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第20話 魔羊


 魔族たちの町に出かけるために馬車に揺られていた。


 “聖女オフィーリア”が来て服を汚されたからと、クラウス様に新しい服を新調するように言われた。


 すぐに洗われたから臭いがついているわけではないのだけれど、“聖女”を追い返した褒美ということで決着したのだ。


 城に仕立て屋を呼ぶことも言われたけど、町が見たかったから、直接出向く言い訳にして出てきた。


 マリーとふたりで行くつもりだったけれども、アランが「自分も少しそちらに用事があるので、ついでに案内します」とついてきた。


 ——荷物持ちをしたいだなんて、奇特なことですわ。



 長く続く石畳の上を、八脚馬スレイプニルの馬車が軽快に進んで行く。


 途中には牧場で魔羊エアリーズが草を食んで、のどかさが一層濃くなっている。


「魔羊は非常に役に立ちます。一つの村が二つ以上群れを持つほど、魔族にとって重要な家畜であり財産です。

 肉やミルクだけでなく、羊毛は魔力を通して紡げば魔糸となり、織り込めば魔布となり魔術具になります。

 皮は皮製品になり、脂は軟膏に、角だって魔石には劣っても魔術具になり、加工もしやすいのです」


 普通の羊の角は二本だけれど、魔羊は四本大きな角がある。

 それが魔石と同様に使えるなら、本土なら一財産築ける。


 魔術師の間だけだけれどね。


「便利な生き物ですわね」


「捨てる所のないのが利点ですが、意外と狂暴でして。

 集団を好むわりに、群れの中で弱い個体を殺してしまう個体も現れ、管理が必要です。

 そういう時には、別の群れに移動して関係性を新しくするので、一ヵ所では飼わず、羊飼いは群れが合流しないエリアに放牧地を分け、そういった個体の交換を行っています」


 そんな雑学を垂れて時間を潰すアランは、意外と魔羊が好きなのだろうか——。

 そういえば赤い本にも、魔羊について書かれていた。



 馬車が曲がったので窓の外を見ると、石に供え物をして祈っている老女がいた。


 分かれ道に置かれた石はさほど大きくないが、祀られているのが分かる。

 ——道祖神の様なものかしら?


