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私レニファ・クルーズは、カフェに居た。
学園で最近話題に登る噂のカフェだ。
侍女と二人で、カフェのお薦めパンケーキとカフェラテに舌鼓を打ち、私も流行りに乗ったのだとウキウキしていたところに、何故か領地へ行ったはずの婚約者が、斜め前に座っているのが見えた。
「あれー?」
首を傾げて婚約者を眺めていると、視線を感じたのだろう、メニューを見ていた彼は、顔を上げて私を認識してギョッとしている。
「レニファ!」
彼の言葉で、対面にいた彼女がこちらを振り返る。一瞬驚いた表情を浮かべたけれど、直ぐに彼女はニヤリと笑った。
そして、涙をハラハラと流し始めて、私の婚約者に何かを言っている。
ほんの数秒前に醜悪な笑みを浮かべていたのに、一瞬で涙を流せるなんて、どうしたらそんな芸当ができるのか、本気でご教授願いたい程、完璧な演技だ。
その演技に、私と私の侍女であるユリア以外はコロっと騙される。
作り物の儚さで完璧な彼女は、私の周りを徐々に侵食していき、今では私は、友人の一人もいない蠱毒令嬢と影で呼ばれるようになっている。孤独と蠱毒を捩るその渾名は、さすがの私も心を抉られて既に涙も枯れている。
折角の最高の気分が、彼等を目撃した事で最悪に変わった。
私は立ち上がり、婚約者が言い訳を取り繕う前に、踵を返してその場から離れた。
カフェの前で迎えの馬車を待ちながら、空を見上げて呟く。
「ユリア、雨でも降らないかしらね」
「本日は晴天でございます」
「蠱毒には曇りか雨が似合うのになぁ」
「お嬢様、蠱毒は禁止です」
ユリアに注意されて苦笑する。私の心とは裏腹な、真っ青な空を皮肉った自虐行為を止められたけれど、蠱毒と呼ばれる事は身についてしまって自分では如何にもならない。
「家に帰りましょう」
「畏まりました」
結局、嫌な気分を継続したまま、私は家路についた。
帰りの馬車に揺られながら、思い出したくもないのに、先程の光景が私の脳裏に広がる。
婚約者のアーノルドと一緒にいたのは、私の母方の従姉妹のアルチェ・マーカー子爵令嬢。彼女の母と私の母は双子で、とんでもなく仲が悪い。
おそらく今の私の気持ちを一番理解できるのは母だろう。なんせ婚約者を2回もアルチェの母に横取りされているのだから。
唯一叔母の毒牙に罹らなかった父と結婚して、今は幸せに暮らしているのに、娘が自分と同じ目にあってると知ったら発狂するかもしれない。
だから婚約者の心変わりは、母には内緒にしているのだけど、そろそろ私の心が限界に来ている。
このままアーノルドと婚約を続けて、婚姻するかもしれないと考えたら怖気が立つ。
アルチェの信望者と、婚姻後のアレやコレやをしなければならないなんて、修道院に入った方がマシじゃないかとさえ思える。
「そろそろギブアップだわ」
馬車の窓枠に肘をつけて、顎を手で支えながら呟くと、待ってましたとばかりにユリアが頷いているのが横目で見える。
「はぁ」
私の唯一の癒しである楽しい家族の団欒が、母の怒りで地獄と化すのが目に見えて、私の口から大きな溜息が溢れた。




