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幕間5 探索者協会


東卿、千代多区。


探索者協会。

探索者協会の歴史は、およそ五十年前、世界中に突如ダンジョンが出現した日から始まる。当初は探索者たちの互助の集まりに過ぎなかったそれは、いつしか探索者を支援し統べる巨大な組織へと姿を変え、今ではこの国のダンジョン行政の中枢を担っていた。


その関東統括本部、最上階にある会議室に、その日限られた人間だけが集められていた。


長机を囲むのは、協会関東統括本部の幹部が数名。いずれも探索者の管理と統括に長く携わってきた者たちである。壁際には、政府側から派遣されたオブザーバーが二名、記録係として静かに控えている。


正面の壁に据えられた大型モニターには、一人の男の映像が映し出されていた。


黒髪の若い探索者。ラフな私服。腰に一本の短剣。特徴らしい特徴はなくどこにでもいそうな青年だ。


だがこの会議はその青年一人のために招集されていた。


議長席に座る男が口を開いた。


地動弥勒(ちどう みろく)。探索者協会関東統括部長。この部屋で最も高い地位にある人物であり、かつては「豪剣士」の二つ名で知られたSランク探索者でもあった。引退して久しい今も、その巨躯と眼光には現役当時の圧が残っている。


「時間だ。始めよう」


低く、抑えた声だった。周囲の私語はすでにない。


「議題は一つ。この男――探索者登録名、狭間蓮。配信者名『REN』、通称『短剣ニキ』について、だ」


弥勒が手元の資料に目を落とす。


「近頃、この男の活動が無視できない規模になっている。まずは現状の整理から入る。担当」


「はい」


幹部の一人が立ち上がりモニターの映像を切り替えた。データが並ぶ。



 ◇



「狭間蓮。二十四歳。八皇子ギルド所属。ソロとしての探索者登録は約二ヶ月前」


淡々とした報告が始まった。


「登録当初のランクはF。ですが、そこからの昇格が異常です。F、E、Dと、通常では考えられない速度で駆け上がっています。討伐記録、ダンジョン攻略実績、いずれも登録二ヶ月の探索者のものとは思えません」


モニターに、蓮の討伐記録が時系列で表示される。数字の伸びが、明らかに常軌を逸していた。


「特筆すべきは、渋家ダンジョンでの一件です」


映像が切り替わる。紫黒の巨躯。色違いのメガガルーダ。それが一瞬で消し飛ぶ。


「ボスの色違い個体――イレギュラーです。通常、Aランク探索者が複数人がかりで挑んでも撤退することがある相手。それを、単独で一撃で討伐しています」


会議室に短い沈黙が落ちた。


「攻略手法も常識を外れています」


報告が続く。


「ダンジョンの壁をまるで存在しないかのように通り抜ける。通常ダンジョンの構造物は破壊できません。推測ですが空間を切断している、の見方が有力です」


「——」


「他にもまた渋家ダンジョンでは空を飛ぶ、等が確認されています。また広範囲の魔法攻撃を無効化する手段も備えている様です。そして——」


映像があの金髪の少女を映した。


「この実体化する魔剣です」


会議室の空気がわずかに変わった。



 ◇



「魔剣の所持自体は、前例がある」


幹部の一人が言った。


「Aランク以上の探索者であれば、魔剣を持つ者は存在する。ここにいる地動統括部長も、その一人だ」


弥勒は何も言わなかった。会議の出席者は一度は見たことがある部長の魔剣デュランダル。地属性の魔剣。彼が現役時代、幾多のダンジョンの果てに手に入れた一振りであり、この探索者協会の象徴とも言えるものである。


「だが」


別の幹部が引き取る。


「この男の魔剣は協会のデータベースに存在しない。過去、いかなるダンジョンのドロップ記録とも一致しない。出所がまったく不明だ」


「加えて実体化」


さらに別の声。


「魔剣が少女の姿を取り言葉を話し自我を持つ。このような魔剣は協会の記録上一件も確認されていない。前代未聞だ」


報告者が資料をめくった。


「ここから導かれる疑問は、二つです。一つ。この男の異常な実力は本人の資質によるものか、それともあの魔剣によって与えられたものか。二つ。あのデータにない魔剣はそもそも何なのか」


「どちらも不明か」


弥勒が呟いた。


「現時点では。はい」


会議室がまた静かになった。


得体が知れない。それがこの場にいる全員の共通した感触だった。



 ◇



「一つ、確認したい」


政府側のオブザーバーが初めて口を開いた。


「その男は危険なのか。社会に対して何か害を及ぼす兆候はあるのか」


報告者が少し言葉を選んだ。


「……現時点では、ありません。むしろ逆で――」


映像が切り替わる。フルーツバスケット救出の場面。そして料理配信の光景。少女とアイドルたちが美味しそうに食事をとっている。


グゥゥ——。


「……この通り、やっていることはダンジョンでの狩りと、料理配信です。先日は、遭難しかけた人気アイドル探索者を救出し称賛を集めています。市民からの評判は極めて良好。反社会的な言動も確認されていません」


