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窮地に現れる白銀




「はぁ、はぁ……くっ」


「やるわね、さすが曹操といったところかしら?」



平原で行われる兵士同士の戦いとは別に行われる総大将同士の泥臭い戦い。小一時間ほどの間、刃を交える二人の状況は一目瞭然だった。


戦い続けた疲れはあるものの、それを微塵も感じさせずに南海覇王を振るい続けるのは孫策、流石は生粋の武人といったところか。限界などしれず、まだまだ闘志は一切衰える様子を見せない。曹操の大鎌、絶の攻撃をかわしつつ、隙を見つけては手痛い一撃を容赦なく叩き込む。


小刻みな攻撃を続ける曹操は手数こそ多いが、一発の攻撃力は決して高くはない。更に何度も攻撃を繰り出すことにより消費されるスタミナは多く、表情には如実なまでに疲れが見て取れ、既に肩で息をしている状態だった。曹操ももちろん、優秀な武を持つ武将ではあるが、彼女は作戦を企てたり、的確な指示で軍隊を統率するといった文官が専門分野になる。


生まれてからずっと戦場で育った孫策と戦うには如何せんハンデがありすぎた。それでも孫策にここまで食い下がるのだから、彼女もまた相当な力を持つ武将ではあるものの、あまりにも相手が悪い。


また怒り狂っているせいで通常の何倍もの力が込められた攻撃を受け続けていることで疲労は蓄積。積み重なった疲労は徐々に……ただ確実に、曹操の集中力を奪っていた。


総大将同士の戦いに、双国の兵士たちはただ黙って戦況を見つめることしか出来ない。中心で戦う二人の周りには円が出来上がり、皆戦いに見入っている。戦場に立てば皆誇り高き武人であり、自分勝手な都合から横やりを入れる行為は、その人間にとって最も屈辱的な行為となる。



勝つか負けるか。


生きるか死ぬかの単純勝負。


戦場には金属と金属が擦れ合う甲高い音と、双方の口から漏れる吐息だけが響き渡っていた。



「でも残念、貴方はそれまでよ」


「……」



どれだけ足掻いたところで勝敗は決まっている。


いくら抵抗をしたとしても純粋な武で曹操は孫策に勝つことが出来ない。何か間違いでも起きない限り……いな、そんな間違えも起きる可能性など薄い。


静かに言い放つ孫策の言葉が全てを物語っていた。


そしてそれは同じく戦う曹操も分かっていること。自分がどれだけ足掻いたところで、孫策に勝てる見込みは少ない。



「もう少し手応えがあると思ったけど、どうやらこれまでのようね」



曹操の限界が近いことを悟った孫策は南海覇王を曹操の顔目掛けて突き出す。ようやくこれで飛鳥のところへ行ける。



「アンタを倒して、さっさと飛鳥の元へいく!」



飛鳥は自分の事を褒めてくれるだろうか。いや、その前にまず彼の身を案じる方が先決か。


いずれにしてもこの後考えれば良いだけのこと、瞳に映る目標に向かって駆け出す。再度攻撃を受け止めようと曹操は身構えるが、最初のような威勢はもう無い。


決着がつくのは時間の問題だった。



十メートル、五メートルと二人の距離は近付いていく。やがて孫策が一足一刀の間合いに飛び込んだ瞬間、突如として外野から声が上がる。



「孫策様! 危ないッ!!」


「え……」


「くっ!?」



突然の大声に対し、ほぼ同時に二人は反応した。向けた視線の先に映るのはこちらに向かって飛んでくる複数本の矢。それも二つや、三つではなく避けることが困難な本数の矢が向かって来ていた。


矢の標的になったのは。



「チィ! こんな時に鬱陶しいわね!」



孫策だった。


恐らく隙が出来るのを見計らっていたのは、魏軍の中に紛れ込んで居たという質の悪い兵士たち。そして墓石の前で奇襲を画策した人物と同じであり、本隊とは離れて奇襲できるタイミングを淡々と狙っていた。


