第八話 スクール
入学式も無事終わり、真斗は一年生になった。真斗と聖夜は名字を伊吹から、松陰と変えた。松陰とは聖夜が霜剣と結婚する前の名字である。役人から身を隠すためなど、いろいろと都合がいいということで変えることになったのだ。
スクールが始まって数日が経ち、今日も二時間かけて学校に通っているのだが、
「やばい、やばい、やばい、やばい、やばい、やばーい!」
真斗は街で迷子になっていた。
「あ、そうだ。時計台はどこだー?」
建物の屋上に上り、時計台を探した。目を凝らして時刻を見る。スクールが始まるのは午前8時。時計台から見える時刻は午前7時55分。
「まだ間に合う、まだ間に合う、まだ間に合う」
独り言のように、ぼそぼそとつぶやきながらスクールまで猛ダッシュした。建物の屋上から屋上へ飛び、走る。2時間休むことなく走り続けた足はすでに悲鳴をあげていて、ダッシュするのを拒んでいる。この長い通学路を毎日通っているわけだが、さすがに数日では体は慣れない。しかし、意地で走り続けた。
「セーフ」
教室に滑り込むように入った。教室にかけてある時計は8時5分を指していた。
「アウトよ」
クラスの担任の先生である野田先生は、いつものように軽く流して、俺を席につかせた。野田先生は女性の先生で、歳は若い。基本的には優しく、朗らかな表情をしている。先生にも生徒にも親切で、多くの人に好かれている。今年は初めて自分のクラスを持つことになった。属は雷である。
「ちょうどホームルーム終わって、授業始まるところだから、今日はセーフにしといてあげる」
「ありがとうございます」
真斗は礼を言って、丁寧にお辞儀をした。
「学校始まってまだ数日しか経ってないのに、ほぼ毎日遅刻してるわよ、真斗。家が遠いのはわかるけど、もう少し余裕を持って来なさいね。他の先生は私みたいに甘くないわよ」
「頑張ります」
「真斗。お前頑張る気ないだろ」
「あるって」
「じゃあ、明日は遅刻するなよ」
「それは、明日のお楽しみだな」
クラスに笑いが溢れる。真斗はいつものようにからかわれる。こうして、今日もいつも通りのスクール生活が始まる。
このスクールは一学年40人5クラス。全校生徒600人だ。一年生では主に、座学と基本的な武術を勉強する。
「今日はまず座学をします。防御についてですが、みなさん、防御は知っていますか?防御を使うことで怪我を防ぐことができます。自分の体の守りたい箇所に意識を集めて、集中するんです。広範囲に意識を集めれば、そのぶん精度は弱くなり、狭い範囲なら、強くなります」
「先生!質問!」
「なに?真斗」
「どうやったら、防御は強くなりますか?どんな修行をしたら、いいんですか?」
「集中力と肉体の強靭さが必要です。どちらもすぐに身につくものではありません。日頃からの鍛錬が必要ですね」
「ふーん」
「次に座禅ついてですが...」
真斗は遅刻はするものの、クラスの中で一番真面目に授業を聞き、熱心に学んでいる。
そして、午後の授業。
「はい。これからまず座禅を行います。先ほど授業で説明しましたが、初めて行う人もいると思うので、先生の真似をしてやってみてください」
先生がそういうと、生徒は手を横に広げ、一人一人スペースを確保する。先生は、左ももの上に右足を乗せ、右かかとを腹に近づける。次に右ももの上に左足を乗せる。手は右掌を上に向け、その上に、左掌を上にして重ねる。そして、両手の親指先端をかすかに合わせる。目は半目にして、静かに呼吸をする。
「みんな真似できた?やったことがある人はわからない人に教えてあげてね」
それから、全員が正しい姿勢をとることができ、座禅が始まった。
「スー、ハー。スー、ハー」
