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彼女にしかないもの




「はああぁぁぁぁ!!」



「踏み込みが甘い、それじゃ致命傷は与えられないぞ」



今日は朝から外に出て訓練をしている。


とはいっても隊の訓練をしているわけではなく、あくまで個別での模擬戦という形で行っている。相手は張楊だ。


朝から部屋にこられて、訓練に付き合ってくれませんかとお願いされたためにこうして二人きりで打ち合っていた。


今回は木刀対木刀……


前回の華雄の時のような木刀対巨大斧なんてありえない組み合わせではないため、まだ気分が楽だったりする。


とはいっても仮にも隊長と副隊長という身分での打ち合い、技術的な指導は厳しくしなければならない。




「足元ががら空きだぞ」



「うくっ……」




俺と打ち合うことで必死な張楊は打ち合うことだけに意識が行ってしまい、足元ががら空き。


しゃがみ込んで張楊の一振りをよけて、足を払う。


俺が次の攻撃にうつろうとしていない為、何とか受身を取って体勢を立て直す。


以前にも言ったように相手が刀を持っているから、斧を持っているからそれでしか攻撃してこないかといわれるとそういう訳ではない。




相手は人間だ、マニュアルが叩き込まれている機械ではない。


それこそ予想もしないこともするし、相手に合わせて臨機応変な動きもする。


相手に対して決め付けをすること、それが戦場において最もやってはならない危険なことだ。


決め付けって言うとピンとこないかもしれないけど、近いもので言うなら戦う相手を見下して舐めてかかることをイメージしてもらいたい。




 別に相手にプレッシャーをかけるために、見下すような態度をとるだけだったら問題は無い。問題なのは相手を見下すことによって生まれる力配分だ。


相手によってはわざと自分を弱く見せて相手を油断させ、手加減してきたところを一瞬で粉砕する相手もいる。


だから常日頃から相手はこうだからという決め付けはやってはならない。


他の人間がどういうか分からないが俺にとってはこれが戦場における最もやってはいけないタブーということ。




そう考えると、どんな相手でも手加減はしないっていう華雄なんかは、いい性格しているとは思う。メンタルが弱いのはちょっとあれだけど。




「ふぅ……」



一度張楊と間合いを話、一息つく。




「まだまだ! 行きます!」



「来い!」





地面を蹴り、素早い動きで俺に接近してくる。


張楊の攻撃は俺と同じように刀を使ったもので、手数の多さとトリッキーな動きを武器に戦う。手数の多さというとうちの隊では他には趙雲なんかもそうだ。


少し違うとするなら、趙雲はこれに速さが加わる。



 ただ張楊の場合、バランスを完全に崩していても正確な攻撃を仕掛けることが出来るため、不安定な足場などでの戦闘ではうちの隊では最も力を発揮してくれるタイプだ。


 まさかバック宙したまま刀を振るったり、後は木から真っ逆さまに飛び降りながらも正確な斬撃で落ちてくる葉を全部切り落としたこともあった。



もちろん着地も完璧、新体操だったら満点をあげたくなるくらい。


でもまだ力不足感は否めない。


 踏み込みが甘い時もあるし、一つのことに集中すると周りのことを見れなくなってしまうこともある。今さっきの足払いなんかはまさにそうだった。



「はっ!」



「っと……」



「せいっ!」



「ふっ!」




一撃一撃の正確さは本当に見事。正確さに関しては問題は無いし、メンタル的な問題も特に無い。


今直すべき課題はもう少し視野を広げて、気持ちにもっと余裕を持たせることか。


上下左右に足を動かしながら斬撃をよける。




……皮肉にも向こうでやって来たことが、こっちの武将と互角に戦える要因だと考えるとどうも複雑な気分にもなるが、そこはもう仕方ない。


今ではフラッシュバックもないし、仕事モードになることも無くなって来ている。




「今度はこっちから行くぜ……はぁっ!」



「くうっ!」




縦、横、斜めと縦横無尽に。


防がなければ当たってしまう斬撃を繰り返し打ち込みながら、攻撃に切り替えて張楊を追い込んでいく。


先ほどまでは様子見。ただ様子見をする時は手加減をするのではなく、防御の比率と攻撃に対する比率を変えるだけ。つまりさっきまでは防御に比重を置きながら攻撃をかわして、今は攻めているために攻撃に比重を置く、それだけの話だ。





「これに苦戦してるようじゃ、まだまだ甘い!」



「うくっ……は、はい!」




 弱点というのか、相手が刀を使っているから……などの思い込みから、相手は刀以外にも体術を使った攻撃も多彩に放ってくるっていうことが分かると萎縮してしまうものが張楊にもある。



