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第1話

「こんにちは、桐刃ちゃん!」

 祖母が入れ替わりで帰宅したあとの、静かな夕暮れの病室。扉を開けて飛び込んできたのは、弾けるような明るい声だった。


「彩ちゃん! 来てくれたから、もう元気いっぱいだよ。いつもありがとう」

 包帯の隙間から、桐刃が柔らかな笑みを向ける。そこにいたのは、中学時代からの親友の照海彩てるみあやだった。桐刃と同じく術者の分家の出身で、太陽のような快活さを持つ彼女は、桐刃にとって暗い気分を晴らし、心を温めてくれる、まさしく太陽といっても過言ではなかった。


 入学当初は毎日当たり前のように共に登校し、学び、笑い合っていた二人。だが、龍の呪いは残酷に桐刃の日常を削り取っていった。


 最初は普段通りの学校生活をなんとか送ろうとしていたが、呪いによる痣となって全身に広がっていたことで、桐刃は常に全身を灼かれるような激痛に晒されていた。日が経つにつれ、視界はぼやけ始め、体力は目に見えて奪われていき、指先一つ動かすことすらままならなくなっていく。そんな状態のせいで中学から登校すること自体が困難となり、高校に進学してからは、学校側の配慮でリモート授業による出席がようやくの状態だった。


 彼女たちが通う学園は、術者によるヒエラルキーが存在する実力主義の世界だ。


 強大な霊力を持ち、将来の戦力として期待される育成科と霊力が微弱な者、戦闘に適さない術を持つ者、あるいは力を持たない一般人が集まる普通科。その間には、目に見えずとも明確な境界線が引かれている。

 彩は術者ではあったものの、その力は「怪我をした人一人を治すのが限界」という術者としては微妙なものだった。そのため、術を失った桐刃と同じ普通科に籍を置いている。


「また授業の内容、ノートにまとめてきたからね! あと、桐刃ちゃんに見せたくて新しいスイーツ店の写真も撮ってきたよ!」

 面会者用の椅子をベッドの側に寄せて座り、楽しげに語りかける彩。


 呪いによって家族からも、運命の相手だったはずの男からも見捨てられ、術者としての身分、容姿、健康さえも失った桐刃。


 180度と言って過言ではないほど様々なことが変わっても彩だけは変わらなかった。変わらずにいてくれた。


 出会える場所が教室から病室にはなったが、2人の関係だけは変わることなく、今この時まで親友としての大切な時間を共有していた。


 そうやって一緒の時間を過ごしてきたからこそ、桐刃は彩の些細な変化にも気付いていた。


「彩ちゃん、なんだか元気ない……?」

 学校のことを話す時の彩のわずかな声のトーンの変化に気づき、桐刃が問いかける。彩は一瞬、言い淀むように視線を落としたが、やがて小さくため息をついて口を開いた。


「うん……ちょっとね。今日、育成科と普通科の間でトラブルがあってさ」

 彩が語ったのは、聞いただけでも気分の悪くなるような学園内で起きたアクシデントだった。


 育成科に通う1年生の薙川美那なぎかわみなが同学年の普通科の生徒とぶつかるという出来事があった。明らかに非は美那の側にあったという。しかし、その場に居合わせた3年生の上宮秀磨かみみやしゅうまが一方的に美那を庇い、あろうことか普通科の生徒の不注意と決めつけ、謝罪をするように要求したというのだ。


「あの二人、うちの学校の育成科の中だとエリートって言われてるけど……私、どうしても好きになれないんだよね。私みたいに分家出身で普通科だったりすると、なんだかすごい冷たい目で見られたこともあるし。うがー、思い出したら腹立ってきた!」

 彩は不機嫌ですと言わんばかりにふくれっ面をしながら話を続けた。


 話題の中心となっていた美那とは、紛れもなく桐刃の姉、その人である。かつて自分を汚物と呼び捨てた家族と、自分を裏切ったかつての運命の相手。


 まさか親友の口から今や学内でエリートと持て囃される姉とかつての運命の相手の名前が出るとは思いもしなかった。


「……そう、なんだ。大変だったね、彩ちゃん」

 包帯の下で、桐刃はばつが悪そうな表情をしていた。


 桐刃は彩に自分の呪いが災によるものであることは話していたが、その後、自分の家で起きたことや家族との確執については親友である彩にすら一度も話したことはなかった。


 そのため、学園の人たちを含めて彩は桐刃がその完璧な美少女、美那の実の妹であること、秀磨の本来の運命の相手――つがいであったことは全く知らなかった。


 捨てられたとはいえ、実の姉とかつての運命の相手がしたことに対して、桐刃は無意識のうちに彩から視線を逸らして申し訳なさそうに下を向くのだった。

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