第一章 ブラック企業からの解放と、最強の庇護者ゲット
過労死OL、土に還る(物理)。~えっ、もう一生働かなくていいんですか!?~
蒼井雫、25歳。
職業、名もなきブラック企業の社畜OL。
死因――過労。
「……あ、これ、エクセルじゃなくて三途の川だ」
72時間連続勤務の末、パソコンのモニターが真っ白に発光して見えたのを最後に、私の意識はプツンと途絶えた。
上司の怒鳴り声も、鳴り止まない社用スマホの着信音も、締め切りのプレッシャーも、すべてが遠ざかっていく。
ああ、やっと眠れる。
もし次があるなら……絶対に、絶対に働かない。
私はただ、日向ぼっこをして、美味しいお水を飲んで、誰にも怒られずにフカフカのお布団で一生寝ていたい――。
そんな切実な願いを胸に抱きながら、私の短い人生は幕を閉じた。
* * *
ぽかぽか、ぽかぽか。
「んん……っ」
心地よい温もりに包まれて、私はゆっくりと意識を浮上させた。
背中(?)に感じるのは、ふかふかで柔らかい感触。高級ホテルのベッドマット顔負けの極上の柔らかさだ。
そして、鼻をくすぐるのは……アスファルトや排気ガスではなく、雨上がりの森のような、少し甘くて香ばしい土の匂い。
(……あれ? 私、生きてる?)
目を開けようとするが、そもそも「まぶた」という概念が見当たらない。
それでも不思議なことに、周囲の景色は360度、パノラマのように『感じ取る』ことができた。
青く澄み渡る空。
キラキラと降り注ぐ太陽の光。
そして、自分が埋まっている、ふかふかの『土』。
(えっ、土!?)
慌てて飛び起きようとした――けれど、手も足も動かない。
そもそも、手足がない。
視線を(視線という概念もないけれど)下に向けると、そこにあったのは、両手で包み込めるくらいの小さな、丸っこくて緑色の『果実』だった。
果実の下からは、ちょろちょろと短い根っこが生えており、それが私の足の代わりになっているようだ。
そして果実の正面には、申し訳程度にちんまりとした口と、つぶらな瞳のような模様がついている。
「…………(ぽふっ)」
根っこを器用に使って、近くにあった水たまりを覗き込む。
水面に映っていたのは、どう見ても『メロン』のような、謎の植物の赤ちゃんだ。
(私……植物に転生してる……!?)
前世で読んだWeb小説では、悪役令嬢や聖女に転生するのが相場だったはずだ。
まさか『植物』に転生するなんて。
普通なら、ここでパニックになるだろう。
「どうして人間じゃないの!?」と絶望し、元の姿に戻る方法を探して東奔西走するはずだ。
けれど。
私の脳裏に閃いたのは、まったく別の感情だった。
(……待って。植物ってことは)
朝7時の目覚まし時計で起きる必要は? →ない。
満員電車に揺られて、おじさんの加齢臭を嗅ぐ必要は? →ない。
理不尽なクレームに頭を下げて、胃薬を水で流し込む必要は? →ない。
月末の家賃と税金に怯える必要は? →ない!!
「…………っ!!」
私は、短い根っこを天高く突き上げた。
歓喜。圧倒的歓喜。
(やったあああああああ!! 私、もう働かなくていいんだ!!)
そう、植物の仕事は『光合成』のみ。
太陽の光を浴びて、土からお水を吸い上げる。ただそれだけで生きていける究極のニート存在。
しかも、この体……自分で言うのもなんだけど、すごくポカポカして気持ちいい。太陽の光を浴びているだけで、体の中にエネルギーが満ちていくのがわかる。
(最高……ここは天国ですか。前世の私、過労死するまで頑張って偉かった! そのボーナスステージがこれなのね!)
私はふたたび、ふかふかの土の上に「ぽふっ」と身を横たえた。
私の名前は雫。
いや、今の私は『ただのメロン(魔植物)』。
人間関係のドロドロ? 興味ないわ。
異世界を救う大冒険? 他の勇者様に任せるわ。
「……おひさま……ぽかぽか……」
ちんまりとした口から、たどたどしい言葉がこぼれる。
あぁ、なんて幸せな時間。
私はここで、ただひたすらに光合成をして、美味しいお水を吸って、一生ダラダラと寝て過ごすんだ。
絶対に、何があっても働かない。
私の平穏なスローライフ(植物編)が、今、ここに幕を開けた――。
(ただ……この時の私はまだ知らなかった。私がただのメロンではなく、この世界の男たちを文字通り『狂わせる』、とんでもない魔性の植物だということに)
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