もちろん普通の兵士が張楊に数人で襲い掛かってきてもあっという間に蹴散らす能力は充分に持ち合わせている。




ただ武将クラスの相手になってくると少しまだ弱いかなと思う。


つまり相手に変化が訪れようが、いかに自分の持っているものを平常心で生かせるか。


それに尽きる。



「せい!」



「よっと……」



 突きをよけて一気に相手の間合いに踏み込んでいく。だが相手は張楊、待ってましたとばかりに突きから俺のほうに向けてなぎ払いをしてくる。


……どれだけお前と組み手をしてきたと思っている、その攻撃はもうお前の十八番だって言うのは知っているさ。


踏み込んだまま、さらに体勢を低くしながら張楊の足を払う。




「うわっ!」




突きから強引なまでのなぎ払いをして、さらに足まで払われればいくらバランス感覚がよくてもその間に仰向けに倒れてしまう。すぐさま立ち上がろうとするが、もう遅い。


それよりも早く首元に木刀を突きつける、これで詰みだ。





「……参りました」



「ふう……」




さっきのが張楊の十八番の流れなら、これが俺の十八番の流れだな。


まぁフィニッシュの形が相手を倒させて、首元にっていう流れなだけだけど。


……でも、最初の新米の副官として俺についた時に比べればかなりの時間粘れるようになったし、全体的に身体能力も強くなっている。


年もまだ俺よりも若いみたいだから、まだまだこれから。もっと磨けばさらに光るはずだ。




具体的な年齢?


また突拍子もないことを……



知ってるけど言いたくは無いな。女性は年と体重は知られたくないっていうだろ? つまりそんなことをやすやすというほど、俺も口は軽くない。



知りたければ勝手に想像してくれ。




「やっぱり強いです……結局焦らせることも出来ませんでしたし……」



「最初に比べたら全然強くなってるよ、張楊も……ほら」



「あ、ありがとうございます」



手を差し出して仰向けになったままの張楊を立たせる。


小一時間ほど続いていたため、共に汗だくになっている。掴んだ手も俺の手も汗でかなり濡れている。上着こそ脱いでいるけど流石に汗でインナーはぐっしょり濡れている。正直汗で肌に貼り付いていて気分はよくない。


すぐにでも着替えたいくらいだ。



「少し休憩するか。その後また再開ってことで」



「あ、はい!」



「じゃ、水飲み場にいくか」








―――――――…









「んくっ……んくっ……ぷはぁ」



水がめに顔をつけて飲む何ともワイルドなスタイル。水道なんてものは存在しないから桶に水を用意しておくか近くの川で水を飲むか。


正直普通の女の子がそんなことやったら引かれると思うけど、目の前の子はそうやってやってるしいいんじゃないかなってなる。もはや普通の常識が通用しないんだから、こっちも開き直るしかない。



「うわぁ……雑巾みたいだなこれ」



インナーを脱いで雑巾のように絞ると大量の汗が滴り落ちてくる。何回か絞って中の水分を最低限を飛ばす。



「あの、飛鳥様? 何を……ひゃっ!?」



「ん? あー……悪い」



 デリカシーが無さ過ぎたか。水を飲み終えた張楊がこちらを振り向くとほぼ同時に顔を赤らめて、顔を手で隠す。


とはいっても隠した手の指の隙間からちゃっかりのぞいているあたり、興味はあるのか。


で、原因を言うなら俺が上半身素っ裸だったから。


うん……普通に考えたら女性の前でやるようなことではないよな。


すぐにインナーを着なおす。張楊がいなかったら水とかで軽く洗ってから乾かすんだけどそういうわけにもいかない。





「張楊、もう着たから。大丈夫だぞ」



「は、はい!」




手をどかすが相変わらず顔は真っ赤なまま。


男性の裸には慣れていない……か、そりゃそうだ。


ごろんと芝生の上に寝そべる、吹いてくる風が気持ちいい。


その隣に張楊は座る。




「……」



「……」



互いに黙ってしまう。


気まずいわけではない、風の心地よさというものが会話というものを意図的にとめていた。




ふと思う。




最初のころはよくこうやってサシで模擬戦をすることはあったけど、最近はめっきり減ったなと。


何故減ったのか。俺に時間的な余裕がなくなったからなのか、それともはたまた別の理由か。


何にせよこうして二人だけで過ごすという時間は本当に久しぶりだった。


チラリと張楊のほうを顔だけ振り向く。するとニコリと笑顔で微笑みながら口を開いた。




「どうかしましたか?」



「……いや、久しぶりだなって思ってな。こうして二人でいるのも」



「……そうですね」



……? 何か元気が無い?


