男性として
――――いつも通り整理を終えた書類をもって、周瑜の部屋へと向かう途中のことだった。
「相変わらず仕事が早いわね?」
「ん……あぁ孫権か。おはよう」
ふと声をかけられる。振り向いた先には孫権が。
どことなく久しぶりに会話を交わした感じがする。
言われてみれば連合の時には孫権は後方待機していたから、共に戦うっていうことはなかった。
妙に話すのが久しぶりだと錯覚したのはそのためか。
その場に立ち止まり、言葉を返す。
「孫権も仕事か?」
「私はもう終わらせたわ。ためておいても良いことは無いでしょう?」
「………つくづく思う。それを孫策に見習って欲しいって」
「……気持ちは良くわかるわ」
真面目に与えられた仕事をこなす孫権に対し、与えられた仕事をさじ投げしてサボる孫策。
姉妹なのに性格は全く似つかない。
孫策が悪いと言っているわけじゃないけど、何だかなぁってなる。
いや、別に悪口いってるわけじゃないぞ。これは本気だ。
孫策は俺のことを一人の人間、時雨飛鳥として見てくれたし、何度も俺を慰めてくれた。
―――むしろ一番好きなんだと思う………
孫呉に血を入れることも忘れた訳じゃないし、皆が嫌いとかそういうわけでもない。
一番大切な人は誰かと言われたら孫策しかいない。
ふと、孫権の顔を見つめる。
「な、何だ? あまり見つめられると………」
「悪い。ちょっとな」
大切な人達が側にいる。
それだけで最近は落ち着かない。
相手が孫策なんかだったら平静を装うのが精一杯、先日もかなり苦労した。いろんな意味で。
話を戻そう。
「孫権はこの後何かあるのか?」
「わ、私?」
「? 何かさっきから妙に落ち着かないけど、どうかしたのか?」
「べ、別にそういうわけじゃないけど………」
「ならいいんだが……」
「あ、あの飛鳥!」
「ん?」
再び呼び止められる。
「ぁ……ぅ、ぇ……ぅ………」
頑張って話そうとしてるけど、何を言いたいのか全く理解できない。
壊れかけたロボットとでもいうのか、ものすごくギクシャクしている。
何だ? いったい何が起こっている?
得体の知れない敵と戦っているのか、嫌でも拳に力が入る。
すると決心したようにキッと目を見開
―――喉が乾く。
嫌でも孫権の顔から目を背けられなくなる
次に発せられる彼女の言葉、ただその一言を待つためだけに重大な決断を迫られるような雰囲気だ。
「こ………この後、一緒に……お茶でもどうかしら……?」
「え?」
プルプルと震えながら、声を絞り出した。
重大な決断を迫られるような雰囲気から、良く聞く台詞。
あれ。前もどこかでこんなことがあったような気がするんだが………
俺が物思いにふける最中、不安そうな目で俺のことを見つめてくる。
うん。これも最近体験した気がする。
「いいよ」
「ほ、本当に?」
「あぁ、ただこれだけ置いて来たいんだけど……」
テンプレだとここは断られるんだよな確か。返ってくる言葉を予想し、俺は自室に引き返そうとする。
「分かったわ。じゃあ待ってるわね」
「え、あ……はい」
あれ、違った。
………どうやら俺は盛大な読み違いをしていたみたいだ。
女性が皆駄々をこねるってわけでも無いらしい。
ともかく、孫権を長い間待たせるわかにも行かないために、俺は周瑜の執務室に向かった。
――――そして待たせること数分。俺の部屋の前で孫権は待っていてくれていた。
何だろう、まるで恋人がやるシチュエーションみたいだ。
「ごめん、待たせた」
「気にしないで、私が誘ったのだから。とりあえず外に出ましょう?」
「………そうだな」
特にどこの店に行くのかといった目的があるわけでもなく、外に出る。
いつもは訓練で人数が溢れかえっている庭も今は誰もおらず、静かなままだ。
庭を抜けて見回りの警備隊に外出の趣旨を伝えて、館の外へと出る。その時に『ご健闘を』なんて言われた。
………多分あっちのことだと思うけど、今にもにやけそうな顔で言われると何か顔を殴ってやりたくなったりもする。
理不尽?
