プロローグ
「桐ちゃん、体調はなんともないかい?」
祖母の穏やかな声が、静まり返った病室に染み入るように響いた。
「おばあちゃん、ありがとう……」
ベッドに横たわる少女――八剣桐刃は、掠れた声で感謝を口にした。
高校1年生という、本来ならば瑞々しい輝きに満ちているはずの季節。しかし、術者専門病院の個室に身を置く彼女の姿は、あまりにも凄惨だった。全身を隙間なく覆う包帯。かろうじて露出している顔の一部にだけ、かつての少女らしい肌が痛々しく残っている。
古来より、この地球には災と呼ばれる邪龍や悪霊が跋扈していた。日本においてその脅威から人々を守り続けてきたのは、平安の世から続く麟堂、蔭篠、斎凰、煌月、燈山の「五大名家」を中心とした術者たちである。
そして、強大な固有術を継承する術者たちの中には、その力を極限まで引き出すための運命のパートナー――番という存在が必要な者もいた。
分家である薙川家に生まれた桐刃もまた、かつては輝かしい生活を送っていた。姉の美那とともに、その愛らしい容姿と優れた術者としての才を謳われ、名家の一つである上宮家の次期当主・上宮秀磨の番であることが判明した時は、誰もが彼女の輝かしい未来を信じて疑わなかった。
しかし、中学生の頃に現れた最強格と称される龍型の災との戦いが、彼女からすべてを奪い去るきっかけとなった。
術者たちが総力を結集し、討伐には成功したもののその場にいた桐刃が代償として受けた、執拗なまでの呪い。
全身は爛れたような痣に覆われ、かつての美貌は無残に崩れ去った。さらには誇りであった固有術までもが破壊され、術者としての価値はゼロになった。
「お前のような醜い番はいらない」
運命を誓ったはずの秀磨は、冷酷に言い放った。彼は変わり果てた桐刃を捨て、美しさと才能を保ったままの姉の美那を選んだ。家族の態度も一変した。汚物を見るような視線、心無い言葉。術者として使い物にならなくなった桐刃は、一族に貢献できない無価値な存在として捨てられ、家を追われた。
絶望の淵にいた彼女を拾い上げたのは、母方の祖母だった。
「力があっても無くても、桐ちゃんは桐ちゃんだよ。呪いが消えたら生きたいように生きて良いんだよ」
祖母に引き取られてから旧姓である八剣を与えられ、呪いに蝕まれながらも抗い続ける日々。いつ終わるとも知れない命の灯火を抱えながらも、桐刃はその言葉だけを支えにして、今日という日を一日また一日と必死に繋ぎ止めていた。




