夢と恋
「………」
――――反董卓連合終結後、黄巾の乱の時とは比べ物にならないほどの人や物が呉には集まっていた。
玉爾を手に入れたことと反董卓連合での数々の成果。それらが良い相乗効果となって後押ししてくれたからに違いない。
かといって俺の生活に大きな変化が現れたわけではない。
館に戻ってきて特に何も変わらずに政務をこなす日々、それだけは対して変わることはなかった。
「……あぁ、そうか。増員したから編成を組み直さないとな」
一つ変わったことといえば俺の隊に数人が増員されたということ。
大きく増員されたメンバーは槍の名手で五虎大将軍とも呼ばれていた趙雲子龍。もう一人は三国最強の武を誇ると言われる飛将軍・呂布奉先。
趙雲に関しては戦中に俺の方から増員することを決めたものの、呂布に関しては終結後に決まったことだった。一応捕虜の身である呂布に対し、孫呉に力を貸してほしいということを頼んでみるとその返答が「飛鳥のとこならいい」という一言だったために、うちの部隊に組み込まれることに。
電光石火のごとく配属が決まり、異論を唱えた人間はいない。
配属された理由はどうであれ、うちの隊がさらに屈強なものとなったことには変わりない。俺がいる時には俺が先陣を、俺が後ろに下がる時はその三人に指揮を任せることも出来る。
三人が不動でいてくれることで隊にも安心感が生まれるというもの、正直三国でもトップクラスの隊に上り詰めているといっても過言ではないかもしれない。
何より戦術の引き出しが増える。
――――だが今回の戦いでいいものばかりを得たかと言われるとそういうわけではない。
少なからず呉にも失った仲間だっている。損害はゼロというわけにはいかなかった。
そしてもう一つ、これは損害というか懸念点というべきものか。
……呂布の口から発せられた『白装束』という言葉。これが何を意味するのか、今の段階でははっきりしていない。
でもこいつらが来たせいで洛陽のすべてが変わってしまったということ。あらぬ噂を流され、董卓をはじめ皆バラバラに別れてしまった。
他の場所に起こったことにせよ……軽視出来るようなことではない。まだこいつらの正体が断定できていないため、この被害は別の国にも襲いかかる可能性もある。とはいえ、今の現状で何か打開策があるかと言われればない。
とにかく、今は警戒するしか方法はないみたいだ。
……これからすべきこと袁術の手からの独立、つまり呉の国の再建。
玉爾も手に入れてそれを袁術に根回しもした。作戦に今のところ滞りはない。
後は袁術がやらかしてくれるのを待ち、その混乱に乗じて制圧する。この作戦は袁術にばれない様に全員に根回しはしてある。
実際に反董卓連合で孫策の名声があがってからというもの、袁術との仲は以前にもまして悪くなっている。何かが起こるって言うのも時間の問題だろう。
「……まぁ、今日はこれくらいにしておくか。もう眠いし」
外は真っ暗、もういい時間だ。
いつまでも考えていても仕方ない、結局思いつかないのなら考えても同じなのだから。
いつもと変わらない日々が戻ったといっても実際はやることは増えたわけで、仕事の数もかなり増えた。寝るのもいつもより遅くなっている。
もしかしたら日付がもう変わっているかもしれない。
とりあえず明日の分の仕事も半分くらい終えたし、明日は大分楽できるだろう。
上着を脱いで俺はそのまま布団の中へと潜り込み、明かりを消して目を瞑る。
徐々に薄れていく意識、思考というものが徐々に停止していく。徐々に自分自身が宙に浮いていくような感じがするのが分かった。
俺はゆっくりと、夢の中へと落ちて行った。
―――――…
「ここは……?」
真っ暗な世界だった。あたりには何も見えない本当に真っ暗な世界。
妙な感覚が足を襲う、まるで地面を踏みしめていないようなそんな感じ。とても生きている人間が立っているような感じではなかった。
……一言で言うなら気持ち悪い。
一歩一歩、歩を進めて行くが出口は見えない。本当に進んでいるのか分からない。これが夢なのかということも分からなくなっていた。
グショリ……
「?」
足音が妙な音に変わる、何かを踏んだのか……
靴裏を見ようにも暗くてよく分からない。片方の足の靴を脱ぎそれを顔に近づけてみる。
……やっぱり色は分からない・
……でも、分かった。
色が分からなくとも、人間には嗅覚というものがある。
独特の鉄のような臭い……それが靴についているってことはだ。
この正体は血……誰かの血ってことを意味する。
一体誰の………?
