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第54飯 「……なんという偶然だ」


北海堂唯一のダンジョン。禰室(ねむろ)ダンジョン。


俺は頭の中で計算を始めた。ダンジョン全体で定期的に吹雪が吹く。流氷ステージは足場が悪く移動もままならないだろう。それに今回は文珠川さんという仲間がいる。どのように探索していくべきか……。


「さすがはAランク探索者、もう計算を初めてるね。どう対応して行くか」

「……あ、スミマセン」


考え始めると黙ってしまう。今は話を聞いて情報を集めなければ。


「まずこの吹雪が大変だ。これのせいで地図がほとんど描けていない。潜った探索者はいるが、みんな途中で引き返している」


やはりステージとしては難関だと思う。俺もどう攻めるべきか、対策が必要だ。


「そしてこの雪原の向こうに山がある」


先生の指が、地図の奥へ動いた。


「巨大な雪山だ。麓には霜(しも)の巨人という巨大なモンスターが棲んでいる。これがまた厄介でね、氷に覆われていて生半可な攻撃が通らない」

「倒せるんですか」


「倒せる」

「弱点があるんですね」

「そうだ、炎だ」


先生が資料を指し示す。霜の巨人の絵が描いてあり、「炎が弱点」と記載されている。


「炎属性の攻撃で氷を溶かしてやれば、中身は案外もろいらしい。そこまでは分かっている」


なるほど、俺の手札でいうと——童子切安綱か。


桜樹町ダンジョンで拾った三本目の魔剣だ。焱獄と帝釈焱天。どちらも炎属性の威力は十分であり、あれは範囲が広い。巨人がもし群れで来るなら、むしろ都合がいい攻撃になる。


最近は大土島でも活躍した魔剣だ。正直威力が強すぎて他の魔剣よりも一段上のスペックと認識している。


それがここで必須になるということ。


「通常ならここでこのダンジョンはおしまいなんだ」

「え? 先生、でも今回、文珠川さんは調査に行くんですよね。それじゃあ普通の探索になってしまいます」


「ここまでは前座だ。流氷も、雪原も、霜の巨人たちも。調査対象じゃあない」

「……」


「その山の頂上、そこが私たちの目的だ」



 ◇



「山の頂上に古城が発見された」


地図の端、山の頂上の位置、何もない空白の部分を示している。


「城ですか」

「古い雪に覆われた城だ。遠目では石造りの尖塔がいくつも立った城であることがわかっている」


山頂。そして古城。


それを聞いた瞬間、なぜ俺に依頼が来たのかが分かった。


登れないのだ。吹雪の中で、麓に巨人がいる雪山を、装備を担いで登るのは無理だ。だがシフトなら足場を作れる。上へ行くだけなら、俺にとっては雪原より楽でさえある。


おそらく渋家ダンジョンで、シフトで頂上に行く場面を配信で見たのだろう。文珠川さんは俺のDチューブ配信チャンネルの登録者だ。俺のスキルは熟知しているだろう、……いろいろな意味でも。


「なんでそんなものがダンジョンに……」

「わからないんだ」


先生が即答した。


「いいかい。ダンジョンで見つかる遺物というのはね、ほとんどが断片だ。石板の欠片。ページの取れた本。柱の一部。それを何十個と集めて、やっと一行が読める。私たちはそれを二十年やってきた」


「はい」

「だが、あれは建物だ」


先生がテーブルを叩いた。


「丸ごと残っているんだ。屋根も壁も、たぶん扉も。人が住んでいた形のまま、山の上にある」

「……それは」

「前例がないんだ」


言い切った。なるほど。


「ダンジョンに人工の構造物が残っている例は、世界でも数えるほどだ。それも大半は壁の一部や、床のタイル程度でね。城郭そのものが残っているという報告は、私の知る限り一件もない」


先生の声がだんだん大きくなっている。


「中に何があると思う」

「……わかりません」


「私もわからん!」


嬉しそうに言った。


「わからんのだ。誰も入っていないからな。だが、城だぞ。城には書庫があるだろう。記録があるだろう。誰が住んでいて、何を考えていて、どこから来たのか。それが、まとまって残っている可能性がある」


——ダンジョンはなぜ五十年前に現れたのか。


先生が二十年追いかけている問いだ。その答えがあの山の上にあるかもしれない。そして、たぶんだけど父と母が追いかけていた問いでもある。


「……行きたいなあ」


ん……? 今行きたいといわなかったか?


