第13飯 バーベキュー(前編)
◇柿山藤里
>あわわ、やばいんじゃないの
>敵が多すぎるっ
>何匹いるんだこれ
>やばいぞ、攻撃が追いつかない!
「梨花っ、右っ! また来るっ!」
「くっ!?」
パーティリーダーである私、柿山藤里の声が飛んだ瞬間、梨路梨花は反射的に剣を跳ね上げた。
上空から急降下してきた翼の魔物――ガルーダの鉤爪が、剣の腹を掠めて逸れる。鋭い風切り音が、耳のすぐ横を通り過ぎた。あと半歩遅ければ、肩を裂かれていた。
「くそっ……きりがない!」
見上げれば、灰色の空を埋め尽くすように無数の翼が旋回している。二十や三十じゃきかない数のモンスター。次から次へと、獲物を狙って舞い降りてくる。
この場合、獲物は私たちだっ。
剣士の梨路梨花、侍の龍梅藍、盗賊の栗花落吟、魔法使いの私、柿山藤里、僧侶の桃瀬聖。
FRUITS BASKET。歌って踊るアイドルでありながら、探索者としても活動する、五人組。それが私たちのパーティだった。
渋家ダンジョンの山ステージ。所属事務所から「話題作りに」と持ちかけられた、初のAランクの高難易度ダンジョン挑戦。
ダンジョンボスは無理でも、低層から中層の行けるところまでという話だった。私達のランクはB。中堅上位の実力もあり順調に攻略は進んで、ついに八合目まで来た。
順調だった。事務所からもこの調子で進もう。配信中で視聴者も押せ押せムードだった。私たちも思いのほか攻略が進んでいたこともあり、気が緩んでいたのかもしれない。それが分かったのは、この群れに出くわすまでだった。
「藍、聖を守って! あたしと吟で前を!」
「言われなくとも!」
侍装束の龍梅藍が、抜き打ちに一羽を斬り落とす。彼女の実家の道場で鍛えた剣は、確かに鋭い。だが――相手は空だ。地上の剣術は、頭上を取られると、その強力な一閃も届かなかった。
>くそー空は卑怯だ
>攻撃が届かない
>これなんとかならん!?
>だれか助け呼んで!
「みんな、上ばっかりは無理だよっ! あたし足なら速いけど、飛べないもん!」
盗賊の栗花落吟が、悔しげに叫ぶ。ダンジョン内を駆け回る元陸上選手の俊足も、空の敵には届かない。短剣を持てる限り投げ、デバフ効果のあるアイテムを使うが効果はほとんどない。
「聖! 全体回復お願いっ!」
「……ごめん、なさい。あたし、もう……魔力が」
後衛の桃瀬聖が地面に膝をついていた。
聖は回復役の僧侶。さっきから傷を負う仲間を癒し続けて、魔力が底をつきかけている。顔は青ざめ杖を支えにするのがやっとだ。
聖が倒れれば、もう誰も傷を癒せない。そうなれば――終わりだ。
「聖っ!」
>ひじりんが!?
>魔力切れかっ
ファイヤーボールの魔法で牽制するが、詠唱が追いつかない。数が多すぎる。一羽を撃ち落とす間に、三羽が迫ってくる。
横目では剣士の梨花が必死にガルーダのかぎ爪攻撃をさばいているのが見える。天才と呼ばれて、生徒会長も、アイドルも、探索者も、何でもそつなくこなしてきた彼女が防戦一方だ。
「っ!!」
ガルーダの一群が高く舞い上がった。それは上空で、さながら雪崩のように大きな塊を形成し——一気に連携して大きな津波のように、彼女たちに狙いを定めて向かってきた。
>もうだめだ
>だれか助けて
>推しが死ぬのは見たくない……
パーティ全員が感じた。これは——、全滅する。
(だめだ……倒せない……)
(くそっ、ここまでか……)
(もう無理っ)
(ここまで、なの……?)
