第9話 命に係わる2択
小屋に入って汚いゴミ袋を開封すると、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったステアの顔が現れた。
「ステアさん! 大丈夫ですか!」
肩を揺すっても、反応が無い。
イチがゴミ袋を逆さにして、その身体を床にぶちまける。
その肉体は、
「……良かった。気絶してるみたいだけど、無傷だ」
汚れているだけで、切り刻まれたような形跡は無かった。
あとは、逃げるだけだ。
ゴミ袋の【忌不様】はイチが倒してくれたが、あまり長居したい場所でもない。
トウゴはステアの大きな体をなんとか背負って、小屋を出た。
そのすぐ横では、まだゴミ収集車が低く唸っている。
「そういえば、何でこれだけエンジン掛かってんだろ」
おそらく、あの【忌不様】がキーを回したのだと思われるが……
小屋の明かりに照らされた車体は鈍く光り、小刻みな震動を続けていた。
気にならない。と言ったら嘘になる。
「……トーゴ、はやく」
イチが、急かすように言った。
「ごめん、ちょっとだけ確認」
興味が勝り、トウゴはステアを背負ったまま、ゴミ収集車の運転席へと回り込む。
しかし当然ながら、中に人影は無かった。
「……何か、変だな」
軽く窓ガラスを叩いてみる。
もちろん何の反応も無い。
運転席のドアを開けようとしたが、ロックされているようだった。
考え過ぎだろうか。
そう思ってふと助手席に目をやると、見覚えのある帽子が落ちていた。
(……あれって、イチさんが被っていた……?)
振り返って、イチを見る。
そういえばいつの間にか、作業用の帽子を脱いでいる。
(いや待てよ。イチさんの帽子が助手席にあるってことは、あれは、おれたちが乗ってた車? だとしたらますます変だ)
「……トーゴ」
待たされているイチが、ゴミだらけの地面を蹴りながらトウゴを呼ぶ。
(あの【忌不様】がステアさんを誘拐して逃げたから、おれたちは車を置いて追ってきたのに、何故この車の方が先に、ここにあったんだ?)
「……トーゴ?」
イチが声色を変えてきた。
退屈なのは分かるが、もう少しで何か重大なことに気づきそうだから待っていて欲しいものだ。
(考えられるのは……この車が瞬間移動してきたのか、もしくは実はすごい近道があって、あの【忌不様】が回収していたのか……それとも……)
エンジンの掛かったゴミ収集車のテールゲートのすぐ傍に、大量のゴミ袋が積み上げられている。
それ自体は周囲の光景と変わらないが、問題は、そのゴミ袋の数だった。
(あの妙な生ゴミっぽいゴミ袋……1、2、3……19袋だ。おれが最後に運ぼうとして落とした1袋と合わせて20……偶然か? いやそもそもあの【忌不様】、こんな森の奥から20袋も、わざわざ何往復もして運んだとは思えない……ってことはまさか、この場所って――――)
「トーゴ!」
イチが語気を強めたことで、トウゴは思考を中断してはっと顔を上げる。
珍しく少し焦ったような顔のイチは、森の方を指差してトウゴの裾をグイグイ引っ張った。
この開けた場所を囲む、森。
その木々が、地鳴りと共に激しく揺れている。
そして、それらの木が……沈み始めていた。
「あ、あれってもしかして……地面ごと……」
まるで、魔王が倒された城が如く。
遠くの方から地面が割れて木々が飲み込まれて、それはこちらへ迫りつつあった。
「や、やばい! ええ? ナニアレ! あの【忌不様】って倒したよねっ?」
イチが頷く。
「ってことはやっぱりこの場所……あの【忌不様】の結界のようなものなんだ!」
さっき抱いた疑念が、確信に変わる。
「そうだよ……! おれたちの車がこんなところにあるし、潰したはずのゴミ袋が元に戻って積まれてるし……」
「……」
イチもピンと来たようで、ジト目を少し見開いた。
「……これが、むこうに、つながってる?」
そしてエンジンが掛かったままのゴミ収集車を、指差す。
「たぶん……いやきっとそうだ! てかあの感じだともう森に出口は無さそうだし、考えられるのはコレしかないよ!」
崩壊は、ついにこの開けたスペースにまで到達した。
大量のゴミ袋が、地割れに吸い込まれていく。
さらに地面が無くなった空間は、光や空気も無くしてしまうようだ。
真っ黒な壁が、だんだんと世界を塗りつぶしていく。
そんな状況に焦りながら、トウゴとイチはゴミ収集車のテールゲートを見つめた。
「ここが出口で間違いない……とは思うけど」
「……すいっち」
「うん……問題は、この圧縮板を作動させるかどうか……だよね」
あの道からこの小屋まで瞬間移動したらしいゴミ袋は、テールゲートの圧縮板で潰したはずなのに、元に戻っている。
とすれば、このテールゲートに入るだけ……というより、入って潰されることが移動のトリガーのようにも思える。
「ど、どっちだ……? 時間が無いぞ」
するとどういう仕組みか、目の前の圧縮板が自動で動き始めた。
「えっ? イチさん、今スイッチ操作した?」
イチは首を横に振って否定する。
ごうん、ごうんと。
唸るような駆動音を立てて、重厚な金属の板がトウゴを手招きしているように見えた。