……とにかく近くに血が噴き出す原因となる何かがあるはず。正直気味がいいものではないけど、探してみるか……
さっきから何なんだ……この妙なまでのどす黒い違和感は。いやなことしか起こっていませんとでも言いたいのか、体の震えが止まらない……
せめて俺の杞憂であってほしい、そう願うことしか出来なかった。
―――――どれくらい歩きまわっただろうか、結局何も見つからなかった。
結局俺の杞憂終わってくれたのだろうか。そう思ってきた道を引き返す。その最中で事は動いた。
足にゴトリと何かの感触が触れる。堅いものではない、何かそうもう少し柔らかい……人肌のような……
――――見たくない
でも見なければいけない。
何故かそう思ってしまった。
俺は恐る恐る視線を下に向け暗闇に慣れてきた目で下から上に視線を移していく。
……でもその行動は完了させてくれることはない。視線が顔に行きついたその瞬間、再び俺の意識はブラックアウトした。
「………」
……目が覚める。少なくとも気持ちのいい目覚めではない。
だが後に引きずるような精神的ショックのでかい夢でないのもまた事実。前に見たあの夢に比べたら全然可愛げがある。
目覚めたとはいえ、まだ外が暗い。どれくらい寝ていたのか完全な時間を出すのは無理があるものの、夜明け前だから数時間も寝てないことになる。
まだ眠れそうだな……
というわけで再び布団の中へと潜り込もうとしたいが、ここで違和感が一つ。
別に何か俺の身体に異変が起きているとかじゃないんだが……異変は俺の布団の中で起きていた。
本題から言ってしまうと、俺の布団の質量保存の法則はどうなっているのって言うくらいに布団が膨れ上がっている。自分で断言するけど、俺は太っているわけではない。そもそもここまで膨らむってどんだけ太ってるんだよって話になる。
つまり導き出される結論はどうなのかというと……
誰かが俺の布団の中に潜り込んでいるっていうことになるわけで。
……白い目で見るな、俺自身は別に何もしてないからな。
布団をめくり、中にいるであろう人物を目視で確認する。案の定、その人物は俺の足元で丸まって寝ていた。何か人工の行火みたいで温かい。
ただぐっすり寝られているために声は掛けづらい、俺は声を掛けるのをやめて布団をおろし、俺自身も二度寝しようと思ったのだが……
「ん……飛鳥?」
―――――タイミングが悪いことに起きてしまう。
目をこすりながらもぞもぞと布団の入口まで出てくる。どうやら寝ボケているのか、その眼はいつも以上にとろんとしている。
「悪いな呂布。起こしちまったか……ていうか何で俺の布団に?」
「……なんとなく」
「いや何となくって……」
「………ダメ?」
純粋な目で見つめてくる。こんな目をされた時点でもはや俺に抗う術はなし。逆に孫策とかだったらからかいが前提なために抗うことは可能なものの、こうまで純粋な眼差しで見つめるともうどうしようもない。むしろ断ったらいじめているみたいで、凄まじい罪悪感に苛まれそうだ。
こんな姿を他の誰かに見られたらぞっとするが渋々了承することに。
「……分かったよ」
「………うん」
いそいそと枕元付近にまで上昇してくる。……ってちょっと待て、いくらなんでもこれは近すぎないか?
今の俺との距離は数センチくらい。下を見つめるとすぐそこに顔がある。体まで密着してくるため、直に温かさというかなんというか……そういうものが近くにあるわけで。
何とも下を見るのが恥ずかしい。
「おい、いくらなんでも近すぎやしないか?」
「ここがいい……」
「って言ってもな……」
「ここがいい……」
「―――――ッ!」
真っ直ぐ目を見ながら恥ずかしげもなく出てくる言葉に対して、俺は思わず顔を赤らめてしまう。
これって俺に対して言ってるんだよな?
……不覚にもドキッとしてしまった。
「ったく……仕方ないな」
「………すぅ……すぅ」
「もう寝ちまったか……」
俺の腕にすっぽりと納まるように可愛らしい寝息を立てている。
こんな子があの天下無双の呂布、見た目だけでは誰も信じてくれないだろう。この子はこの子なりに背負うものがあったのかもしれない。もしかしたら一人ぼっちの時もあったのかもしれない。
少なくともそれを慰めてやれればそれでいい。
そっと頭に手をかけて撫でてやる。寝ているはずなのに反射とでもいうのか、俺の胴に腕を巻きつけてくる。
誰かがそばにいてくれる、それは俺だけじゃなく彼女にとっても同じことか。気持ちよさそうな顔をしながらもぞもぞと寝返りを打とうとする。
……もっとも、腕は俺の胴にあるために寝返りは打てないけど。
この平和そうな寝顔を見ているとさっきの夢などどこ吹く風。
もうどんな夢だったのかも思い出そうとも思わない、いや思い出せない。
俺の負の感情を彼女が取り去ってくれるようで、何かをマイナス思考なことを考えようとも思わない。今ここで考えたら彼女に申し訳ない感じがして。
「ホントに誰が信じるんだろうな。こんな子が呂布だなんて……」
「う……うぅ……ん」
「?」
「飛鳥……ずっと……一緒にいる」
………どこまで斜め上の発言をしてくれるのだろうか。素直にうれしい、そう思える。
別に俺はどこかに行くつもりもないし、この国を裏切るつもりもない。
「……そうだな」
―――――俺は再び眠りに落ちて行った。




