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勇者様のスポンサー ――専属記者は、秘密の恋人――  作者: エティルク・ラ・ハオン/Etilk.Ra.Haon


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第29話:沈黙の断罪、凍てつく太陽/アリア

 石が、投げ込まれた。

 ガシャンッ! という激しい音と共に、アークライト通信社本社の窓ガラスが砕け散る。


「出てこい! 裏切り者!」

「説明しろ! 勇者は男にたぶらかされていたのか!」

「恥を知れ! 俺たちの信仰を苔にしやがって!」


 建物の外からは、怒号が絶え間なく響いている。

 ほんの数日前まで「勇者アリア万歳」を叫んでいたのと同じ口が、今は私への呪詛を吐き出している。


 私は、応接室のソファで膝を抱えていた。

 カーテンは閉め切られているが、外の「熱気」は壁を突き抜けて肌を刺す。

 それは、魔王軍が放つ殺意よりもずっと粘着質で、逃げ場のない暴力だった。


「……アリア、大丈夫か」


 ゼファーさんが、心配そうに声をかけてくる。

 いつも冷静な彼も、この数日は明らかに疲弊していた。彼自身、「勇者の監督不行き届き」として世間から批判の矢面に立たされているからだ。


「……すみません、ゼファーさん。私のせいで」


「君のせいではない。……悪意ある情報の流布だ。だが、大衆というのは一度火がつくと、燃え尽きるまで止まらない」


 ゼファーさんが苦々しく呟く。


 あの日。アイゼンでの会見の翌日。

 空から降ってきた怪文書は、瞬く間に世界中へ拡散された。

 『勇者は専属記者に依存する操り人形である』というスキャンダル。


 嘘だ。あんな記事、全部デタラメだ。

 私は叫びたかった。レオンとの関係はそんな汚らわしいものじゃない。彼は私を支えてくれた恩人で、戦友で、そして大切な私の……。


 けれど、私の声は届かない。

 誰も「真実」なんて聞きたがっていない。彼らが求めているのは、完璧すぎた聖女を引きずり下ろし、泥にまみれさせる「娯楽」なのだから。


「……力が入らないの」


 私は、自分の手を見つめた。

 微かに震えている。

 スキルツリーを見つめてみると――


 チカッ……フッ。


 豆電球のような弱々しい光が瞬き、また一つのスキルが消えた。


「……信仰が、逆流しているな」


 ゼファーさんが分析する。

 勇者の力は、人々の「希望」や「信頼」を源とする。

 今、私に向けられているのは「疑念」と「軽蔑」。

 エネルギーの供給源が断たれたどころか、負の感情が私の器を内側から蝕んでいるのだ。


 今の私は、ただの剣術が得意なだけの女。

 いや、心も体もボロボロの、ただの抜け殻だ。


 その時、部屋のドアが開いた。

 入ってきたのは、ヴィンセント編集局長だ。その表情は、岩のように硬い。


「……外の騒ぎは収まりそうにない。騎士団を出動させれば、火に油を注ぐことになる」


「局長……レオンは? レオンはどうしているんですか?」


 私は縋るように尋ねた。

 アイゼンから戻って以来、レオンとは一度も会えていない。通信も繋がらない。

 彼なら、きっとこの状況を打破する方法を知っているはずだ。

 彼に会いたい。彼の声を聞きたい。

 そうすれば、この震えも止まるはずなのに。


 局長は、私を直視せず、手元の書類に目を落とした。


「……本日付けで、アークライト通信社としての公式声明を発表する」


「声明?」


「事態の収拾と事実確認のため、専属記者レオンを一時解任。現在は自宅謹慎を命じ、社内の査問委員会にて事情聴取を行っている――とな」


「なっ……!?」


 私は立ち上がった。


「どうしてですか! レオンは何も悪くない! あれは魔王軍の捏造です! 彼を守ってあげるのが会社の役目でしょう!?」


「アリア、落ち着け」


 ゼファーさんが私を制するが、私は局長に詰め寄った。


「彼に会わせてください! 私が説明します! レオンは私を操ってなんかいない、私たちが対等なパートナーだって、私が証言すれば……!」


「今、君が彼を庇えばどうなる」


 局長の低い声が、私の言葉を遮った。


「『やはり記事は本当だった』『勇者は精神的に未熟』と、世間は解釈するだろう。そうなれば、レオンだけでなく、君の勇者としての資格も完全に剥奪される」


「……っ」


「今は耐えろ。レオンも、それを望んでいる」


 局長はそう言うと、背を向けた。

 その背中が、どこか悲しげに見えたのは気のせいだったろうか。


「……当面の間、君の対外活動も自粛とする。……休んでいなさい」


 ドアが閉まる。

 再び、部屋に重苦しい沈黙が戻った。


 ズキン、と胸が痛む。

 レオンが、遠い。

 いつも隣にいてくれた彼が、今はどこにもいない。


(……怖いよ、レオン)


 怪文書に書かれていた私の言葉。

 その一部は真実だ。

 あなたがいないと、私はこんなにも弱い。

 世界の希望なんて背負えない。ただの、泣き虫な女に戻ってしまう。


 窓の外では、まだ群衆が叫んでいる。

 その声は、私を断罪する処刑のファンファーレのように聞こえた。


 私は耳を塞ぎ、ソファに深く沈み込んだ。

 光を失った勇者は、暗い部屋で、ただ嵐が過ぎ去るのを待つことしかできなかった。

最後までお読みいただきありがとうございます!

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