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第4話 始動

 昨晩は、細川と一緒にプレイする約束を交わした後、賢斗(けんと)にスキルリストを見せてもらった。ピーキーな構成にするためには、基本を知らなければならない。「型」を学ばないまま好き勝手やると、「型破り」ではなく「型なし」になっちゃう、と言ってた偉い人は、誰だっけか。

 さて、スキルだが、ベタなところだと、<剣術>や<弓術>の武器系があるようだ。魔法系は、<火魔術>や<水魔術>など、属性ごとになっているらしい。<回復魔術>も、独立して存在した。

 もちろん生産系の<鍛冶>だの<調合>もあったりするんだけど、<書道>とか<花道>とか<茶道>とか、伝統芸能みたいなやつも設定されているのはびっくりした。果たして、どんな効果があるのか。


 β期間はクラスもスキルも変え放題だったから、賢斗は色々試せたらしいんだけど、正式サービスでは一度決めたらそんなに簡単には変えられないそうだ。慎重に決めるというよりは、このスキルたちと付き合っていく!って腹をくくったほうが良さそうな感じ。

 とはいえ、リアルの人生で言えば、一生連れ添うパートナーを決めるようなものだ。異世界で、俺たちプレイヤーは、これらのスキルと仲間たちだけを頼りにして生きていかなくてはならない。

 こういう、何か複雑なことを決める時、俺はひたすら、思ったことを書き出すことにしている。机面をディスプレイにして、マインドマップアプリみたいなのを起動してもいいんだけど、やっぱり紙と鉛筆と消しゴムでがしがしやるのが性に合っている。


 数時間後。公式サイト、攻略サイト、匿名掲示板の情報も参考にしつつ、やっと5つのスキルの組み合わせが決まった。クラスは魔術師で、取得するスキルは<陰陽道>、<符製作>、<書道>、<魔力強化>、<所持数拡張>にしようと思う。

 <陰陽道>は、消費アイテムの「呪符」や「護符」などを使えるようになるスキル。一発は強力だが、同時に持てる数が少ないほか、NPCの店売りでの価格が高いらしい。

 <符製作>は、この「呪符」と「護符」を自作できるようになるスキルだ。文字を書かなくてはいけないので、実質<書道>とセット。ところが、このスキル、ゴミ扱いされている。文字を手書きするとき、きれいに書かないとそもそも呪符が完成しない上、きれいに書いても店売りより性能が低かったとか。

 今の人、本当に手書きしないもんな……

 毛筆を一度だって握ったことがある人、どれくらいいるんだろう。

 手書きできれいに字を書け、と言われても、そりゃ難しいと思う。


 だが、俺なら。小学校の頃からノートはずっと手書き、書道もずっとやってきた俺なら、きっと<符製作>のポテンシャルを存分に引き出せる、と思う。

 残りは、魔法を強くする<魔力強化>と、少しでも多く呪符を持てるように<所持数拡張>にした。

 呪符と護符、そして筆に全てを託し、俺は『エインヘリヤル・オンライン』の世界を生きていくことにする。


 * * *


 日本時間、昼12時ぴったり。世界初のVRMMORPG・『エインヘリヤル・オンライン』のサービスが始まった。


 従来のVRゲームとは、根本的に違う。NPCではなく、旧知の友人と、剣と魔法の世界を縦横無尽に駆け巡り、モンスターをばったばったとなぎ倒していく。こんなに楽しいことはないだろう。

 お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、その他ご先祖のみなさま。この瞬間、僕は、僕たちは、人類の歴史の新たな一ページの、生き証人になります。見ててください。


 VRゲームがはじめてというわけでは、ない。ファンタジー世界で勇者になって、世界を救うため剣を振るったこともあったし、SFの世界で巨大なロボットに乗って、AIと協力して侵略者と戦ったことだってあった。

 それでも、仮想現実の中で、他のプレイヤーと交流し、切磋琢磨し、協力するという経験はしたことがない。だから、すごく、楽しみだ。すごく、ワクワクしている。

 どんな世界が、どんな冒険が待っているのか。そんなことを考えながら、ヘルメット型のヴァーチャルグラスを、頭にはめた。


 * * *


 さて、と。今日はVRモードで、ヴァーチャルグラスを起動する。意識がふっと途切れて、次に気付いた時には、俺の体は真っ白な空間にあった。ここでのアバターは現実世界の体をスキャンしたものだから、違和感はほとんどない。

