二人の訓練
「ん、あれは……」
――――それはとある昼下がりのこと
昼食を済ませ、何気なく庭を見たのが始まりだった。
視線の先には孫権と甘寧が映っている。どうやら昼食後の休憩……というわけではないらしい。
二人とも刀を持ちながら模擬戦を行っている。甘寧が孫権を指導してると言ったところか。この前の作戦で甘寧の戦いぶりを見たが、かなりの腕の持ち主ということが分かった。
というより、史実でも有名な武将だしな。
「少し寄り道してもいいよな」
と、俺は二人の鍛錬している元へと歩を進めた。
―――…
「はぁぁぁぁああ!!」
「甘いですよ蓮華様。攻撃が単調すぎます」
ガキィン!! と、刀と刀……いや剣と剣か。二つの獲物がぶつかり合う音が、その一撃一撃の重みを伝えるには十分だった。
少なくとも、離れた木陰で見ている俺にはっきりと音が聞こえてくるんだ、手加減しつつもしっかりと力が加わっている証拠だ。
……孫権はパワーとスピードはなかなかだが、まだ慣れてないといったところか、動きが単調で読みやすい。
それゆえに甘寧からすれば、来たところを防げばいいだけなので甘寧にもさほどの疲労はないように見えるが……これはあくまで相手が甘寧だからだ。
もし相手がその辺にいるような一般兵だったら、とてもじゃないが相手にならない。
孫権もまだまだ成長途中、いずれかは孫策のような剛と柔を使い分けることが出来るようになるだろう。
―――しかしこう見てみると、やはりまだ二人の間に差があるのは明らかだな。
孫権は攻撃の重さはあるが、一撃一撃に無駄な力が入りすぎていてスタミナの浪費が激しい。実際二人の様子を見てみると、孫権はかなりの汗を流している。
それに対して甘寧は汗自体ほとんどかいていない。うまく攻撃をいなして、自身にかかる負担を極限にまで減らしているんだろう。それに甘寧クラスになれば、粗い攻撃は読めるだろうしな。
とはいえ孫権自身も十分な武力をもっていることには変わりない。
攻撃のスピードもパワーもなかなかなのだ。それが力んでいる状態で出来ているからなおさら凄い。
人間力むと逆に本来の力は出せない、しかし孫権はその状態で力を出せている。
……こりゃ、マジで将来が楽しみってやつだな。
「どうした思春! 打ってこい!」
「……私の防御が崩せない苛立ちが見えてますよ、蓮華様」
「言ってくれる、来い!」
「では……まいります」
ここで甘寧が一転、攻勢に転じる。
剣を二閃、孫権を襲う。
「くっ……!!」
孫権はこれを辛うじて防ぎきる。
ただの二斬ではなく、完成された斬撃だ。スピードも威力も高い。
さらに体の力みもない分無駄がなく、動きが非常にシャープだ。体に与える負担もかなり少ない。
……ん? 今孫権と目があったような……
―――と思った時だった、甘寧の一撃を防ぎきれず、孫権の手に握られていた剣が弾き飛ばされる。
俺と目が合ったせいで一瞬……ほんの一瞬集中力を切らしてしまったか。
戦場ではこの一瞬の隙が命取りになる、孫権にはいい勉強になっただろう。
……って、ちょっと待て。あの剣、こっちに飛んできてないか……?
身の危険を感じた俺はその場から少し離れる。すると案の定、俺が先ほどまでいた場所に、弾かれた剣が突き刺さった。
危ないな……というかまさかとは思うけど、狙ったわけじゃないよな?
