気になっていた逸話
「ずっと気になっていたことなんだが……」
「む。私の初体験ですかな? 安心してくだされ。私はまだ処……」
「はい、そこまで。勝手に話を進めるな」
「それは残念です。主のためにとっておいたのですが……」
訓練後、たまたま残っていた趙雲にずっと気になっていたこと投げ掛けてみる。
……だが最後まで待ってくれず。急にそっち系の話に脱線した。
会話の初めから盛大に飛ばしてくる。もう途中まで言いかけているから敢えて触れないでおこう。
というより俺が聞きたいのは、趙雲のはじめてがどうたらという話ではない。
いきなり出鼻を挫かれるとは思っていたけど、まさかここまですっ飛ばして来るとは……
聞き方の時点で少し危ないかなくらいには思ったけど……ねぇ?
おかげさまで話そうとした内容まで飛んでいってしまう始末、勘弁してくれ。
「ったく……あぁ、そうだ。思い出した」
「主の初体験ですか?」
「……そっち系の話じゃない」
ことごとく話の出鼻を挫かれる。
これでは会話が進まない。もうここまで来ると確信犯だろう。相変わらずニヤニヤしながら俺の方を見てるし。
もう好きにしてくれ。
「……で、聞きたいのはだな」
「ふむ、私が桃香殿のところを抜けた時のこと……とかですかな?」
「……お前も孫策もそうだけど、たまに怖くなるな」
野生の勘、武将の勘……いくらでも言い方はあるけど、本当に心を見透かされているのではないかと思ってしまう。勘とか言ってるけど明らかに的中率がおかしい。
口に出しそうなことを心の中で呟いていても当てられることもあるのだからたまったもんじゃない。彼女達の前では物事とかを迂闊に考えることが出来なくなる。まぁ主にその勘が発揮されるのは俺の前とか戦場とか……
相手の心理を本当に全部見透かすことが出来るのなら、戦を優位に進めることは出来るんだろうけどそんな甘くは無いんだよな。
戦に絶対なんてものは無い。
どれだけ相手の策を読んで、それに対抗する策が出ても万が一っていうものは存在する。
策士策に溺れるってやつだ。
「……さて、どこからお話しすれば良いでしょうか」
「……俺が理解できるところから頼む」
「御意」
――――…
「星! 貴様どういうことだ!?」
「その通りの意味だ。他に言い方などあるまい?」
反董卓連合の戦いの最中。蜀の陣営ではちょっとしたいざこざが起こっていた。
言った相手が関羽だったのも良くなかったのかもしれない。趙雲を睨み付けながら声を大にして怒鳴り散らす。
――――今にも一触即発
そんなムードが流れていた。
二人の喧騒に最初に気がついたのは陣営の主、劉備玄徳。
外にまで響き渡った怒声に不安を覚えながら、二人の下へと駆け寄った。
案の定、彼女の目に飛び込んできたのは二人が言い合っている場面。
これを慌てて止めようとする。
「二人ともどうしたの!?」
「と、桃香さま……」
「………」
声をかけられた二人の反応は対称的だった。
見られたくないところを見られてしまったと、バツの悪そうな表情を浮かべる関羽に対して、冷静な表情を崩さずに関羽を見つめる趙雲。
劉備には二人がどうしてこうなっているのか全く分からなかった。
普段、趙雲が関羽をからかっているっていう構図はよくある。
それは劉備自身もよく見ているし、それほど重大視するような問題でもなく、普段通りの光景だと認知していた。
だが、今の二人のやり取りはどう見てもその普段通りの光景には見えない。
二人が真顔で睨み合う光景など、今の一度も見たことは無かった。
そんな光景を目にして、劉備自身もどうしたらいいのか分からなくなってしまう。
「い、今の声は何だ!?」
「ご主人様!」
劉備に遅れて飛び込んできたのは北郷一刀。
彼がいくら鈍感と言われようとも、この場に居合わせるだけで雰囲気を察知することが出来た。
とても出陣前の雰囲気ではない。
「愛紗、何があったか説明してくれないか?」
「それが……星が急に陣営を抜けるって……」
「何だって!?」
「本当なの!?」
「愛紗の言う通りです。桃香さま」
「そんな……どうして急に」
「私がここに仕える時にした約束……覚えて居ますか?」
「え……?」
趙雲がここに仕える時に交わした約束。遠い記憶のようで、つい最近の記憶のようにも思える。
