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思い描いた夢の末路


「おい、一体何処に行くんだ?」


「すぐよ、すぐ♪」



孫策に連れられてきたのは、俺は城からほんの少し離れた森の中にある小川だった。以前朝に釣りをした場所とはまた別の場所であり、木々の間からさんさんと木漏れ日が差し込んでいる。


静かに流れる川の流れは、戦いのない一時に安らぎを与えてくれるようで、心身の疲れが和らいで行くように思えた。


もう何ヶ月も手入れがされていないのか、それとも普段人が立ち入る場所なのかどうかは分からないが、周囲一体は雑草まみれ。わざわざ人の立ち入らない場所に孫策が連れてくるとは思えない。


がさがさと生い茂る雑草をかき分けると、そこには苔の生えたラグビーボールサイズの石が置いてあった。


どことなく見覚えのある形状、だがここまで手頃な石が自然に立つとは到底思えない。誰かが意図的に作ったものであることは明白。かつ孫策にとってゆかりのあるものとなれば。



「誰かの墓か?」


「えぇ、私の母様の墓よ。袁術の傘下に加わってからはほとんど来ることが出来なかったからね」



てへっと笑う孫策。


孫策の母、孫文台。話を聞く限りでは非常に豪快な性格をしていたらしいが、今の孫策を見るとどんな感じの人物だったのかはおおよそ見当がつく。ただ目の前に佇む石を見ると、とても先代の王として君臨した人物の墓とは思えないほど、質素なものだった。


そんな俺の心情を読みとってか、からからと笑いながら言葉を続ける。



「本当は王らしくもっと壮大な墓を作るつもりだったんだけど、死んでも王として縛られるのは嫌だって」


「ほう」



最後までプライドを誇示しながら生涯を閉じる人間も居れば、最後は普通の人間として死んでいきたいと願う人間もいる。その考え方は現世にも引き継がれており、そう考えたとしても何ら不自然はなかった。


先代の孫堅では叶えられなかった独立の夢を叶え、これからは天下統一に向けての茨の道を歩み始めることとなる。天下統一はあくまでも、呉に平穏を取り戻すための手段に過ぎず、皆同じ考えを持っていた。



「もしかしたら死んだ後くらいはゆっくりしたかったのかも。ずっと戦いの中で生きた人だったから」



そう言うと持ってきていた布を遣って墓石を磨き始める。手伝って欲しいと言われた訳ではないが、身体は勝手に動いていた。近くに生えている雑草を片っ端から抜いていく。


折角一旦は落ち着きを取り戻したのだ、新たな門出として一旦リセットを掛けるのもありだろう。



「ありがと飛鳥。ごめんね、手伝わせちゃって」


「あぁ、これくらいは気にするな。別に減るもんじゃないし、流石にこのまま無法地帯のままにしていたら、孫策も母さんに怒られるだろ?」


「あははっ、そうかもしれない。いつまで時間を掛けてるんだって」





俺が来てからはかなり短いスパンでここまでのし上がってきたが、それ以上に孫策たちが苦労していた期間は長く、また屈辱的な時間だったはず。常に戦い続けていた母親であれば、時間が掛かりすぎだと怒るかもしれない。


冗談を言いながらも笑顔を絶やさないまま、どんどん作業を進めていく。



「飛鳥の住んでた世界は、戦いは少なかったんだよね?」


「まぁな、覇権争いって意味ではあまり無い。でも実際、全世界を見ると争いは絶えなかった」



不意に俺のかつて居た世界の話になる。ここ最近、現世のハナシをることがほとんど無かったために、どこか斬新な気持ちになる。


この時代ほど定期的に争いが起き、血を流す光景があるわけではない。だが、全世界に視野を当てれば細かい争いなど後を絶えないのが事実。物資が豊かになり先進国が増えている裏側で、発展途上国と呼ばれる最低限の衣食住すらままならない国だって存在する。


人の心が貧しくなればなるほど争いは大きくなり、やがて国同士の戦争へと発展してしまう。幸い日本に関しては争いごとは少なく、大きな暴動も起きない状況ではあるものの、毎日亡くなっている人が居ることもまた事実だ。



「改めて聞くと、やっぱり信じられないわよねぇ。戦いなんて日常茶飯事だからさ」


「逆に俺もこっちに来たばかりは驚きの連続だったさ」



まさか三国志の時代に降り立つなどと考えられるわけがない。


自分自身が殺し屋として活動していた以上、一般人に比べて人の死に立ち会う回数は圧倒的に多かった。だから戦火で流れる血を見ても動揺をしなかったのは、人に比べて死体を見慣れていた部分が大きい。


ただいざ戦場に立つと、強烈なまでの殺人衝動にかられる事が多く、初めの内は戦いの後に自己嫌悪に陥るなど、正直苦労したことも多い。今となっては戦場に立っても殺人衝動にかられることは少なくなり、ある程度物事に対して冷静に考えて判断することが出来るようになった。