座禅は1時間続く。集中力の向上と精神の安定を得ることができ、日常生活や戦闘時では欠かせない要素である。
「集中とぎらせた人は私がこの警策で肩を叩くから、頑張ってね」
生徒が座禅をしている中、野田先生は生徒を監視する。
30分が経った。
「はい。寝ない」
先生は、目を完全に閉じ、いびきをかきはじめた生徒を警策で叩いた。その生徒は太一という名前の生徒で、ぽっちゃりお腹が特徴的で食いしん坊である。学校が始まってから、座学の授業では必ずと言っていいほど居眠りをしていた。
「は!すいません」
太一は、口元に垂れかけていたキラキラと輝くヨダレをすすり飲み込み、姿勢を整えた。多くの生徒はクスッと笑った。
「はい。他の人も寝ないように」
そんな中、真斗は一度も姿勢を崩さず、一定のリズムで呼吸を続けた。自分だけの世界に入り、他を寄せ付けない。
そして、1時間が経った。
「はい、終わり。みんな立ってこっちに集まって」
生徒はゆっくりと立ち上がり、先生の元へ集合した。
「全員来てる?」
「先生、真斗がまだです。寝てるんじゃないですか?」
「太一が言わないの。あなたは寝過ぎよ。真斗はどこにいるのかしら?」
生徒が太一を見て、クスクスと笑う中、真斗は座禅を続けていた。先生が警策を持って、近づいてくる。
「はい。起きる」
先生は後ろから警策を打ちつけようとした。警策が真斗の肩に近づく。その瞬間、真斗は素早く体を反転させ、警策を手で受け止めた。
「今、行きます」
真斗が目を開けると、そこには何か近寄りがたいオーラのようなものがあった。多くのクラスメイトはその迫力に圧倒され、さっきまで和やかだった空気は静まり返っていた。
「真斗、私が警策打つの待ってた?」
「あ、バレてました?さすがですね」
真斗は満面の笑みで答えた。
「先生で遊ばないの。次からは、気づいてるんだったら、ちゃんと集合しなさいね」
「はーい」
真斗は適当に返事をして、みんなのもとに集合した。
「今日は座禅をメインで練習します。ですが、これから武術や防御の実践をしていく上で、座禅は準備に過ぎません。基礎中の基礎なので、苦手意識を作らず早めに慣れましょう」
授業が終わり、生徒は帰宅の時間である。
「なぁ、お前、さっきの座禅すごかったな。姿勢はあんまりきれいじゃなかったけど」
真斗の座禅を見てから、クラスメイトはみな真斗に話しかけることを躊躇していた。そんな中、一人の少年がためらうことなく真斗に話しかけたので、多くの生徒は二人の会話に注目していた。
「あー、なんかそれっぽいことはしてたから、なんとなくできたな」
「そうなのか。俺は二津 剛助。よろしく」
真斗は剛助が強い奴だと直感した。
「おう。剛助だな。俺はいぶ、じゃなくて、松陰 真斗だ。よろしく」
「真斗、早速なんだが属は何を使えるんだ?」
「え、なんも使えない」
「属が使えないのに、スクールに来たのか?」
「あー、そうだけど」
「なら、お前に用はない。聡間行くぞ」
剛助は身支度を整え、さっさと教室を出ていった。
「なんだよあいつ」
小声で真斗はつぶやいた。すると、今までびびって、真斗に声をかけることさえできなかった聡間という名の少年が、すれ違いざまに話しかけてきた。
「まじか、お前属使えねえのかよ。初めて会ったぜ、無属なんかと。たいしたことねぇんだな。じゃあな」
「は?お前。何が言いたいんだよ?」
真斗は聡間を睨んだ。教室に不穏な空気が流れる。
「はい、時間よ。もう帰りなさい」
野田先生がそう言うと、教室の空気は元に戻った。生徒は全員、教室から出て家に帰っていく。
「無属の何がいけないんだよ」
真斗は属が使えないなりに、強くなる方法を常に考えていた。いつか属を手に入れてやる、という思いを心の底に秘めながら。