「は?」

「私も行きたい!この目で見たい。壁に触りたい」


「いや、先生」

「装備なら買うぞ。運動もする。今からでも間に合う!」


四十八歳が何を言っているんだ。ダンジョンは遊びに行くところじゃないんだぞ。


「そうだ……飛行機のチケットを取ろう。ネットならすぐに……」


「あなた」


台所から声がした。静江さんが、洗い物の手を止めもせずにこっちを見ていた。……こわっ!


「去年、階段で足をくじいたのはどなたでしたかしら」

「……」


ドドドド。


「吹雪の中、雪原、氷の上、歩けますか?」

「…………」


ドドドドドドドド。


ゴクリ。す、すごいプレッシャーだ……。い、息ができない。先生が沈黙している。百九十センチの大男が額から汗を流して沈黙している!


「プロにまかせましょうね♪」

「……蓮くん、頼んだよ」

「……はい」


……強い。



 ◇



「それで、先生、報告というが連絡事があります」


ダンジョンの情報は聞いた。あとは文珠川さんと実際に探索と調査を進める段取りを決めよう。


ここで一つ重要な、魔(・)剣(・)に関することを話す必要がある。


これは協会の機密に関することだ。神崎先生は、魔剣がボスから手に入れらることは知っているが、具体的な情報は持っていない。しかし今回はその情報を話す必要がある。


今まではギルドに口止めされたが今は俺もAランクだ。立場が変わった。


「この前の大土島の件で、おれはAランクに上がりました。先週、認定式もありました」


「そうだったね。やはり早いな。改めておめでとう、蓮くん」

「ありがとうございます」


「それで、連絡というのはランクの事かい?」

「ランクの話じゃないんです」


ゲームの音が向こうから聞こえている。湊が「うそ、なんで勝てないの」と騒いでいる。ヴィヴィの笑い声がした。


「Aランクになると協会で正式に魔剣の情報を確認できます。どのダンジョンで、何が出るのか」

「……」


「つまり全国どこのダンジョンの情報でも申請すれば、俺は得ることができます」


前にこの家へ来たとき、先生はこう言った。


——もっとも具体的に「どのダンジョンで魔剣が出るか」までは、私たちにも公開されていないがね。


あのとき先生は悔しそうではなかった。ただ事実として言っただけだった。


「北海堂に魔剣があるんです」


——。


「……蓮くん」

「はい」

「それは、私に話していい情報なのかね」


先生がまっすぐ俺を見ていた。


「いいんです」

「本当かい?」


「先生には前に話しましたよね。魔剣を集めてるって」

「……ああ。そうだな」


異世界の話だ。あれについては以前とかなり状況が変わった。これについては別で先生と話そうと思う。


「あのとき先生も、研究者しか知らない話を俺にしてくれました」

「……」


「その魔剣、行き先が同じ禰室ダンジョンなんですよ」


先生の目が驚きで見開かれた。これは言っておかねばならない。文珠川さんとは同じダンジョンを探索することになる。情報の共有は必要不可欠だ。


「禰室です。先生が調査を頼んできたダンジョンに、魔剣が眠ってます」

「……なんと」


先生がゆっくりと背もたれに寄りかかった。天井を見上げて、しばらくそのまま動かない。


「……なんという偶然だ」

「俺もそう思いました」

「いや」


先生が身体を起こした。


「偶然ではないかもしれんな」

「……どういう意味ですか」


「……いや」


先生が首を振った。


「今考えても仕方のないことだ。忘れてくれ」


それきりその話はしなかった。



 ◇



「出発は一週間後だ」

「わかりました」


先生が封筒を差し出した。


「現地で一週間。往復を入れて九日というところかな」

「一週間ですか」


「城に入れるかどうかも分からんからね。長めに取ってある。早く終われば早く帰ってくればいい」