劉備は必死に交わした約束の内容を探っていく。
"……客将として桃香さまの下で仕えさせて頂きます。
ただ私は自分に相応しい主を探している最中、もしこれから先そのような人物が現れた場合……
その時は私自身の判断で決めさせて頂きたい。
これが仕える条件です"
「あ……」
契約の時に交わした会話が鮮明に、劉備の頭に思い出される。
再び趙雲の顔を見る。
その顔は全てを物語っていた、分かってくださいと。
劉備と交わした約束は彼女の決心、生きがいのようなもの。
趙雲は自分が仕えるべき主を探す旅をしていた。
彼女にとって自分に相応しい主を見つけ、命をかけて仕える。これが趙雲にとっては生き甲斐なのだと。
「星ちゃんに相応しい主が、見付かったんだね」
「………はい」
趙雲ははっきりと顔を上下させた。
―――肯定。
それは紛れもなく、彼女に主が見付かったということを表していた。
その表情は真剣そのもの。
勿論、劉備や一刀が仕えるに価する人間ではなかったかと言われるとそういうわけではない。
価する人間でなければ、そもそも客将としも仕えることはしない。それは趙雲自身が一番よく分かっていること。
つまり仕える時点で一定以上の主としての力量を二人は持っているということになる。
「そんな我が儘が通用すると思っているのか!?」
「お、落ち着いて愛紗ちゃん!」
「しかし!」
「愛紗ちゃんも覚えているよね? 交わした約束の内容……」
「それは……」
顔を背ける。
この時点で約束を知っていると肯定しているようなものだった。
押し黙る関羽、しかし彼女が言わんとしていることも分かる。一武将としてそれをすんなりと許可する訳にはいかなかった。
時と場合によってはそういうことならとすんなり引き下がったかもしれない。……いや、彼女の場合は普段時でもそれは許さなかったか。
どちらにせよ、程度に違いはあったはずだ。
しかし趙雲が将として仕える時に交わした約束。
この場合だとしても約束は優先される。無論、趙雲も真の主を見つけるたびに出ている途中で、劉備たちの仲間になった。少なからず多からず、皆に思い入れと言うものはあるだろう。
……初めて会ったときに試した。あなたの理想は何ですかと。
劉備の返答は『この大陸を誰しもが平和に過ごせる国にしたい』というもの、それに対し飛鳥の返答は『天下統一による孫呉の平穏及び、争いを無くし呉の民が安心して暮らせる世の中にすること』
二つとも似たような返しだが、違う点がいくつかある。
飛鳥の場合はあくまで第一優先は呉の民、呉に平穏をもたらすための天下統一。だがそれを小さな理想とまで言っている。
趙雲は今まで多くの場所へと足を運んだ。しかし会った人物の中でも天下統一を小さな理想と答えたものはいない。
しかもそれは呉のためとまで言い切った。
彼がどれだけ呉を愛し、そのために天下を取ることまで果たそうとしている。
今まで会った人物の中でも圧倒的に器が違う。
―――――この人こそ、私が仕えるべき主だと。
彼女の直感がそれを悟った。
確かに飛鳥の名声は趙雲の所にも届いている。趙雲は仕えるべき人物の器量と徳、そして周囲にいる人間の質を自らの目で見て判断している。
名声は充分だった。後はあって本当に想像通りの人間なのかを判断するだけ。
そんな機会は絶好のタイミングでめぐってきた。
それが名だたる諸侯が集まる反董卓連合。ここに呉も参加していると来た、これを逃さない手は無い。
そして実際に会い、彼を知り、決めたのだ。
皆にも曲げたくない信念があるように、趙雲にもまた曲げたくない信念がある。
それがこれだ。
「本当に行くのか? 星」
「はい。……もう決めたことですので。一刀殿」
"一刀殿"
その一言が何を意味するのか
主としてではなく、対等の人間として。そして親しき友として。
自分が少なくとも、今まで通りの主と見られてない。
それだけはすぐに分かった。
だが、そう呼ばれることに何故か一刀は抵抗がわかなかった。………何故か、自身の中でそう呼ばれることを望んでいたのか。
対等な立場を望んでいたのもしれない。
「分かった」
「ご主人様まで!」
「確かに星のしていることが正しいとは思えないし、場合によっては裏切りにも見える。
生半可な気持ちだったら俺も絶対に許していないよ。
