新たな仲間、一同揚州へ
反董卓連合が終結して早二ヶ月。
時が流れるのは遅いようで早く、俺達の周りでは様々な変化が起きていた。
――――まずは同盟を組んだ蜀。
当主である劉備が徐州の州牧になったとの情報が入ってきた。
趙雲という有能な武将を欠きながらも一国をおさめる主までにのぼりつめた。大したものだと素直に評価したい。
良く考えてみたら趙雲を欠いたといいつつも、蜀にも名だたる武将は大勢存在する。個々だけではなく集団の統率力も高い。
ある意味必然かもしれない。むしろそんなところで立ち止まっていてもらっては困る。
他に大きな動きがあったのは江北の袁紹。
数任せに至るところを攻めて領土を拡大、そのとばっちりを受けて公孫賛は領土を失った。情報が正しいのなら、そのまま劉備の配下に加わったのこと。
そして袁紹とは対称的なのが許昌の曹操。
時が来るのを待っているのか、特にこれといった行動を起こしていない。
逆にあまりの静けさに不気味ささえ感じる。
最後に孫策率いる孫呉。
こちらに関してはもう言うまでもない。
多くの屈強な武将を育て、黄巾の乱、反董卓連合と着々と力をつけてきた。今までは下手に出ていたが、もうそんな事をする必要はない。
この戦に勝ってすべてを変えてみせる。
仕込みは上々だ。決行日ももう伝えてある。後はこの策を成功させ、呉として独立する。
負ける気もない。その為にこうして苦しんできたのだから。
でもそんなふざけた苦しみもここまでだ。
全てそっくり返す。多額の多くの利子をつけて……
倍返しだ。
――――――…
「どこからかバカ笑いが聞こえる気がする」
「勘か?」
「えぇ。……ところで冥琳、さっきの報告にあった呂蒙って子。本当に信用できるの?」
「まだ未熟ではあるが、なかなか見どころがある。今後の呉を担う人物となりそうよ」
「そう……ならその子は蓮華の片腕として育てましょうか」
「あぁ、そうしよう」
呂蒙って確か関羽を倒したっていうあの呂蒙だよな。
三国志演義なんかだと関羽の亡霊にとりつかれて死んだなんて描写があったりするけど。さてはて、こっちの史実ではどうなのやら。
―――――――遠くから多くの蹄の音が聞こえてくる。
いよいよ始まる、独立に向けての一大決戦。
ここからすべては一人一人が主役、その働きにかかっている。
――――――…
"張り合いがなくては困る。"
それが孫策の口癖。当然この大戦にも張り合いというものを求めていたりもするんだが……
……開いた口が塞がらないというのはこういうことを言うのか。
蹄の音、それは発案した作戦に乗せられて鎮圧を要請に来た張勲達のものだった。こちらの偽装だということに微塵の疑いを持っておらず、あまつさえは孫策の皮肉にまで反応しない始末。
気にしていないというのか何て言うのか。
とにかく開いた口が塞がらない。その一言で片付けてしまえるようなものだった。
「はぁ……拍子抜けしちゃうわね」
「……もう俺は何も言わんぞ」
突っ込んだところでもはや手遅れ、そんなことはもうしない。
「開いた口が塞がらないというのはこのことか……」
あぁ……周瑜言っちゃったよ。あえて俺が言わなかったっていうのに。
言いたくなる気持ちも分からんではない。俺はともかく、ここにいるほとんどの者は先代・孫堅の死により袁術に好き勝手使われてきた者たちばかり。復讐の相手と認知している相手が、まさかのこんな体たらくだったら力が抜けてしまうというもの。
一言言いたくなるのも無理はない。
「楽できるからいいんじゃないのか? ……まぁ、戦に楽なんてものは無いけどな」
「そうなんだけどね……まぁいいや。興覇、幼平」
「はっ!」
「はいっ!」
「移動の準備、よろしくね」
「「御意!」」
「では私は兵站の方を担当しますね♪」
「頼む……準備が出来次第、すぐに出陣しよう」
―――――拠点を出て、俺達は江東の地に向かって粛々と駒を進めていた。
とはいってもこのまま江東に入るわけではない。作戦だと言っているのに偽装した一揆を鎮圧しても意味がないから。
作戦はこうだ。
この一連の暴挙……一揆はすべて仕組まれたものだということ。この部隊を率いているのは孫権と黄蓋の二人。