………自然の摂理って言ってもらいたいな。
「…………」
「…………」
外に出てきたのは良い。ただ互いに話すことを思い付かないため、沈黙してしまう。
そういえばこうやって孫権とどこかに出るっていうのは初めてだったっけか。
「初めてだな。孫権と出かけるのは」
「そうね。私も忙しかったんだけど………飛鳥、あまり部屋にもいなかったから」
「う……確かに否定出来ない」
ここ最近、特に反董卓連合以降忙しいっていえば忙しかったし………
後もう一つ、趙雲や呂布。さらに華雄に孫策。
他の女性との交流ばかりで、部屋を留守にすることも多かった。
………さっき書類を周瑜の部屋に持っていった時、あまり羽目を外しすぎないように的なことを言われた。
後は女性を怒らせると怖いぞということも。
………それは知ってる。正直後ろから刺されるんじゃないかくらいに思ったりしてる。
男性しかり、女性しかり………うん。
この手の話をしていると見えない何かに見られてる気がする。だからやめよう。
「あなたは誰にでも優しいもの。何か頼まれたら断れないことくらいは分かるわ」
「そ、そうか………」
「でもやっぱり、あなたと一緒にいたいって思うときはあるわ。私だって一人の女なのだから」
「あー……何かすまんな」
「謝罪など良い。……その代わり、今日は私に付き合ってくれるのだろう?」
「ああ」
たまに出掛けるんだ。今日一日を棒に降ることぐらい何ら惜しくはない。
そういえば、最近できたばかりの茶店があったな。軍議の報告でもあったけど、一応発案者は俺だったりする。
作った理由は手軽に休める場所、憩いの場所を作ることで民たちの親睦を深めるため。
比較的人気らしく、毎日多くの人達が来ているとのこと。
少しずつではあるが、俺が十七年間日本で過ごしてきた知識から生み出された物が現実に作られて来ている。それで皆が納得してくれるのなら、俺は満足だ。
「お、ここだな」
城から歩き続けて数分。目的の茶店にたどり着く。
デザインも江戸時代の茶店のような感じにしてもらった。
客数はさほど多くなく、二人で座る席がいくつか空いていた。
俺達は一番奥の椅子に座って一息つく。
「ここが飛鳥の作った茶屋ね」
「あぁ、思った以上に好評だからいつか連れてきたいとは思ってたんだけど……案外早かったな」
「それは私が初めてってことか?」
「そういうことになるな」
「そ、そうなのか………」
孫権は頬を赤らめて小さく嬉しがる。喜んでもらえれば幸い、連れてきた甲斐があるというもの。
俺達が腰かけてすぐに店主が注文を伺いに来る。
素早く注文を済ませると、店員はすぐに奥へと下がる………のだが、やはり去り際に孫権のことを彼女ですかと言われた。
どうしたものか。言葉に出されると意識してしまう。
約束通りになるのならつまりはそういう関係になるってこと。
「あ、飛鳥!」
「うわっ。な、何だ!?」
「ぜ、全部………言葉に出てるわよ」
「え……あっ!?」
今さら気がついても遅かりし、過ぎ去った時間を取り戻すことは出来ない。
というわけで、盛大にポカをやらかしてしまった。
俺の肩を揺らして気づかせてくれた孫権は顔真っ赤にしてうつむいている。
彼女の様子からして体の関係について語り出した辺りから、声がただ漏れになっていたことになる。
どうやら周りにいる客が反応してないから、そこまでの大音量では無かったんだろうけど………
これは恥ずかしい。孫権だけじゃなくて俺も。
「お待たせしました。こちら温かいお茶になります………御遣い様? 何かあったんですか?」
「い、いや………特に何も……」
今の現状を誤魔化すにはこう答えるしかなかった。
すると持ってきた店員は俺を見た後に孫権を見る。
その孫権はというと顔は赤くなったまま、つまり彼女にとって恥ずかしいことがあったというのは完全にバレてしまっている。
店員は何を察したのか再び俺を見てにこりと笑った後――――
「若いっていいですね♪ ごゆっくりどうぞ」
なんて言い返してきた。
ますます孫権はうつむいてしまう。………店員よ、それはトドメなのか?
それによくよく考えたらアンタもまだそんな老け込むような年じゃないだろ。
「あれだ……気にしないでくれ」
という言葉しか出てこない。思っていることが言葉に出る……一般世間だと独り言なんて言われたりもする。
原理はどうだか知らないけど、頭の中に思い描いていたことが思わず口に出てしまう今回のパターン。
一番良い例え……良いかどうかは分からないけど、夢から覚めた時に夢でやっていたことを起きても続けようとする時がある。
………もしかしなくても全然違うか?
