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1-入学早々災難

「ちょっと何やってんだよ、由良姉!」

大声で耳元に叫ばれ私はうぅ、と呻き声をもらした。うっすらと目を開けると、すらっとした形の良い輪郭とキレたような目付きの少女の姿が目に飛び込んできた。私の妹の由羽である。

由羽はいつも姉である私に対して大抵キレてばっかいる。というか、キレた所しか私は由羽を知らないのではないだろうか。全く、悲しい姉妹だ。

「何にもやってないって…。もう何? 朝っぱらから何だよ…」

毛布の中に顔をすっぽりと入れ込み、もごもごと不機嫌そうに聞こえるように喋り返してみる。そもそも起きる気が無いことを示すためである。ちなみに枕もちゃんと毛布の中に入れている。

「あのっさぁ? 由良姉? ただ起きるだけじゃんか。大人気≪おとなげ≫ないことやめてよ、ほんとに。仮にも、この私の姉なんだしさぁ」

「うるっさいなぁ。私は疲れてんのー。ていうか、あんたも私の妹らしく、私の一歩後ろ歩いとけっての! でしゃばんなよ」

「フッ、知ってまちゅかぁ~? こーゆーのってね「負け犬の遠吠え」って言うんでちゅよぉ? 覚えれまちたかぁ~?」

「キッモ」

「黙れ」

てめえから話しかけてきたんだろうが!、という感情をどうにかこうにか抑えに抑えて、開きかけた口を閉じる。長年の経験から、このような口喧嘩は終わりがないと身をもって知っている。それに私は本当に眠いのだ。いやもう、姉へのその態度とか言動の数々をもう許してやっからさぁ、私をゆっくり眠らしてくれんかね、妹よ。

急に静かになった私を呆れたような由羽の溜め息が毛布越しに聞こえた。

「寝んな、あほ」

ゴスッと私の腹部にビリビリッと電流がほとばしった。

「いぃいいいいい!? いったあああ!!」

その衝撃は私のみぞおちにテクニカルヒット、クリティカルヒットした。そう、こいつ、由羽は昔少しだけだが武道を習っていたので結構武闘派なのである。

あまりの痛さにこれでもかというくらいに毛布の中でもがき転げ回る。ついには腹部を抑えながら、ピクピクと動くことさえままならなくなった。

そして、それを嘲笑うかのようにまたもや悲劇が私を襲った。

「ぎゃああああ!! さっむ!」

私に掛けられていた毛布を由羽がそれはもう、ぺろんと簡単に私から引き剥がしたのである。

「鬼畜! 鬼! 何してくれてんの!」

いきなり予想だにしていなかった、2つの立て続けに行われた由羽からの攻撃にもうくたくたになりつつも叫ぶ。由羽の攻撃は私を精神的、肉体的にダメージを負わせた。

…さすが武闘派。

でも、実の姉にやりすぎじゃないか、おい! まだ、みぞおち痛いんだからな!

「あーうるさいうるさい。私だって忙しいんだよ、早く起きてほしいからやむを得ずこの方法を使っただけ。…てかね!? 私のほうがあんたより数千倍、いや数万、数億倍忙しいんだっての! なのに! なにが悲しくて、…この久しぶりの暇な朝の由良姉にとってはどうでもよくても私にとったら貴重な時間に! なんで、姉とシェアせねばならねーんだ、こんちくしょー!!」

突然、叫び出した由羽につい呆気に取られる。今知ったけど、由羽ってキレまくると早口になるんだなー。ていうか、早口すぎて何言ってるかわかんなかったとはもう…絶対言えないな。だって、めっちゃ睨んでるもん。

まぁ多分、不満とかぶちまけたのだろう。由羽って感情を色々溜め込みやすい性格だからなぁ。でも、私への侮辱が入ってた気がするのはなぜだろうね。

「あー…っと、じゃあ、うん。お、おやすみー」

ぶっちゃけ理解できてないので、どう返せばいいか迷った挙げ句、口からついこぼれでた言葉に言った自分自身が驚く。

なに言った、なに言った自分! もとはといえば、私が起きないから怒っていたのに! いやー、もー! 由羽、絶対キレてるよーっ! てか、もともとキレてたけども!

