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第17飯 ル・コパン・クレープ(前編)


色違いのメガガルーダを倒して、風魔槍ゲイボルグを手に入れてから、しばらく穏やかな日々が続いていた。


魔剣の探索もせず、俺は休日を謳歌していた。朝はゆっくり起きて、昼は気になっていた店に食いに行き、夜は家でヴィヴィと飯を作って食べる。


稼ぎはメガガルーダ討伐でしばらく困らないし、ヴィヴィの好きなボアもちょくちょく狩りで仕入れている。飯テロも定期的に配信している。


前回のメガガルーダの一件から登録者数の伸びは大きくないが60万人から70万人程度となっている。


近頃は飯が充実してヴィヴィも満足そうだし、たまにはこういう日があってもいい。


色違いメガガルーダの討伐報酬は、素材・魔石込みで合計896万円の超高額査定となった。


通常のメガガルーダの討伐報酬もなかなか悪くない。一体あたり、128万円でこれを六日間続けたため、合計768万円。(なおガルーダについては、インベントリに明らかに収まらない素材をほとんどとっていない。


今回の一週間の渋家ダンジョンの報酬は累計の総額1664万円。サラリーマンの平均年収以上の額を短期間で稼ぐ。正にロマンな話だ。


なお、協会を通した換金には、換金手数料と探索税を合わせて約1割が引かれる。配信収益についても一括管理しているので配信についても同様だ。


「うむ、下僕。この生活、悪くないのう。毎日うまいものが食える。わしは幸せじゃ」

「そりゃよかったな」


まあ、こいつが機嫌がいいと、俺も静かに過ごせる。悪くないな。


そんな、飯を食っては寝る日々が続いていたある日のことだった。


スマホが鳴った。

八皇子ギルドの古館さんからだった。



 ◇



古館さんは八皇子ギルドのベテラン受付だ。元Aランクの探索者で強面だが面倒見のいい人だ。


俺がまだ荷物持ちだった頃から、何かと気にかけてくれていた。


『狭間さん。少し話したいことがあります。近いうちにギルドまで来てもらえませんか』


いつもより少し硬い声だった。何かあったのかもしれない。


まあ、ちょうどよかった。こっちも話したいことがあった。


先日の渋家ダンジョン、教えてくれた噂(・)通(・)り(・)、ボスは魔剣をドロップした。その報告に行かなければならない。


「わかりました。今から行きます」


そう返して、俺は支度を始めた。


『どこへ行くのじゃ、下僕』


ヴィヴィが、剣の状態から念話で聞いてくる。


「ギルドだよ。古館さんに呼ばれた」

『ふうん』


興味なさそうな返事だった。まあ、こいつにとっては飯以外はどうでもいいんだろう。



 ◇



ギルドへ向かう道中、繁華街を通りかかったところで、腰の短剣が突然実体化した。


ボンッ。


「下僕っ! あれじゃ! あのクレープというやつが食べたいのじゃー!」


ヴィヴィが指さした先。クレープの屋台があった。名前は『ル・コパン・クレープ』。


ガラスケースの中に色とりどりの見本がずらりと並んでいる。


生クリームとイチゴを巻いたやつ。チョコバナナ。プリンが丸ごと乗ったやつ。カラフルで甘そうで、いかにも女子供が好きそうな見た目だ。


「わし、あれが食べたい! 食べたいのじゃ! なぁ下僕、買うてくれ! のう!」


ヴィヴィが俺の袖を引いて駄々をこねる。そうか、こいつもその子供とそう変わらなかった。忘れていた。


目がキラキラしている。完全にクレープに心を奪われている。


「あー、いいけど。今、古館さんに呼ばれてるんだよ。あとでな」


「なぜじゃ! 今食べたい! 今なのじゃ!」

「大事な話かもしれないんだ。悪いが、後にしてくれ」


「むーっ! わしを誰だと思っておる! かつて世界を震わせた魔王の心臓ぞ! その心臓が、クレープを所望しておるのじゃぞ!」


「世界じゃなくて腹が震えてるんじゃないのか?」

「もちろん腹も震えておるわ!」


なんだそれ。開き直るな。


しかしこのまま連れて行くと、交渉の間じゅう騒がれそうだ。それは困る。……仕方ない。


「わかった。じゃあ、こうしよう。話が終わったら、クレープを三個買ってやる。だから、それまで大人しくしててくれ」


「三個!?」


ヴィヴィの目が輝いた。


「ええのか、下僕!」

「ああ、いいぞ」


「うむ! さすが下僕、話が分かるのう! よし、わしは大人しくしておるぞ! 約束じゃからな! 三個じゃからな!」


現金なやつだ。だが静かになるなら安いもんだ。


「わかったわかった。じゃあ、剣に戻ってろ」

「うむ! クレープ三個! 忘れるでないぞ!」


念を押しながら、ヴィヴィは剣に戻っていった。これでしばらくは、大人しくしてくれるだろう。


……たぶん。



 ◇



八皇子ギルドに着くと、古館さんは俺を個別のブースへ案内した。


普段のカウンター越しの立ち話じゃない。わざわざ個室だ。やっぱり何か込み入った話らしい。


もののついでだし、俺は先に自分の用件を済ませることにした。


「古館さん。呼ばれた話の前に、こっちからも報告があるんですけど」


「なんですか?」

「魔剣、手に入りましたよ」


古館さんの眉がぴくりと動いた。


「……本当に手に入れたんですか」

「ええ。渋家ダンジョンで。風の魔剣でした。見ます?」


「いいのですか?」

「もちろん、古館さんだけですよ」


俺はインベントリから風魔槍ゲイボルグを取り出してデスクの上に置いた。


個別ブースでよかった。こんなのカウンターでは出せない。


「どうやら本当の様ですね……」


古館さんはしばらく魔剣と俺の顔を交互にみて、それから感心したように息を吐いた。


「……大したものです。魔剣というのは、Aランクの探索者でも、一生に一本、手に入るかどうかって代物です。それを、登録二ヶ月やそこらで……あなたは、本当に規格外ですね」