「ではなぜこれを問題にする」


オブザーバーの問いはもっともだった。強く市民に好かれ害もない。ならば放っておけばいい。


だがそれに答えたのは弥勒だった。


「問題はこの男の力ではない」


低い声が、会議室に響いた。


「登録二ヶ月の新人が色違いを一撃で消そうがそれ自体は構わん。腕の立つ探索者が現れた、というだけの話だ。我々が気にかけているのはそこではない」


弥勒は、モニターの中の青年を見据えた。


「この男がデータにない魔剣を手にしている。問題はこの男がその魔剣をどこでどうやって手に入れたかだ」



 ◇



弥勒は資料を静かに閉じた。


「諸君も承知の通り魔剣の入手方法は協会が厳重に機密としている。魔剣がどのダンジョンのどういう条件で得られるのか。その情報はAランク以上の探索者にしか開かれていない」


彼は幹部たちを見渡した。


「なぜ秘匿するか。理由は一つ。魔剣ほしさに実力の足りん探索者が、無謀にもボスへ挑む。そうして無駄に命を落とす者が後を絶たんからだ。入手法を伏せておくことが、そのまま、彼らの命を守る堤になっている」


誰も口を挟まなかった。それはこの場の全員が共有する、協会の根幹の一つだった。


「厳重に管理した上でこの男は魔剣を持っている。つまり——」


弥勒の声が一段低くなった。


「この男はその機密に、独自にたどり着いている懸念がある」


会議室が静まり返った。


「統括部長。それはどういう」


「証拠はない。だが状況が語っている」


弥勒は続けた。


「渋家ダンジョンでのあの周回を見たか。同じボスを来る日も来る日も何日も狩り続けている。素材が目当てならあそこまで通う必要はない。あれは――そのボスが魔剣を落とすと、初めから知っていた者の動きだ」


幹部たちが資料を見返す。確かに、蓮の渋家での行動には不自然な執着があった。


「そして討伐に成功した直後、配信を突然打ち切っている。まるでその先を映すまいとするかのように」


弥勒の声はあくまで冷静だった。


「あの男は機密であるはずの入手法を知っている。そして――それが公にしてはならぬものだと弁えてもいる。だからこそ肝心なところで配信を切った」


彼は言葉を切った。


「一介の新人がなぜそれを知っている。なぜ弁えている。そこが分からん」



 ◇



「では、どうする」


オブザーバーが、慎重に問うた。


「拘束するのか。あるいは放置して監視にとどめるのか」


「どちらも違う」


弥勒は、静かに答えた。


「拘束する理由がない。この男は法を犯してはいない。害も出ていない。それに――底の見えん相手を力ずくで押さえにかかるのは下策だ」


彼は指を組んだ。


「この男はこれだけの人気を持つ配信者だ。もし何かの弾みで、『このダンジョンのボスが魔剣を落とす』などと、配信で口を滑らせれば――どうなる」


会議室の空気が重くなった。想像は容易かった。魔剣ほしさの探索者が実力も顧みず殺到し、そして死ぬ。


「そうなってから動いたのでは遅い」


弥勒はモニターの中の青年を見据えた。


「本人に接触する。魔剣の入手に関わる情報は決して公にするなと。しかと口止めをしておく」


「応じますか、その男が」


幹部の一人が、懸念を口にした。


「あれだけの力を持つ人物です。上から命じても素直に従うとは……」


「だからこそこちらから出向くのだ」


弥勒の声は、落ち着いていた。


「高圧的に命じればへそを曲げるだろう。だから頭ごなしにはやらん。相手にも相応の利を用意し話をつける。事情を分からせ納得の上で口をつぐんでもらう」


彼は少し間を置いた。


「幸い交渉役には心当たりがある。まずはそこから話を通す」


それが誰なのかこの場では口にしなかった。


「結論を言う。狭間蓮は要注意人物として登録。その上でしかるべき筋を通して本人に接触し、魔剣の件について口止めを行う。監視はそれと並行して続ける。――以上だ」


異論は出なかった。


「以上だ。解散する」


幹部たちが静かに席を立っていく。政府のオブザーバーも、記録を閉じて退出していった。



 ◇



会議室に弥勒一人が残った。


モニターにはまだあの青年の映像が映し出されたままだった。少女と並んでへらへらと笑いながら、串に刺した肉を頬張っている。


弥勒はその顔を長いこと見つめていた。


「……お前は、何者だ」


誰もいない会議室で、その問いが静かに落ちた。


グゥゥ——。


「腹が減ったな」


画面の中の青年はただうまそうに飯を食っていた。



 ◇



その頃。


当の狭間蓮はそんな会議のことなど露知らず、夕飯の材料(ボア)をとりに八皇子ダンジョンへ向かう途中で隣の少女に袖を引かれていた。


「下僕、腹が減った。ボア狩りやめて飯にしようぞ。わしラーメン食いたい」


「さっき昼飯食べたばかりだろ」


自分が国家レベルで警戒され始めていることも知らず、その男は今日も飯のことしか考えていなかった。


 

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次回、本編に戻ります。


 

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