「…………」
「あー……」
どうすれば良いのか全く分からん、というかどうすれば良いか誰か教えてくれ。いや、割と本気で。
「そ、そうよね。いずれそんな関係になっても………」
「…………」
挙げ句の果てには孫権がこんな状態に。
そういう関係っていうのはつまりは、そういう関係のことを指しているんだろうけど。
……とりあえず、早く戻ってこい孫権。
「おい……」
「でも、やっぱりはじめてたから。そ、その決心というのが………」
「おい、孫権」
「あ、飛鳥はやっぱり何人―――」
「孫権!」
「ふわぁい!?」
いや、ふわぁいって………どんな驚きかただそれ。
孫権はキョロキョロと周りを見回した後、最後に俺の顔を見つめる。
どうやらようやく元の素面状態に戻ってきたらしい。
「大丈夫か?」
「え? ……えぇ。取り乱したりしてごめんなさい」
「いや………」
むしろ最初に自爆してしまったのは俺だし。それに火をつけたのは店員の一言。
孫権からしたら完全なとばっちりを受けてしまったことになる。
……今度からは気を付けよう。
――――そんな感じでしばしつっかえつっかえの会話は続いた。
ただ時間がたつにつれてつっかえることもなくなり、いつものような普通の会話に戻る。
俺と孫権が話すことといってもさほど互いに話題があるわけでもなく、二人だけになったことも圧倒的に少ないために、会話としては成立するものの、長くは続かない。
「へぇ、甘寧がな……」
「今では私が最も信頼をおける臣下よ」
今は甘寧の話。
忠誠を誓うまでに彼女は様々な過程を経ているということを聞かされる。
元々江賊として名を馳せていたが、孫策に敗北したことにより孫権の下で親衛隊として仕えることになったということ。
今これだけ孫権に尽くしているってことは、よほど孫権という人物に惹かれたからだろう。
王になる器だけで言ったら孫策より上だと言う者も多い。周瑜や黄蓋なんかもその内の一人。
――――人生色々、たった一人の人間との出会いがその人の全てを変える。
本当に人っていうのは分からない生き物だ。
確かに甘寧の孫権に対する忠誠は大したものなんだけど……
「何か甘寧の俺に対する態度が素っ気ない気がするんだよな……元々寡黙な感じはしてたんだけど」
「思春に何か言われたの?」
「いや、言われた訳じゃないんだけど……何か聞いても最低限の返事しか返さないっていうか……。『ああ』とか『分かった』くらいしか言わないんだよな」
「…………」
俺の言葉に対して少し考え込む孫権。……何か不安だ、すごい不安だ。
嫌われていたとしても別に話しかける必要が無かったり、会うことがないのだったら気は楽。
でもそれが普段から顔を合わせて、何らかの形でも会話をするケースがあるのなら話は別。
話し掛ける度にギスギスされて、変な雰囲気になるならたまったものではない。
やがて考え終え、孫権は今一度俺へと問いかけてくる。
「本当にそんな感じなの?」
「ああ」
「……なら問題ないと思うわ。むしろ信頼されている方じゃ無いかしら」
「………にわかには信じられないな」
「確かにね。……でも思春が最低限の返事しか返さないってことは、飛鳥の言葉に不満をぶつけるようなことが無いから。だからよ」
「………」
―――つまり話を整理してみるとこういうことになる。
甘寧は元々口数が多い方ではなく、孫権絡み以外ではあまり自分から言葉を発することはない。
俺への返答は単調なものしか返ってこない。
でもそれは特に俺に対する嫌悪感や不満が無いために最低限の返答で済ませているとのこと。
言われてみれば暴言や何やらを吐かれたことはほとんどない気がする。
勿論、俺自身も孫権絡みのことでも誤解を招くような発言はしないようにしているけど……
にわかには納得がいかないものだ。
「だから心配しなくても大丈夫よ」
「孫権がそう言うのなら」
一番甘寧と付き合いの長い孫権がそう言うなら間違いはないのだろう。
あまり気にしすぎないのが一番かもしれない。
こんな他愛もない話をしている間も、どこかで見られているのではないかと思うと少し落ち着かないものだ。でも別に俺は変な事をしているわけではないし……大丈夫だよな?
「……どうかしたの? きょろきょろして」
「……いや、何でもない」
とはいうものの、周りを気にしてしまうというのが人間の心理というもの。口では大丈夫だと言いつつも探してしまうあたり、まだ甘寧自身の事を恐れているってことなのかもしれない。
「そ、そうなの?」
「あぁ、気にするな」
間違っても言えるわけがない。
「とにかく……今回のことが孫権にとっていい休息になってくれればいいよ」
出まかせにそんな事を言う。
「な……ななななな何を!!?」
「いや、まぁ俺にも孫権にも良い休暇になったらと思って。最近、孫権もずっと働きっぱなしだったろ?」
あれ、何で孫権はこんなにテンぱっているのだろうか?
「そ、そそそんなことはない! 別に……」
「はいそこまで。言っただろ? 無茶はするなって。無理して身体を壊したらそれこそ本末転倒なんだから、自分の身体を大切にしな」
自分の身体はたった一つしかないなのだから、と付け加えてやる。歯の浮くような言葉に聞こえたのかもしれない、孫権は俺の事を呆気にとられたかのように見つめている。
……別に嘘は言ってないよな?
