第5話 その後
その数十分後。
トウゴとイチはヤンキーお姉さんに連れられて、不動産屋の事務所に来ていた。
裸のイチは事務所に着くなりヤンキーお姉さんに奥の部屋へ連れて行かれて、何やらゴソゴソとした後、
「よし……と。これでとりあえずは、人並みに見えるだろ。ほら、もういいぞ」
ドアから出て来たイチは、セーラー服を着ていた。
上も下も黒色で、可愛らしい紫色のタイを締めている。
「えっ、セーラー服!? なんでそんなものがここに……」
「ちょっと昔に、可愛いと思って買ったんだが……サイズが合わなくてな。タンスの肥やしになってたんだよ」
「な、なるほど?」
さすが『先輩』達の名残が濃く残る都市だ。
異世界と言えど、この都市にならセーラー服の1着や2着は普通に売られているのだろう。
「むふー、んっ!」
くるりと回ってスカートをはためかせたイチは、小さな鼻孔を広げて満足げに吐息した。
「ああ、イチさんも気に入ってるみたいですね……」
「イチさん? って、この……コレの名前か?」
「コレって何ですか! イチさんは立派な、おれの友達ですっ」
「えぇ……だってお前コイツ……【忌不様】だぞ?」
「イチさんはおれを助けてくれたから、イイ【忌不様】なんです~」
「うわっウザッ。てか単にコイツの見た目がカワイイから、イチャつきてえだけだろ?」
「だだだだだれがそんなこと」
「分かりやすい奴だな……まあいいや」
ヤンキーお姉さんは疲れた様子で、応接間のソファーにどかっと座った。
「ったく、S級の【忌不様】が出る部屋だって分かって心配して駆けつけてやったのに、まさかそれと『お友達』になってるなんてな……お前、運良すぎて逆に呪われてるんじゃねえの?」
「え、何で分かったんですか?」
「え」
「いやその……あの部屋に、イチさんが出るって……」
「ああ……それは、サイモンのおっさんに聞いたんだよ」
「あの翼のおじさんに?」
「送り込んだお前の様子見がてら、この都市に寄ってたみたいでな。アタシの所にも来て、お前にどの部屋を貸したか尋ねられたから、部屋の地図と写真見せたんだ。そしたら急に笑顔になってな」
「あの102号室に、S級の【忌不様】が出る……と?」
「そういうことだ。まあまさか、お前がもう1体別の【忌不様】にも魅入られていたとは、さすがに思ってなかったみたいだけどな」
あの、心臓の【忌不様】の事を言っているのだろう。
「うぅ……何か、小包に紐を結ぶだけの作業だったのに、続けていくうちに妙に楽しくなっていっちゃって……何かどんどん自分が狂っていくのを、俯瞰で眺めてるような感覚になって……」
「小包をお前の心臓に見立てた、一種の儀式だったんだろうな。それを続けさせることで、いつか完全に支配できる……それがその【忌不様】のルールだったんだろ」
「……ちなみに、あの【忌不様】は何級なんですか?」
「さあな? アタシは実物を見てねえから何とも言えねえけど、お前の話聞いた限りだと、E級程度じゃねえの?」
「ほほう……だとするとS級のイチさんって、どんだけ凄いんだ……」
「ほぼ完全に『この世の存在』として受肉してる……って感じだよな。そんなことできる【忌不様】なんて、そうそう居ねえぞ」
もがもがとお茶菓子を頬張るイチを見て、ヤンキーお姉さんは片眉を吊り上げた。
「そんで、お前はこれからどうすんだ?」
「ええと……とりあえず明日ハロワに行って、クレーム入れてきます」
「ははっ! そりゃ当然だな! ……って、そういうことじゃねーよ! そいつだよそいつ! その人間に近いナニカになった【忌不様】を、どうするつもりかって聞いてんだよ」
「え……そ、それは……イチさんさえ良ければ、今まで通りあの部屋に……いやヘンな意味はないですけど! お友達として! ……まあでも、今や美少女になってしまったイチさんが、こんなフリーターで彼女もろくに居たことの無いアラサーと一緒に住むなんて――――あ痛っ!?」
どすっ、と脇腹に、黒髪の頭が突進してきた。