(お願い……誰か……)
もう、だめだ――全員がそう思った、その時。
空から、何かが、降ってきた。
◇
それは人だった。
灰色の鳥の群れを背後に、一人の男がまっすぐに落ちてきた。まるでヒーローのように軽やかに降り立ち……いや浮いていた。着地の直前にまるでそこに空気の塊があるよう空中に浮遊していた。
男は藤里たちを見て一言。
「悪いな、助けるぞ」
男は振り返り、群れのただ中へ、腰の短剣を取り、ガルーダの群れへと切っ先をかざした。
「――ショック」
低い声が、聞こえた気がした。
次の瞬間。
ドオンッ、と。
空気そのものが、爆ぜた。
見えない衝撃が、扇状に広がっていく。旋回していたガルーダの群れが、まるで突風にあおられた木の葉のように、一斉にはたき落とされた。
十羽、二十羽、三十羽、それ以上……。羽根を撒き散らしながら、次々と地面に叩きつけられていく。砂塵が舞う。
一瞬だった。
あれだけ梨花たちを追い詰めていた群れが、たった一撃で、半分以上が沈黙した。残りは恐れをなしたように、蜘蛛の子を散らして逃げていく。
静寂が戻った。
ジャり、男が地面に降り立った。こちらを振り向く。
白いTシャツにジーンズにスニーカーというラフな格好。腰には、先ほどの黒い短剣を一本。とても——、とてもここまで来るような探索者には見えない。
けれども藤里たちは感じていた。今――この男が自分たちを救った。
「……大丈夫か? あんたら」
「あ、はい……ありがとうございま」
藤里がお礼の言葉をいおうとした時——、
『おうおうおう!! わしの下僕がおぬしたちを助けたんじゃぞ! つまりそれはわしが助けたのといっしょじゃな! フーハッハッハ』
「お、おう……急に喋るなよ、ヴィヴィ。この子達困ってんぞ」
黒い短剣が少女の声を出して大笑いしたのだった。
藤里はぽかんと口を開けたまま、言葉が出なかった。
◇狭間蓮
助けはしたものの、五人の子らは、腰を抜かしたように座り込んでいた。まあ無理もない。あの数のガルーダに囲まれれば、ベテランでも肝を冷やす。おれは慣れたが。
前衛が二人。剣士の子と、侍みたいな格好の子。中衛に、身軽そうなのが一人と、杖を持った魔法使いっぽいのが一人。そして、後衛にへたり込んでいる僧侶の子。バランスのいい編成だ。
ただ見事に飛行系への対抗手段が少なそうだ。五匹~十匹程度だったら大丈夫だろうが、さすがにあの数は難しいだろう。運が悪かったのかもしれない。
「あ……あの! ありがとうございますっ!」
魔法使いの子が、我に返ったように、勢いよく頭を下げた。
「助けて、いただいて……その、本当に、死ぬかと……!」
「気にしなくていい。通りかかっただけだ」
俺は軽く手を振った。礼を言われるほどのことはしていない。ちょうど上を飛んでいて、見つけたから助けただけ。
「それより、あんたら、怪我は? そっちの子、だいぶ辛そうだけど」
僧侶の子を指さすと、剣士の子が慌てて駆け寄った。
「聖! 大丈夫!?」
「う、うん……魔力が、切れかけてるだけ……。少し休めば……」
魔力切れか。回復役が力尽きる寸前だったわけだ。本当にギリギリだったんだな。
さて、と俺は思った。助けたはいいがこの子たちも、しばらくは動けないだろう。魔力が回復するまで、休ませた方がいいかもしれない。
『のう、下僕』
腰の短剣が、念話で話しかけてきた。
『腹が、減ったのじゃ』
「……お前な。今この状況で」
『だって、バーベキューをするのじゃろう? ちょうど、開けた場所ではないか。腹が減っては、戦もできぬぞ。それに飯を食えば魔力も多少回復するやもしれぬ』
「そうかそういう効果あるのか……」
人が命がけの救出をした直後に、飯の話か。まったくぶれないやつだ。しかし魔力が回復するのはいい情報だ。こいつがいうなら間違いなさそうだ。
だが……まあ、言われてみれば。
この子たちも休憩が必要だし、開けた岩場もある。本当はボスの後に予定していたが、ここでバーベキューをするのも悪くはない。どうせ腹は減っている。
「……よし。じゃあ飯にするか」
俺は、インベントリから、バーベキューコンロを取り出した。




