第3話 依頼
ヴァーチャルグラスをダンボール箱から取り出して数分後。俺の家の壁には、賢斗の顔が映っていた。困ったときの、賢斗。これ鉄則。とりあえずなんとかしてくれる。
「どうした、急に通話なんて」
「まずはこちらをご覧ください」
ででん、と言いつつ、ヴァーチャルグラスを両手で持って掲げる。
「どうした、お前が持ってるギアは第6世代でしょ? ファンタジアでしょ?」
「もっとよく見ろ」
壁に設置されているレンズに、ヴァーチャルグラスを近付ける。額の部分の文字が、賢斗にもはっきりと見えるように。
「え? グローバル? 第7世代?」
「いかにも」
「お前、金欠だから買えないって言ってたじゃねーか! なんで?」
俺と同じくらいには懐事情の厳しいはずの賢斗は、抽選に当選したβテスターさまである。ヴァーチャルグラスや回線工事の費用は全部、運営の会社が負担してくれたそうだ。無料でゲームが遊べるなんて、ホントうらやましい。
「なんか、宅配便で届いた」
「あ、もしかして薫、お前、まさか遺伝情報売り払ったんじゃないだろうな?」
昔は、臓器を売り払ったりするとお金になったらしいけど、今は臓器は幹細胞から作れるからね。裏のこわーい組織に売れるものなんて、遺伝情報くらいしかない。
「いやいや、売ってない売ってない」
「バイトで稼げる金額じゃないしな…… 親から借りたのか?」
「えっと、なんかね、細川から送られてきたんだ、これ」
沈黙。
「はーん」
そして、なぜかニヤニヤとし始める賢斗。
「え、どうした」
「いやー、愛されてるなーと思って」
愛す? 誰が? 誰をだ?
えっと。落ち着け。なんでそんな焦ってるんだ? あれ、なんか耳が熱くなってきた。まてまて落ち着け。
文脈から考えろきっとプレゼントの贈り主が贈った相手を愛してるってことなんだあれまってそしたら細川が俺を愛してるってことに
「ないないない! あいつ、あれでも名家のお嬢様だぞ? 俺なんか眼中にあるはずないって」
「んー、んなことないと思うけどねー」
いいからそのニヤニヤをやめてくれ、気持ち悪いぞ。
「俺と細川とのことはどうでもいいの。連絡した理由があってだな」
「ああ、設定だろ? 俺もβの前にヴァーチャルグラス届いた時は面食らったからな。待ってろ、今行く」
通話が切れて、元通りの白い壁になった。
後に残ったのは、頬の妙な火照りだけだった。
数分後。賢斗がうちにやってきた。
賢斗とは、物心つく前からの付き合いである。お互いの家も近いので、よく行き来している。
「よう、来てやったぞ」
「おう、サンキュー」
「ところで、さっきは聞いてなかったんだけど、お前の家、回線大丈夫なの? 確か前に細いって言ってたよな?」
来て早々、実務的な話題である。なんとも賢斗らしい。
「学校から帰ってきたら工事してた」
「え、今日架け替えしたのか。そりゃまたすげえな」
賢斗が、驚きを顔に浮かべて言う。いや、俺もびっくりしたよ。
「じゃあ、まあ、ちゃちゃっと設定するわ」
「なあ、手伝えるところ、ない?」
いくら腐れ縁の幼なじみとはいえ、ただ設定させるのを見ているだけ、というのは若干心苦しいものがある。
「安全のために生体認証でロックかけなきゃいけないところが何ヶ所かあるから、そこだけはお前がやらないとだめだけど」
「要するに俺は邪魔だから黙って見てろ、と?」
「おう、そのへんで見てろ」
ひどい。
何度か呼び出されて、そのたびに俺の指紋とか静脈とか網膜でロックをかけていく。
3年前のヴァーチャルグラスの時にも、結局こんな感じで賢斗に設定してもらったんだよなあ。
30分くらいで、山ほど入っていたコードの配線が、全部終わった。そんなに難しくないのか、こいつが優秀なのか。たぶん後者だと思う。
「ありがとな、賢斗」
「明日から遊びたいんだろ? まだまだやることはたっぷりあるぜ。ほら、早く起動してみろ」
言われるまま、ヴァーチャルグラスをARモードで起動する。最近のVRギアは、だいたいVRモードとARモードとが選択できるようになっており、ARモードなら、意識と体の感覚を現実の世界に残したまま、設定などをいじることができるのだ。
耳元で、柔らかな女性の声が聞こえる。
「このたびは、Virtual Glass Globalをお買い求めいただきありがとうございます」
俺がお金出したわけじゃないけどな。
「ようこそ、水江薫さま。Virtual Glass Fantasiaの設定を引き継ぎますか?」
「はい」
「それではデータの移行を開始します。しばらくお待ちください」
少し時間がかかりそうだ。ヴァーチャルグラスを外してしまう。
「あ、すぐ終わるぞ多分」
