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第72話 牙の試験 ― 守るための一閃 ―

 試験科目選択まで、あと一週間。


 タケルたちは、中央都市の外れにある訓練エリアで自主練をしていた。朝の空気はまだ少し冷たく、風が草原を波のように揺らす。


「この一週間で、ルーの動きを仕上げよう!」

 タケルが拳を握る。


「焦りすぎないようにね」サクラが苦笑する。

「模擬戦型は観客も多い。ルーが緊張しないように慣らしておかないと」

「任せとけ! 俺とルーなら大丈夫だ!」


 タケルが振り返ると――。


「……あれ、ルー?」


 そこにいたはずの子フェンリルの姿がない。代わりに、草の向こうから小さな足音だけがトコトコと離れていく。


「おい、ルー!?」


 タケルは慌てて追いかけた。


「ちょっと! また自由行動してる!」サクラが呆れる。

「まぁ子犬だからな。すぐ戻るさ」アキラは笑う。


 けれど、タケルの姿はそのまま森の奥へと消えていった。


  ◇ ◇ ◇


 森の中は薄暗く、静寂が支配していた。木々の間からわずかに光が差し込み、葉の影が揺れている。


「……おかしいな。どこ行ったんだ、ルー」

 タケルは枝をかき分けながら進んでいく。


 そのとき――。


 バキッ、と木の根元が揺れた。低い唸り声が響く。


 タケルの目の前に現れたのは、体長二メートルほどのEランクミラモン《ハウンドスネア》。蛇のような首をくねらせ、鎖の尾を引きずりながら、ぬらりと地面を這うように近づいてくる。


「や、やば……!」


 タケルはモンマスを開こうとする。だが、画面に赤文字が走る。


《通信エラー:リンク外ミラモン検出》

《召喚不可:契約ミラモンの応答なし》


「ルーが離れすぎてる……!?」


 ハウンドスネアが唸り声を上げ、飛びかかってきた。タケルは転がりながら避け、咄嗟に木の枝を掴む。


「うおおおっ……!」


 枝を振り下ろす。だが、まるで効かない。肩をかすめる爪。頬に浅い傷が走る。息が荒くなり、視界が揺れる。


《警告:ライフ値低下》


「くそっ……まだ、だ……!」


  ◇ ◇ ◇


 遠くから声が聞こえた。

「おーい、タケルー! どこ行ったー!」アキラの声だ。

「タケルー! ごはんの時間よー!」サクラの声も重なる。


「いくらタケルが食いしん坊でも、出てこないだろう」

「そうよね……」


 アキラが森を見て顔をしかめる。

「サクラ、あれ見ろ……光ってる」

「え? まさか……!」


「やばいわ。タケル襲われてる!」


「アクセス! クロウルガー!」

 アキラのモンマスが光り、黒い影が地面から現れる。


「急げ! タケルを守れ!」


 クロウルガーが風を切って森の上を滑空する。だが距離が遠すぎる。


「くそっ、間に合わねぇ……!」アキラが歯噛みした。


  ◇ ◇ ◇


 ハウンドスネアが再びタケルに飛びかかる。鋭い牙が目前まで迫る。


「いやぁぁっ!」サクラが叫ぶ。


 タケルは目をつぶった。

「もう……ダメか……!」


 ――その瞬間、風が鳴った。


 金属を切り裂くような音とともに、閃光が走る。


 タケルのすぐ目の前で、ハウンドスネアが吹き飛ばされた。大地に叩きつけられ、動かない。


「……な、なんだ……?」


 目を開けると、そこには――。


 爪先に淡い蒼光を宿したルーが立っていた。小さな体を低く構え、喉の奥で低く唸っている。


「ルー……!」


 タケルの声に反応し、ルーが一歩前に出る。ハウンドスネアがよろめきながら立ち上がろうとした、その瞬間――。


 ルーの前足が、空を裂いた。光を帯びた爪が閃き、残光を残して振り抜かれる。


 ――蒼い軌跡。


 次の瞬間、ハウンドスネアの体が崩れ落ちた。

森を包む風が、ただ一度だけ静まり返る。


《敵ミラモン、戦闘不能》

《波長共鳴率:52%》


 ルーは静かに振り返り、尻尾をふる。


「……ルー……」


 タケルはその場にへたり込み、笑った。

「もうダメかと思った……勝手にどっか行かないでくれよ……」


「わふっ」

 ルーが嬉しそうに鳴いた。


  ◇ ◇ ◇


 少し遅れて、アキラとサクラが駆けつける。


「タケル! 大丈夫か!?」

「うん……なんとか」


 サクラが目を見開く。

「ルー……今の、一撃で倒したの?」

「さすがAランク……」アキラが唸る。


 ルーはタケルの足元に戻り、彼の手をぺろりと舐めた。その瞬間、タケルのモンマスが淡く光る。


《新スキルリンク:守護牙ガーディアン・ファング

効果:

――解析中――

※モンマスランク不足

※ 波長共鳴率が基準値に未達

※詳細情報は一定条件達成後に開示されます


「……ルー、お前……!」

 タケルの胸の奥で、熱いものが込み上げた。


  ◇ ◇ ◇


 夜。焚き火のそばで眠るルーの体が、かすかに月光を反射している。


 タケルは小さく呟いた。

「守る力……か。ありがとう、ルー」


 風が静かに流れ、木々が揺れる。その音はまるで――眠る牙の鼓動のようだった。


――牙は、まだ成長の途中。けれどその一閃は、確かに“守るための光”だった。


 タケルとルーの旅は、確実に“牙を研ぐ時間”へと変わっていく。


  ◇ ◇ ◇


 タケルの自宅では、連日とあるイベントが開催されていた。


 机の上には、分厚い参考書とミラリア試験用の端末が並んでいる。


「アキラの教え方、スパルタすぎる……」

「何回教えても覚えないほうが悪い」アキラが即答する。


「そうよ! そうよ!」サクラが胸を張る。

「私なんてもう完璧よ!」


「そこ! 間違えてる」

「うそ、今度はどこ!?」


「最初からやり直し!」

「ひぇぇぇぇーーー!」


 アキラは眼鏡の奥を光らせた。

「毎日、ミラリアから戻ったらびっちり詰め込む。覚悟しとけよ」


 タケルとサクラは、そろって固まった。


「ひぇー……」


 アキラ先生による地獄の勉強会は続くのであった。


こうして――(一応)準備万端? のまま、タケルたちは試験科目選択の日を迎えるのだった。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

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