……でも星がそんな生半可な気持ちには見えない。それに約束を破ることも俺には出来ない」
「一刀殿……」
「……見つけたんだろ? 相応しい主を」
「はい。その主は……」
「知ってる。アイツのことだろ? 何となく俺も分かったよ。……でもここを出て行くからにはそれ相応の手柄っていうのを示して欲しいかな、新たな主の下で」
直感というに近しいものか、一刀は趙雲の見つけた主の正体が完全に分かっていた。彼に人を見る目があるのか無いのか正確な判断をすることは出来ないものの、彼女が認めそうな人物で、尚且つ近い期間にあった人物……そうするとおのずと答えが出てきた。
呉の御遣い、時雨飛鳥がその人物であると。
納得が行くか行かないかと言われれば行くはずが無い、蜀にとって大切な仲間を一人失うことになるのだから。
ただ、一刀からすればその生きがいを尊重してやりたいと思っていた。
「いいよ、星。後は好きにすればいいさ」
「御意。ありがとうございます」
――――…
「とまぁ、こんな感じで……」
「何かあれなのな。結構大胆にいったっていうか……」
むしろよくあいつらが許可してくれたなと思う。
特に、関羽だっけか。一刀と劉備がタイミングよくこなかったら、マジで戦いあっていたかもしれない。無論趙雲も最悪の事態は予測していたんだろうけど、何も無くて正直ひと一安心したってところか。
ただ実際こういう話をされたらされたで俺自身の内心は微妙なところもある。もちろん悪い意味ではなくいい意味で。
そこまでして俺を慕ってくれたのかって思う反面、やっぱりまじまじと話されるとそれはそれで恥ずかしい。
仮にも趙雲は女性だし、普通に考えれば女性に慕われることってかなり光栄なこと。男冥利に尽きるっていうのはまさにこのことか。
「……とはいえ、私も劉備殿のところを抜けた後は寂しいものもありました。主のところを外せば今まで一番長くいたところだったので」
「……後悔しているのか?」
「何とも言えませぬな。主が私を引き入れなければ結局、ただの無駄足になってしまったわけです。……もちろん一回二回断られたくらいでは諦める気は毛頭無かったですが」
やっぱり趙雲をもってしても断られるかもしれないって思うことはあるみたいだ。当然このケースは雇う側は俺になって、その上司は孫策になるわけであって。さらに現代風に言うのなら、俺が部長、趙雲は普通の正規社員、孫策は社長って感じになるわけだな。
ふざけた志の人間を俺の側に置くわけにも行かないし、孫策の前に出すわけにも行かない。
でも直感で趙雲なら問題ないなんて思わなかったわけだ。
……ってよく考えたらこれ相当なリスキーなことをしていたことになる。万が一趙雲がマジ物のろくでなしな人間だったとしたら寒気がする。
「へぇ……」
とはいえ趙雲自身の忠誠が本気じゃなかったら俺も断っていただけだし、それを見抜くだけの眼力っていうものは持っていると思う。
少なくとも連合中に引き入れた趙雲と呂布はお眼鏡にかなったってことで。
「ふふ。後は夜の伽まで任せて頂けれれば、全く問題が無かったのですが……」
「あぁ、問題大有りだなそれは」
食われるのは勘弁して欲しい。受けっていうのは好きじゃないんだ、うん。
……気が付くとこうやって変に乗せられたりもするが、それを差し引いたとしても趙雲は優秀な部下だ。実際、警邏を最も多く担当しているのが趙雲で、街でのいざこざは以前に比べてかなり減っている。
よく酒は人生の友なんて言っているけど、それも自分の仕事を全て終わらせてから飲んでいるわけだし、褒めちぎるとするのなら部下の鑑ってところか。
いずれにせよ、今となっては趙雲も孫呉にとって欠かせないピースとなっている。
「お前はこの後どうするんだ? 趙雲」
「残っている仕事を終わらせて……ふむ、主。今晩晩酌でもいかかです?」
「付き合おう。ならまた夜にな」
「御意」
人はそれぞれ各々のエピソードを経て成り立っている。
それが茨の道だったり、整備されたまっさらな道だったり。自分一人がいろんな体験をしている、そういう訳ではない。
こうして彼女と出会えたのもまた奇跡、そして必然だったのかも分からない。
ただ一つだけはっきりといえること
――――――趙雲子龍
彼女は今や呉に誇る、俺の優秀な部下の一人だ。