賢斗が言う。個人情報だけじゃなく、モーションデータとか身体測定データとかも移すはずだからそんな一瞬で終わるなんてことは――
「終了しました。再度ヴァーチャルグラスを装着してください」
俺の部屋に、女性の声が響く。ほんとに一瞬で終わったよ。さすが新しい回線、桁が違うぜ。
その後も、色々とこまごました設定をひとつずつ行っていき、無事、明日から正式サービスの開始される『エインヘリヤル・オンライン』を遊べる状態になった。
一家に一台、賢斗だな。マジ感謝。
「ありがとな、賢斗。晩飯、帰る? それともうちで食べる?」
気付けば、そろそろ夕食の時間だ。
「何言ってんだ? お前まだ取得するスキル決めてないだろ」
「え」
宇佐美賢斗。一度始めたことは、一区切りがつくまで、とことん突き詰める男である。
「さて、賢斗先生のよくわかるEO講座をはじめます」
「せんせー、ご飯はまだですか」
「すぐ終わるから」
EOっていうのは、『エインヘリヤル・オンライン』の略だそうで。
「まず、EOでは、最初に2種類のクラスから1つを選択します。戦士と魔術師です」
魔法あるのか。まあ、RPGだもんな。
「クラスの他に、スキルが選べて、こっちは最初は5個のスキルをセットできます。これによって多様性のあるキャラクターが作れます」
「戦士と魔術師の違いは?」
名前だけ、というのはさすがにないだろう。
「戦士だと魔法系スキルが1つしかセットできない。魔術師も戦士系のスキルが1つしかセットできない」
「え、それだけ?」
「あとは、ステータスの成長具合が違うな。戦士なら物理寄り、魔術師なら魔法寄りの能力が伸びる」
なるほど。
「正直、お前に何教えても結局変な構成にするんだから無意味だとは思ってるけどな。俺はβで色々試して、戦士でタンクとデバフやる構成に落ち着いたよ」
ふーむ。攻撃全振りと防御全振りは別のゲームでやったからなあ。魔術師なのに魔王を素手で殴って倒したり、ロボット同士の戦いでこっちからは一切攻撃モーションをしてないのに、反射ダメージで相手を倒したりした。
今回は、どんなのにしようか。
やっぱり魔法メインかな、そうすると。とりあえず魔術師を選んで……
「スキルって、普通のラインナップ?」
「普通のもあるけど普通じゃないのもある。初期で選べる一覧とか、どっかにあると思うから出すわ。スクリーン借りるぞ」
そう言って、賢斗がインターネットで検索を始めようとした時。
突然、着信音が鳴った。
相手は……細川?
拒否する理由もないし、通話に出る。いちおう、俺への通話なので、賢斗には部屋の外に出てもらう。壁に、大きく細川の顔が表示された。ぱっちりとしたまつ毛。その下のくりくりした、大きく黒い瞳。拡大されてもシミひとつ見えない、白い肌が、とてもきれいだ。
「こんばんは、水江さん。そろそろ届いた頃かと思いまして、お電話差し上げました」
細川から、照れた気配が微塵も感じられない。部活の後のあれはなんだったんだ。
「設定に手間取っているようなら、うちから人をやろうと思っていたのですが、大丈夫のようですね」
「いやいや、そういう問題じゃないよ、細川! こんな高いもの、なんで俺に」
「プレゼントです」
あろうことか、彼女は笑みを浮かべて、そう言い切った。
「いや、えっと……」
「プレゼントのかわりに、お願いがあるんです」
画面の向こうで、細川が居住まいを正す。
「私といっしょに、『エインヘリヤル・オンライン』を遊んでください!」
部員2名の書道部で、かけがえのない相棒からの頼みごと。
普通の人間なら、二つ返事でOKするところなんだろうけれど。
「俺、ピーキーなプレイしかしないよ?」
これは俺がゲームするときの性癖みたいなものだから、譲れない。
「ピーキー?」
「あー、要するに変なステータスとかスキル構成にすると思う」
「それがどうかしたんですか?」
不思議そうに、小首を傾げる細川。正直、超かわいい。
「いや、MMORPGって基本的に協力プレイのゲームのはずだから。変な構成で足引っ張ったりしたら申し訳ないなあって」
「協力、ということは助け合いということですよね。欠点を補って、長所を活かせるようにする。現実と同じですね!」
このポジティブさ、どこから出てくるんだろう。
「まあ、そういうことなら、よろしく頼む」
「はい。がんばりましょう!」
壁に映し出された細川の顔が、花が咲くような笑みを浮かべた。なんだか、こちらまで嬉しくなってくる。
そういえば。
「なあ、もしかして、さっき言ってた、夏休みは用事で忙しくなるかもって……」
「もちろん、『エインヘリヤル・オンライン』のことですよ?」
まったく。俺の夏休みまで、忙しくなりそうだ。




