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1.旅の始まり

「どうもー、お届け物でーす。」

 インターホンが鳴り響いてから、ほんの数秒。

 扉の奥から、ドタバタと慌ただしい足音が近づいてくる。


「やったぁ!ついに届いたぞぉ!!」


 勢いよく扉が開くなり、全身で喜びを爆発させる。そんな僕を前に、宅配のお姉さんは若干引き気味ながらも、伝票と荷物を差し出してきた。


「では、こちらでお間違いなければ。……失礼します。」

「ありがとうございます!!」


 何度もペコペコと頭を下げる僕を見届けると、お姉さんは苦笑い混じりのプロの笑顔を残して去っていった。


「くぅ~!待ってたよぉ~。これで…ついに準備は整った!」


 段ボールを丁寧に開封し、待望の中身を取り出す。

 ベッドの上に転がっているヘルメット型のVRデバイスへ、届いたばかりのディスクをセットした。

 そのまま吸い込まれるように布団へと寝転がり、本体の電源を入れる。

 意識が切り替わり、現実の僕の身体はピクリとも動かなくなったはずだ。けれど、その顔にはだらしのない笑みが浮かんでいるに違いない。


『……起動中。……システムチェック。……脳波、正常。』


 システム音声が淡々とエラーの有無を確認していく。

 新作ゲームを起動するたびに挟まるこの待ちの時間を「もったいない」と感じる人もいるかもしれない。けれど、興奮で爆発しそうな自分を落ち着かせるには、僕にとってちょうどいいインターバルだった。

 ワクワクしながら、視界の隅で次々と切り替わる文字と音声を見つめる。

 ま、βテストの段階では多少の不具合もあったけれど、製品版の今回はきっちり改善されているはずだ。


――しばらく待つと、画面が暗転し、待望のオープニングムービーが流れ始めた。

 舞台は、見渡す限りの広大な平原。剣と盾を構えた白銀の騎士が、襲いかかるウルフの群れへと勇敢に立ち向かっていく。その後方では、杖を掲げた老魔法使いが、唸りを上げる火球を放っていた。


「おぉ~!騎士に魔法使い!冒険者のパーティとはファンタジーの定番!!」 


 画面の前で、思わず声が漏れた。

 騎士はスキルを発動し、鋭い斬撃を飛ばして魔物を斬り伏せる。そのまま空中へ跳び上がると、雷撃を纏った痛烈な一撃を叩きつけ、周囲のウルフを一掃した。

 残った群れには魔法使いが鋭い風の刃を浴びせ、またたく間に殲滅していく。

 息の合った連携で脅威を退けた二人が、互いへ歩み寄ろうとした、その時――。唐突に場面が切り替わった。

 今度は薄暗い洞窟の中だ。罠を探知する女性の斥候(シーフ)と、彼女を守るように周囲を警戒する三人の仲間たちが映し出される。

 カチリ、と何かが作動する音がした。女性の斥候がハッと顔を上げ、洞窟の奥を指差す。それを合図に、仲間たちが一斉に武器を構えた。闇の奥から現れたのは、不気味な緑色の肌をした小鬼(ゴブリン)の群れ。彼らは甲高い声を上げながら、容赦なく冒険者たちへと突撃してくる。

 どぉん!と重い音を立てて、盾持ちの男戦士が先頭の突撃をがっちりと受け止めた。

 そのまま盾を強く突き出して小鬼どもを押し返し、体勢を崩したところへ、大剣を鋭く振りかぶる。 その後ろでは、青く輝く水晶の杖を掲げた女性の神官が、静かに呪文を唱えていた。

 戦士の身体が黄色と白の眩いエフェクトに包まれる。

 強化魔法(バフ)を受けた戦士は、背後の神官に不敵な笑みを向けると、再び正面の群れを睨みつけた。そこへ、小鬼の頭上から大量の矢が降り注ぐ。神官が振り返ると、斥候のと男性の狩人が弓をキリキリと引き絞り、次々と矢を放っていた。二人にも素早く強化魔法を掛けた神官は、そのまま群れの中心へ向けて、目も眩むような光球を放つ。


