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勇者様のスポンサー ――専属記者は、秘密の恋人――  作者: エティルク・ラ・ハオン/Etilk.Ra.Haon


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第31話:暴露、そして反転する悪意/魔王

 部屋の中は、昼間だというのに薄暗かった。


 私が通されたリビングの窓辺に、レオンは立っていた。

 逆光で表情は見えない。彼は開け放たれた窓から、一羽の鳥を空へと放しているところだった。


「……先輩?」


 私が声をかけると、鳥は驚いたように羽ばたき、森の向こうへと消えていった。

 レオンがゆっくりと振り返る。

 その顔は、数日前に会った時よりもやつれ、目の下には濃い隈があった。


「……ああ、トマスか。すまないな、こんな所まで」


「いいえ。……あの鳥は?」


「ああ……ただの野鳥だ。怪我をしていたから、少し手当てをしていたんだ」


 レオンは力なく笑い、カーテンを閉めた。部屋がさらに暗くなる。

 完璧だ。

 光を失った部屋。憔悴しきった男。

 そこには、かつてリナールで私の計画を阻んだ切れ者の姿は微塵もない。


「……先輩。単刀直入に聞きます」


 私はソファに座り、持参したバスケットをテーブルに置いた。

 そして、最も残酷な質問を、最も心配そうな声色で投げかけた。


「あの記事……本当なんですか? アリア様と、その……男女の仲だったというのは」


 レオンの肩が、ビクリと震える。

 彼は顔を覆い、絞り出すような声で答えた。


「……ああ。本当だ」


 ククッ。

 笑いを堪えるのに腹筋が痛い。


「彼女を愛していた。……彼女も、俺を求めてくれた。勇者と記者、立場が違うことは分かっていたが……止められなかったんだ」


「そうですか……。でも、世間はそれを許してくれませんでしたね」


「ああ。……俺のせいで、アリアは全てを失った。勇者としての誇りも、名声も……。俺は、取り返しのつかないことをしてしまった……」


 レオンが懺悔を続ける。

 その一言一句が、極上の美酒のように私の喉を潤していく。

 そうだ、もっと苦しめ。お前の愛が、お前の大切な人を殺したのだと、骨の髄まで理解しろ。


「……ところで、トマス」


 不意に、レオンが顔を上げた。

 その瞳は、暗く沈んでいる。


「お前の方は、もう大丈夫なのか? リナールの件もあって、体調を崩していただろう」


 おや。自分の破滅の最中に、まだ他人の心配か?

 人間というのは、どこまでも愚かで愛らしい。


「ええ、おかげさまで。先輩こそ、これからどうするんですか?」


「……分からない。だが、一つだけ、気になっていることがあるんだ」


 レオンが、ふらりと立ち上がり、部屋の隅にあるサイドボードへ歩み寄る。


「気になっていること?」


「ああ。……ここ数ヶ月、スポンサー企業の不祥事が続いただろう? G-ロジスティクスの横領、アイアン・ローズ重工の技術流出、乃至、不法投棄……」


「ええ、酷い話ですよね」


「実はな、ヴィンセント局長が調べていたんだ。その二つの事件には、ある『共通点』があった」


 レオンが、サイドボードから一枚の書類を取り出した。


「不祥事が発覚する直前、あるいは問題が起きるきっかけとなった時期に……必ず『ある記者』が取材で接触していたんだ」


 ……は?


「マルコム常務が横領を始める前。アイアン・ローズ重工が透明化技術を開発する前。……お前が取材に行っていたな、トマス」


 部屋の空気が、凍りついた。

 レオンが振り返る。

 その表情から、「憔悴」の色が消えていた。

 あるのは、氷のような冷徹な眼差し。


「……何の話ですか、先輩」


「とぼける必要はない。局長は気づいていた。お前が関わると、必ず人間が悪堕ちするとな。……リナールで薬物中毒が広まったのも、お前が現地入りしてからだ」


 レオンが一歩、私に近づく。


「あまり、うちの局長を舐めるなよ。……お前なんだろ? 魔王軍の内通者は……いや、違うな。魔王!」


 ……沈黙。

 古時計の秒針の音だけが響く。


 やれやれ。

 私はため息をつき、ソファの背もたれに深く体を預けた。

 もう、演技をする必要はないらしい。


「……ククッ。ハハハハハ!」


 私は喉の奥から笑い声を漏らした。

 人の良さそうな後輩の仮面を脱ぎ捨て、本来の「私」の顔で、哀れな先輩を見上げる。


「驚いたな。まさか、そこまでバレていたとは。……人間にしては上出来だ、レオン」


「……」


「いかにも。私が魔王だ」


 私は両手を広げた。


「だが、気づくのが遅すぎたな。アリアはもう再起不能だ。民衆の支持を失い、力も枯れ果てた。……あとは、絶望の中で干からびるのを待つだけだ」


 私は立ち上がり、レオンを見下ろした。


「そしてお前だ、レオン。お前は生かしておいてやる。『勇者を誑かした大罪人』として、世界中から石を投げられ、泥水を啜って生きろ。それが、私のシナリオを邪魔した罰だ」