スイッチが入ってしまうと敵味方の分別はついても、多面的な視野は失われてしまうために、隊を率いる上では自身が独立して先陣を切ってしまうことを考えると、損害が大きくなっても無理はなかった。


……そういえば何故あの衝動が起きなくなったのか、俺にとっては何一つ理解がつかない。偶々なのか、それとも外的要因が大きいのか、内的要因が大きいのか。


いずれにしても自分にとってのマイナス要素を消しされていることは事実。そこに関しては前向きに捉えるべきかもしれない。



「本来、戦いなんてない方が良いに決まってるけど、この時代に生まれて来た以上は宿命なのかもしれないな」


「えぇ、でも私たちは争いを無くして、呉に平穏をもたらすことが使命であることは変わらないわ。これからも、その先も。それに……」


「ん?」










「ずっと、飛鳥もいてくれるんでしょ?」



笑みを浮かべながらこちらを見つめてくる孫策の表情に思わずドキリとしてしまう。



「……その質問はズルい」


「えへへ、飛鳥ったら照れちゃって。可愛い♪」



掃除中にも関わらず近くに歩み寄って来ると、人の腕を取ってギュッと抱き着いてきた。頬を人差し指で何度もつつきながら、肩に顔を乗せて人の顔を覗き込んでくる。


裏表のない屈託な笑みに、思わず頬が紅潮していくのが分かる。彼女の笑みを眺めているだけで、何とかなってしまう、何とかしてやろうといった気持ちが胸の奥底から湧き上がってくる。


無理難題だろうが孫策さえ居ればどんな勝負だって勝ち続けてみせる。













俺の行く場所には常に孫策が居てくれた。


俺が自己嫌悪に陥った時も。


俺が初めて指揮を執った時も。


そして今この時も。




大切な存在から、かけがえのない存在に。


いつの間にか、孫策の姿ばかり追うようになっていた。








「?」



キョトンとした表情のまま見つめてくる孫策の姿を見て改めて思う。


あぁ、これは……彼女のことが本当に好きになってしまったのだと。


意識してしまった、惚れてしまった。


人を心の奥底から好きになるなど考えもしなかったというのに、側にいたいと無意識に思ってしまう。



「飛鳥、どうしたの?」


「……いや、何でもない。早く掃除を終わらそう」



何を考えているのか悟ることは出来ず、不思議そうに首を傾げる孫策に対して、照れを隠すように作業を進めた。僅かな間に何があったのかと疑問に思う孫策だが、再び墓石を磨き始める。


これ以上話したら顔を直視出来無くなることが分かったため、気を紛らわすように手を進めた。




───同じような作業が小一時間ほど続いた辺りで、周囲を生い茂る雑草のほとんどは抜き終わることに成功。苔まみれになっていた墓石も、磨き続けることで質素ながらも立派なものへと変貌した。


同時に孫策に対する恥じらいも、時間を経るにつれて薄れていき、掃除が区切りになるまでには普通に話せるような状態にまで戻っていた。


作業をあらかた終えた俺は、近くにある布で汚れた手を拭きながら孫策へと尋ねる。



「ふう、こんな感じで大丈夫か?」


「ん、そうね。ようやく綺麗に出来たって感じかな」


「本来ならもう少し来れたかもな……お酒ばかり飲んでなければ」


「何よそれー? 私がいつも飲んだくれているみたいにさぁ」



別にそんなことないわよとぶーたれる孫策を、悪い悪いとあやしていく。どの口が言うのかとツッコミを入れたいところだが、途中まで出かかった言葉を飲み込んだ。


もう、と言いながら再び墓石の方へと向き直ると場に跪く。何処か過去を懐かしむような柔らかな表情を浮かべながら、ぽつぽつと言葉を続けていった。




「母様、ようやくここまで来れたわ。あなたが広げ、その志半ばで去らなければいけなくなった私達の故郷。その故郷は今、孫家と、呉の民達の下に戻ってきた……」



袁術の客将に甘んじ、孫家として別の太守の元にへりくだる日々は紛れもなく屈辱、そして苦渋だったに違いない。様々な紆余曲折を経て、今ここにいる。


改めて悲願であった天下統一の夢に向けて走り出すスタートラインに立った。



「見てる? 母様。今から我ら孫家の悲願が始まるわよ」



先代より続く夢、長年賭けてようやく土台を作りあげた今、目指す場所はただ一つ。


天下統一の見返りは、多くの血や涙を見ることになる。独立するまでにも何人もの血や涙が流れるに違いない。この乱世を駆ける以上は命を賭してでも、戦わなければならない。


何も望まないのであれば、何もしなければいい。時代に流されるまま生きていれば、勝手に何処かの誰かが領地を治めてくれる。


だが、独立して確固たる平穏を、悲願を叶える為には戦い続けるしかない。



「……あ、紹介するね? この子は時雨飛鳥。呉に降り立った天からの御遣いよ」



忘れていたと言わんばかりに俺のことをさり気なく紹介する。合わせるように、俺も墓石に向かって一礼した。誰もいないのだから当たり前のことだが、どことなく墓の中に眠る孫策の母親が笑っているようにも見える。