とりあえず、命の危険を回避した俺はその場でホッと一息つく。
「おい時雨、居たなら一声くらいかけたらどうなんだ?」
「バカ言うな。あんな模擬戦やってたら流石に声はかけられねーよ」
「でも飛鳥と目が合っただけで、集中力を切らしてしまったのは私の注意が足りなかっただけね」
模擬戦が一区切りついたのか、二人が俺のいる木蔭へとやってくる。
甘寧の方はそうでもないが、孫権の方は長時間打ち合っていたのか汗だくになっていた。
とはいえ、あまり長々と鍛錬をやっても意味がない。疲れた体に鞭打ってやったとしても体は覚えないし、むしろ怪我につながるだけだ。ここで一息入れるのはいい間の取り方だろう。
「ほら。飲めよ」
「あ、ありがとう」
俺は用意しておいた水を手渡す。
………何か卑猥な想像をしたやつ、あとで覚えておけよ。
別にこのコップも俺が口をつけたものでもない。
孫権は手渡された水を、一気に飲み干す。よほどのどが渇いていたのか。
しかしそれを飲み干すと、孫権はすぐさま立ち上がる。……まさかもう訓練を再開しようとしているのだろうか。
「続けますか? 蓮華様」
「頼む」
おい、マジかよ。
流石に無理しすぎじゃないかと思いながら、俺はすぐに立ち上がり、孫権の前に立つ。
その行動に対して、孫権はキョトンとしながら俺を見つめ返す。
「どうしたの飛鳥? 急に立ち上がって」
「いや……もう少し休んだ方がいいと思ってな」
「何を言っている。鍛錬は実践のための訓練だ。疲れた時に休ませては意味がないだろう?」
「……俺は休ませてるけどな、特に訓練中なんかは特に」
「え………?」
思いもよらない返答が返ってきたからか、目を見開く。
確かに厳しい時に、より負荷をかけるのも鍛錬の一種ではあるけど……
「厳しい時に厳しくするのもいいだろう。だがそれを毎回繰り返していたら、実際の戦場で体が動かなくなってしまうかもしれない。それに身の入る訓練なら、体が最も動く時の方がずっと効率がいいんじゃないのか?」
「それに関しては、私も同意します。本来であるなら、私が休憩を強く勧めるべきでした」
「思春まで……」
「それに怪我をしては元も子もないだろう。模擬戦は特に怪我をしやすい……特に疲れていたら足元も散漫になる」
「う……えぇい! 休めばいいのだろう! 休めば!」
やはり無理していたのかよろめきながら俺の隣に腰を落ち着ける。
よろめく時点で疲労がたまっているのは一目瞭然、少し回復してから訓練は続ければいい。
「これ、水と手ぬぐい。予備も持ってきてるから使いな」
「ありがと、飛鳥」
渡された手拭いで顔の汗をぬぐい、そして二度三度と水を口へと運ぶ。
そんな様子を見てる俺に対して、甘寧が視線を当てる。……もしかして少し気に入らないのか? というか甘寧の分もあるんだけどな。
あぁ、そういやまだ渡してなかったっけか。
「ん、甘寧も。使うか?」
「わ、私は要らん。別にそう疲れてなど……」
「さっき俺の意見に同意してたろ。それは甘寧にも言えることだぜ? 疲れてないかもしれないけど、休める時に休んどけよ」
「う……分かった」
少し顔を赤くさせながら、俺から手拭いと竹筒を受け取り、木によさり掛る。
模擬訓練には相手が必要、ならその相手もベストコンディションである必要があるわけで。
いくら疲れていないと口先だけで言われても、実際少なからず長時間体を動かしているんだから、体自体に疲れというものはたまっている。
それを感じやすいか、感じにくいかの差にすぎない。
例えば長距離走なんかはそれだろう。いくら長距離が得意って人でも距離を走れば疲れるのだ。
だから戦闘に強い人でも、闘えば多からず少なからず疲れはたまるってこと。
「し、時雨………」
「ん?」
「そ、その………あ、あり、がとう……」
「あぁ、どういたしまして」
プイと照れを隠すように横を向いてしまう。
やれやれとばかりに、俺も視線を逸らす。あまり恥ずかしがっている女性の顔を直視してやるものではない。
「しかしあれか、結構こんな感じで鍛錬しているのか?」
「あぁ、とはいっても教えてもらうのは思春だけだがな」
「大した信頼関係だ。確かに甘寧は教えるの得意そうには見えるな、厳しいとこは結構厳しいし」
教えながら戦うっていうのは実際すごく難しい。喋りながらゲームするのが難しい様に、人間という生き物は並行作業を苦手とする生き物だ。
それが出来る時点で、甘寧は優秀な将と言える。
「飛鳥は訓練とかはどうしてるの?」
「一応、隊の者たちとしてるよ。最低限の体力作りとかは自分でやってる」
「ふーん」
「俺の使っているこれと、他が使っている剣は少し勝手が違うからな……鍛え方もいろいろ違うしな」
「色々あるのね」
「そうだな」
とはいえ、剣と刀が持つ役割など同じ。
この世界では人を殺めるためのものになってしまう。
いつまでたっても、こればかりは慣れない。守るためという正当化でも人を殺めているということには変わらない。
それを行っている自分に嫌気がさす。
でも……
「仕方ねぇよな」
「? 何か言った?」
「何も言ってないよ。模擬戦もほどほどにな」
「え、ちょっと飛鳥!」
俺は立ち上がると、そのままその場を去る。
たまたま見に来ただけだし、あまり長居していたとしても二人の邪魔にしかならない。
甘寧もいるし、訓練の方は大丈夫だろう。




