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アンドロイドに転生したプロゲーマーの少女救出ルート攻略記  作者: マフィン


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ドーナッツの誘惑

 ハンナ・ウィンターズの家を後にした俺と相棒のカイルは、再び高性能パトカーに乗って、フィラデルフィアの郊外を宛もなく走っていた。今回の運転席争奪戦は、カイルに軍配が上がった。


 とはいっても助手席で調べなければならないことがあったのだが……


 「それで結局あの家で何がわかったんだ?」


 カイルは真剣な眼差しで尋ねてきたかと思ったが、俺が返答する前に彼の目はすでに別のものをとらえていた。


 「ちょっと人間様は腹ごしらえするぜ?」


 彼の顔からはとろけそうな笑みが溢れている。俺たちを乗せたパトカーは小さなドーナッツ屋さんの駐車場にとまることになった。

 

 「お前は何かいるか?電池?」


 「私は半永久的なエネルギーサイクルの実現により、供給システムは不要です」


 「あっそう……、いい子にしてろよ」


 カイルはパトカーから降りていった。


 なぜアメリカの警察官はみんなドーナッツを食べるのだろうか?そんなことを考えながら、俺は記憶の中で空腹を感じていた。


 システムが勝手に俺にあんなことを言わせただけで、食べれるのであれば、俺もドーナッツは大好きだ。まぁ揚げた甘いものが嫌いな人なんてこの世に存在しないだろう。


 だが、そんなことを考えながら食欲を増進させても、今の俺は実際に食欲を感じているわけではない。あくまで俺の記憶が食欲というものを満たす喜びに懐かしさを抱き、それを再現したいと切望しているだけなのだ。


 ここへきて初めて、このアンドロイドの身体に対して大きなデメリットを感じている。そして、なぜ俺はこの身体になってしまったのだろうか?そもそも今のこの状況は現実なのだろうか?だとしたら、今までの俺の家や家族、そして俺の生活そのものはどうなってしまったのだろうか?


 そんな当たり前のことを俺は、ようやく考えるようになったのだった。


 すると、運転席の扉が開いた。


 「てっきり、このタイミングで運転席に座ってるもんだと思ったが、所詮はアンドロイドってことか?」


 彼の片手にはコーヒーと、もう片方の手には小麦と砂糖の匂いが感知できる紙袋が握られていた。


 どちらもいい香りが車内に彩りを与えているはずだった。だが、今の俺はそれすら匂いに関するデータでしかない。


 カカオ豆、砂糖、小麦粉……網膜に浮かぶ冷酷な成分表示を、俺は力ずくで消し去った。


 俺が欲しいのはデータじゃない。揚げたての生地を噛みちぎった時の、あのじわっと広がる砂糖の甘みと油の重みなのだ。


 「それで、これからどうすればいい?」


 「今、他の関連事件の捜査資料を確認しています」


 「奴は何者かによって誘拐されたというよりは、自らの意思であの家から出ていったように見えたなぁ。それよりも、ずっと頼りにしていたアンドロイドがいなくなると、こうも人間はダメになっちまうんだなぁ……」


 カイルはドーナッツを頬張りながらつぶやいた。


 「いえ、正しくはできなかったですね?」


 「だから、ずっとアンドロイドに家のことを任せていたから、いざ、いなくなって自分がやらないといけなくなっても、できなくなってるってことだろ?」


 確かに俺も最初はカイルと同じ意見を抱いていた。家事の手伝いをするまでは……。


 「彼女のはっきりとした真意までは私にもわかりませんでしたが、もし仮に彼女に家のことをする意思があったとしても、あの状況では不可能でした」


 「どういうことだ?」


 彼の口元から、固められた砂糖がこぼれ落ちている。


 「家電が全部故障している状態でした」


 「でもお前、さっき一通り家事は終わったって……」


 「ええ、こちらの電子信号で直せるものがほとんどでしたからね。ですが、部品不良を起こしているものに関しては、部品の発注だけして作業を完了させてます」


 「発注なんてしてるそぶりなかったじゃんか!」


 確かに、カイルの言うとおりだ。俺もびっくりしたが、俺のこの最高なボディは、食欲や香りをエモーショナルに受容できない代わりに、一目で不良部分を確認し、足りない部品の発注を頭の中でできてしまうのだ。


 その時、カイルの瞳から一瞬でドーナッツを頬張るフワフワした締まりのない光が消え、獲物を捉えた本物の『ハンター』の目に変わった。


 「電子信号で直せたものはどれくらいあるんだ?」


 「洗濯機以外ですね。洗濯機は大元は直せましたが、モーターが壊れてしまっていたのでね……」


 俺はこんなアンドロイドが蔓延る世界でも、洗濯機は回っていることに安心した。


 「その電気信号で直したっていうやり方は、基本的に誰でもできるのか?それとも、お前が高性能アンドロイドだからできたことなのか?」


 珍しく俺の性能について言及しているにもかかわらず、そこに皮肉は含まれていなかった。


 「詳しくはわかりませんが、恐らく、どのアンドロイドでもそういった機能は搭載されているはずです」


 俺は家事ロボット時代の記憶を振り返ってみて、曖昧な答えを出した。


 「もし仮にウィンターズさんのアンドロイドに、そういった機能が搭載されているのであれば、家電を修理しないのは、かなり引っ掛かり要素にはなるなぁ」


 カイルは頭を悩ませていた。俺も同じく推理をした。だが、驚くことに俺の頭の中で、いろいろな可能性がまるでしつこいポップアップ広告のように次から次へと出てくる。


 「家電の故障がこの事件に関係あるのかはともかく、故障したタイミングについては間違いなくアンドロイドが失踪したタイミングと一致しているでしょう」


 「またずいぶんとアンドロイドにしては歯切れの悪い言い方をするなぁ。それでその根拠は?」


 カイルはいぶかしげな表情でこちらを見つめてきた。だが、それにかまうことなく、俺は説明を続けた。


 「補聴器です。あれも同じく先ほど私が直しました。その補聴器はウィンターズさん曰く、アンドロイドが失踪した日に故障したという証言がありました」


 「なるほど、確かにそれは関係がありそうだ。もっとアンドロイドのことだし、複雑な根拠なのかと思ったら、思ったより単純なんだな?まるで人間の推理みたいだ」


 「おっしゃってる意味がよくわかりません」


 俺は急にアンドロイドらしい口調に変えた。しかし彼はすでに、俺の発言したことで頭をいっぱいにしていた。


 「だとしたら、アンドロイドは何かしらの信号を受けて、それに操られるような形で失踪した可能性が高いという事か……なら、この事件すぐに解決できそうだな!」


 カイルは得意げな表情で半分以上あったドーナッツを一気にたいらげ、パトカーのエンジンをかけた。そんな彼の表情は、落ちこぼれのレッテルを張られている警察官には到底思えなかった。

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