俺達はそのまま進軍を続けて合流した後、そのまま反転して袁術を急襲するというもの。
「ここまで上手くいくと逆に怖いな」
「あはは、まぁ袁術ちゃんですからね~♪」
陸遜の返答にすごく説得力がある。
袁術だから成功した、確かにそれは大きい。
相手が相手だったら……例えば許昌の曹操だったら一揆を起こす状態すら作れない上に、自らが鎮圧に向かうだろう。
他には劉備。劉備自身の力が大きいわけではないが、蜀には天才軍師の諸葛孔明と龐統士元がいる。十中八九、この二人に策を見破られて終わるのがオチだろう。
陸遜と呆れ半分で会話を続けていると、そこに孫策が寄ってくる。
「軍師としても武官としても、大きく成長したわね飛鳥。その調子で蓮華を頼むわよ」
……まただ。
何だこの違和感は。何気なく言われていることなのにもかかわらず不安が募る。
蓮華の事を支えて……それではまるで自分はもう長くない。自ら死期が近いことを悟っているみたいで……
そんなこと考えたくもない……どんな例外、イレギュラーが発生したとしてもそんな光景など見たくはない。普段通りのはずなのにも関わらず、孫策の声や表情ががあまりにも儚く見えてしまう。
そんな彼女になるべく強く、本心から言葉を投げかけてやる。
「……お前も孫権もきっちり守る。皆を支えるために全力を尽くす」
一瞬あっけにとられて様な表情をする孫策。自分まで守るといわれることを予想していなかったのか。
……だが俺にはそんなことは関係ない。俺のすべきことは呉の独立のために誠心誠意尽くし、呉のために生きるということ。その過程には当然皆を守るという義務もある。
「あはっ、優しいなぁ♪」
「イチャイチャしてないで、そろそろ蓮華様たちとの合流地点に到着するわよ」
「あら、妬いてるの? ……どっちにかしら?」
「さぁ? ご想像にお任せするわ」
「むぅ……そんなこと言われたら、私が妬いちゃうじゃない……」
相変わらず流石といったところか、孫策の手綱をしっかりと握っている。周瑜の言い方に、頬を膨らませて抗議するが、周瑜からすればどこ吹く風。そのくらいのからかいでは動じないぞ、とでも言わんばかりに笑みを浮かべる。
会話を続けていると、俺達の下へ前曲を率いている周泰の声が聞えてきた。
「前方に軍勢を発見! 旗は黄! そして孫家の牙門旗! 黄蓋様、孫権様です!」
「よし。……興覇。どこに袁術の目があるかも分からん。警戒を怠らないでくれ」
「了解です」
「三人姉妹、久しぶりの合流かぁ。……ふふっ、楽しみね」
「……孫尚香だったっけか?」
「そ、よく知っているわね。弓腰姫とか呼ばれるくらいお転婆だけど、とっても可愛い妹ちゃんよ」
「へぇ……そうなのか」
「きっと飛鳥のこと、気に入ると思うわ。……先にご愁傷様って言っておくわね」
ご愁傷様って……
だから俺は戦場に赴く戦士か……だな、この場合は。
って今はそんな事を言っている場合ではない。尚香ってことはあの劉備の妃になったっていうあの尚香だよな。
でご愁傷様って事はつまりはそういうことなんだろう。
そしてお転婆ってことは孫策そっくりってこと。孫策そっくりってことは……
「……不真面目でワガママでイタズラ好きの、孫策を小さくした感じなのか?」
………よくよく考えたらこの言い方凄い失礼だよな。
「……概ね当たっている。似無くていいところまで雪蓮に似てしまってな。……だが孫呉の中では一番女らしい方だ。喰われんように気をつけるんだな」
「むぅ~……飛鳥、どういう意味よそれ」
「……なるほどな」
とりあえず孫策の事を軽くスルーしながら腹をくくる。
孫策そっくりの妹か、結構お転婆的な意味で骨が折れそうだ。
「……合流の準備が整ったみたいだな」
「あぁ。よし、再び全軍前進!」
―――――…
「おっねぇさまーーーーーっ!」
「シャオ! 元気だった?」
「もっちろん♪ 毎日、水浴びしたり街で遊んだり。楽しかったよー?」
「ふふっ、遊んでばかりねぇ。……勉強はちゃんとしてた?」
「もっちろん!」
合流後、真っ先に孫策の下へと一人の少女が抱きついてきた。