―――――一瞬。ほんの一瞬だけど、間違いなく顔が暗くなった。



「どうした? 何か思うことでもあるのか?」



「い、いえ……。いや、隠し事はよくないですね。全てお話します」



「……」



「本当に些細なことなんです。……最近距離を感じるんです」



「距離?」



「はい。私も元は一般庶民の出身で、元々下等兵からの始まりでした。


そんな私を見出してくれたのが冥琳様で、初めての役職が飛鳥様の副官で……


いきなり御遣い様の隣に立つことを、よく思わない人たちもいました。


私のような若者に何が出来るのかって……」




「……」




「そんな私を飛鳥様は認めてくれました。


至らないところも多くて、誰かの支えが無ければ何も出来ない私を……


反董卓連合を経て、星と恋という二人が隊に加入しました。


もちろん二人とも私の大切な仲間です……」




そこまで聞いて何となく察しがついた。彼女が何を言わんとしているのかを。



「でも、二人を見ていると自分に劣等感を覚えてしまうんです。


私なんかより、二人の方が飛鳥様の副官に向いているのではないかって。


……飛鳥様もどんどん強くなっていく、私が守る必要なんか無いくらいに。


そう思うと自分のことが何だか情けなくて……」



 元々身分に恵まれていたわけでもなく、特筆すべき武があったわけでもない。だからこそ努力でここまでのし上がってきた。


そして始めての役職がまがいなりにも天の御遣いと呼ばれている俺の副官。つまり時雨隊の副隊長。




彼女の持つプレッシャーというものも大きかったはずだ。俺が何も言わずとも、それを身近に感じていたはずだ。


―――――天の御遣い・時雨飛鳥という俺の肩書きが。




 それに加えて趙雲と呂布という無双の武を持つ二人の加入。二人の加入が少なからず彼女に大きな劣等感というものを与えていた。


確かに趙雲も呂布も武芸に関しては天下一品、この二人を相手に出来る人間などほとんどいないだろう。




張楊も二人と仲は悪くない、むしろ仲は良いくらいだ。


だからこそ、その劣等感というものは隠れて大きくなっていた。





―――――もう一つ理由があるとするなら。


二人だけの時間が減っていることが原因なのかもしれない。さっき言ったように当初は俺と張楊が二人でいることが多かった。


昔は忙しくなかったと言われれば、そういうわけではない。


それでも俺自身が皆との率先した交流を持つという条件を孫策に言われたため、なるべく自分に近しい人間とのふれ合いはなるべくしてきたつもりだ。




 張楊と初めて会ったのは黄巾党との始めての戦いの後、周瑜に部隊を率いてみないかと持ちかけられて数日が経ってからだった。


その時は俺の呼び方も『飛鳥様』ではなく『御使い様』、もしくは『隊長』のどちらか。昔は俺の前緊張していたらしいけど、今では俺のことを名前で呼んでくれている。


それが最近は色々なことにおわれて蔑ろにしていた感は否めない。


俺自身そんなつもりは無かったけど、彼女からすれば自分のことから視線をそらされたって感じてしまうものだったのかもしれない。



だとしても彼女が要らないなんて思ったことは一度たりともない。







……だからお前が悩む必要なんてない。









「……ごめんなさい。今言ったことは全部……」



「張楊」



「は、はい」



「俺は自分の副官を武芸だけで側に置くほど、お人よしではない」




 武芸だけで選んだら確かに趙雲と呂布のどちらかの方が適任かもしれない。でも副官に必要なのはそれだけではない。




「隊全体への素早い伝達、戦場での冷静な状況判断、何より隊員一人一人を把握し、統率する手助けをしなければならない」



「………」




「張楊、お前でなければ出来ないことだ。隊員の顔と名前を全員覚えているのはお前だけだろう?」



「そ、それは……」



「一人一人覚えているっていうのは、お前が隊員の把握をきっちり出来ているってことだ。それが最も隊を統率するのに必要な能力なんだよ。他の隊でこれが出来ている人間、いるか?」





 言葉をつないで押し黙らせる。彼女に暗い表情など似合わないから。


 少なくとも俺が知っている中ではいない。うちにはいないけど、自軍の兵士など使い捨てなどと考える輩もいるくらいだ。



孫策なんかも兵士達には全幅の信頼を寄せているけど、自分が統制する隊の隊員一人一人の名前を覚えてはいない。




名前を知る、それは相手のことを一度でも気にかけなければ出来ないこと。


相手の特性や人柄を把握して、持っている良さを存分に生かすことが出来る。




それは天性のものであり、意識的にすぐに身に着けることが出来るものではない。


俺が張楊を側に置く最大の理由。人をまとめあげる能力において周りよりも頭一つ以上抜けているからだ。




「綺麗事かもしれないけど、兵は使い捨てじゃない。


そんなことを考える奴は無能の中の無能……クズだ。


敵を知るだけではなく、味方のことを知るっていうのが一流の指揮官なんだよ」



「飛鳥様……」



「だから気にするな。確かに武芸においては二人に少し劣るかもしれない。でもお前はそれを補う能力を充分に持ち合わせているよ」



「ありがとう……ございます……!!」



 人っていうものは自分の魅力に気が付かないもの。だからこそそれを見出してやるのが仲間であり、上官の仕事。


これで少し彼女の肩の荷が下りてくれればと。


そう思う。






「じゃ、休憩終わり。いけるか?」



「はい!!」





張楊は屈託の無い笑顔で返事をする。


……人を把握出来るっていうのは、相手も心を開いてくれないと出来ないもの。


そうするには自分側も開いてくれる何かを持ち合わせていなければならない。












……だから恥ずかしくて本音なんかは言えるはずが無いよな








張……いや、愛莉




お前の人を纏め上げる能力を支えているのは





その裏表の無い屈託な笑顔なんだぜ?

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