怖いもの見たさでちらりと由羽を盗み見ると由羽とばっちり目が合った。ぎゃああああああ。

「なぁにが、「おやすみー」だ、おい! 早く起きろ言うてんのが聞こえんのか、ばばあ! はよ起きんかい! お前馬鹿? 馬鹿だろ!」

「…」

…いやー、最後のところ「自問自答乙」って言いたかったけど、うん。言える雰囲気じゃないですね。てか、なまりすぎだろ! って思ったのは私だけ?

「…なんか言いたいことあるんじゃないの」

「すいません」

…弱っ! 自分弱っ!

「てかもう早く起きて。私もう家でなきゃいけないし。…あと、さっきから思ってたんだけど、今何時かわかってんの、由良姉。確か今日入学式だよね?」

私はガバッと身を起こして時計を見た。その次の瞬間、顔面蒼白で私は由羽をおいて部屋から飛び出した。





本当に本当に有り得ない。有り得てたまるか、こんなもん。でも現実は現実である。嗚呼、神様。なぜ今日でしょうか。なぜ今日に限って寝坊なんかしちゃったんでしょうか!

由羽の言うことを素直に聞いてすぐに起きれば良かったのに…、私の馬鹿野郎!

くそう…、昨日、入学式が楽しみすぎて全然眠れなかったからか。全然眠れなかったから寝坊したのか!? そうだ、そうに違いない。ああ、私の馬鹿。由羽の言う通り馬鹿だ、私は。

ていうかなんで私は高校生にもなって、小学生もしくは幼稚園児の遠足前夜あるあるを実行しちゃってるんだよ!この頃の小学生とか幼稚園児も、もうしないんじゃないか、こんなこと!

「由良ぁー、もうちょっと、ゆっくり静かに学校の用意してちょうだいよ。さっきから、バタバタバタバタうるさいわよ」

「そんなんしてたら遅れるっつーの」

母の意見を即座に一刀両断して真新しい鞄に用意を詰め込む。やっと終わった、と立ち上がり鞄をひっつかむ。

制服を自己最高速度で着てローファーに足を入れた。

よし。

「いってきます!」

由羽が私を呼び止めようとした声が聞こえた気がしたが、あえて無視を決める。いやもう、朝から色々ごめんね。でも、急いでるしさ、私。

それに、みぞおちにのこと、私まだ許してないしさ。





はッはッはッは。はッはッはッは。

リズミカルに息を吸う吐くを繰り返す。足も止めず、懸命に動かし続ける。途中、もつれそうになったり、躓き転びそうにもなるが、ただひたすらに走り続けた。

今日から私が入学する高校、「若草高等学校」、通称、「若高」は私の家から結構近かったりする。私が若高に入学を決めた理由の1つがそれだ。

しかし、それ以上に若高には最大の魅力がある。

若高の制服は、ほんっとうに可愛い。いやもう本当に。切実に可愛い。

小さい頃、姉の由華が若高に通ってた頃、毎日毎日隠れて姉のぶかぶかな制服を着たものだ。それがバレる度に由華姉にこっぴどく怒られたのだが。

…まぁ今日、そのおかげで超ハイスピードで制服を着れたから良しとしよう。今となっては良い思い出だしね。

そんなことを考えているとあることに気付いた。

「あ…バス…」

学校は確かに私の家から結構近いが、バスを利用したほうがそりゃ断然早く着く。それに若高生徒にとっては嬉しいことに「若草高等学校前」という停留所があるのである。

つまり家のすぐ近くにバスの停留所がある人にとれば、全然走ったりして疲れずに気付けば若高に着いているのである。楽なものだ。





で、ところで、現在の私の状況なのだが、一言でまとめると「やっべぇー…」だ。まさにその言葉通り、今とてもヤバい。

あの、さっき行ってしまったバスに乗っていれば、私は入学式に遅刻なんかせずにいれただろう。いや、まだ遅刻って決まった訳じゃない、訳じゃないが…。

…遅刻決定…? いやっ、諦めるな自分。いやでも遅刻だろ…。だってもう時間が…。いやでもっ、まだ諦めなければ大丈夫だ!