「ヴァーチャルグラスにようこそ! 本日はどうされますか?」

 昨日も聞いた女性の声だ。

「『エインヘリヤル・オンライン』の起動」

「はい。ゲーム『エインヘリヤル・オンライン』を起動します」


 真っ暗になった視界に、Travail(トラバーユ) Slugs(スラッグス)の蒼いロゴが、ぼうっと浮かび上がる。


 そして――


「『エインヘリヤル・オンライン』の世界にようこそ! まずはあなたの名前を教えてください!」

 先ほどとは異なる、テンションの高い女性の声が聞こえてきた。さあ、キャラクターメイキングを、始めよう。


 キャラクターネームは、昔からこれに決めている。

「ナンコウ」

 塗り薬ではない。「男」の「かおる」だから、いい感じに連想ゲームをして、「なんこう」だ。

 昔の武将の「楠木正成公」とも通じるところがあるので、なかなか気に入っている。

「ナンコウさんですね! わかりました」

 一瞬だけ間があいて、次の声が聞こえてくる。

「それでは、今世のあなたの身体を決めましょう!」

 声がそう言うと、目の前には、俺の体が出現する。鏡を見ているような気分だ。

 着ているものは、皮の服。なめしもあんまりきれいじゃない皮で、シャツとズボンが形作られている。いかにも、冒険者はじめました、みたいな格好だ。とっとと、ある程度まともな装備に更新したいところ。

 ところで、ネットワークを介して世界中とつながれるこのゲーム。アバターも自由に作れるのかと思いきや、法的な問題があるそうで、結局はベースとなった自分の身体を、少しいじるくらいしかできないと、賢斗が愚痴っていた。

 <陰陽道>を取る時点で、和風の服装が似合うアバターにしておきたい。金髪とかは論外だ。

 今の俺、髪は短いし、黒いし、和風っぽくはある。瞳の色だけ変えてみようか。

「眼の色だけ、赤にしてください」

 そう発声した瞬間、皮膚にざらっとしたものが触れる感触があった。自分を見てみると、先ほど正面から眺めた、粗悪なレザー素材の防具を装備しているのがわかる。

 どうやら、アバター製作が無事完了し、動かせるようになったようだ。屈伸、伸脚、深呼吸してみる。思った通りに動く。よし異常なし。


「今世のあなたは、戦士を目指しますか? それとも、魔術師を目指しますか?」

 目の前に、剣と杖が出てくる。どちらかを握れということだろうか。

 もちろん、迷わず杖の方を手に取る。

「魔術師を選んだあなたは、その知力でもって、あらゆるモンスターを撃退することでしょう」

 戦士だと腕力とかになるんだろうか、この口上。

「それでは、最後にスキルを決めましょう! オーディン様の加護により、5つのスキルを選べますよ」

 オーディン、というのは、北欧神話の主神だと賢斗が話していた。

 目の前にずらーっと広がったリストを見る。事前情報の通りのラインナップだ。特に、ユニークスキルが隠されているとかそんなことはなさそうで、ちょっと残念。

 おとなしく、前もって決めた通りに、<陰陽道>、<符製作>、<書道>、<魔力強化>、<所持数拡張>を選択していく。

「魔術スキルが選択されていませんが、よろしいですか?」

 あいにく、こちとら少しばかりひねくれてる人間なもので。よろしいです。これでなんとかやっていきます。

「失礼しました。それでは、貴方の冒険の行く末に、幸あらんことを」


 また一瞬、視界が黒く染まった。すぐに、オープニングのVR映像が流れ始める。渋い男の声で、ストーリーが説明されていく。

 神から選定され、最終戦争(ラグナロク)に備えて日々訓練に励む戦士・エインヘリヤル。ところが、エインヘリヤル同士で訓練していても、成長には限界がある。

 そう感じた主神オーディンは、エインヘリヤルの一部をミッドガルド(人間の世界)に転生させ、新たな技能を身につけさせようとしているのだ。それが、俺たちプレイヤーという設定らしい。


 要するに。ひたすら強くなることを目指せばいい。強くなる方向は、どんなものでも構わない。剣の腕を磨くもよし、魔法に全精力を注いだっていい。鍛冶や調合など、生産を極めるのも、ひとつの道だ。

 あらゆる手段で、強くなる。それが、俺たちプレイヤーに課せられた使命。

 シンプルで、いいじゃないか。

 オーソドックスなアタッカーだったり、タンクだったり、ヒーラーだったり。そういう人ばっかりが、「強い」わけじゃないことを、証明してやる。


 『エインヘリヤル・オンライン』。楽しいゲームに、なりそうだ。

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