初任務
「どうだ、時雨?」
「ん、何がだ?」
「何、初めて部隊を率いるから、緊張してるのかと思ってな」
行軍途中、隣にいる周瑜に声をかけられる。
……確かに緊張していないといわれたら、緊張してるのかもしれない。
実際これが初めてだし、今まで率いたことなんてないしな。
仕事も単独行動だから、誰かに指示を出して……的なことはやったことがない。
「そう見えるか?」
「あぁ」
「ま、緊張してないといえば嘘になるな。実際俺は初めて部隊を率いるんだ。そこら辺は仕方ないだろう」
「違いないな。これからの戦いには常に出てもらうことになる。いずれ慣れるだろう」
「いいのか、俺がそんなに出て?」
「雪蓮がお前を気に入っているのもあるんだが、袁術にお前が天の御遣いだと知られるのを避けたい」
「なるほどな。手元に置いて守る方が安心ってことか……」
「相変わらず鋭いな」
よくよく考えてみれば、俺という存在はある一手の宗教のようなものだということに気がつく。
つまりは神様……天の御遣いと言われる俺がその立場だったとしよう。
宗教は神を崇拝する。つまり俺、天の御遣いという存在に畏敬や尊敬の念を持つものは多い。
それがましてや、自分たちが全く知らない知識を持ち、見たこともない服を着ていればなおさらだ。
つまり直接的には、俺の存在を利用して孫策たちは独立をしようとしている。
それだけの影響力を持つと考えると、俺を悪用しようとする者もいるということだ。
「ま、好きなだけ俺を利用してくれればいいさ。誓った時から俺は孫呉だけのもの。裏切るつもりも、寝返るつもりも全くないさ」
「……ああ、すまんな」
「謝るようなことでもないだろう」
実際利用って言い廻しはあまり良くなかったか……孫策達に拾われなかったら俺自身どうなってたか分からないわけだし……正直感謝してるんだけどな。
「そう言ってくれると助かる」
「周瑜が俺の事を心配してくれているってことが分かっただけでも、俺は十分さ。感謝するぞ、周瑜」
「……」
いつもはクールな表情を崩さない周瑜が顔を赤らめる。
―――今の俺にとってはそういう顔をしてくれることが何よりの幸福なんだよ。
もちろんお前だけじゃなくて、孫呉全員がな。
……俺自身変わり過ぎだろ
こいつらといると自然にそう思ってしまう。
「――っ! そろそろ斥侯が戻ってくる。戦闘準備に取り掛かろうか」
誤魔化したな。
などと口が裂けてでも言えないけど、俺は気がつかないふりをして伝令がいきわたるのを待つ。
……ちょっと待て、大体こういう時って指令を無視する部隊があるような気がしてならないんだが……
―――――という俺の杞憂はものの見事に当たってしまう。
「前方に黄巾党の分隊を発見! 向こうもこちらに気が付いているようなんですが、孫策様が!」
「孫策がどうした?」
「ぜ、前線部隊を率いて先行してしまって!」
「何だと!?」
「ふぅ……やってくれるな孫策。大将自ら先陣を切るとは」
案の定というか、予定調和というのか。
孫策は伝令を無視して、先行してしまったようだ。
最も本当は落ち着いている場合ではないんだが、孫策だし仕方ないよなっていう考えが俺にあるのは否定しない。
「穏! 時雨! すぐに追いかけるぞ! ……全く世話が焼ける!」
「はーい!」
「了解した」
程なく歩を進めていると、孫策の率いる部隊に追いつく。
そして部隊についている孫策を、周瑜が呼びとめた。
「待ちなさい、雪蓮!」
「無理だって、一度走り出した兵を止めたら、折角の突進力が無駄になるでしょ」
それだけ言い残すと、孫策は黄蓋を連れてどんどん先へ行ってしまう。
おい、後始末はどうするんだ。後で周瑜に怒られるのはお前と黄蓋なんだぜ……
怒られた時に俺を盾に取ろうとする図が浮かんできてしまうのは間違いではない。多分孫策は俺を盾にする。
……やれやれ、困った大将だ。
「仕方ない! 穏、時雨! 戦闘準備だ!」
―――――…
周瑜から配置を確認し、俺の部隊へと伝達を伝え終わる。
指揮が早かったのか遅かったのかよく分からない
でも今は孫策を守る、それあるのみだ。
「隊長、号令を!」
「あぁ」
――――聞け! 呉の兵たちよ!
時雨隊初の仕事は孫策の護衛だ!
決して孫策に危害を加えさせるな! その命、何としてでも守りきれ!
良いか! 自分の命を捨てようとするな! 呉の為に戦いたいのなら何としても生き延びろ!
お前らの命は俺が守る! だからお前たちも俺に命を預けてくれ!
勝利は我が呉にあり!
「「応!!!」」
地響きのような雄たけびが周囲を木霊する。
俺の部隊の初任務、それは孫策を守ることだ。
「時雨隊! 前進!」