「こっちが正解ってことか? あああ分からない! そして時間が無いっ! おれの馬鹿っ! でも間違ったらヤバイ!」
本当は頭を掻きむしっている時間すらも惜しいが、怖いものは仕方がない。
「……よし決めた! 何せ【忌不様】のやることだ! ブッ飛んだ方が正解と仮定して――!」
押し潰すものを求めて動く金属板を、眺める。
「おれ行くよイチさん! おれが成功したら、イチさんもステアさんと一緒に来て!」
背負っていたステアを、イチへ預ける。
「……トーゴ?」
崩壊が、もう30m先くらいにまで迫っている。
怖い。
怖い怖い怖い。
しかし、どうせ死ぬなら僅かに可能性のある方に賭けたい。
ごうん、ごうん。
怖い。
あんなのに押し潰されたら、凄く痛いだろう。
骨が砕けて、肉が割けて、血や内臓が飛び出すだろう。
しかし、もうここまできたらやるしかない。
「……ぬ、ぅおおおおおおおおおっ!」
トウゴは気合を入れて、テールゲートへと飛び込んだ。
――――瞬間。
イチが抱えていたステアの手が動いて、
圧縮板のスイッチを、オフにした。
「――――え?」
トウゴの身体は、がっぽりと開け放たれたテールゲートの闇へと、吸い込まれていく。
全身の皮膚が全方向へ引っ張られるような、奇妙な感覚がした。
そして上下に揺れるジェットコースターに乗っているような気持ち悪さが一瞬だけ訪れて、
「――――あ」
トウゴはいつの間にか、事務所へ続く森の一本道の路肩に、座っていた。
……助かった、ようだ。
トウゴは自分の手や足を見て、無事を確かめる。
数秒後、隣の空間が一瞬黒く歪んだ。
「……おぉ」
そして少しビックリしたような顔をしたイチと、意識を取り戻したらしいステアが、姿を現した。
「イチさん! ステアさん!」
「……トーゴ」
「はぁ。危ないところだったな」
ステアはまだ気分が悪いようで、アスファルトの道路に寝転ぶ。
「ステアさん……あの、ありがとうございます。圧縮板を動かさない方が正解だって、どうして分かったんですか?」
「いや、ただの職業病さ。意識取り戻してすぐで状況も何も分からなかったが、さすがに動いてる圧縮板の中に飛び込もうとしてるやつが目の前に居たら、緊急停止ボタンを押しちまったよ」
「な、なるほど……でも結果的に、助かりました。あのまま飛び込んでいたらと思うと……綺麗な状態で置かれてたゴミ袋も、きっとああいう選択をするように仕向ける罠だったんですね」
「かもな……いやしかし、俺も助けられたよ。あのままあそこにいたら、どんな目に遭ってたか――」
ゴミ袋に詰められたときの事でも思い出したのか、ステアは身震いをした。
「あ、はは……そういえば、確かあの【忌不様】もおれたちも、このゴミ収集所を飛び越えてた……きっとここが、あの森の結界への入口だったんですね」
「たぶん、複数ある入り口の一つ……って感じだったんだろうけどな。どういうわけか、俺達の車とそっくり同じもんが、向こうにもあったしな」
そう言ってステアは、道に停められたゴミ収集車を指差した。
「このゴミ置き場の近くにゴミ収集車が来ると、向こうの世界にもそっくりの複製が出現して、それが一つのゲートになっていた……とか? それにしても、向こうからゴミを送って、こっちの作業員に送り返させるって、何がしたかったんでしょうね?」
「単純に足止めして、返事をさせるって『儀式』を成立させやすくするためだったんじゃないか? ……ま、【忌不様】の理屈を考えたって無駄だ。とにかく、さっさとこんなところから離れて帰ろうぜ」
「え、ええ。そうですね」
その意見には大賛成だ。
空腹や疲労や恐怖でくたびれた3人は、重い腰を上げて車に乗ろうとしたが、
「……あ、そういえばスミマセン。おれ、【忌不様】のゴミ……1袋、こっちに置いてたんでした」
「ええ? ……あホントだな。うわぁ……」
イチが『返事』をしてしまった際のゴタゴタのときに、放置してしまっていたのだ。
「アレ、どうしましょう?」
ステアは嫌そうに顔をしかめたが、
「まあ、俺らは一応ゴミ収集の仕事だからな。持って帰るっきゃねえだろ」
「わ、分かりました……まあ、【忌不様】も倒したし、大丈夫ですよね?」
「わからん」
「……あ、はは……うぅ……急いで、拾ってきます」
最後に、嫌な仕事が残っていたものだ。
トウゴは息を止めて、激重のゴミ袋を持ち上げた。
たぷん。と、固体のくせに水分を多量に含んだ音がする。
「まったく……このゴミも、一体何だったんだろ」
ブツブツ【忌不様】への恨み言を呟きながら、今度はスムーズにエンジンが掛かったゴミ収集車のテールゲートへ放り込む。
そしてスイッチを操作して、圧縮板を動かした。
重厚な金属の板は、唸りながらゴミ袋を押し潰していく。
「これで、よしと」
トウゴは周囲の安全を確認して、ゲートを閉じる。
『モ う 少しダ っ たノ に』
「え」
ゲートが閉じる瞬間。
潰されたゴミしかないはずの車体奥から、そんな声が聞こえた気がしたが、
「気のせい……だよね?」
トウゴは自分に言い聞かせて、ゴミ収集車の助手席へと戻った。
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