「マリー、あれは土着の信仰かしら?」

「はい、アリカ様。渡り神様を祀る石です」

「渡り神……人間の間でも魔術師の間でも知らないですわ」


「大昔にこの島にも来たと言われる神様で——その名の通り、各地を渡り歩いて、知識を授けて下さると言われています。

 ——ただ、強欲な者には混乱をもたらすとされています。

 なので渡り神様の石は分かれ道などに置かれて、進む道の無事を祈るのです」


 人間の文化でも、辺境の村では旅人を祀る、まれびと信仰があるのは聞きますわね。

 意外と似たようなと言うか、考える事は同じなのかも知れない。


「マリーは信じているの?」

「多少は。少なくとも、島に来た何者かが祀られているのだと思っております。信心深い方もいますが、若い世代は信じていない方も多いです」


「なるほど。アランはどうなの?」

「全く興味ありませんね」


 先程滑らかに話していたのとは打って変わって、欠伸をしたアランは、つまらなそうに馬車に揺られるがままにしている。

 まあ、合理主義なアランなら、神や信仰に興味が薄くても納得はしてしまう。


 それに複雑そうな顔をしているマリーの様子を見たら、魔族の前で口出ししないのが荒波を立てない術のようだ。


 人間でもそうだけれど、魔族の間でも、信仰心は色々なのですわね。




 馬車をつけて店に入ると、店員の魔族が笑顔で迎えた。


 ここは町で一番の高価な衣服を扱っている仕立て屋だ。

 マリーのメイド服もここで仕立てられたみたいだから、腕はいいと保証されている。


 店内の奥に通されると、店員がアランに大きな箱を運んできた。


「ご覧になります?」


 アランが機嫌良さそうに、わたくしに見せびらかしたいように訊ねてきた。

 勿論と頷いて、開いた箱の中をのぞくと、黒い毛皮のマントが入っていた。


「美しい毛皮のマントね」

「ヘルハウンドの毛皮です」


 ヘルハウンドは山奥にすむ魔物だ。

 犬とは言われているけど、実際には普通の狼より大きく狂暴だが、忠誠心が強く群れのボスには従う習性がある。

 子供の頃から馴らせば、心強い番犬になる個体もいるらしいが、手懐けるのも難しいと聞く。


「群れから外れて魔羊を襲うようになってしまったので駆除したのですが、その毛皮をマントに仕立ててもらったのです。クラウス様にお似合いになると思います」


 向こうにも事情はあるのだろうけど、魔羊を狩られるのは困る。

 駆除対象になったのなら、有効に使う方がいい。


「クラウス様なら着こなされるでしょう」


「アリカ様、こちらが見本になります」


 仕立て屋たちが持ってきた分厚い本がどさりと置かれた。

 本の中には様々な服の絵と、生地見本がまとめられていた。


 採寸と試着をして、オーダーメイドだからどんな服がいいかをマリーと話しながら、紙に書き出していく。


「——男性のようにショートパンツを履いてみたい」


 少し勇気が要ったが、言ってみると憑き物が落ちたように楽になった。

 人間社会からしたら、眉をひそめられる願望なのだ。


「似合われると思います」

「——この島でも女性はスカートが多いのではなくて? 抵抗はないの?」


「私は孤児でしたので、お下がりを着るのに男女の区別はありませんでした。

 なので抵抗が薄いと言われれば、そうなのだと思います。

 それにアリカ様は脚をよく組まれるので、ズボンの方が楽なのではないかと」


 マリーはわたくしのことをよく見ているわね。

 案外、令嬢らしさを気にしているのは、わたくしの方かもしれない。


 魔族は人間の変わった文化くらいにしか見ないのかもしれない。


 仕立て屋が紙に素早く絵を描き、ジャケットと合わせた案を何枚も見せてくれた。

 色々な提案を聞いて、何枚かのデザインと生地を選んで注文して店を出た。


 時間はかかったが、有意義な時間だった。

 出来たら城に届けてくれるとのことだから、あとは待つだけだ。


 待ちくたびれて座っていたアランを連れて、今度は町探索をすることにした。


 さっきのマントはどこにあるのか訊いたら、アランの亜空間にしまってあるらしい。

 彼の魔術は空間移動できるだけではなく、どんなに買っても手荷物にならないなんて、本当に便利ね。



 まずは大通りを歩く。

 そこでは市場が立ち、魔族たちが賑わっていた。


 ひと混みに押されれば簡単によろめく軽いマリーと手を繋いで進む。


 市が出ている広場を回り、蝋で固めた魔羊のチーズや魔石細工の装飾品を見たり、テラス席で食事を取ったりした。


 見慣れない魔族の食べ物や、色鮮やかな魔布の絨毯、木と一緒に加工した装飾品。

 一日では足りないのではないかと思うほど、知らない物が多い。


 ——とても楽しい。




 ——その後、クラウス様が着手した治水工事の跡を観に行った。


 どこがどうすごいのか、元の様子すら想像できないわたくしには難しいが、人工的に造られた部分の大掛かりさを観てまわっていた。


 そのわたくしたちを遠巻きに見ている魔族たちが、次第に集まってくるのを感じた。

 多くは不思議そうだが、不愉快な視線が交ざって、ざわざわと嫌な声が聞こえてくる。


「なんで人間がわざわざここに来る?」

「さあな。人間には人間の国があるんだから、そっちで何とかしてくれたらいいのに」


「最近来た船には人間が乗って騒いでたって話だっただろ? ほら、クラウス様の所で働いてるオースティン。“聖女”とかいう人間に剣を向けられたって」


 口々に語られる言葉。


 オースティンのことを思うと、姉オフィーリアの行いが腹立たしくなる。

 そのうえ周囲から向けられる悪意ある視線は、皮膚をじりじりと焼くみたいだ。


 “聖女”が残していった不安と恐怖は、簡単には逃れられないと改めて思い知らされる。

 

「元々オレらは人間が入ってくるのは反対だった」


「クラウス様は助けて下さったし、暮らしも良くしてくれて死ぬ奴が減ったから感謝してるが、これ以上人間を入れていざこざに巻き込まれたくねぇ。この土地も侵略されたくねぇ」


「あの人間が来てから揉め事が起きたんだから、“アレ”に問題があるんだろ? そんなのに関わりたくねぇ」

「人間は人間の国に帰ればええ」


 次第に白熱して、極端になっていく言葉。

 分かってはいた。

 わたくしは人間で、彼らは魔族。


 ずっと魔族だけで生きてきて、突然人間が騒ぎを起こしているのは、注目が集まる分よく見える。


 わたくしと仕事をしていた魔族たちは、アランが人間に好意的な者を集めたと言っていたのだから、現実はこんなものなのだ。


 けれど、護りたいと思っている相手から「帰れ」と言われるのは、思っていたよりも胸に刺さる。

 ——やはりキツイ。


 ギルデンでは魔女だから。

 ここでは人間だから、居場所がない。

 どこにも身を置けない感覚——そんな気分だ。


「アリカ様は先日の人間たちとは違います! それに彼らを追い返したのはアリカ様です!」


 マリーが、わたくしの前に出て、その小さな体で庇うように手を広げた。

 彼女は、わたくしの傷にとても敏感だ。


 今まで争うことなんて無かっただろうに、怖いだろうに、それでも震えながら前に立ち、かなり怒っている。


「でもソイツ等が来る原因はそこのアンタだろ?」


「向こうが身勝手な理屈を押し付けてきたんです!」


「連れ戻したいなら、それなりの理由があるヤツなのかもしれん」


 種族が違っても、その手の理屈を好む者はいるらしい。

 やられる側に問題があるかのように話をすり替えて、なぜかやる側の肩を持っているやつ。


「アラン様も何か言って下さい!」


 マリーがアランに向かって叫ぶ。

 だがアランは薄情に、柵に腰かけてその様子を眺めているだけだった。


「俺が口を挟めば黙るでしょうね。

 ですが、それでは“俺に護られているから手が出せない人間”になるだけじゃないですか。

 それがお望みなら別ですが——違うのなら、俺に頼ってたら意味がないでしょう。

 魔族の癖は教えてるんですから、自分で何とかしてください」


 そう言って肩をすくめると、そっぽを向いた。


 腹は立つ。

 けれども、わたくしが欲しいのはアランの庇護下にいたいわけではない。


 この島で魔族たちの中で生きる権利を認めさせることなのだから、その通りだ。


 ——それに何より、アランに借りを作りたくない。


 魔族は強い者に従う。

 岩を爆破して道を造った程度では、一度役に立っただけ。

 認めるに足る強者の物語としては薄い。


 それに言いがかりをつけている魔族たちは声が大きいから多く見えるだけ。

 味方につけるべきは、事情が呑み込めず様子を見ている大多数だ。


 結局、この大多数に認められなければ、この先どうにもならない。


 だからと言って、このうるさいのを叩きのめすのも違うか——。

 平和的にスポーツか、魔術試合か——。


 ——何にするかと思案していると、鐘楼がカンカンと大きな音を立てて、島中に響き渡った。




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