2.第二の自分
「ようこそ『the ORIGIN』へ。私は案内人のマナと申します。早速ですが、キャラクターメイキングをお願いいたします。」
タイトルロゴに見惚れていると、背後から鈴の鳴るような澄んだ声が響いた。
慌てて振り返ると、そこには長い銀髪をなびかせ、落ち着いた緑色のドレスを身にまとった絶世の美女が佇んでいた。
「も、もしや……。女神様ですか!?」
「ふふ、いいえ違います。私はちょっぴり長生きな、ただの人間ですよ。」
長生きな人間?エルフ的な種族だろうか。まあ、案内役のNPCだし設定は色々あるんだろう。それにしても、めちゃくちゃ美人だな……。
「こ、これは失礼しました。こういう案内の場には、てっきり女神様がいるのが王道かと……。えっと、マナさん。キャラクターメイキングはどう進めればいいですか?」
「マナと呼び捨てで構いませんよ。では【キャラメイク】と唱えてみてください。設定用の専用画面が表示されます。それとキャラメイクはこの場限りの専用魔法ですので、ゲーム開始後は使えなくなります。慎重に行ってください。」
なるほど、音声入力式のコマンドか。
「それと、いくつか事前に注意事項があります。まず、一度決定した設定は一部の例外を除いて変更できませんのでご注意ください。そして、ゲーム開始時にプレイヤーの皆様には『ランダム特性』が一つ付与されます。」
出た、初期ガチャ要素!
これはリセマラができるタイプだろうか…。
「この剣と魔法の世界『the ORIGIN』には、様々な職業や種族が存在します。まずはご自身の職業と、初期種族を選択していただきますね。ちなみに、リセットマラソンは不可能ですので最初の特性を上手く活用してください。外れの特性はありませんので、外れに見える特性もよく見たり、磨けば可能性が生まれます。あ、それから皆様が気にされている『召喚モンスターの抽選』ですが、こちらはここでは行えません。」
「え、そうなんですか?」
「はい。ゲーム開始後、最初の村から移動した先にある街へ向かっていただき、その街の教会に『召喚の場』がございます。詳しい仕様やご質問は、そちらの担当者にお尋ねくださいね。」
くぅ~!今のマナさんの笑顔は反則すぎる。あやうくゲームを始める前に骨抜きにされるところだった。と、まぁ気を取り直して、まずは職業と種族の選択だ。
βテストで実装されていた職業は戦士、魔法使い、治癒士、狩人、武闘家、鍛冶師の6つだった。だが、製品版では大幅に数が追加されているという情報がある。一体どんな職業が選べるのか、楽しみで胸が躍る。
一方の種族は、β時は『人間』しか選べなかった。他の種族に関しては、ファンタジー小説やアニメの知識で補うしかない。
さらに厄介なのが、さきほど説明のあった【ランダム特性】だ。
運営からすればゲーム性を高めるお遊び要素かもしれないが、プレイヤーにとっては人生の分岐点に近い。普通のゲームなら良い特性が出るまでリセマラを繰り返すところだが、この『the ORIGIN』はキャラクターの削除や作り直しが不可能という鬼仕様。
引き当てた特性がハズレか当たりかで、今後のゲーム攻略の難易度が激変する(どうか、良い特性が手に入りますように……!)。
「なるほど。うーん、どれも良さそうで迷っちゃいますね。ひとまず……【キャラメイク】!」
呪文を唱えた瞬間、僕の目の前に半透明のシステムウィンドウが浮き上がった。
「おお、これがキャラメイク画面か。……って、初期状態はまんまリアルの僕じゃん。」
鏡のように自分を映し出す画面を見ながら、僕は顎に手を当てた。
「まずは種族だな……。うーん、悩む。これから進みたいロールプレイの方向性を考えると、相性がいいのは【森妖人】か、それとも【岩小人】か……?」
あれこれとステータス画面を切り替えながら長考する。
「よし。ベースが決まったら、身バレ防止のために外見を少し変更して……あとは髪型と髪色だな。昔から緑色が好きだし、ここは爽やかな緑髪にしてみようかな。」
――【岩小人】
代表的な種族の一種で、優れた製作スキルを持つ。
小柄な肉体だが、至高の生産技術と高い誇りを胸に秘めている。
ある程度の戦闘力に加え、高い酒耐性と、旺盛な遊び心を有する。
●種族特性