まさか総大将同士の戦いによもや第三者からの攻撃があろうとは思わないはず。忌々しげに舌打ちをしながらも、迫り来る矢をはたき落とそうと南海覇王を構える。



「え……」



だが曹操から視線を逸らした瞬間、不意に自分の両足から力が抜けていくのを感じた。視線が下がると同時に、両膝に伝わってくる固い感触。そこで初めて自分の両足に力を込めることが出来なくなっていることに気付く。


未だかつて経験したことのない激戦。


何百人、何千人と曹魏の屈強な兵士たちを相手にし葬り去ってきた彼女の体力は既に限界を超越していた。それでも立っていたのは意地や怒り、信念が勝っていたからであり、本来なら立つことも出来ないほどの疲労がたまっていたはず。



それが曹操から視線を話した際に生まれた一瞬の気のゆるみが、蓄積された疲れを引き戻す。徐々に蝕んでいた疲労は両足を襲うと、孫策の動きを制限した。


今から立ち上がっていては間に合わない。膝をついたまま、迫り来る矢に対応しようと改めて刀を構える瞬間、誰かが孫策の前に割って入るように仁王立ちした。



「なっ───曹操!? どういうつもりだ!!」


「……魏の王として、部下の責任は私がとる必要がある」


「敵の情けなど受けん! そこを退け!!」



目の前に割って入ったのは曹操だった。


この状況が分からないほど頭が悪い曹操では無いはず。孫策が危惧していたのは彼女の身に何かあれば、魏の兵士たちは必ず報復をしてくる。


孫策の暗殺、飛鳥の怪我によって泥沼化した今回の戦の再現があるかもしれない。そうなった時、再び呉が魏を追い払える見込みはない。ふざけたことを考えているのであれば止めるしかない、だが足を自在に突き動かすほど今の孫策に余力が残されてはいなかった。


そうこうしている内にも一気に矢は近付いてくる。もう今から行動を起こしたところで防ぎようが無い。苦虫を噛んだような表情の孫策と、口を真一文字に結んで絶を構える曹操。






























───そして矢が曹操の絶の届くか届かないかの領域に入った刹那。


鈍い音と共に飛んできた複数本の矢が一斉に消滅した。何が起きたのか全く分からずに何度も瞬きをする曹操と孫策だが、不自然に矢が失速するわけではない。


曹操に届く前に矢が弾かれた。となればそれより前に誰かが割って入ったことになる。曹操の側近の誰かか、それとも呉の兵士の誰かか、後ろにいる孫策は曹操の前に立つ後ろ姿に目を向けた。



「あっ……」



戦場に不釣り合いな声が漏れる。だが、その後ろ姿には見覚えがあった。


白銀に輝く上着。


幾度となくその後ろ姿を見てきた孫策だからこそ、それが誰なのかすぐに分かった。怒りから熱く燃えたぎっていた身体の温度は下降し、徐々に周囲の状況を冷静に把握することが出来るようになる。


いつも以上に広く、大きく映る背中。


何故彼がここにいるのか、彼女には理解が出来なかった。



怪我をして安静を命じられたはずの最愛の男性がそこにはいる。刀を握り、孫策自身を守るように刀を振るう姿に、場にいる全員の姿が釘付けとなった。


飛んできた矢を一寸の狂いもなくはたき落としている。少しでもポイントがズレれば矢は後方へと向かってしまう。全て彼の前にはたき落とされているという事実が、その凄さを物語っていた。












「……」



天の御遣い、時雨飛鳥を。



ちらりと後ろを振り向くと孫策と目が合う。ほんの少し彼女の状態を確認すると、再び矢が飛んできた方向を見つめた。彼女に怪我がないのかどうかを念のため確認したのだろうか、事実は飛鳥にしか分からない。



「……?」



ぽたり、ぽたりと何かが零れ落ちる音が聞こえる。僅かな音のせいで、目の前にいる曹操は全く気付いていない。否、驚きのあまり気を配れないと言い変えた方が正しいか。すぐ近くから聞こえる音に、彼女は耳を澄ました。


持参している水分が漏れているような音ではないし、滴り落ちるほどの汗をかいている訳でもない。一体どこからと、視線を彷徨わせると、とある一点で止まった。


場に座り込んだ孫策の目線は曹操の股下の先。飛鳥が立っているであろう場所に照準が合う。滴り落ちているのが水分であることに変わりはない、だが色は普段目にする水とは全く異なる色をしていた。


