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仲間のキズナ



「……であるからにして」



ギイィと重たい扉を開けて大広間へと足を踏み入れる。既に軍議が始まってから半刻ほどの時間が経っている。もう大広間の中には大勢の役職者たちが集まり会議を行っていた。そこに遅れること俺と張楊が入ると同時に全員の視線が一斉にこちらへと向く。



「遅れてすまない」


「全くだぞ、一体何をしていた?」


「あわわ、周瑜様。飛鳥様は……」



厳しい表情を浮かべながらずかずかと俺の元へ歩み寄ってくるのは周瑜だった。流石に月一回の重要な軍議に寝坊して遅れて来たのだ、周囲の取り巻きが見て居る手前、何のお咎めも無いのは示しがつかない。何とか俺のことを庇おうと先に立ち、状況を説明をしようとする張楊だが、相手は大提督・周公瑾。


弁明をするにはあまりにも分が悪い上に、非が完全にこちらにある以上何を話したところで良い訳になってしまう。何も言い返せずにテンパる張楊を庇うように改めて前に立つ。



「張楊、庇ってくれるのは嬉しいが今回ばかりは俺が悪い。すまない周瑜、寝付けが悪くて寝坊してしまった」


「お前が寝坊だと? 珍しいこともあるものだ。……それに顔色もあまり良くないように思える。しっかりと休めているのか? まさか孫策に引っ張り回されたなんてことは無いだろうな?」


「ぶー。ちょっと冥林、それってどういうことよ?」



言われてみれば今まで朝の早い集合や、軍議、催し事に関しては誰よりも早く集合していたことを知るものからすれば、寝坊をしたなどと言われたところで意外に思うのも無理はないかもしれない。寝坊したのが孫策のせいではないかと、じろりと周瑜の視線が孫策を射抜くも私のせいじゃないわよとぶーたれる。


普段から孫策には引っ張られっぱなしだが、次の日に寝坊するほど馬鹿やることは無い。次の日のことは考えて行動をするし、大事な軍議の前の日は孫策だって酒を控えめにしている。その反動で軍議が終わった日は浴びるように酒を飲んでいる姿が散見されているが、それも含めて孫策の性格なのだろう。


そこに対してあれこれ言うつもりは毛頭ない。



「んんっ! 今は軍議中だ。時雨、詳細は後で聞こう。早く自分の持ち場につけ」


「了解」


表情を変えないまま周瑜の後ろを横切ると、玉座の近くにいる趙雲と呂布と目が合う。



「……?」


「主?」



二人とも俺がいつもと違って疲れていることを悟ったのか、どことなく気遣うような視線を一瞬向けるものの、軍議中ということもあり視線を元に戻す。合わせてその隣に俺も立つと、大きく一息をついた。



「続けてくれ」


「では。えーっとまず兵量と人口の推移に関してですが……」

















「あっ、飛鳥!」


「ん、孫権。どうしたそんな血相抱えて?」


「どうしたもこうしたもないわ! 貴方の顔色、あまり良く無いじゃない。そんな状態で軍議に参加して大丈夫だったの?」



軍議が終わりそれぞれ撤収を始める最中、真っ先に俺の元へと駆け寄って来る人物が一人。孫策でもなければ張楊でもなく、孫権だった。俺が遅れて入ってきたことは軍議に参加しているメンバーであれば誰しもが知っている事実。平常心を保とうと思っても、寝不足による顔色の変化は見逃してくれなかったらしい。


まともに鏡も見ずに上着だけを羽織って来たものだから、当然顔を洗うこともままならない。



「一応な。自身の管理不足を人のせいには出来ないし、体調管理も出来て一流の武官であり、文官でもある。俺がまだその土台に立ててなかっただけさ」


「だ、だからって! 貴方があそこまで顔色を悪くする事なんて……その、今まで無かったんだから、心配にもなるわ」



普段から俺の事を気に掛けてくれていたようで、顔を赤くしながら言葉を紡ぐ。何て言うか、色んな人に気に掛けてもらって冥利に尽きる一方で申し訳なさもある。本来やることが何も無ければ心配を掛け無いように、ゆっくりと休養するのも方法の一つだろう。


だが袁術の手から解放され、改めて独立することとなった今、到底休んでいる暇など無い。休めるものなら休んでいたいが、どれだけ早く仕事を終わらせようとも、次の日になれば山のように大量の書類が飛び込んでくる。


だからこそ午前中までに仕事に蹴りをつけ、午後に休みを取るといった方法を今までは取っていた。それでも多少身体には疲労が蓄積されているのは事実。今日の寝不足じみた状況に関しては、大半がついさっきまで見ていた嫌な夢のせいであるといえ、夢の原因が日々の疲労にあるとすれば目も当てられない。


