃんの後を追いました。ユニちゃんを見失わないのに夢中で、どこの道をどう通ったのかよく覚えていません。
気づくと、フユ将軍が料理長と一緒にたき火を囲んでいる所へ来てしまいました。フロスはいません。途中ではぐれてしまったようです。
たき火をしているからには外なのでしょうけれど、雪がつもっていてどこを見ても景色がまっしろ。あそこががどこかは今でもわかりません、
「これはこれは姫さま。おひとりでどうなされましたかな」
「ほお、いいところに来られたな」
ユニちゃんを追ってたどり着いたと説明をすると、その横でユニちゃんがほこらしげにしています。ユニちゃんと一緒とは言え、フロスには悪いことをしました。
「このちびユニコーンは鼻が効くようだな」
そういうとフユ将軍は横に置いていたバッグから小瓶をいくつか取り出します。中身は果物のジャムとバターのようです。
「北は吐く息さえ凍る極寒の地だ。氷が溶けぬ大地の上で生きている。このような地で暮らしていくのに大事なのは……」
慣れた手つきで薄切りのパンにジャムとバターをたっぷり塗りつつ、将軍は静かに語ります。
「大事なのは、食べることだ。ほれ。ユニコーンは甘いものが好きだろう」
「きゅわ!」
「おう食べろ食べろ。姫にはこっちでどうだ」
そう言って出してくれたのが例のジャーキーです。
「ジャーキーは見たことないか? 味をつけて乾燥させた肉のことだ。いい機会だから食べてみるといい。北の乾燥した寒風は保存食作りに最適でなあ。カルダはそれを再現したいとアレコレ試しているが、魔法と自然ではやはり出来が違うのよ」
見た目は、深く赤い飴色で光沢のある木材のようでした。
「ちいと硬いが、それがいい」
将軍は持っていたジャーキーを裂き、小さくして渡してくれました。小さなカップに入ったとろみのある琥珀色の液体も一緒に。かぶりついて流し込め、というようなジェスチャーをいただきました。わたしが戸惑っていると将軍は何かに気づいたように顔を上げ、「食べるなら早めがいいぞ」と声をかけてくださいます。
わたしはえいと気合いを入れて、ジャーキーにかじりつきました。今まで食べたどんなものより硬くてびっくりです。でも、噛めば噛むほどジャーキーのおいしさが口の中いっぱいに広がります。
塩味と一緒に感じた香辛料でしょうか。だんだんと味が濃く感じられて、口の中をさっぱりさせたい思いで小さなカップに口をつけました。少量をいただいたのですが、思いのほかアルコールが強くて鼻先やのど奥をカッと焼きます。わたしは声にならない声で悶えました。
「がはは! 強い酒は凍りづらいから重宝しているんだ。どうだ、悪くないだろう」
そう、悪くないのです。
すごく強烈であの寒い状況に関わらず一気に体へ熱がまわりました。
しかしその時です。
「——将軍。姫にあまり変なことを覚えさせてくれるな」
魔王さまです。
突然、目の前に魔王さまがお出でになったのです。その後ろにはフロスが困った顔をして荒く息を吐いていました。きっとわたしを見失ったその足で魔王さまへ状況を説明したのでしょう。
「いいだろうこれぐらい。本当はヒンカも進めたいくらいだ」
「それは勘弁してくれ。姫にはまだ早い」
おふたりは軽い調子で会話をしてらっしゃるのですが、わたしはこっそりと飲食したことや不作法を怒られるのではと気が気でありませんでした。
魔王さまは「送っていく」と言ってわたしを部屋まで送り届けてくださいました。道中で前述のことを謝ると魔王さまは首をかしげてしまわれます。それからややあってふっと口元がゆるんだのが見えました。
「姫がジャーキーをかじる姿とは、なかなか良いものが見れた」
わたしはもう恥ずかしくて恥ずかしくて。
またジャーキーを食べたい気持ちはありますが、どうにか美しく食べる方法がないか、パピリスとフロスに相談しようと思います。




