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「かあさん? 一体何を言って……」


「同じなのよっ!! 母さんが死んだ時と!」



孫策が言っている意味が理解できずに、ただひたすら呆然とするしかなかった。ふるふると身体を震わせながら、感情を抑え込もうと必死になって俺の背中にしがみつく。何かに頼らなければ自分を保てないほど、彼女にとってはトラウマ的な出来事なのかもしれない。


母さん、つまり史実通りに行けば孫堅のことを指す。話には聞いたことがあるが、天下統一は元々自身の母である孫堅の望みだった。志半ばで倒れた母親の意志を継ぎ、孫策が目指す大願。


それは代々受け継がれたものになる。


その孫堅が倒れた時と状況が酷似している、孫策はそう言いたいのか。実際現場に立ち会った訳ではない故に、あくまで俺の想像の中だけに過ぎない。だが前兆として孫策の夢の中に、自身の母親が死ぬシーンが何度も繰り返し出てきたのは事実。


考えるだけでも精神的にきついモノがあった。



「怖いの、本当に飛鳥が居なくなってしまうんじゃないかって。夢だとしても、私の勘が警鐘をならしているの……母さんの時も、全く同じ状態だった」


「孫策……」


「私だってたかが夢だって思いたい。でもこれだけ毎日同じ夢が続くだなんて、とても偶然には思えない!」



夢に出て来る相手が孫策にとって何ともない相手だったとしたら、孫策がここまで取り乱すことは無かったに違いない。自身の家臣が、建前上右腕として置いている人間が居なくなる夢が、毎日同じように続くともなれば、動揺するのも無理はなかった。


───だだ、これは偶然なのか。


ここ最近、俺も孫策と同じように誰かが殺される夢を繰り返し見ている。偶然の一言だけで済ますのであれば容易いだろう。



だが、俺たちが見ている夢が何かの危険信号だとしたら?


孫呉に関わる何か重要な出来事が起こりうる予兆だったとしたら?



駄目だ、考えられる選択肢が余りにも多すぎる。生死と隣り合わせの出来事なんて日常茶飯事だし、常に命を狙われていた、狙っていた身としては起こり得る自称全てが命に関わるものではないかと思ってしまう。


こんな時に限って勘が鈍い。


何か重要なファクターを見逃しているんじゃないか、考えてみるもすぐに浮かび上がってくることはなかった。



「怖いよ、飛鳥。助けて……」



かつてのトラウマが蘇ってくると不安が増大するのだろう。普段の強くたくましい孫策の面影はそこにはない。押しつぶさそうな恐怖に震える、どこにでもいるか弱い女の子そのものだった。酷く怯える孫策の表情は見えない、本人としても見せたく無いに違いない。


正面から抱きついたまま、離れようとはしない。普段なら決して見せることのない一個人、孫伯符としての脆さ。普段の立ち振る舞いから勘違いをしがちだが、一国の王という表面をはがせば普通の女性と何ら変わりはない。


ただし普通の女性よりも強くて、器が大きいそれだけなのだ。同じように怖がることだってあれば、嫌なことだってある。表情には決して出さないなんて、そんなことはあり得ない。



「孫策」


「ふえっ……?」



孫策の頭に手を伸ばすと何度も頭を撫でた。


長い髪に触れると女性特有の独特な香りが鼻腔一杯に広がる。同じ事を繰り返しているうちに、少しずつ落ち着きを取り戻して来る。精神的に正常じゃない状況下で何かを言ったところで、頭の中には入らない。まずは孫策の高ぶった気持ちを落ち着けるのが先決だった。



「落ち着いたか?」


「……ごめんなさい」


「いや、大丈夫だ。こちらこそ悪い、孫策の気持ちも知らずに無神経なことを言って」



ぶんぶんと首を横に振る。


どうやらあらかた気持ちも落ち着き、しっかりとした判断が出来るようになったらしい。密着を解き、孫策の顔は俺の前へと来る。だが落ち着いたとはいえ、彼女の表情は浮かなかった。


……顔が近い。


孫策が吐息を漏らす度に、俺の鼻に甘い息が当たる。端から見れば完全な恋人同士のような立ち位置に見えるはず。俺の気持ちを組んでか、孫策もそれ以上のことを画策することはなかった。


今安心させる一言には何があるか、何を言ったところでそれが真実となるため、下手な優しさは孫策を苦しめるだけになる。この世に絶対は無い以上、明日自分が命の危険に晒される可能性もあった。絶対に安全であることは、この乱世を生き抜く以上あり得ない。現に今だって誰かに命を狙われているのかもしれないからだ。



「少なくとも、天命に任せるとしか言えないのは事実だ。明日我が身がどうなるか分からない。それは孫策が一番知っていることだろう?」



その事実は誰よりも孫策は知っている。だからこそ認めたくない、否定してほしい……そう思う部分もあるはず。


戦いに絶対がない以上、命の保証などどこにも無いことを。皆平等に命がけであり、別に孫策だけが、俺だけが特別なわけではない。死ぬタイミングなど千差万別、言葉を借りるのであれば全ては天のみが知る事実。どれだけ最新の注意を払おうとも、イレギュラーな事態は常につきまとう。



