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第一歩






「………」




孫策が去った後、俺はただその場に呆然と立ち尽くしていた。


まだ若干温もりが残っている唇にそっと手をやる。今まで全く感じたことすらなかった感情がせりあがってくる。



……なんて表現したらいいのか分からない。



心が温かい。



誰かがそばにいてくれることがこれほどに幸せなことだったのか。



ずっと一人だった。



誰にも助けを求めることはなかった。




でも、俺に呉の皆は手を差し伸べてくれた。その事がどれだけ俺を救ってくれたのか。


だから必ず、この恩を返したい。




そして――――












































――――それから数日、黄巾党の頭を取った孫策の名は大陸全土に知れ渡った。


孫策の下に多くの若者たちが訪れ、有力諸侯からの援助も入り、勢力を確実に伸ばしていく。



当然、有名になるということは袁術の耳に俺達の噂が入るということ。


そして少なからず、俺が天の御遣いだということも、悟られる危険が高くなるということだ。



そんな中、後漢王朝の第十二代皇帝、霊帝が死去したとの一報が入った。


……黄巾党の乱では無能さを露呈してしまった後漢王朝、おかげさまで諸侯の動きは今まで以上に活発な動きを見せる。


後漢王朝の滅亡のカウントダウンが始まった。



結局は戦乱の世、血と血での争いは免れない。



そんな中、呉に反董卓連合の檄文が届いた。




待ち望んだ大陸全土を巻き込んだ混乱、これこそ独立するための絶好のチャンスだった。





―――そして現在、色々わけもあり、俺は袁術の館に来ている。


何で俺まで連れてこられているのか、要するに俺の噂はかなり広い範囲に行きわたっているため、もう隠す意味もないとのこと。


いくら袁術が間抜けだったとしても、もうすでに俺の名前くらいは耳に入っているわけだ。逆に下手に隠すことは相手に不信感を募らせるとのこと。



………話を聞き限りだと袁術は相当鈍いってことだけど、これはいかに………





などという幻想は一瞬にぶち壊された。






「袁術ちゃん。私のところにこんな檄文が届いたんだけど……」




「檄文? 何じゃそれは?」




「貴方の従姉の袁紹からの手紙よ。はい」





孫策は自分の元に届いた檄文を袁術に手渡す。


俺はというと孫策の少し後ろに待機し、三人の様子を見守っている。


無いとは思うが、孫策が万が一キレてしまった場合のストッパーを兼ねている。






「ええと……とうたくはゆるせないので、みなさん、やぁっておしまいー」




「あらほらさっさー♪」





言い忘れていた、袁術の側近の張勲。


一応一般世間では大将軍とも言われているが……とてもそのように見えない。


袁術と並んで適当で、袁術さえよければ良いって感じの思考だ。でもその袁術に対する忠誠心は大したもの、平たく言えば彼女は母親にあたるポジションにいる。


見た感じ、どことなく腹黒そうだ。いや、実際腹黒いんだと思うんだけど。


こんな頓珍漢なコンビに孫策は仕えさせられているのか……納得がいくかと言われれば、行かない。









「それよりも……そこの男!」





不意に袁術に声をかけられる。孫策からあなたの事よとアイコンタクトを送られ、気がつく。


袁術がトコトコと俺のもとへと近づいてくる。こうしてみるとホントに小さいな……








「そなたは天の御遣いなんじゃろう! ならば妾のところの来なければおかしいのじゃ!」




「そーだそーだー!」




「はぁ……」









このノリは見ていて疲れる。


なんて言うか、酔っ払いとかを相手にするような感じ。ただ相手が酔っ払いじゃないというだけ。





「というわけでの、お主は今日から妾の家来じゃ」





「家来なんだぞー」





あぁ、もう何と言うか。


むちゃくちゃな理論だ。こんなんで納得するわけない、良いわけもない。


こっちに来て俺は孫策について行くと誓った、そんな安易な言葉で俺の心が揺らぐほど、俺の心は弱くない。


もっとも、いくら金を積まれようと懇願されようと孫策以外につく気は毛頭ない。



穏便に断るか。










「袁術殿、俺は天より孫策殿に仕えるように命を受け。この地に舞い降りた、つまり我が主は孫策殿のみ、我が仕えし場所を変えるわけにはいきません……しかし孫策殿に仕えているということは、その孫策殿の仕えている袁術殿も主同然……何も変わりはしません」