気付けば孫権を筆頭に周囲の人間が全員俺の方を見ている状況。これでは全員に気を遣わせてしまうが、何を言ったところでもう遅い。


だが孫権がこうしていち早く俺に歩み寄り、身を案じてくれた。まずはそこに対して感謝しなければならない。



「ありがとう。でも俺は大丈夫だから、心配掛けて悪かった」


「えうっ……あ、飛鳥」



ポンポンと頭を撫で回すと、孫権は恥ずかしそうに俯いてしまった。この様子を背後で見ている副官の甘寧は腕を組みながらじっと俺の方を見つめるだけ。


いつもだったら『蓮華様を泣かせたら殺すっ!』くらいの視線を向けてきそうなものだが、ここ最近、とりわけ今日に関しては特にそんな素振りは見られなかった。ひょっとして甘寧の中で俺の存在が多少なりとも大きくなり、認めてくれているのだろうか。


本人に確認したところで絶対に口には出さなさそうな言葉だけど、もしそれが本当だったとすれば嬉しい。



「……ふんっ」



目線があったかと思うと、甘寧は即座に鼻息を鳴らしてそっぽを向いてしまう。



「ふふん、もう飛鳥ってば。順調に蓮華とも仲を深めつつあるわね♪」


「ね、姉様!」


「あーら、蓮華ったら顔を赤くしちゃって! 私にだってそんな表情中々見せてくれないのに。ふふっ♪」


「なっ、ち、違う! こ、これはですね!」


「ぶー! お姉ちゃんばっかりズルーイ! シャオだって飛鳥の婚約者なんだから!」


「小蓮! お前はもう少し孫家としての立ち居振る舞いをだな!」



ワイワイと三姉妹の仲睦まじい会話が始まる。軍議で皆多少なりとも気を張っていた部分はあるが、すこぶる孫呉の雰囲気は明るいものがあった。





「しかし時雨も隅におけんのぉ。こりゃ天の子を授かるのも時間の問題じゃな」


「えぇ、本当に良い人物を掘り当てたものです。先代が亡くなり、袁術の傘下に降りた時はどうなるかと思いましたが……少なくとも、時雨の存在が今後の孫呉にも必要不可欠になりそうです。もちろん政以外の部分でもな」



背後からは客観的に見た今の孫呉と、今後の展望のような内容の会話をする声が聞こえる。その中に俺の存在がある、認められている。


俺という存在が認められ、これからも必要だと言ってくれる。嬉しく、誇りに思うはずの事だと言うのに、脳裏に疼くこのどうしようもないほどの嫌な感じはなんだと言うのか。俺がまだ知らない……それとも見落としている何かが存在しているとでも言うのか?






「飛鳥……頑張りすぎ」


「主、もし身体の調子が悪いようでしたら我々にも仕事を分散して下され。倒れてしまえば目も当てられませぬ」



反董卓連合の際、時雨隊へ引き入れた趙雲と呂布。


三国志の歴史を見た中でも、まさに最強クラスの武将である二人がまさか自分の元に就くなどと考えたこともなかった。


正史では決して孫呉に歩み入れる事の無かった存在、だが今となっては孫呉の一員として、俺や孫策の野望のために共に戦ってくれている。









「……か」



比較的恵まれた生活の中で足りないものは少ない。しかしここ最近立て続けに起こっている不可解な事象や、連続した悪夢。偶然の一言だけで片付けるには都合が良すぎた。将来妨げになる可能性のある芽は事が起きない内に摘み取っておきたいところ。