《職人の心》:製作・生産に関する熟練度の上昇率に小補正(※上昇率はランダム)。
《土の友》:地属性の技能や魔法に小補正。地の精霊との親和性が高い。
僕がこのゲームで目指しているロールプレイは、ズバリ「伝説の錬金術師」だ。
公式発表によると、このゲームの舞台となる世界には5もの広大な大陸が存在する。しかし、人種の生存圏は驚くほど狭い。
未到達の大陸が3つもあり、人種が生存圏を勝ち取ったのはわずか二大陸。ちなみに未到達の大陸は今後のアップデートで追加・解禁される予定らしい。
一つ一つの大陸はとてつもなく広く、すでに人類が繁栄している二つの大陸でさえ、未到達地域や未発見地域がゴロゴロ存在するほどだ。
さらにこの世界、政治状況が最悪だった。
小国同士は手を取り合って魔物の脅威を排除しているものの、大陸で覇権を握る『七大国』は非常に仲が悪い。常にどこかで戦争を繰り広げており、巻き込まれる小国は大国から離れるか、さもなくば飲み込まれて滅ぶのが日常茶飯事という世紀末っぷりだ。
ただ、ゲーム開始にあたって救済措置のような設定がある。
神々から「訪問者」の来訪が告げられたため、ゲーム開始からの一年間は、神の力によって大国間の戦争が禁止されているのだ。
その訪問者こそが、僕たちプレイヤーである。
プレイヤーには、この一年間の停戦期間中に、大国同士の仲を深める『特別なクエスト』に挑む権利が与えられる。もちろん、あえてどこかの国に肩入れして、一年後に大国と共に戦争へ身を投じることだって可能だ。
そんな背景に思いを馳せていると、マナさんが微笑みながら意外な言葉を口にした。
「それと、貴方はβテストに参加されていましたので、限定の特典がございますよ。」
「えっ、あ、はい! 確かに参加しました!」
「ふふ、βテストにご協力いただいた皆様への恩返しとして【亜種族化】か【ステータス超化】のどちらか好きな方を選んでいただけるようになっています。あ、もちろん通常プレイでも、特殊なクエストをクリアすれば序盤から獲得できますのでご安心くださいね。」
特典だって!? なんだその神仕様!
どちらもめちゃくちゃ魅力的だけど……生産職(錬金術師)を目指す僕としては、ここは一択だ!
「では、【亜種族化】でお願いします!」
「【亜種族化】ですね、かしこまりました。ちなみに“亜種族”とは、第一種族の一つ上にあたる『第二種族』――つまり、進化した種族のことです。いわゆる“亜人”とは定義が異なりますので、ご注意くださいね。」
「進化!?ってことは、最初から他のプレイヤーよりも強いってことですか!?ていうか、第一、第二って来たら、第三とかその先もあるんですか?」
思わず身を乗り出す。
「初めのステータス自体は同じですが、若干の見た目の違いや、特性の追加といった強化が施されています。ですので、広い意味では『強い』と言えますね。ただ、慢心すれば最初の村のスライムにだってあっさり倒されてしまいますのでご注意を。ふふ、種族のその先の進化については、まだ秘密にさせてくださいね。」
マナさんは悪戯っぽくウインクした。
「今の情報は、最初の街を探索すれば容易に手に入るものばかりです。ぜひご自身で旅をして、限界点を模索してみてください。それでは、ベースがドワーフとのことですので、今回選択できる亜種族はこちらになります。」
――【亜種岩小人】
岩小人族が限界を超えて進化した第二種族。
本来の進化先とは異なる系統へ至ったことで、他種族の特徴を受けやすくなっている。
ドワーフとしては規格外の『大柄な肉体』を獲得したことで、より優れた生産技術と、さらなる誇りを手にした。
大いなる可能性を秘めた、特異な進化である。
●種族特性
《異系統》:周囲の生物の種族的な特徴(ステータス補正など)を受けやすい。
《地の霊》:地属性の技能や魔法に中補正。地の精霊と親睦を深めやすくなる。
《職人の腕》:製作・生産に関する熟練度の上昇率に小補正(※上昇率はランダム)。
「おおっ! いわゆる上位種ってやつか!なるほど……あ、あの、これって第一種族の特性は消えちゃうんですか?」
「いいえ、進化してもすでに獲得している特性が消えることはありません。今回は【亜種族特典】として第一種族をスキップしてスタートすることになりますが、本来のドワーフが持つ特性もすべて最初から付与されますので、どうぞご安心くださいね。」