心の中で2人の自分が会話しているのを聞きながら、一応学校へと走る。

でも頭の中では理解している。

遅刻しないのは不可能だ。

バスに乗り遅れた時点でもうわかっている。

心の中で言い争ってる2人ももうとっくに気付いてる。

だが、それを認めたくない理由があった。心の中にいる現実を理解している方の1人を頑張って否定している気持ちがとてもわかる。

だって「目立ってしまう」からだ。

入学式当日に遅刻なんて絶対目立ってしまう。

「目立たず、地味に」が私のモットーであり、人生のスローガンである私にとれば、入学早々、そんなことのせいで目立ってしまうのは絶対に絶対に許されまい。

神様、私の穏やかで地味な夢の若高でのスクールライフがかかってんだ。どうかどうか、助けてください!

心の中の2人の自分が声をハモらせながら叫ぶと、神様のおかげか名案がふっと急に浮かんだ。

ヒッチハイクだ。





「んー、あーでもなぁ…。んー…、あー」

走りながら唸っている私を通行人が若干引き気味の目で見ているのに気付き、すぐに口をつぐんだ。もしかして目立ってたのかな…、あー最悪。

ヒッチハイクも名案だと思ったのに無理だった。

理由は簡単である。「目立ちたくないから」だ。

またかよ!って感じだけど、これだけはしょうがないんですよねぇ。

でも考えてみてほしい。ぶっちゃけ、この頃、都内でヒッチハイクする人とか…。いないですよねぇ~っ、アハハハハ。まず大きな紙とか持ってる訳ないし。

まぁ持ってても目立つから、どうせやらないだろうけども。

でも、タクシー呼ぶときみたいに手を上げてみたらヒッチハイクできるかも、とか考えたけど…無理でした。

いきなり手を上げても、「なに、あの人どうしたのかしら…」とか思われたら嫌だし、あまつさえ、「もしかして車道を突っ切りたいのかしら」と思われて車が止まり渋滞になってしまうかもしれない。

そんなことになってしまったら…死ぬ。

ああもう私には神が私を見捨てたようにしか思えてならねぇ…っ!

もう、諦めるしかないのか。足ももうくたくただ。棒のようになっているし。

足をついに止めかけたその時。

私の隣に車が止まった。





「うわーもー救世主だよ、救世主! あ、これから救世主って呼んでいい?」

「いやに決まってんでしょうが。でも感謝してよね、ほんと」

「うんうん、感謝してるよ、ほんと。…でもよく私を見つけられたねー?」

「いやまぁだって、手を上げようとしたりでも急に下げたり、唸ってたりして結構目立ってたから」

「…え、うそ」

救世主は由羽だった。最初、車が急に隣に止まったときはヒッチハイク成功したのか!? でもどうやって!? っと少々びびっていた。

おそるおそる「すいませーん、あのぉー」と声を掛けると後部座席の窓が開き、ぶっきらぼうに由羽が「早く乗って」と言ったときは腰が抜けそうになった。

ちなみに、この車を運転しているのは佐々木さん、という女性である。

佐々木さんはすらっとした美人さんで由羽のマネージャーさんである。とてもしっかりしていて、由羽のマネージャーなんかには勿体ないとつくづく思っている。

ところで、由羽は中3だが一応モデル、芸能人だ。テレビや雑誌にもよく出ていたりしている。家とは違って、そういうときは女の子女の子しているが、家での由羽を知っている私にしてみれば、そういう由羽をみたらいつも「キモい」と思ってしまうのはしょうがないだろう。

「由良さん、着きました。一応、急いだ方が…」

「はいっ! わかってます! 送ってくださってありがとうございます、佐々木さん。今日も由羽をお願いしますね。じゃあ。…あ、あと由羽もありがと! じゃあね!」

「あと由羽も、ってなに!? あと、由良姉、こういうときだけ姉面≪あねづら≫すんな! ちょ、聞いてんの! 由良姉ってば!」と叫ぶ由羽をまたもや無視して車のドアを勢いよく閉めた。

今、思うことはただ1つ。



…遅れなくてよかった。



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