孫家特有の褐色とピンク色のツインテールのような髪形。そしてくりっとした眼差し。誰がどう見ても孫策、孫権の妹というのに相応しい。彼女が孫尚香か。
確かに孫策そっくりだとは思う、年相応の元気さもある。
……でもまぁ勉強をしっかりやったと言っているあたりだけを見るのなら孫策とはちょっと……
「嘘をつけ。子布に言いつけられた宿題を一度たりともやってなかったではないか」
……違うわけ無かった。前言撤回、間違いなく孫策の子供バージョンって感じだ。
「本当の智っていうのは、机上の本読みで会得できるものじゃないもんね」
まぁ現場での経験が一番いいのは間違いない。今の場合勉強なんかより身体が動いてくれた方が役立つっていえば役立つけどな。軍師でないのならだけど。
舌を出しながら孫権に抗議する尚香。
拗ねるところなんかも本当に孫策そっくりだ。
「それに今は身体を動かす方が、今の私達にとっては大事なことでしょ? いつ袁術の刺客に襲われるか分からないんだし」
「王として民を善く治めるために、学問も必要なのだがな」
「そういうの、シャオ興味ないもーん♪」
孫策や周瑜が言っていることが分かる気がする。取って食われないように気をつけよう……
なんてことを考えていると、尚香は俺の方を指さしてきた。
「あなたが天の御遣い?」
「一応そういうことにはなってるな……名は時雨飛鳥、真名は無い。よろしく尚香」
「シャオはシャオだよ♪ よろしくねー♪」
屈託のない笑みを見せてくる尚香の後ろから孫権が出てくる。こうして会うのは久しぶりな気がしないでもない。前回茶屋に一緒に行ったのが一月くらい前だから実際久しぶりか。
「……飛鳥。元気だったか?」
「特に怪我もなく病気もなく。問題はないかな……」
「そう、よかったわ♪」
孫権も特になんら変わらなず元気なようで安心した。一通り再会の挨拶を済ませると、孫権はキリッとした表情で孫策の方を向く。
「ところでお姉様。お姉様に引き合わせたい人間がいます。……亞莎」
「は、はひっ!」
亞莎と呼ばれた人物が孫権の後ろから出てくる。落ち着かないのか言葉も若干噛み気味だ。
「この者の名は呂蒙。字は子明。……我らの新たな仲間です」
「冥琳から報告は聞いてるわ。……今回の一揆騒ぎもあなたが計画を立て、実行してくれたそうね。……ありがとう。そしてはじめまして呂蒙」
「は、はじめまして!」
「ふふっ、緊張しなくてもいいわよ。これから共に戦っていく仲間なんだから。……我が名は孫策。真名は雪蓮。あなたの真名も私にくれる?」
「は、はいっ! 真名は亞莎と申します! あ、あの……英雄であられる孫策様にお会いできて、光栄至極! です!」
「こちらこそ。……亞莎。あなたの命、私が預かる。……期待してるわよ」
「は、はひっ!」
「蓮華、亞莎に飛鳥の事、伝えてるの?」
「はい。その事については亞莎も承諾してくれました」
「そ、なら……亞莎には飛鳥の事も紹介しなくちゃいけないわね。……亞莎、この男の子が時雨飛鳥。……あなたの夫となる男よ」
「……っ!? あ、う……は、はい」
物の見事にド直球に言ってくれたものだ。
多分孫権の口からそれとなく伝えられていたことだとは思うが……改めて自分が仕える主から言われて再認識したのだろう。顔を赤らめながら俺の顔をじっと見つめてくる。
「時雨飛鳥……孫策はこんなこと言ってるけど、まずは互いを知るってことで。……よろしく、呂蒙」
「……っ!」
俺が声を発したとたんに袖で顔を覆い隠してしまう。
何だろう、俺なんか悪いことしただろうか。地味に悲しいんだけど。
ややへこんでいると今一度袖の上から俺の事を見つめて、徐々に俺に近づいてくる。
「……っ!」
おずおずと俺の事を見つめては顔を隠し、また同じ事を繰り返す。たぶん俺の事を観察してどんな人間かを知ろうとしているのか……恥ずかしがり屋なのか、すぐに顔を引っ込めてしまう。
だがそれを繰り返すたびに徐々にその間隔は狭まって行く。
「………」
「………」
ついには顔を隠すこともなくなった。
じーっと見つめられたまま、ただ恥ずかしい事を我慢しているのか顔は赤い。
そのまま地味に時が経過する。
……おい、これ俺いつまでやっていればいいんだ?