マジか。種族特性が消えないってことは、【亜種族化】を選んだ奴はいきなり二つの種族分の補正を得られるってことじゃん。……これ、めちゃくちゃ強くね?まあ、βテスターは僕を含めてたったの50人だ。テスト期間中は一つの村と洞窟を行き来するだけだったから、要するにこの『強くてニューゲーム』状態から始められるのは世界で50人だけ。
掲示板とかで他のプレイヤーから嫉妬で叩かれないか少し心配だけど……まあ、隠し通すこともできるだろう。ただ、ゲーマーって生き物は強くなるとどうしても見せびらかしたくなる人種だからなぁ。
幸い、僕の目的は大勢でワイワイやることじゃない。さっさと最初の村を離れて、ソロプレイでゆっくり錬金術を楽しめればそれでいいんだ。
よし、さくさく作成を終わらせよう。
「よし! マナさん、これでお願いします!」
「かしこまりました。キャラクターメイク完了、こちらで登録させていただきますね。」
視界の端に、確定したマイステータスが表示された。
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■名前:シュラフォメ・ハ・ムシェ
■職業:見習い錬金術師 Lv.1 / - Lv.-
■種族:岩小人 Lv.- / 亜種岩小人 Lv.1
■特性:《職人の心》Lv.2 / 《職人の腕》Lv.1
《土の友》Lv.1 / 《地の霊》Lv.1
《異系統》Lv.1 / 《亜種族化》Lv.1
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確認用のグラフィックに映る自分の顔を見る。
決してイケメンというわけではないけれど、昔からなぜか周囲に「可愛い」とチヤホヤされてきた、いわゆる童顔ってやつだ。
……自分の姿なのに、あまり直視したくない。僕は、現実の自分が嫌いだ。
過去のトラウマとは恐ろしいもので、今でも鏡を見るたびに嫌な記憶が頭をよぎる。
だからこそ、僕はこういうVRゲームが好きなんだ。
現実の自分を捨てて、もう一人の自分として、全く別の人生を歩める最高の機会だから。
ちなみに、この長いプレイヤー名の由来は、僕が昔から『ゴーレム』が好きだからだった。
無機物ゆえに感情を持たず、ただ命令を待つだけの人形。どこか指示待ち人間である自分に似ていて親近感が湧いたのもあるけれど、何よりあの無骨なカッコよさと、作品によっては愛らしく描かれるギャップを調べていくうちに、すっかり魅了されてしまったのだ。
そんなゴーレムの伝承を調べていた時、その身体には『シェム・ハ=メフォラシュ』という文字が刻まれているという説を目にした。その意味は「明示的な名前」、あるいは「特別な名前」。
神の別名である【聖四文字】とされるこの言葉を、僕はあえて逆から呼んで並び替えた。『シュラフォメ・ハ・ムシェ』――。
逆転させたことで、本来の意味も反転する。「暗示的な名前」、あるいは「ありふれた、一般的な名前」。
特別な存在なんかじゃなくていい。ただの普通の人間に混ざって、穏やかな生活を過ごしたかった。それは過去の僕の叶わなかった夢だ。
もちろん今の僕には、別の目的……『伝説の錬金術師』という夢があるけれど。その夢がこの世界で叶うのかは分からないけれど、目標を高く設定するのは悪いことじゃない。
「キャラクターメイクの最終確認は……こちらでよろしいですか?」
「はい!完璧です!」
僕が力強く頷くと、マナさんは優しく微笑み、祈るように両手を胸の前で組んだ。
「それでは、キャラクターの作成を行います。どうかお気をつけて……シュラ様の旅路に、良き出会いがあることを心から願っておりますね。」
「ありがとうございます。行ってきます!マナさんもお元気で!」
よし。案内人のマナさんとの涙の別れを終え、ついに新しい世界への扉が開く。
どんな冒険が待っているのか、どんな出会いがあるのかは分からない。けれど、期待で胸が張り裂けそうだ。
足元からじわじわと眩い光の粒子が立ち上り、僕の身体を包み込んでいく。
ゆっくりと視界が白い光に塗りつぶされていく中で、僕は確かに新しい一歩を踏み出した。
さあ、僕のもう一つの物語が始まるんだ!




