第47話 赤電のロラン襲撃事件
いつもは静かな広場が、ざわめきに包まれていた。
「……“赤電”のロランが、やられた!?」
村人たちの叫びが飛ぶ。
荷馬車は片輪が折れ、荷台から煙が上がっている。
焦げた匂いと、雷が走ったような黒い焦げ跡が地面に残っていた。
「また“黒影盗団”の仕業だ……!」
「奴ら、村の道まで狙うなんて……!」
「黒影盗団……中央都市でも問題になってたな」
村人が低くつぶやく。
人の波をかき分けて、タケルたちは現場へ駆けつけた。
「ロラン……!」
リオが叫ぶ。
倒れている男――ロランは全身包帯に包まれ、赤茶けた髪の間から焦げ跡がのぞく。
その腕には、かすかに雷の火花が弾けていた。
村の空気が一気に張り詰めた。
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夕暮れの診療小屋。
薬草の匂いが漂う中、ロランがうめきながら目を開けた。
「……ここは……?」
「ロラン! よかった、気づいたかい!」
バーヤが駆け寄り、皺だらけの手でその腕を支えた。
「盗賊に……やられたのか?」タケルが尋ねる。
「……ああ、物資はほとんど奪われた。馬も倒れた。足もすぐには歩けそうにない……ダメだな」
ロランは悔しげに拳を握りしめた。
「だが……薬だけは、何とか守ったんだ」
胸元から取り出された小瓶には、淡い光を放つ液体。
ロランが身を挺して守った薬瓶だ。
「本当に……よく守ってくれたねぇ」
バーヤの声が震える。
リオが顔を上げる。
「姉ちゃんに……早く届けてよ……!」
ロランが首を振る。
「すまねぇ、俺にはもう……中央都市までは運べねぇ。足がもう……」
リオが歯を食いしばる。
「どうするんだよ。ロランがいなきゃ、ログアウト不可地帯なんて突破できないよ」
バーヤが即座に言い切った。
「リオ。すぐにギルドに依頼するよ。代わりの冒険者を呼ぶ」
「こんな村に、すぐ来るわけないだろ!」
リオの声が震える。
「だったら……自分で行くしかない」
「馬鹿言うんじゃないよ!」
バーヤが声を荒げた。
「ベテランでも、強制ログアウトになることがある場所だ。
その反動で、現実の体や心に何が残るか分からない。
下手すりゃ、一生響く重症になるんだよ!」
一瞬、診療小屋に沈黙が落ちた。
薬瓶が、かすかに音を立てる。
その沈黙を破るように、タケルが一歩前に出た。
「……だったら」
短く息を吸い、
「俺たちに運ばせてくれないか。バーヤ」
「え?」
「グランディアに行く途中だし、方向は同じ。任せてくれ」
サクラも頷く。
「薬、絶対に届けるわ」
「責任は俺たちで取る」アキラが静かに続けた。
バーヤは小さく目を細め、包みを差し出した。
中には薬瓶と、丁寧に折られた手紙。
「この薬を、リオの姉ちゃんに届けておくれ。」
リオは拳を握り、深く頭を下げた。
「ありがとう、みんな……!」
「推薦申込書の提出まで、残り九日!」
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翌朝。霧がかかる村の出口。
バーヤとリオが見送りに立っていた。
「姉ちゃんのこと、頼む!」
「任せて」サクラが笑う。
「盗賊と……あと、ノラミラモンにも気をつけるんだよ」
バーヤが念を押す。
その横で、ひとりの村人がぽつりとつぶやいた。
「最近、“青い影”が山道で見かけられるんだ。速すぎて、誰も姿を見たことがねぇ……」
タケルが首を傾げた。
「青い影?」
「きっとまた、どこかのミラモンだろ」アキラが肩をすくめた。
だが――それが、ただの噂ではないことを、彼らはまだ知らなかった。
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夕暮れ。
霧が濃くなり、風の音が静かに響く山道。
木々の間を、ひらりと“青いリボン”が舞った。
「……今、何か光らなかった?」サクラが振り返る。
霧の向こうで何かが跳ねた音がした。木の枝がしなり──空気が一瞬止まる。
次の瞬間、霧の中から軽やかな声。
「人間、また来たのね」
姿を現したのは――青い耳飾りを揺らす《スプリントラビット》。
白銀の毛並みが夕陽を受け、幻想的に輝いている。
「お前……リオのカードを奪ったやつか!?」タケルが身構える。
「奪った? 違うわ。“勝負”よ。あの子、自信満々だったけど、結果はあたしの勝ち」
ララが軽く笑う。敵意はない。ただ、勝負の炎だけがその瞳に宿っていた。
「ねえ、人間。あの子より速いの?」
挑発めいた声に、アキラの目が鋭く光る。
「……試してみるか?」
サクラが呆れたようにため息をついた。
「またスピード勝負……?」
「ここを通りたければ、あたしを越えてみなさい!」
ララが指を鳴らす。
アキラが静かに返した。
「……でも、勝負する理由がない。」
「そんな〜挑発に乗らない人間がいるなんて、盲点だったわ」
少し間を置いて、ララがいたずらっぽく笑う。
「中央都市に向かってるんでしょ? 勝ったら、安全な近道を教えてあげる」
「……負けたら?」
「あなたの食料、全部もらうわ」
タケルが叫ぶ。
「食料って! お前、どんだけ食い意地張ってんだ!」
「腹が減っては走れないのよ!」ララが笑う。
アキラが剣を構え直した。
「いいだろう。勝ったら――その中央都市までの安全な道、教えてもらう」
「ふふっ、そうこなくっちゃ」
アキラが一歩前に出る。
風がその周囲をうねるように流れる。
「ミラリンピックを目指すなら、この勝負は避けられない」
「面白い……受けて立つ」
「ちょっと、無茶はしないでよ!」サクラが叫ぶ。
「アキラ、ララの相手はお前だ。アキラのクロウウルガ―なら、きっと届く」タケルが言う。
「ふふ、いい目してる。じゃあ……全速で行くわよ!」
風が鳴り、雷のような光が走る。
風と雷が交わる瞬間――アキラとララがぶつかり合った。
──つづく。