「絶対に何も起こらないなんてことはあり得ない。俺だって不老不死の化け物じゃない、一端の人間だ。当然いつかは死ぬ」



たとえどんな危機を回避し続けたとしても、人間はいずれ寿命で天寿を全うすることになる。そのタイミングがいつになるか、それは自分では把握することの出来ない領域になる。もし明日、明後日に起こることが分かっていれば、人間はまた別の行動を起こしているかもしれない。


それでも未来に起こる事象を全て察知できる人間など居ない。居るとすれば神様だけ、俺は神様じゃない。



「ただいずれ朽ちる命だったとしても、今はこうして孫策の側にいる。お前と一緒に歩み、そして笑う、喜ぶ。全ての事象を共有出来る」



仮にいつ死ぬか分からない身だとしても、"今"はこうして一緒に居ることが出来る。孫策の側に仕えるものとして、そして一女性としての孫策と共に、生活を送ることが可能だ。


少なくとも一般市民には今の表情など、決して見せることは無いだろう。側にいる人間だけが見ることの出来る、孫策の貴重な一コマ。それを見れるだけでも、俺にとっては役得なのだ。元々浮浪者として見ず知らずの中国本土を回ることも考えられた中で、こうして奇跡的に拾われ、かつての世界では決して味わうことの出来なかった生活を体験出来ていた。


明確な敵がいる以上、殺生が終わることはない。むしろこれから天下統一にむけて、多くの血が流れるに違いない。しかしそれが孫呉の選んだ道であり、俺の選んだ道でもあった。それを曲げることは、皆が持ってる信念をも捻じ曲げることになる。


いずれは戦いのない平穏な世の中を、その目標に向けて皆歩き出してる。



そうした目まぐるしい生活の中、孫策と今という時間共に居ることは出来る。それは紛れもない事実であり、俺にとっては最も有意義かつ幸福な時間だった。


いつ命絶えるかは分からない、だが断言出来ることが一つだけある。


それは……。






「───命果てぬ限り、俺はお前の側に居る。約束しよう」



彼女と共に歩むこれからの決意。


拾われの身なのだから贅沢は言わない。とはいえ、一つだけ俺がワガママを言うのであれば、これからも孫呉のため、孫策のため、共に戦っていきたい。


それが俺の想いだった。



「あうっ……」



何とも可愛らしい声を漏らす孫策。


年齢的には俺より年上になるはずなのに、どこか幼く年下にしか見えなくなる時がある。照れ臭そうに目をウルウルと潤ませると、俺の顔からほのかに視線を逸そうとする。


……なんだろうこの可愛い生き物は。


一家に一人飼えないだろうか。あぁ、いや既にいるか。



「もう、急に真面目なこと言い出すかと思えば、ときめかせることばかり言い始めて……私はそんな安い女じゃ無いですよーだっ」


「はは、そりゃ知ってるよ。この世で最も美しい女性、それが孫策だ」


「っ! お世辞なんか言われたって、う、嬉しくないんだから」



ニヤける表情を抑えようとするも、抑え切れずに引く付く孫策の顔が見れる。これも含めて約得と言えよう。もしこの時代にカメラなるものが存在するとしたら、一体何枚の写真を撮ることが出来ただろう。


想像もつかない。


さて、とにかく俺が言えることは一つ。



「まぁ、孫策。俺ならここに居るから、夢なんか気にするな。お前の母さんがどんな最後だったかは分からない。だが、俺もそう簡単に死にはしない」


「……ホント?」


「あぁ。ただ、身の回りのことには注意を払うさ。あまりいい予兆でないのは確かだし」



不安げに上目遣いを浮かべる孫策に改めて夢を気にするなと釘を刺す。夢ばかり気にしていたら、本当に何から何までマイナス思考になってしまう。加えて孫策の精神的な疲れにも繋がってしまう。


この重要な時期に精神的な疲れは最も命取りになる。ただでさえ嫌な政務をこなした上での、安息な時間に悪夢ともなれば、気も休まらない。こうして話を聞くだけでも、孫策の気苦労が軽減されればと思う。


ただ俺が死ぬ夢が続いているともなれば、個人的にもあまり良い気はしない。ここ最近立て続けに妙なことばかり起こっているし、十二分に注意をする必要がありそうだ。



「ねえ、飛鳥」


「ん、なんだ?」


「飛鳥って死ぬことは怖くない?」


「……こりゃまた漠然とした質問だな」



唐突かつどストレートな質問に、思わず苦笑いを浮かべる。とはいえ、孫策にとっては気になる大切な質問であることには違いない。どうでもいい質問をこの場で投げ掛けて来るわけがないのだ。