この時期、このタイミングで正史では何が起きていたのか。かつて学んだ三国志の歴史を遡りながら、何があったかを考え込む。



「……すか」



本当に見落としている事象は無かったか、仮にあったとしたらそれに対する対策は何か出来ているのか。出来ていないとすれば何を考え、どう実行に移すべきか。


このタイミングで考えられること、それは……。



「あすか! ねぇ、飛鳥ってば!」


「っ! 何だ?」


「何だ? じゃないわよ! 折角軍議も終わったのに気難しい顔しちゃって! そんなんじゃ将来髪が抜け落ちちゃうわよ?」


「……ははっ、それは勘弁だ。髪が無くなって孫策に嫌われたら一生立ち直れないかも」



考え込みすぎていたようで、孫策がすぐ近くで身体を揺すってきた。

この場でこれ以上深く考え込むのは表情に出てしまう。もう不安をあおって気を遣わせるようなことはしたくない。一旦切り替えて、自室に戻ったら考えるとしよう。








「ふふっ♪ それにしても良い感じで交流を深めているようだし、このまま頼むわよ。いずれ貴方には蓮華の夫になって貰うんだから」



ふと呟く孫策の将来の話に、やはり不安感が拭えなかった。



「こらこら、もう将来の話か? ここまで来たら、孫策だってやることはあるだろう?」


「ええ、もちろん。でも戦いが続く以上絶対はない、もしかしたら今の仕事を蓮華や飛鳥に引き継がなければならない時期が来る可能性だってあるのよ」


「おい、それって……」



遠回しに自分の死期が近いことを悟っているのか。不意に声のトーンが落ちる孫策の表情は何処か哀愁感漂うものだった。



「最近ね、昔の夢をよく見るんだ。母様と戦場を駆けた夢を……何か、呼ばれてる気がして」


「……」



そんなこと絶対にさせてはならない。



「孫策は何が何でも守る。だから安心しろ」



無意識の内にそう口走っていた。絶対に孫策を死なせやしない、命を賭けても必ず守りきってみせる。



「なら安心ね。頼りにしてるわよ? ……ところで」


「え、ど、どうした?」



話が一区切りしたところで、不意に俺の顔をのぞき込んでくる。



「むー、やっぱり腑に落ちないわ。飛鳥ったらいつになったら私のこと真名で呼んでくれるのよ?」


「ぐっ……今それを言うのか?」



ジト目で見つめてくる孫策の目はまるで結婚を待ち望んでいる女性そのものだった。むーっと頬を膨らませ納得がいかないと言わんばかりに肩を掴んでくる。


孫呉に降り立ってどれだけの月日が流れたのだろう。少なくとも話せる相手が限られていた最初の頃に比べ、出会ったときはツンツンと拒絶されていた孫権とも分かり合い、多くの戦いを経て様々な人物と関わりを持ってきた。


少なくとも俺のことを慕い、尊敬してくれている家臣だっている。この小さな野望に対してついてきてくれた武将だっている。そんな中一つだけ未だに行動に移すことが出来ていないもの。




それは真名を預けてくれた人たちを真名で呼ぶこと、だ。



孫策に呼ばれて思い出したが、この国で俺が真名を呼んだことのある人間は一人として居ない。いつかは呼びたいと思いつつも、何一つ形として残る恩を返せていないことに、呼ぶことが出来ないで居た。


俺も中途半端な気持ちで、生き様の詰まった真名を呼びたくはない。名前を呼ぶ時は命がけで相手を助けた時か、この国に本当の意味での平穏をもたらす事が出来た時かの二者択一しかない。そのいずれも達成出来ていない以上、おいそれと大切な名前を口にすることは出来なかった。


幸い今この近くに居るのは、俺と孫策の二人だけであり、他のメンバーは一旦休憩でも取ろうかとゾロゾロと席を立ち始めている。

唯一、時雨隊に所属する張楊、趙雲、呂布の三人は孫策の後ろでこちらの様子を伺っているものの、孫策が話している手前、こちらの会話に割って入るような事はしなかった。当然何を話しているのかも分からないため、三人は頭の上にハテナマークを浮かべながら見ている。



「言うわ。だって出会ってどれだけ経ったと思ってるのよ。十分孫呉の為に尽くしてくれてるわけだし、そろそろ良いんじゃないかなーって、私だけじゃなくて皆思ってるんじゃ無いかしら?」


「ぐぐぐっ……」



そう言われると何も言い返せなくなる。孫策がそう言うのは、十分拾った恩を返せたと客観的に見て判断しているからだ。つまり家臣からの評価も十分高い水準にあると判断されている。


むしろこれ以上先延ばしにしたところで、逆に呼んでくれないことに対する不安にも繋がってしまうとすると、国全体の士気にも関わってくる。


俺がやったことは十分に認められたのだから、そろそろ皆の本当の名前を呼んでも良いんじゃないか。孫策だけじゃなく、周囲から見ても当たり前の疑問に違いない。



「もちろん無理にとは言わないけど。飛鳥も心の何処かでそう思ってるんじゃない?」



孫策の言うとおり、そう思っている節がないわけではない。だが変なプライドを先に出してしまったせいで、いざ呼ぼうとする時に妙な抵抗感が生まれてしまっているのは否めなかった。


しかしここまで言ってくる以上、真剣に向き合わなければならないものであるのは事実。


それでも急に今から、というのはやはり難しいものがあった。



「……分かった。ただ数刻だけ待って欲しい。流石に俺も心構えくらいはしたいから」


「ん、分かったわ♪ さて、そうとなれば行くわよ!」



そんな俺の解答にも関わらず、孫策は満面の笑みを浮かべて了承してくれる。非常に女々しい部分ばかりを見せて情けない限りだが、急に人の手を掴んで何処かへ向かおうと催促してきた。



「行く? 行くってどこに?」


「ちょっと、来てもらいたいところがあってね。時間は掛からないから安心して」



漠然とした内容にイマイチ納得出来ない部分もあるが、いつもの通りだろうと自身に言い聞かせる。



「あ、あぁ。三人は自室に戻っていてくれ、ちょっと孫策と出掛けてくる」



引っ張られるがまま、残っている三人に部屋に戻っても大丈夫だと指示を出した。


三人もいつもの光景だと気にも留めず、苦笑いを浮かべながら送り出してくれる。釣られるがままに俺は孫策と共に馬へと跨がり、館を後にした。





























俺はこの時まだ気付かなかった。


この優柔不断な決断が、後で取り返しのつかない事態を招くなどと。

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