第65話 走れないララ ― 成長の補正 ―
草原に、風の道がいくつも走っていた。
けれど、その真ん中を駆けるララの足取りは、いつもの切れ味を失っている。
「……ララ?」
「うん……変なの。風の流れが掴めないの」
青いリボンが揺れる。耳も、どこか沈んでいた。
「身体がすごく重いの。どんなに頑張っても、いつも通り動けない……」
「なんで、なんで、なんでなのよ」
ララは芝生を小さく蹴って、戸惑いを露わにする。
サクラとタケルが駆け寄った。
「疲れが溜まってるんじゃないの?」
「モンマスのステータスは……普通だな」アキラが画面を覗き込み、眉を寄せる。
数値異常はなし。けれど、目の前の“遅さ”は確かだ。
アキラはララとクロウルガーを交互に召喚し、タイムを測った。
「何度やっても、五秒から六秒はクロウルガーのほうが速い」
「五秒も?」サクラが息を呑む。
「わたしの身体、どうなっちゃったんだろう……」
「ミラモンのことは、あの博士に聞いてみない?」タケルが提案する。
「御影トオル博士?」
「そう。博士なら何か知ってるはずだ」
「頼む」アキラがうなずく。
「アクセス! 通話バッチ!」
タケルのモンマスがタブレット型に展開し、青い光が走る。ホログラム越しに、白衣の人影が現れた。
「おやおや、君たちから通信とは珍しい。何か面白い発見でもあったかい?」
寝ぐせ、紅茶、紙束。少し疲れた顔に、しかし好奇心の火ははっきり灯っている――御影トオル博士だ。
⸻
「博士、相談がある」
アキラがララを仲間にした経緯を手短に説明し、今の異変を語る。
「ふむ……ほうほう……なるほど、なるほど!」
急にテンションが跳ね上がり、タケルがビクッと肩を揺らした。
「結論から言おう。それは“所有補正”による同期現象だよ」
「同期現象?」
「うん。ノラ(野生)のミラモンは、自分のポテンシャルをそのまま――ほぼ百%発揮している。
でも、プレイヤーが所有すると――
主人のレベルに合わせて、“制限”がかかるんだ」
「弱体化ってこと……?」タケルが顔をしかめる。
「ははは、そう言うと聞こえが悪い。正しくは“成長の準備段階”だ。
主人と一緒に経験を積めば、その制限は順次解け、やがてノラの時以上の力を引き出せる」
「じゃあ、成長すればもっと速くなるのね?」サクラが身を乗り出す。
「その通り。“ミラモンは主人と共に成長する生き物”。
ちゃんと歩めば、能力はより純粋に、強く輝く」
博士の目に、研究者特有の熱が宿る。
「――ああ、やっぱり面白い! まだ旅を始めたばかりなのに、“補正型ミラモン”を引き当てるとはね。
ゲームでもあるだろう? 途中で強い仲間を拾うより、最初から育てたほうが最終的に伸びるって話」
「博士!」ララが一歩前へ。
「わたしは、もっと速くなれる?」
「ララちゃんだね。アキラ君は“適道ミラリンピック”を目指している。
その道を真に極めるなら――間違いなく、ノラの時より速くなるよ」
「……よかった」ララの耳がぴんと立つ。
「アキラ、どんどん厳しくいくわよ。あなたの成長にかかってる」
「上等だ。必ず速くしてやる」アキラが拳を握る。
「いいね、その勢い」博士はにやりと笑った。
「ララちゃんの走行データ、ステータスを後で送っておいて。適応値の推移を見たい。研究にも……君たちの活動にも役立つはずだ」
「博士、テンション上がってません?」
「研究の話になるとね、つい……ゴホン。ともあれ、心配はいらない。今は“成長の段階”の真っ最中だ」
⸻
通話が途切れると、草原に静けさが戻った。
ララが小さく笑い、空を見上げる。
「……安心した。焦らず、でも止まらず、だね」
「ああ」アキラが頷く。
「俺たちも一緒に強くなる。歩幅を合わせて、前へ行こう」
ララは数歩、助走をつける。
まだ本調子ではないが、その走りには確かな“前進”があった。
青いリボンが光を弾き、風を切る音がほんの少しだけ高くなった。
「風、戻ってきたね」サクラが目を細める。
「博士、面白いけど頼りになるな」タケルが笑う。
「――“共に成長”ってやつだ」アキラの声は、どこか嬉しそうだった。
草原を渡る風が、一筋の道を描く。
ララはその道を追い、もう一度、走り出した。
――それは、“共に成長する風”の始まりだった。
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