「ギギャァ!?」


 突如として視界を奪われ、腕で光を遮ろうともがく小鬼たち。その隙を見逃さず、戦士の大剣が凄まじい勢いで唸りを上げ、群れを薙ぎ払っていった。

 だが、さすがは製品版のムービーだ。一筋縄ではいかない。

 戦士が敵を倒しながら一歩後退した瞬間、後ろに控えていた神官が大慌てで何かを叫んだ。


「なにっ!?」


 と、戦士が驚愕の表情で振り返る。カメラがそちらを映し出すと――なんと、いつの間にか背後からも小鬼の群れが迫っていた。斥候と狩人が必死に短剣を振るい、襲い狂う小鬼たちをなんとか斬り伏せている状態だ。

 慌てて加勢しようとする戦士だが、前方からも無限に小鬼が湧き出しており、助けに行くことができない。悔しげに歯を食いしばる戦士。

 斥候と狩人もじりじりと後ずさり、じわじわと増えていく緑の津波に、その表情が恐怖へと染まっていく。その絶望を切り裂くように、再び眩い光球が辺りを照らし出した。小鬼の動きが一瞬だけ怯む。


「こっちへ!」


 神官がすぐさま仲間を呼び寄せると、まばゆい光の障壁を展開した。小鬼の爪や武器を弾き返し、一時的な安全地帯を作り出す。

 息を乱した戦士が水色の液体が入った小瓶をグイッと飲み干し、斥候と狩人は武器の手入れを急ぐ。障壁を囲む無数の魔物を警戒しながら、次の一手をどうするか――四人の視線がバシッと重なった、その瞬間。彼らの背後の空間に、怪しく輝く巨大な【魔法陣】が浮かび上がった。

 洞窟の続きが気になって身を乗り出した瞬間、カメラは再び平原の騎士と魔法使いへと戻る。


「うわ、めちゃくちゃ良いところで切り替わるじゃん!」


 ウルフを討伐し終えた二人が、互いの健闘を称えて拳を合わせようとした

 その時、彼らの頭上を巨大な『影』が不気味に通り過ぎた。

 ハッと空を見上げた二人がすぐさま防衛態勢を取ると上空から火球の雨が容赦なく降り注ぐ。騎士が咄嗟に盾を掲げて魔法使いを庇う。

 火球が収まったことで騎士が爆煙を切り裂き、上空を確認し目撃したのは――圧倒的な威容を誇る、巨大なドラゴンだった。

 生存を確認したドラゴンは絶え間なく猛烈な火球を吐き出す。騎士は盾を構えて必死の防戦を強いられ、その背後で老魔法使いは額に汗を浮かべながら、大魔法の呪文を唱え続ける。

 ようやく火球が収まり、騎士が周囲をうかがうために盾から頭を出した、その瞬間だった。


 ゴォォォォンッ!!


