第2話 新しい部屋に住む(先客アリ)
都市の中心の方へ行くと、一応普通っぽい通行人もちらほら居た。
ちゃんと開店しているコンビニもあるし、全体的に寂れているが遊興施設や商店なんかも充実しているようだ。
「い、意外と…………普通の街……なのか?」
と、胸を撫で下ろして一息つく。
この異世界に来てからというもの、散々な目に遭ってばかりだったので、少し神経質になり過ぎていたのかもしれない。
「よしよしよし……いける……いけるぞぉ……」
そうして『不動産屋』の看板をようやく見つけて、飛び込んだ。
「あ、あのっ! 今日から住める部屋探してるんすけどっ!」
カウンターに座ってたのは、ショートの金髪で、耳に大量のピアスを開けたヤンキーっぽいお姉さんだった。
身体の凹凸がハッキリしていて、かなりスタイルが良い。
ダメージジーンズを穿き、白いTシャツを着て、金属のネックレスをジャラジャラと首から提げている。
とても仕事中のOLには見えないが、どうやらここの唯一の店員らしい。
「ああん? 今日から住める部屋ぁ……?」
お姉さんは、読んでいたボロボロの新聞を畳んで置くと、
「……あるけどぉ?」
トウゴを値踏みするように、ジロジロと眺めながら言った。
「金は?」
「ないっす!」
「仕事は?」
「ないっす!」
「身分証は?」
「ないっす!」
「はぁーぁぁぁぁぁぁ????」
「でででででもあの、四角メガネで頭ツルツルで悪魔っぽい翼生えたおじさんに、この街のハロワで『サイモンに紹介された』って言えば、すぐバイト斡旋してもらえるって…………」
「っ!?」
その話を聞いた途端、ヤンキーお姉さんの顔色が変わった。
「あー……お前も、あのおっさんに紹介されたクチか」
「えっと……サイモン、さん? っていうんですか? あの翼のおじさん」
「まあそんなとこだ……なら仕方ねえ。部屋、見つけてやるよ」
そうしてお姉さんはすぐに、いくつか物件を見繕ってくれた。
「まあ今すぐ住めて安いとこつったら、これと、これと……これくらいだな」
全部、ボロそうなアパートだ。
しかし、
「え、どれも1DKで……しかも家賃が――――日本円で3000円くらい!? ……安すぎませんかこれ? …………もしかして、何か良からぬものが出るとか……」
「出るにきまってんだろ」
呆れ顔で言われた。
結局、お姉さんに提示された中から一番住み心地の良さそうな部屋を選び、案内してもらった。
『出る』といっても、所詮は物音が鳴ったり、少々金縛りにあう程度だろう。
……きっと。たぶん。
夜の都市は、不気味なほどに静まり返っていた。
辺りはすっかり暗く、生ぬるい風が吹いてくる。
不動産屋から結構歩いて到着したのは、徒歩15分の所にコンビニがある、人通り皆無な路地沿いのボロアパートだった。
『青苺荘』とイユタリス語で札が掲げられたそれは、木造の2階建てである。
トウゴが借りた102号室のドアは青い塗装が剥げて、カスがぽろぽろと玄関前に落ちていた。
軒先の電球はチカチカと頼りなく光り、その周りを小さな蛾が飛んでいる。
「うわぁ……異世界のはずなのに、滅茶苦茶日本っぽい……もしかして、いわゆる『先輩』が居たのか?」
「あん? 何か言ったか?」
「あ、いえ……この部屋って、前はどんな人が住んでいたのかなあ……なんて」
「…………ここに前住んでいたやつは……何だったかな、確か食われたんだ」
「え」
ここにきて、ヤンキーお姉さんがとんでもないことを言い出した。
「……それは、比喩とかではなく?」
美人の隣人に男女的な意味で食われた、とかもあるはずだ。いやあってほしい。
ちなみに両隣の部屋はドアが木っ端微塵に吹き飛んでいて、誰も住んでいないのは明らかだけれど。
「そいつは肉をかじられて、骨をしゃぶられた」
どうやらシンプルに食われたようだ。
「そんで皮だけ剥がれて、どっかに持ち去られた」
「それって、もはやお化けとかのレベル越えてるんじゃ?」
「この都市には、【忌不様】達が居るからな」
「イ……イミフ………………それ名付けたのって……」
「あー、何か昔、田舎から来た旅人が名付けたらしいぜ。確か『よく分からないモノ』とかいう意味があるらしい」
「……でしょうね」
「あん?」
「あ、いや……それでその【忌不様】? というのは一体……」
「まあその名前の通り、人でもねえ魔獣でもねえ……更にはこの世にも居ねえ、中途半端な『何か』だ。むしろ実体を持った『災害』と思った方が良いかもな。【忌不様】は世界中に居るが、その99パーセントはこの都市に住んでいる。運悪く出くわしちまったら、ヒデエ目に会うぞ」
ちゃり、と鍵を手渡される。