「これから今まで以上に厳しい戦いが続くだろう。同じ数以上に流れる涙も増えるかもしれない……でも必ず皆が笑って過ごせる世の中を、孫策と作ってみせる」


「あら、私となんかで良いの? 他にも蓮華とかいるじゃない」


「そうかもしれない。でも俺が側に居たいのは孫権ではなく、お前だけだ」



ジッと孫策の視線を射抜く。


他にも俺に真名を預けている人間はいる、もしかしたら好意を向けている人間もいるかもしれない。あくまで想像に過ぎず、必ずしも事実であるとは限らない。


真っ直ぐすぎる俺の一言に流石に恥ずかしくなったのか、ほんのりと顔を赤らめる。



「そんな目で見つめられたら私、本気にしちゃうわよ?」


「本気にしてくれて構わない。俺はお前のことが好きだ」


「っ!! な、何を言ってるのかしらね! そ、そろそろ戻らないと蓮華たちが心配するわ! 戻りましょう!」


「は……お、おい」



急にまくし立てたかと思えば、背中を強引に押して、人を遠ざけようとする。不意に見える孫策の耳は熱湯でもかけられたかのように、真っ赤になっていた。俺を一定の距離まで離すと、踵を返して墓石の方へと向き直る。


更に言葉を続けようとするも、今この場で続けるのは得策ではない。不意にそう判断した俺は渋々、一歩下がって孫策の後ろ姿を見つめた。


いつも通りの孫策の背中、だが何故かその背中に寂寥感が漂っている。俺の勘違いなのか、今にも孫策が居なくなってしまうんじゃないかと、悪い思考ばかりがせり上がってくる。
































───もし、今まで見ていた夢が単なる夢でも気のせいでも無いとしたら?


現実に起こるとは考えたくないものの、頭の中を過ぎる杞憂。


……ちょっと待て、確か史実通りの孫策は若くして命を落としているはず。今の孫策の年齢は俺よりも上とは思われる。だが上といったところで年齢がそこまで離れている訳でもない。


彼女の実際の年齢を聞いたことがある訳では無いが、顔立ちも含めて俺の年齢と精々一歳から三歳ほどしか開きはないと思われる。


史実の孫策が亡くなったのは年齢にして二六歳の頃……年齢的にはまだ先の話。だがこの世界は史実どおりに進んで行くとも限らない。


暗殺計画が速まる可能性だって考えられる。










「……」











嫌な予感はますます大きくなる。


この世界の歴史が俺たちが住んでいた歴史通りの結末を歩むのであれば、孫策は志半ばで命果てることになっていた。


そしてそのタイミング。


それは袁術から領土を奪い返し、いざ天下統一に向けて走り出そうとした時に許貢の客人たちの放った矢の前に倒れる……といった筋書きだったはず。
















「そろそろ行くわね、母様。これから忙しくなると思うから、なかなか来られないと思うけど。でも、あなたの娘は命の限り戦うから。母様が思い描いた夢、呉の民達が思い描く未来に向かってね」
















今この場に居るのは俺と孫策の二人だけ。二人を守るものは何一つ無く、周囲には身を潜めることが出来る木々がそびえ立っている。周囲に視線を張り巡らせたところで、隠れた敵を見つけることは決して容易ではない。


現状は孤立した状態になる。


孫策と俺の距離は十数メートルほど。孫策はこれからの未来を考えているのか、視線が完全に下を向いており、周囲を見渡すことが出来なくなっていて、完全に無防備な状態になっていた。




















「母様……天国から見ていて。あなたの娘たちの戦いぶりを。そして呉の輝かしい未来を───」






























……駄目だ!


このまま孫策を一人にしていたらまずい!


別に何も起きなければそれでもいい! だが今は俺の第六感が危険を察知している。


駆け寄ろうとした瞬間、俺の視線の先に映ったのは木々の間から覗く反射した光。


それが何なのか、理解するまでに時間はいらなかった。



















「孫策ッ!!」


「……え、飛鳥?」



気付いた時には既に駆けだしていた。


地面を強く蹴り、弾丸を発射したかのように一直線に孫策の元へ走り始める。それと同時に孫策がこちらを振り向く。ここまで鬼気迫った表情など見たことが無いのだろう、驚きのあまり俺の方を見つめたまま一瞬硬直する。


だが、その一瞬の硬直は命取り以外の何物でもなかった。


孫策の視線が俺の方へと向いてしまったが故に、墓石に向かって背を向ける形になる。無情にも、光り輝く何かは孫策の背後から迫ってきた。


今から反応したところで間に合わない、狙い澄まされた一撃は孫策の急所をめがけて一直線に飛んできている。このままでは本当に孫策が……。






































死、ぬ。



死んでしまう。



頼む、何としても彼女だけは。



助けてみせる。



たとえ俺が盾になったとしても。



彼女だけは。



絶対に……!!



「孫策ッ!!!」



必死に手を伸ばしながら、俺はその名を叫び───。























周囲には何かを貫く音が鳴り響いた。


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