そしてそのまま、ぐりぐりと頭をこすり付けられる。
まるでじゃれついてくる猫のようだ。
「えーっと、イチさん? これってどういう……」
「……お前のことが、お気に入りなんじゃねーの?」
ヤンキーお姉さんが鼻白んで言った。
「離れたくねえってよ。良かったな――――ええと……お前、名前何だったっけ?」
「あ……そういえば言ってませんでしたね。トウゴです」
「あっそ。ちなみにアタシの名前は、ニーナだ」
「イチ、は……イチ」
そうして無事に自己紹介も終えて、トウゴとイチは、ヤンキーお姉さん、もといニーナの夜食(手作り)をご馳走になった。
そして一杯になった腹をさすりながら、2人は不動産屋を後にした。
「…………」
「…………」
イチは長い黒髪を揺らしながら、トウゴの隣をてくてくと歩く。
この少女(?)が傍に居るだけで、あんなに怖かった夜の都市も平気なように思えてくる。
「…………トーゴ」
ふと、イチが口を開いた。
「ありが、とう」
「ええっ? いやいやむしろお礼を言うのはおれの方で、あんな怖い心臓お化けから守ってくれたし」
ふるふると、イチが首を横に振る。
「イチは、手だけだった……でも、トーゴが、にんげんに、してくれた」
「……もしかして、その姿になることがイチさんの『欲望』で、人間から食べ物をもらい続けることが、それを叶える『儀式』だったの?」
だとすれば、最初しきりに『ちょうだい』と繰り返していたのも頷ける。
「すこし、違う……けど、そんなかんじ」
イチは、何かをはぐらかすように視線を逸らした。
コンビニでサンドイッチを買ってから、『青苺荘』の102号室に帰ってくる。
玄関で靴を脱ごうとしたとき、トウゴは思わず「あっ!」と叫んだ。
「イチさん! 靴履いてないじゃん! ニーナさんから貰えなかったの?」
今やセーラー服を着て、ニーナがその辺の安い服屋から買ってきてくれた下着を身に着けているイチだが、その足だけは何も履いておらず、細い指先は泥で汚れていた。
「あーあーあー……ちょっと待ってて。確かこっちに買っておいた新品のタオルが……あった」
水道水で濡らしたタオルを絞って、イチの元に駆け寄る。
「ちょっとイチさん、ここ座って? そうそう。足拭くから、じっとしててね?」
「…………」
そして屈み込み、イチが投げ出した足を、濡れタオルでゴシゴシと拭いて汚れを落とす。
「……むふー」
ぽんぽん。
「え、何で頭撫でられてるの? おれ」
何故かご満悦なイチに戸惑いながらも、その華奢な足を綺麗にしてあげた。
「はあ……終わりっと……いやぁ、今日は疲れたね……明日はハロワに突撃するとして、今日はとりあえず寝よう……」
「さんせい……」
くぁ、とイチも欠伸をしながら同意した。
トウゴはタオルを片付けて、目を擦りながらリビングへ入る。
この数日間、本当に大変だった。
大変で散々な目に会ったが――――それと引き換えに、この世界で初めての友達ができた。
そう考えるとこの境遇も、あのテキトーな呪いも、悪くはないのかもしれない。
…………しかし、とにかく疲れた。
明日はハロワに行って、仕事を貰って、イチの分の布団や家具も買わなくては。
そういえば、イチの靴も買わなくてはいけない。
年中セーラー服というのもアレだから、部屋着やその他の服も必要だろう。
それから、それから――――
「…………ぐぅ」
トウゴはほとんど気絶するように畳に倒れ込み、眠りに落ちた。
「…………………………」
ひたひたと。
生気の無い目を細めて、イチはトウゴの背中まで歩み寄る。
「………イチの、儀式、は」
音を立てないようにそっと、畳に膝をつく。
「ごはんをいっぱいもらうこと……と」
そして、その背中に手を伸ばして、
「……もうひとつ」
優しく一撫ですると、その後ろにぴったりとくっつくように、横になった。
ここまで読んでいただきまして、ありがとうございます。
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