「もう、そんなこと言われたら何も言えなくなってしまうわ」
「え?」
「貴方が自分より人の心配をすることなんて分かっているわ。……あの時も本当はあなた寝てなかったんでしょう?」
「あの時?」
あの時、という一言に思わず反応する。
孫権に一緒にいて、なおかつ俺が寝てないっていうと……
「私の初陣の後。寝てなかったのよね、飛鳥」
「あ、あぁ……」
どうしてばれているのか。もしかして孫権は狸寝入りをしていたのか。などと様々な想像が頭をめぐるがどれもピンとこない。
「失礼かもしれないけど、少し嬉しかった」
「嬉しい?」
「私の事を守ろうとしていて眠れなかったのか、私の事を意識して眠れなかったのか。どちらかなのか分からないけど、私の事を意識してくれているのかなって……」
「……」
いや、あれは狸寝入りなんかじゃないはず。
孫権がそんな事をするとは到底思えない、と考えるとだ。
残る可能性は一つだけになる。
(甘寧?)
彼女のことだ、人の顔を見ればその人間がどんな状態か判断するのはそう難しくはないと思う。つまり、朝俺と二人きりになった時に俺の顔を見て俺が全く寝ていないってことに気がついたと考えても不思議ではない。
それをこっそり孫権に話していたとなると納得はいく。
正直今孫権が話してくれた中に、俺が寝れなかった理由があるっていうのが少し恥ずかしい。
「でもそれだけじゃないわ」
「?」
「初めてだったのよ、飛鳥。男性がこうやって親身になってくれたのは」
「……」
「私は私らしくいればいいって、孫権は孫権だって。男性……ううん、人からそう言ってくれたのは貴方が初めてだったわ」
「俺が……」
「ええ。貴方は自分が思っているよりもずっと魅力的な男性よ?」
「……そうか」
魅力的か……
こういう時どうやって反応を返せば良いのか分からない。魅力的といわれて喜ばない男性はいないと思う。だからこそ恥ずかしさを覚えてしまう。
―――――まさか初めて会った時にはこんな会話が出来るなどとは思ってもみなかった。でもこうして今では対等に俺と話してくれている。
これが人と付き合っていくっていうことなのか。
俺には全く関係なかった世界を、皆が俺に教えてくれる。与えてくれる。
全ての体験が心地よく思えた。
「……そんなこと言われたら、逆に俺が何も言えなくなるだろう」
……ずるいと思う。
「ごめんなさい。でも悪気があって言ったわけじゃないわ」
「あぁ、知ってるよ」
彼女の言葉にとげがあるわけではない、そんなことは会話していれば分かる。
孫権だけじゃない。彼女だけじゃなく、女性というものはよく分からないものだ。今では俺とこうやって話せているが、あった時はまるで曲者を扱うような言葉遣いで話されたことを覚えている。
そう考えてみると……
「? 何だ? 私の顔を見つめて」
「いや……」
何なんだろうか、元々俺も彼女のことを好印象にとらえていたわけではない。でも今ではこうやって話すし、全身全霊をかけて守ろうと思える。
……女性だけじゃない、人間というもの自体がよく分からない。
「う……そんな見つめられたら恥ずかしいだろう!!」
「見とれてたってことにしといてくれ、そろそろ出ようか」
「ご、ごまかすな!」
――――――蓮華 side―――――
(本当に分からない男だ)
それが私の飛鳥に対する印象だった。
一緒にいると不思議と落ち着く、気が休まる、一緒にいてほしい。そう思える存在。
男なんてみんな一緒。それが私の固定概念としてずっと頭の中にあった。だから頼ろうともしなかったし、頼りたいとも思わなかった。
でも彼に……飛鳥に会ってその考え方は変わった。
私達が思っている以上に彼は真っ直ぐで、人のために命をかけられる男性だった。初めに私があれだけ失礼な態度をとっていたのにも関わらず、いやな顔一つせずに私を受け入れてくれた。
そして私としての在り方。雪蓮姉様の理想ではなく、私の理想を追い求めていけばいいと、私は私らしく自分の道を進めばいいと。
誰も私に投げかけなかった言葉を投げかけてくれた。
理想のために押しつぶしていた『私自身』の理想。それを捨てる必要なんてないと。
―――――嬉しかった。
全ての男性が頼りないわけではない。こんな男性もいるのかと、私は男性に対する認識を改めるとともに飛鳥の事をより強く意識するようにもなった。
仲間としてではなく、一人の男性として。
私の事を見てくれると嬉しい。でも他の者達といるところを見ると胸が苦しくなる。
今日も飛鳥と一緒に出かけるために勇気を振り絞った。了承してくれた時は飛び上るほどうれしくなったのは言うまでもない。
――――もう隠すことが出来なくなっている。
今までこんなこと思いもしなかったのに。
胸が締め付けられる、でも温かい。
彼と一緒にいれる。それだけでも十分かもしれない。
でも理想をいうのなら彼の中での一番でいたい。
――――私は飛鳥のことが
"好きだ"




