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マモルタメ




皆が戦っている。


孫呉のため、仲間のため、家族のため、愛する人のため。


もしかしたら俺のために戦ってくれている人間も居るかもしれない。


でも悔しいし、情けない。


領土が奪われるか、追い返すかの戦いだというのに、俺は戦うことが出来ない。


身体の力がうまく入らない。


身体の節々には泣きたくなるような痛みが襲っていた。戦っている様子を周瑜と二人で見守るしかないなんて。


あの時一番油断していたのは俺の方だ。


まさか矢に毒が塗ってあるなどと、気づかないうちに身を投げ出してこのざま。


もう少し自分が回りに気を配っていたら怪我をすることもなく、無傷で守れたかもしれない。孫策に心配をかけさせる事も無かった。
















「おい、時雨」


「………」



ぐらつく身体を支えながら戦況を見守ってる飛鳥。しかし何かを考えているのか、周瑜の問いかけに答えようとしない。



「おい!」


「っ! どうした?」


「お前の身に、一体何があった?」


「何を言って……」


「お前の足取りだ、軍師をなめるな。さっきから何かにつかまっていなければ立っていられないんだろう」


「………」


「正直に、全て話せ」


「分かった」



毒を受けて平静を装っていた飛鳥。しかしその症状は悪化の一途をたどるばかりだった。無理強いをしていても身体は言うことをきいてくれない。


手すりに手を置いて、身体を支えるように立っていた。そんな状態の飛鳥を彼女が見逃すはずがない。


周公謹、呉が誇る軍師だ。


他人の目はごまかせることが出来ても、軍師の目を欺くことは出来ない。彼女はそう言いたいんだろう。


観念したかのように、正直にことを話そうとした時だった。





ぐらりと視線がぶれる。


何とか体勢を保とうとするものの、身体が言うことをきいてくれない。その異変を察知した周瑜が飛鳥の下に駆け寄り、その身体を支えようとする。



「ぐっ、ゴホッゴホッ!」


「時雨!」



とっさに倒れそうになるところを支えられたが、こみ上げてくるものを止めることは出来なかった。赤黒い液体が地面に飛び散る。


周瑜の表情がみるみる青ざめていく。この状態を見て飛鳥がいつもとはかけ離れた状態にあるということはすぐに理解できた。



「お前! どうして!?」


「お前らに、心配をかけさせるわけにはいかなかったから……」


「何を言っている! すぐに医者に!?」



飛鳥をすぐに医者に見せようとその場を翻そうとする周瑜。だがそれを飛鳥に制止された。



「何のつもりだ!!」


「矢に即効性の毒が塗ってあったみたいでな。すぐに分かったよ、もう無理だって」


「どうして……」


「何でだろうな、身体が勝手に動いちまった。どうなるかもなんとなく分かっていたのに、でも動いた身体は止められなかったよ……」



自分で立ち上がれると周瑜の支えを抜けて、足に渾身の力をこめてその場に立ち上がる。


普段表情を崩さない周瑜も、この時ばかりは悲壮な面持ちで涙をこらえているようだった。


口についた血を拭い、ぐっと戦場を見つめる。まさかこの状況で戦場に立とうとしているのか。


そんな周瑜の不安は的中してしまう。



「ここは俺には似合わない……刀を」


「何を言っているんだ! そんな状態でまともに戦えると思うのか!?」


「許してくれ、あいつとの約束なんだ。最後まであいつを見守るって、このままじゃ約束を裏切っちまう……」


「ぐっ……」



周瑜にはもう何もかも分かっていた。今更治療をしたところで飛鳥の助かる見込みは無い。だからせめて、最後まで孫策に仕える戦士として戦場に立たせてくれといっていることも。


命をかけてでも孫策を守る。それがまさか本当に現実のものとなってしまうなんて思ってもみなかったことだろう。


だから彼女は迷っていた、このまま戦場に出さずに楽に逝かせてあげた方がいいのかどうかということが。


仮に自分が彼の立場だったらどうするのか。ふと彼女は考えてみる。



(こいつも大概、大馬鹿者だったな……)