 上空から超高速で急降下してきたドラゴンの体当たりが、騎士の身体へ直撃した。

 木の葉のように激しく吹き飛ぶ騎士。老魔法使いもその衝撃の余波で、地面へと無惨に倒れ込んでしまう。


「登場した魔物はウルフに小鬼とドラゴンだ!こちらもド定番!!だが……“the ORIGIN”の本当の醍醐味は……ここからだよな!」


 勇敢な戦いから一転して、絶体絶命のピンチへ。

 ここからの逆転劇のパターンは何通りか予想できるけれど、僕の確信はブレない。まだ『アレ』が出ていないからだ。

 画面の中では、倒れ伏した魔法使いが、最後の力を振り絞るように騎士へ向けて緑色の魔法の光を飛ばしていた。

 傷が癒えた騎士が、剣を杖代わりにしながらフラフラと立ち上がる。

 ――直後、その『騎士の背後』に、眩い魔法陣が浮かび上がった。

 それだけじゃない。魔法使いの背後にも、全く同じ魔法陣が出現する。

 光り輝く陣の中心から、新たな影が浮き上がってきた。騎士の後ろから現れたのは、身の丈ほどもある槍を持ち、背中に純白の翼を生やした美しい少年【天使】。

 そして魔法使いの後ろには、自身の身体ほどもある巨大な盾を携えた、筋骨隆々の虎の【獣人】が控えていた。

 脅威が増えたことで再びドラゴンは猛烈な火球を放ち始める。騎士は盾で受け止め、天使は白い翼を羽ばたかせて大空へと回避する。魔法使いは獣人が構えた大盾の裏へと滑り込み、難なく炎を防ぎきると、すぐさま獣人へと指示を飛ばした。


「グオオォォォッ!」


 ドラゴンへと猛然と駆け出す獣人。大盾を激しく振り回し、その巨体に似合わない俊敏な動きで敵の注意を引きつける。

 その隙を見逃さず、天使が上空からドラゴンの頭部へ槍を叩きつける。頭を攻撃されたことで落下するドラゴン。そこへ駆け出す騎士と獣人、追撃する天使の三人がかりで猛烈なラッシュを仕掛ける。

 鬱陶しそうに身を翻し、空へと逃れようと翼を広げ、羽ばたくドラゴン。だが、上空にはすでに『彼』が待機していた。

 急降下した天使が、手にした槍を容赦なく突き立てる。バリリッ、とドラゴンの翼の皮膜が激しく突き破られた。


「ギャァァァッ!?」


 飛行能力を奪われ、無様に地上へと墜落していくドラゴン。

 そこへ、魔法使いの詠唱が完了する。杖の先から放たれた極大の雷撃が直撃し、ドラゴンは激しい土煙を上げながら地面へと激突する。


 するとカメラは再び、洞窟の冒険者たちへと切り替わる。

 彼らの背後に現れた『召喚者』たちもまた、小鬼の群れを圧倒していた。

 ぶよぶよとした流体の腕を振り回し、小鬼を文字通り押し留める人型の水塊【スライム】。

 天井にぴったりと張り付き、口からドロリとした紫色の毒糸を吐き散らす【巨大蜘蛛】。

 ふわふわと浮遊する魔導書の上で小さなステッキを振り、怪我をした冒険者を癒していく愛らしい【小妖精(ピクシー)】。

 そして、カタカタと骨の音を鳴らしながら、冒険者と完璧なコンビネーションで剣を振るう【スケルトン】。

 人と、本来なら敵であるはずの魔物が、背中を預け合って共に戦うその姿に――僕は猛烈に感動していた。

 大抵のゲームにおいて、人間と魔物は敵対関係だ。

 けれどこのゲーム――“the ORIGIN”では、世界を共に旅する仲間モンスター【絆の相棒(バディ・モンスター)】として、彼らを育成し、絆を結び使役するシステムが取り入れられている。

 まあ……実はこのシステム、一部のコアなプレイヤーからは「世界観が壊れる」とか何とか、不満の声も上がっているらしいのだけれど。

 そんなメタい事情は後で説明されるだろう。今はただ、この胸のワクワク感に全力で浸っていたい。

 ムービーの終盤。

 洞窟の最奥で楽しげに宝箱を漁る四人とモンスターたちの顔には、満面の笑みが浮かんでいた。

 平原では、見事にドラゴンを討伐した騎士と魔法使い、そしてモンスターたちが、互いの手を握り合って労い合っている。

 カメラがゆっくりと、どこまでも広がる美しい青空へとパンアップしていく。

 画面いっぱいに、この作品のタイトルロゴが堂々と映し出された。


――『the ORIGIN』。

 いよいよ、僕の冒険が始まる。

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