「運が良かっただけですよ」


運じゃないが。まあ、細かいことはいい。


「で、その流れで相談なんですけど。次の魔剣どこで探せばいいですかね。当てがなくて。ギルドなら何か知ってるかと思って」


そう言うと、古館さんの表情が少し変わった。


「……狭間くん。実は、今日お呼びしたのは、まさにその話なんですよ」


「その話?」

「魔剣の入手に関わる話です」



 ◇



古館さんは、一度姿勢を正した。


「単刀直入に言います。探索者協会の上層部から、話が来ました。狭間さん、あなたについてです」

「協会の上層部、ですか?」


いきなり大きな名前が出てきた。俺みたいな新人に協会の上層部が何の用だ。


「協会はこう見ています。狭間さんは魔剣の入手方法を独自で知っているんじゃないか、と」


「……」


「知っての通り――いや、狭間さんは知りませんね。魔剣の入手方法は探索者協会が最重要機密の一つとして、厳重に管理しています。どのダンジョンのどんな条件で魔剣が手に入るか。その情報はAランク以上の探索者にしか開示されない」

「そうなんですか」


「ええ。なぜ秘密にするか。理由は簡単です。魔剣欲しさに実力の足りない探索者が、無謀にボスへ挑む。そうして、死ぬ。そういう馬鹿げた死人を出さないため、入手方法を伏せておくことにしています」


なるほど。やはり予想は間違っていなかった。


「そして協会はこう懸念しています。もし狭間さんが、その入手方法を知っていて――それを配信で、うっかり世間にばらしたらどうなるか」


俺は渋家でのことを思い出した。色違いメガガルーダを倒した後、魔剣がドロップして俺はとっさに配信を切った。


「……なるほど。魔剣目当ての奴らが、殺到しますね」


「そういうことです。だから協会は、狭間さんに口止めをしたい。魔剣の入手に関わる情報は、決して世に出さないでほしい、と」


ここまで聞いて、先日のダンジョンで魔剣を入手したところを配信で移さなくてよかった、という気持ちしかない。

一方、一つ引っかかったことがある。


「でも古館さん。魔剣がボスからドロップするって話、そもそも俺に教えてくれたのあなたですよね」


古館さんはばつが悪そうな顔をした。


「……ええ。その通りです」


前に、魔剣ってのがダンジョンのボスから稀に出る、機密だから吹聴するな、と暗に教えてくれたのは古館さんだった。俺がボス周回をし始めたのも、そこからだ。


「あれは私が迂闊でした。あなたはその時すでに魔剣をお持ちでした。だから世間話のつもりでお話してしまった。本来、きちんと口止めしておくべきでした。……反省してる。申し訳ない」


古館さんは素直に頭を下げた。強面のくせに変にごまかさない。この人のこういうところは信用できる。


「いや、責めてるわけじゃないですよ。おかげで魔剣のこと知れたわけだし。で――俺は、どうすればいいんですか」



 ◇



「まず、魔剣の入手方法が広まるような情報を、配信で流さないこと」


古館さんが、指を折りながら言う。


「それから、魔剣がボスからドロップする、その瞬間の配信も避けてください。先日の渋家ダンジョンみたいに、です」


「……内容は分かりました」


言ってることは至極まっとうな内容だ。俺だって無用な死人が出るのは避けたい。自分を発端に人が傷つくのは寝覚めが悪いしな。


「これは――強制ですか?」


一応、確認しておく。


「……ええ、そうなります。協会の正式な要請です」


古館さんの声は、少し申し訳なさそうだった。


俺は少し考えた。


言ってることは正しい。探索者の安全を守るため。それは理解できる。できるが――。


「でも、これって、俺には何のメリットもないですよね」

「……」


「探索者の安全のためってのは分かります。でも、これじゃあ俺の行動を一方的に制限されてるだけだ。俺は何ももらえずにただ従えと」


うーん、言い過ぎただろうか。我ながらちゃっかりしてると思う。しかし頭ごなしに押さえつけられるのは正直、嫌な気持ちである。


荷物持ちの頃ならこんなこと言えなかった。黙って従って、損をしてそれで終わりだった。


でも今は違う。俺には力がある。であれば言うべきことは言うし、取れるものは取る。


古館さんは特に俺の言葉に驚いた様子はなかった。むしろ予想していたように頷いた。


「……その通りです。ただ従えってのは虫が良すぎること、協会もそれは了承している」

「——というと?」


「協会は狭間さんの要望を、受け入れる用意があります。口止めに応じる、その見返りとして」


俺は少し前のめりになった。それは話が早い。

だったら要求すべきものは決まっている。


「わかりました。じゃあ、遠慮なく」


俺はまっすぐ古館さんを見た。


「探索者協会が把握している、魔剣の入手できるダンジョンの情報。それを教えてください」


 

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