軍師として死にたいという誇りが周瑜にもあるように、戦士として散っていきたいという誇りが飛鳥にもある。


なら彼の意思を尊重するべきではないかと。





「……分かった、行け。この大馬鹿者が」


「ごめん」


「お前の面など、二度と見たくない」


「ありがとう……」



悔しさで口を真一文字に結んだまま、飛鳥へ刀を渡す。


刀を周瑜から受け取り、戦場へと出て行く飛鳥。飛鳥は『ありがとう』の一言だけを残すと、もう何も言わなかった。


その背中をジッと見つめるようにして見送る周瑜。



「………死んで欲しくないに決まっているだろう」



やがて姿が見えなくなるとポツリと一人つぶやく。周瑜の握りこぶしはふるふると震えていた。こんな時に何も出来ない自分が情けなく、自身に怒りを覚えるように。



「……大馬鹿者が」



鉄仮面。


決してどのような場合でも彼女は表情を変えたことは無い。


空を見上げる周瑜の頬には一筋の線が通っていた。










ちょうどその頃。


孫策を先頭に突撃した部隊は退却をしようとする曹操軍を一網打尽にしていく。それは今までの戦とはまるで比べ物にならないくらいのものだった。


魏の兵の質は大陸最強で、普通に考えたら今の呉でもそう簡単に太刀打ち出来る代物ではないはず。だがその常識を覆すように次々と魏の兵士達を討ち取っていく。


人というのは死ぬ前になると負の感情が宿るもの、だがその負の感情は突撃する兵士達には無かった。


まるで誰かに操られた殺人マシーンのように目の前に現れる敵をなぎ倒していく。矢が刺さろうと、腕を切り飛ばされようと足が切断されようと、そんなことは関係なかった。


身体が動く限りは一人でも多くの敵兵を討ち取るために、無感情で向かっていく。


これが相手からすればいかに怖いことか。


ただでさえ士気が落ちているところに、これだけの猛攻をかけられてしまえばひとたまりも無い。


もはや陣形も戦法もそんなものは互いに無い。ただ目の前に現れる敵だけを殺す。それだけだった。




「飛鳥様に怪我を負わせたこと! 死をもって償えばいい!!」


「主の傷は我らの傷と同じだ。生きて帰れると思うな!!!」


「飛鳥を傷つけた奴、許さない……全員、恋が殺す」



それは時雨隊の兵士達にも同じことが言えた。自分が仕える……そして好意を寄せる主に怪我を負わせた報いは当然受けてもらう。


その勢いは他の隊とは比べ物にならないほどに強かった。



「隊長の仇!! 必ず取るっ!!」


「一人たりとも逃がすな!! 全員殺せ!!」



怒号にも似た命令が下る。


目の前にある肉を切り裂き、あふれ出る鮮血が兵士達の身体を赤に染めていく。


あらゆる場所で血なまぐさい臭いが充満する。全ては飛鳥の為に、彼の仇を取る為に時雨隊は前進を続ける。




そしてその時雨隊の前を行く隊が一つ。


そう、孫策の隊だ。


ここから先はすでに曹魏の本陣になる。これが意味することは何か。


勢いそのままに前衛を突破し、周囲の敵を一瞬のうちに葬りさっていく。血にまみれた表情一つ変えぬ姿はまさに修羅のようであり、無機質なまでの戦い様は向かい来る兵たち全てを震え上がらせた。


本来であれば屈強な兵士たちを揃える曹操の部隊を、数に劣る孫呉の兵隊たちが突破することは至難の業だった。しかしここ最近、呉には趙雲や呂布といった、三国に名を残すレベルの名だたる新戦力が加入している。


黄巾党三万人をたった一人で壊滅状態に追いやった、一騎当千の武を持つ呂奉先に、数々の戦場で功績を立て続ける趙子龍。いくら曹操の兵士たちが屈強な者が集まっていたとしても、到底敵うものではない。


そのあまりにも強大な存在が、曹魏と互角以上の戦いを繰り広げられている一つの要因だろう。


他にもう一つの要因を挙げるとするのであれば。



「退けっ!」


「うわぁああああああああ!!」



先に言った孫策の存在だ。


孫策が武に秀でていることは誰もが知っていることであり、仮に戦場で出会ったのであれば最後、己の命はないと思え。そう言われて覚悟をする兵士たちも居たであろう。だが所詮は一人間、どれだけ異次元染みた武力を誇ったとしても、いずれは体力が底を尽きる。


疲れた隙を狙えば、いくら武神といえども。


そんな期待は一瞬の内に砕かれた。総大将が前線に出て戦い続けているにも関わらず、疲労の色は全く見られない。むしろ本陣に近づくにつれてより強くなっているように思える。