……そうは言っても困った、内容が抽象的過ぎて答えるのに悩む。いつ死んでもおかしくはないと何度も思ったが、いざ聞かれると正直回答しづらい質問になる。



「本音を言うと分からない。ただ自分の身に置き換えたとしても怖いとかは無い……あぁ、いや一つある。大切な人間を守れずに死ぬことは怖いよ」


「……」


「どうせ死ぬなら大切な何かを守って朽ちたい、死に対して思うことはそれくらいだろう」



かつては守るべき対象など無かった故に、死そのものに恐怖を感じることは無かった。が、今は守るべき対象が明確にある。もし仮に守りたい何かに危害が及んだ状態で自分が死のうものなら悔いても悔いきれないに違いない。


もし自分と共に大切な存在まで亡くなってしまったらどの面を下げてあの世で会えば良いのか。


死ぬことなんて進んで考えたいものでは無いが、大切な人を守れて死ねるのなら俺にとっては本望かもしれない。今まで何人もの人を殺めてきた人間の言うセリフでは無いかもしれないが、現状はそう思える。



「……?」



話を終えたところで孫策を見ると反応がない。目の前で手を振っても反応が無いしどうしたというのか。



「おい、孫策。聞いているのか?」


「え?」



声を掛けながらユサユサと身体を揺らしてみるとようやく反応が現れる。キョトンとした表情を浮かべながらこちらを見つめる孫策は、何度もまばたきを繰り返した。



「ご、ごめん。途中からボーッとしてて……ててててっ!? な、なにふるほ!?」


「お前、クマが出来てるじゃないか。もしかしなくても寝れてないだろ?」



朝は対して気にして居なかったものの、よーくまぶたを観察するとほのかに、だがハッキリと寝不足であることを象徴するクマが出来ていた。寝不足の状態で、朝っぱらから酒をあおっているのだから、この時代の女性は末恐ろしい。


寝れなかった理由は繰り返し見る悪夢によるものか。寝れば同じ夢を見る、寝なければ見なくても済む。何とも簡単な理由ではあるがそれでは孫策の身が持たない。


何か協力出来ることはないかと考える。悪夢を見させないようにすることは出来なくても、少しでもリラックス出来る状況を提供出来れば、気休め程度にはなるかもしれない。


……ちなみに酒を飲むの選択肢は無しだ。



「まぁ、寝れないのも無理はない……孫策、この後の予定はあるのか?」


「私? 今日はもう特に何もないけど……何? 飛鳥何かくれるの?」


「あげない。ってか今日分の仕事が終わってるとか、明日国に槍が降りそうだな」


「ぶー、なによそれー? 私だってやる時はちゃんとやりますー」


「悪い悪い、冗談が過ぎた。本題を言うと、これから昼寝でもしないか?」


「えっ!?」



おいたが過ぎて不貞腐れてしまう孫策に、昼寝をしようと提案する。


俺の口から予想の返答が来たようで、目を丸くして俺の方を見つめる。何度も言うが、抱きつかれていることもあって俺と孫策の距離は近い。第三者から見れば十中八九、恋人がじゃれ合っているようにしか見えなかった。










「飛鳥」


「なんだ?」


「熱でもあるの? 大丈夫?」



案の定熱でもあるのかと聞かれる始末。


普段自ら昼寝をしようなどと言うことは無く、孫策からすれば俺の一言は俺らしくないという位置づけになる。確かにいつもは真面目に仕事をやっている姿が印象に残っているだろうから、ふざけたことを言うイメージが湧かないのかもしれない。



「ねーよ。俺もここ最近あまり寝れてなくてな。仕事が一段落したら少し休もうと思ってたんだ。別に孫策は自室で休んでも構わないし、強制はしないが」


「……もう、飛鳥ったら仕方ないわね。ちょっとだけ付き合ってあげるわ」



あくまで仕方なくを装う孫策だが、表情はどこか嬉しそうに見えた。いつもは一人で寝ているベッドに二人で大の字になって寝転がる。一人で寝るには広すぎるベッドだったというのに、二人で寝転がれば思いの外狭く感じてしまう。


横を向くと孫策の顔がある。風に揺れる長髪が特徴的な彼女だが、髪の垂れた姿もまた別の一面を見れているようで非常に興味深いものがあった。


目と目が合うとクスリと笑いあう。先ほどまで悪夢と不安に押しつぶされそうだった弱々しい姿はもうどこにもない。



「ねぇ、飛鳥」


「ん?」
























「……ありがとう」



感謝の言葉を述べると同時に、孫策のまぶたが閉じる。


すやすやと心地よい寝息を立て始めるのにそう時間は掛からなかった。相当疲れていたようで、起きる様子は無い。気持ち良さそうに寝息を立てる孫策の顔を見つめながら頭を撫でる。



「……こちらこそ」



感謝するのは俺の方だと、小さく耳元でささやき互いに眠りに落ちるのだった。





なお、数時間後に姿が見えないことを心配した張楊が部屋の中に入り、館中を巻き込んだ騒動になるのはまた別の話だ。

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