「むぅ~……」





頬を膨らめながら、正論を言われているけど納得が出来ないとでも言いたげな顔をしている。


こういう時に天の御遣いという言葉が役立つ。普通だったら何言ってんだこいつで終わるが、今いる場所は中国の三国時代。


文明もまだ発達しておらず、満足な流通もなく、化学繊維を使った服なんて存在しない世だ。


明らかに俺の来ている服は、周りが来ているモノとは違う。この時点で話の信憑性は高い。


そして話の相手は袁術と張勲だ。


上手く話を進めることが出来る可能性は百パーセントに近い。



しかし一個だけ言うとすれば、いい感じで芝居が出来たというところか、我ながら驚いている。










「……それに袁紹も袁紹なのじゃ! めかけ娘の分際のくせして、妾に手紙をよこさず、孫策ごときに渡すとは失礼な話なのじゃ!」






急に話が脱線するし。もう俺の事はどうでもいいってことね。


てか、今の一言で孫策顔をしかめてるし……大丈夫だよな?








「でも美羽様ーこれって大陸全土の諸侯に送られてるみたいです。参加しないと面倒なことになっちゃいそうですよぉ?」




「いやじゃいやじゃ! 妾は嫌じゃ!」






駄々をこね始めるし……


どこぞの我儘娘だ。何故こんな人物に孫策が仕えているのか、本当に不思議で仕方ない。



……もう帰っていいかななんて思ってしまう。


いや帰してくれ頼むから。



三文芝居を見せられているみたいで、フラストレーションもたまるし、疲れもたまる。


良く孫策もこれに耐え続けているなと、心の底から感心する。










「妾は皇帝になるのじゃ!」











……また話が飛ぶ。


いやこれは孫策が上手く丸めこんだという方が正しいのか。


しかしまぁ皇帝になりたい理由の大半が食べ物関係って……どれだけ食べ物に飢えているんだ。挙句の果てには杏仁豆腐で城を建てるとか言い始める。



……流石にノリだよな?




いや……もう突っ込むのもやめよう、相手にしているだけで疲れる。俺はもう知らん。





「はぁ……」





今日だけで何回溜息をつくのだろうか。


とりあえず、話は順調に進んだからよしとしよう……






















――――…




























「ふぅ……ただいま」




「………」




「おかえりなさい、二人とも」





俺達二人を出迎えてくれたのは周瑜を筆頭に大勢いた。


あそこにたった数時間いただけのはずなのに、何故か何週間も監禁させられてた気分だ。あんまりいい気分ではない。





「時雨もご苦労だったな。疲れたことだろう」




「あぁ、あれが太守とはな。頭がお花畑すぎて逆に疲れた」




「聞いてよ冥琳~、袁術ったら飛鳥を家臣にしようとしたのよ?」




「でも、その話は断ったのだろう?」




「当たり前だろ、俺はここ以外に仕える気はないよ」




「ならいいだろう。いつかまとめて返せばいいさ」




周瑜の眼鏡がきらりと光る。考えていることが何となく分かるから怖い。腹黒さというか、静かな怖さという点ではこっちの方が怖い。




「それで、首尾の方は?」




「上々すぎて拍子抜けちゃったわ」




「まぁ、相手があの我儘小僧の袁術だからの……」




黄蓋も腕を組みながら容赦ない言葉を浴びせる。それも仕方ないといったところか、実際いやいや傘下に加わっているわけだし。


しかしまぁ今のままだと、袁術のこれからが心配だ。


直接対峙すればただの弱いものいじめになってしまう。




「もう少し張り合いがほしいところね、復讐する対象なんだから」




「雪蓮、ワガママ言わないの。そっちの方が楽できるものよ」




「はいはい、分かっているわよ」





ぶーたれながらもすんなりと孫策は引き下がる。こういう時も孫策の扱い方に関しては天下一品、流石周瑜といったところか。


ま、とにかくだ。




「これで独立に動けるわけだな」




「えぇ、そうね。手駒はそろい、御遣いという切り札も揃った。ようやく動き出せるわ」




「ようやく……ですね」




孫権がポツリと言葉を漏らす。


いよいよ本格的な独立に向けて行動を起こせる。反董卓連合、まずはそこで周りを見定める必要がある。



孫呉の独立、どれだけ夢に見たことだろうか。



孫策が孫権が周瑜が、皆が希望や緊張に満ちた表情を浮かべる。


先代の孫文台からの悲願、今こそ達成せん時。


だが、油断は禁物だ。




「みんな、ここが正念場よ。頼りにしてるわ」




「「応!!」」




――――いよいよ、独立に向けて本格的な活動を始める。

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