それだけ今回のことに対する恨みが深いのかもしれない。いつもは余裕すら感じさせる表情も今はどこへ。ハイライトのない眼差しを浮かべ、自分の直線上にいる敵を薙ぎ倒していく。感情など何もない、只管目の前の敵を殲滅するのみ。



「……殺してやる、絶対に」



傷付けた代償は大きい。


ぼそりと呟くと再度剣を振るう。自分にとって大切な側近を傷付けられた憎しみは計り知れない。孫策の怒りは孫呉全体の怒りとなり、一気に押し寄せる。


一国の王が戦い続ける姿を誰が予想できたか。常識を覆す彼女の戦い方、大切な者を傷つけた根幹を潰すまでは止まれない。体力の限界など既に超えている。それでも身体を突き動かすのは並々ならぬ曹魏に対する敵意。自身の暗殺を企てた挙げ句、飛鳥に怪我を負わせ、この聖戦を穢したあの女だけは。



「……許すものか」



既に周囲のことなど頭には無い。彼女の目的は曹操の首を取ることただ一つ。



それ以外は何もいらない。


孫呉の赤はなお、戦場を駆け巡る。



























「十七年と少し、か」



崖の上に立ち、下で行われている戦況を静かに見守りながらぼそりと呟く。戦況を見つめる眼差しは冷静沈着そのものであり、落ち着いた立ち居振る舞いは年齢不相応に大人びていた。


だがそんな立ち居振る舞いとは別に、その表情は酷く血の気が引いたものだった。額からは断続的に汗が噴き出し、顔全体が真っ青に染まっている。制服の左腕部分は血で赤く染まり、既にうまく動かせていなかった。誰がみたところで正常とはかけ離れた状態ではあるものの、彼は制止を振り切って戦場へと舞い戻ってきた。



「……くそっ」



ぐらりと視線がぶれる。


いつも通りの対応は出来ずに、忌々しげに舌打ちをする。持ってきた刀を握り締め、そしてゆっくりと抜刀した。手入れの施された刀身は陽の光に当たって鏡に反射するかのように輝く。幾多もの人間を切り裂いてきた刀、少なくともこの刀に良い思い出など何一つない。


血にまみれた刀の何処に良い思い出があるだろう。何のためらいもなく人を殺してきた過去に、どう良い思い出を見いだせと言うのか。


人を殺すための道具として与えられ、また自分も人を殺す宿命を持ち、生を受けた。



家のしきたりに刃向かったことで家族からは絶縁され、生きる意味を全く見出すことが出来ず、惰性のままに生活を送る日々。平凡で刺激のないつまらない毎日、ほとんどの一般人からすれば充実した毎日だったかもしれないが、何一つ楽しいとも感じなければ、逆に憤りを感じることもなかった。


俺という人間は存在するが、そこに魂や感情はない。それこそただの操り人形であるかのように無気力な日々を送っていた飛鳥にとって、この世界は生きる目的を与えてくれた。


かつての世界に比べて物資や文化が恵まれている訳ではない。当たり前のように使っていた電子機器や交通機関もない。住みづらい環境であるにもかかわらず、住みづらいと思うことは一度も無かった。


誰かと共に歩み、誰かと共に一つの目的を達成する。そのためにもがき、あがき、見苦しくても泥臭く前進する。人間味あふれる生活の数々に、飛鳥の閉ざしていた心は開き、感情も豊かになっていった。


新しい世界に来て、少なくとも何かを変えていかなければならない。そう飛鳥も考えていただろう。彼にとっては昔の生活より、今の生活の方が充実していた。


生き甲斐を───見つけていた。

















「……」



すぅっと目を閉じる。


この状態で戦うのは無謀に近い。少なくとも残された力を振り絞ったところで、一般兵に太刀打ちが出来たとしても、武将クラスの相手は出来ない。そもそもいつ倒れてもおかしくない状況の今、通常の状態では戦うことが難しい。


それならば、戦える自分を導き出すだけ。


本来、彼にとっては一番見せたくない姿であり、知られたくない一面である。ここ最近は何故か一度たりともその一面が垣間見えることは無かったが、今は何が何でも力が欲しい。それなら無理矢理にでもあの状態を呼び寄せるまで。



戦えるだけの、皆を守れるだけの力を。































「───力を貸せ、このクソ野郎」



再び目を見開いた瞬間、姿を現したのは鋭い目つきをしたもう一人の自分だった。

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