「いいか……【忌不様】にはそれぞれに強烈な『欲望』と、それを叶えるための独自の『ルール』や『儀式』があるんだ」
「欲望……?」
「『人間を腹一杯食いたい』とか『生娘をチョメチョメしたい』とかが多いな。大抵はロクなもんじゃねえよ」
「アホな名前の割に、割とガチなお化けなのか……」
「ガチもガチだ。油断してっと、すぐ死ぬぜ」
「な、なるほど…………では、『ルール』とか『儀式』というのは?」
「【忌不様】も万能じゃねえんだ。この世のもんじゃねえ存在が、この世で力を発揮するためには、それなりに面倒くせえ手順を踏む必要があるらしいぜ。例えば『私、キレイ?』と質問して、相手の人間が『不細工』と答えたときだけ襲える……とかな」
「ああ……」
都市伝説でよくある感じだ。
「とにかく【忌不様】に出くわしたら。そいつの『ルール』や『儀式』には従わないこったな。絶対に後悔するぜ」
「と、言われましても」
「まあ、だよな。【忌不様】の手口も最近は巧妙でな…………あからさまに怪しい儀式を持ちかけてきて、それを断ったら実は『断られること』が欲望を叶えるための『ルール』だった、っていうパターンもあるらしいからな。とにかく、頭を使って頑張れ」
「えぇーっ!?」
「……おっ、と。もうこんな時間か…………アタシはもう帰るぞ? 電気・ガス・水道は通すように連絡しておいたから、すぐ使えるはずだ。それじゃ、またな」
「え、あ……はい」
そしてトウゴは1人、今日から新たな住居になる部屋の前に残された。
「【忌不様】って……いつの転生者か知らんが、適当な名前付けやがって…………」
しかしヤンキーお姉さんの話を聞く限り、マヌケな名前に惑わされない方が良さそうだ。
日本で言う、都市伝説や怪談に出てくるお化けのような感じなのだろうか。
ルールというのも、口裂け女に対してとある呪文を呟けば退散させられるとか、学校のトイレで赤い紙か青い紙か質問される……といったものを考えると合点がいく。
まあ、何も起きていない間にくよくよ考えても仕方がない。
「…………とりあえず、入ってみるか」
トウゴは、意を決して鍵を差した。
ぎぎぎぎ、と。少しのがたつきはあったが扉が開く。
狭い玄関には靴箱があり、その先は、
「おお……本当に畳だ」
お姉さんから渡された資料で知ってはいたが、まさかここまで日本の部屋と同じ造りとは思っていなかった。
「もしかして、こういう部屋も、おれより先に転生してた誰かが、広めたのかなあ」
そう考えると、何だか感慨深い。
トウゴは玄関をしっかり施錠すると、リビングの電気を点けて、畳に寝転がった。
ぼふっ、と埃が舞う。
「ごほっ、げほっ……こりゃ明日、掃除だな……しかし、ちゃんとした屋根があるのは……ありが…………た、い」
一日中歩き回ったり、空を飛んだり、極度に緊張したりしたせいか、疲労がどっと押し寄せてきた。
…………それにしても、散々な異世界転生だ。
いくら前世で4億円当たったからとはいえ、酷すぎる仕打ちである。
実際に金を受け取ったその日に死んだのでほとんどイイ思いなんかしてないし、死因も4億円のせいだし、それでトントンで良いではないか。
何もマイナス補正なんかしなくても……
そういえばあの女神、トウゴに何か変な呪いを掛けたといっていた。
確か、まあまあヤバいやつらに好かれる呪いとか何とか…………
あのヤンキーお姉さんの言っていた【忌不様】なんて、まさにそのヤバい奴ではないのか。
――――そして、
ぼんやりとした意識で、そんなことを考えていたとき、
「………………ぇ」
枕元に、ふと何かの気配を感じて、
『―――― ち ょ う だ い 』
生気の無い少女の声が、聞こえた。
「ひぃ!?」
眠気は瞬時に吹き飛び、トウゴは跳ね起きる。
「なになになになにっ? 今何か声が――――」
慌てて部屋中を確認した。
蛍光灯に照らされた8畳の部屋には家具も何も無く、埃と少々の虫の死骸が積もっているくらいだったはずだが――――
「な」
20cmくらいのナニかが、畳の上に転がっていた。
それは、陶器のように白くて。
もぞもぞと蠢いて。
細い指が5本ある。
女性の、手首だった。
手首は、トウゴの方を向いて、
『 ち ょ う だ い 』
少女の声で、喋った。
「――――――――~~……ぁっ」
くらりと、視界が眩む。
トウゴは白目を剥いて、仰向けに倒れた。
(だめだだめだだめだだめだ。今気絶したらあの訳の分からない手首と2人(?)きりに――――)
とんとん、と肩を叩かれて、
『ちょうだい?』
その手の平には、歯の生え揃った小さな口が開いていて、
「…………」
気絶した。