赤黒い液体が断続的に滴り落ちる、それが何なのか理解するまでに時間は掛からなかった。



(嘘……)








背後の孫策とは別に、刀を構えたまま仁王立ちする飛鳥。


視線の先に映るのは自身の大切な人に刃を向けた魏兵。一人は城に戻る際に襲われ、自分の手で葬り去った。残る兵士は二人、だがどうやら二人以外にも同じことを企てた兵士がいるらしい。


本来、奇襲がなければこの戦いもここまで泥沼化することは無かった。双方にとって望まない戦いが始まってしまった、始めてしまった責任は重い。


何より下らない野蛮な思考のために、大切な存在を傷付けようとした行為が、彼にとっては許し難いことだった。






一部の魏兵が孫策の暗殺を行うことで、指揮系統を混乱させ、隙をついて魏軍に優位な戦況をもたらす。


確かにそういった考え方も出来るかもしれない。だがもし今回の戦が、魏ではないまた別の勢力によるものであったと仮定したらどうか。


結果論に過ぎないが、結局孫策の暗殺は失敗し、側近である飛鳥に怪我を負わせて呉全体の怒りを買い、逆に自分たちが劣勢に追い込まれる事態へと発展した。


本気で自分たちの主を大切に思っているのであれば、わざわざ命令に背くような行為をするだろうか。





───答えは否、だ。


孫策の暗殺が成功したとしても、同じことになっていたに違いない。だから魏にとって今回の暗殺計画は何一つ旨みがなく、損だけをするものになる。そしてその計画を指導者である曹操が発案するとは到底考えにくい。冷静沈着で、不要な勝ち目のない作戦を立てたり、戦を行ったりするとは曹操らしくなかった。


精神共に安定した状態での思考であれば、誰もが容易く気付くことが出来たであろう考えも、怒り狂った状態では正常の判断は難しい。



つまりこの戦自体が、何者かによって仕組まれたものだとするなら、何が何でも止める必要がある。これ以上戦いを続ければ、互いに共倒れする可能性も考えられる。


加えて、ふざけたことを考えた一部の兵たちを見せしめとして処分しなければならない。二度と同じことを起こさせないように。





刀を握りしめ、一歩ずつ近付いて行く。


訳が分からない義兵たちは通すまいと、武器を構えて立ちはだかろうとするが、目の前の人物の得体の知れない威圧感に、身体中がびりびりと震えた。



「……退け。退かないなら遠慮なく殺す」



幾多もの兵士の姿を見て立ち止まる飛鳥は、低く冷酷な声で一言呟く。



「退けと言われて退く奴が何処にいる!」


「そうだ! 死ぬのはお前だ!」



戦場に立つ手前、如何なる理由があろうとも退く訳にはいかない。戦わずに死ぬのは最大の屈辱であり、兵士として戦って死ねるのであれば本望。


国のためなら命など惜しくはない。


自らを奮い立たせて刃を向けるも、飛鳥の表情に動揺する素振りは見えない。周囲にいる兵士の数を数え始めると、やがて納得したかのように鼻で笑って見せた。























「威勢だけは一人前らしい。良いか、俺は忠告したぞ」



淡々と、無機質に呟く抑揚のない声。カチャリと音をたて、刃を地面へと向けた。



 




















「……孫呉に喧嘩売ったらどうなるか」



口で言って分からないのであれば、分かるまで身体に覚え込ませるまで。既に()()()()()()()に思考を委ねている以上、本来の飛鳥では力の全てを制御することは出来ない。


仕事としての自分が出てきてしまったのは、孫呉の敷地内に足を踏み入れた黄巾党を処罰する時が最後であり、それ以降は一度たりとも姿を現すことは無かった。


普段の飛鳥とは違い、もう一人の自分は遠慮も慈悲も何一つない。リミッターを外して持ちうる力で障害を排除するまで止まることはない。


これから行われるのは生易しい説得ではなく、血生臭いただの戦い。






































「───その身を以て思い知れ」



ではなく一方的な殺戮。


一言呟き終えた瞬間、飛鳥の姿は消えた。

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