 完全な勝利宣言。

 これ以上の絶望はないはずだ。


 だが。


「……ふッ」


 レオンが、笑った。

 諦めでも、自嘲でもない。

 まるで、狩人が罠にかかった獲物を見るような、不敵な笑み。


「……何がおかしい」


「いや。お前が『人間の悪意』を理解しているつもりでいるのが、滑稽でな」


 レオンは手元の書類――いや、それは書類ではなかった。

 刷り上がったばかりの、新聞のゲラだ。


「魔王。お前は言ったな。『人間は疑念を抱くと止まらない』と。……その通りだ。だから俺は、その性質を利用することにした」


「……何?」


「読めよ。たった今、ミーナが世界中にばら撒いている『最新の号外』だ」


 レオンが紙面を私に投げつける。

 私はそれを空中で掴み、目を通した。


 そこには、信じられない見出しが躍っていた。


『【独占スクープ】勇者アリアは被害者だった! 専属記者レオンの狂気の実態』


「……は?」


 私は絶句した。

 内容はこうだ。


 ――記者レオンは、幼少期からアリアに対して異常な執着を持つストーカーだった。

 ――彼は記者という立場を利用してアリアを精神的に支配し、外部との接触を遮断していた。

 ――さらに、レオンこそが魔王軍の内通者であり、スポンサー企業の不祥事を誘導し、アリアの情報を敵に流していた黒幕である。


 記事には、もっともらしい証言や、レオンがいかにアリアをコントロールしていたかが、おぞましい筆致で書かれている。


 ――我々は彼と魔王軍を許してはならない。


「な……何を、馬鹿な……」


 私は震える声で言った。


「自分の捏造記事を書かせたのか? こんなものを出せば、お前は……社会的に抹殺されるぞ!」


「ああ、そうだ。俺は今日で死ぬ」


 レオンは平然と言い放った。


「人間にはな『排除欲』というものがある。お前の策略により、人々は勇者に裏切られたと考え、異分子を排除しようと声を上げ、攻撃した。ただ一方で、情報源が魔王軍がばら撒いた記事だ。懐疑的だった者もいただろう。しかし、そこに『正解』を投下した。その結果、人々は同じ方向を向く」


 レオンは愉しそうに語る。


「そして、陰謀論への憧れ。黒幕に嵌められていた、悲劇のヒロインへの同情。歪んだ、巨悪を叩く正義感。『悪いのは勇者じゃなかった』『悪い奴は別にいた』」


 レオンの瞳が、暗い炎で燃え上がる。


「この号外が出回り、今、アリアへのヘイトは反転する。『可哀想なアリア様』『悪いのは全部あの記者だ』とな。同情は、最強の信仰だ。俺という『悪』を排除するために、世界は再びアリアを支持し、かつてないほどの力を彼女に与えるだろう」


「き、貴様……ッ!」


 狂っている。

 こいつは、愛する女を救うために、自ら「世界の敵」になったというのか?

 自分の名誉も、未来も、命さえもドブに捨てて?


「……認めん。そんな脚本は認めんぞッ!!」


 私は激昂した。

 私の描いた「絶望のシナリオ」を、こんなふざけた三文芝居で書き換えられてたまるか。


「クソが!! だが、勇者がお前を愛していることに変わりはない! お前を人質にとれば勇者は手出しできん!」


 こいつの使いようによっては、勇者に更なる絶望を与えられる。


 私は魔力を練り上げ、レオンに向かって踏み出した。

 かような人間ごとき、一瞬で手中に収められる。


 だが。


「……遅いな、魔王」


 レオンは動かない。

 ただ、窓の方を見て、優しく微笑んだ。


「彼女はもう、来ている」


 ドォォォォォォン!!


 次の瞬間。

 閉ざされていたカーテンが、窓枠ごと吹き飛んだ。


「――ガハッ!?」


 圧倒的な光の奔流が、私がとっさに張った何重もの防壁を紙屑のように消し飛ばし、私を真横から直撃する。

 私はボールのように吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。


「……ぅ、ぐ……ッ」


 煙が晴れる。

 崩れた壁の向こう、逆光の中に立つ人影。


 純白の鎧。

 手には、かつてないほどの輝きを纏った剣。

 そして、その瞳からは――大粒の涙が溢れていた。


「……よくも」


 その声は、地獄の底から響くような怨嗟に満ちていた。


「よくも……私の大切な人を……こんな目に……ッ!!」


 勇者アリア。

 彼女は今、世界の平和のためではない。

 愛する男に「汚名」を着せさせた元凶を殺すために、そこに立っていた。

最後までお読みいただきありがとうございます!

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