封筒の中には日程表が入っていた。資料には大まかな日程とダンジョンの場所、各自の連絡先などが記載されている。


九日。


頭の中で割り振った。雪原の突破に二日見ておく。麓の巨人と巨人王で二日。城の調査に三日。予備が二日。


城で何日かかるかが読めないのが気持ち悪いが、誰も入っていないのだから読めるはずもない。


食料はインベントリに突っ込めばいい。


「必要なものは、詳しくは文珠川くんに聞いてくれ」

「先生は把握してないんですか」

「私は装備のことはさっぱりでね」


装備のことがさっぱりならさっきはなぜ行きたいとか言い出したんだ。ノリなのか。


「ただ、あれだ。寒いぞ」

「それは分かります」

「相当寒いらしい。準備はしっかりな」


金はある。色違いの報酬がまだ残っているし、大土島で大金が手に入った。


明日、いちばん高い防寒着を買いに行こう。二人分だ。ヴィヴィは実体化しているとき寒がるから、ジャケットも必要になる。あいつのサイズを測るところから始めないといけない。



 ◇



「あ、そうだ蓮兄さん」


帰り際、玄関で湊に呼び止められた。


ヴィヴィは靴を履きながら「次は勝つからな」とまだ言っている。


「なんだ、湊」

「さっき話した大学からの依頼、書面もらった?」


「……書面とは」

「調査の委託契約書。お父さんから受け取ってる?」


言われて、封筒の中身を思い出した。


日程表と、地図。それだけだった。


「……口約束だけど」

「だめだよ」


湊が腰に手を当てた。


「兄さんいま指名依頼が来る立場でしょ。Aランクなんだから。身内の依頼でも書面は作っておかないと、なんかあったとき困るのは兄さんだからね」

「なんかって」


「怪我とか。装備の破損とか。報酬の範囲とか」


正論だった。


考えたこともなかった。協会からの依頼は書面が来るのが当たり前で、だから書面というものを自分で用意する発想がなかった。


恩人からの依頼だから、なおさらだ。疑うようなことをするのは失礼だと思っていたが、——逆なのか。


「お父さーん、契約書」

「あ、忘れていた」


奥から先生の声がした。湊が深いため息をつく。


「お父さんはほんとこれだから。あとで作らせて、私から送るね」

「……助かる」

「タマゴだからね」


ニコっとウインクする湊。……いつの間にか妹分はしたたかになったな。



 ◇



夜道を歩きながら、ヴィヴィが言った。


「あの家はよいのう」

「そうだな」


「飯がうまい。うるさい。火が出る」

「最後のは今日だけだ」


「また来るのか」

「帰ってきたらな」


一週間後に北海堂へ行く。九日ほど帰らない。


禰室ダンジョン。雪原と吹雪のステージ、霜の巨人と、誰も入ったことのない城。


明日から準備だ。防寒着、食料、スキルについてもいくつか検証が必要。ついでに古館さんに顔を出して、北海堂のギルドの連絡をお願いしておく。


——やることが多いな。


「下僕」

「なんだ」


「北は寒いのじゃろう」

「寒いらしいな」


「わしは寒いのは嫌いじゃ」

「俺もだ」


「では飯はどうなる」

「暖かいのを持っていこうか」


「うむ。ならばよし」


それで納得するのがヴィヴィだ。


まあ、飯さえあればこいつは氷の上でも寝そうだな。


——さて、準備をするか。



=========================

箸休め編、これにて終了です。

幕間を挟んだのち、北海堂編が始まります。


近況ノートにてヴィヴィの外見を一部だけ載せてます。

ご興味あればどうぞ。


https://kakuyomu.jp/users/huntman/news/11054822662317138438

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