「珍しいわね。亞莎がこんなに初対面の男性に近寄れるなんて」
「い、いえ……その、なんていうか。想像していたものより、怖くなかったっていうか……」
彼女の頭の中で最初俺はどれだけ怖い人間に設定されていたのだろうか。
つまり彼女は人見知で、人付き合いが苦手なのかもしれない。
「どういうこと?」
「本人曰く、人付き合いが下手なんだそうだ」
「わ、私はその……目つきが悪く、人を不快にさせてしまいますので……」
「目つきねぇ……俺は格好良いと思うけどな。キリッとした目つきって」
「うん。私もそんな風に思えないんだけど、亞莎、顔を見せなさい」
「う、うう……」
俺と孫策に促され、隠そうと無意識に動いてしまう腕を止める。
改めて、呂蒙の目を見てみる。……やっぱり目つきが悪いとは思わない。本当に目つきが悪いって人間はもっとキツネ目のように吊り上っているようなイメージ。
でも逆に目つきが悪いという彼女の目つきは悪いというわけではなく、キリッとしているだけだ。むしろ軍師をやるにしてもふさわしい真っ直ぐで凛々しい目つき。
「やっぱ悪くない、いい目だと思うぞ」
「うんうん。いかにも軍師って感じの、鋭い目だと思うんだけど」
「そうでしょう? ……私も何度も言っているのですけど、どうやら本人は目つきが悪いと思いこんでいるようで……」
「そんなことないと思うけどな」
「……」
ん……あれ。何か惚けてるか?
「あ、あの……! 私の真名は亞莎、です。この名前……あなたにお預けします!」
「いきなりだな……」
「飛鳥のことが気に入ったんでしょ。……そうでしょ、亞莎?」
「……(フルフル)」
呂蒙は耳まで赤くしながら全力で否定する。……逆に耳まで赤くして否定されても、俺としては恥ずかしくなるだけなんだが。
「ふふっ、いくら否定したって、耳が真っ赤になってるわよ」
「……っ!」
孫策よ、それはトドメかなにかか。
いずれにせよこれからは行動を共にする仲間なわけだ。せっかく第一印象は悪くないのだから、これ以上嫌われることがないことを切に願うばかり。
まずは互いを知るってところからか。
「では、そろそろ動こう。顔合わせも済んだことだし」
凛とした声が響き渡る、声の主は周瑜だ。
「そうね」
先ほどの穏やかな和気あいあいとした雰囲気はもうすでに無くなっていた。俺もすぐに気分を切り替える。
これでパーツはすべて揃った、今こそ天命の時。
その場に立っていた孫策が一歩前に出て南海覇王を引き抜き、それを天高く掲げた。
「孫呉の民よ! 呉の同胞たちよ! 待ちに待った時は来た!
栄光に満ちた呉の歴史を。懐かしき呉の大地を! 再びこの手に取り戻すのだ!」
「おおおおぉぉぉぉぉぉぉおぉ!!!!!」
「敵は揚州にあり! 雌伏の時経た今、我らの力を見せつけようではないか!
これより孫呉の大号令を発す! 呉の兵たちよ!
その命を燃やしつくし、呉のために死ね!
全軍、誇りと共に前進せよ! 宿敵、袁術を打倒し、我らの土地を取り戻すのだ!」
「おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!!!!!!!」
空高だかと孫策の声が響き渡る。
それに地を揺らすほどの咆哮を辺りが包み込む。
全員抜刀し、一同揚州に向けて進軍を開始した。




