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第2話 配達

 歩くこと10分。俺の住むマンションに到着した。部屋の前まで行くと、何やら人影が動いている。

 青い作業服を着て、扉の横で作業をしている男性がいた。隣に工事ロボットもいるが、生身の人間が作業しているのは珍しい。

 軽く、お疲れ様です、と挨拶をしてから家の中に入る。


「ただいまー」

「ああ、おかえり、(かおる)

 母親が、はい、おやつよ。と、クッキーとミルクティーを渡してくれる。


「ところでさ、ロボットじゃなくて人が来るレベルの工事って、何申し込んだの?」

「ああ、新しい回線よ。うちも2テラになるわ」

「オーバースペックすぎる…… 何に使うの? ストリーミングVRサービスでもやるの?」

 最近は、VRアクターさんがリアルタイムで行動している世界の中に没入できる、そんなサービスも始まったらしい。もっとも、Tbps単位の回線が必要になるっていうから、あんまり詳しくは調べてないんだけど。

「あれ、りおちゃんから聞いてないの?」

 誰のことを指しているのか、考えこんでしまった。なるほどね、細川香織(かおり)だからりおちゃんね。「かおちゃん」とか「かおたん」だと俺の(かおる)と紛らわしいもんね。

 って、いつの間にそんな間柄になったの? というかそもそも、面識あったの?

 一応、確認しておこう。

「りおちゃんって、細川さんのことだよね」

「あんた、まだ細川さんなんて堅い呼び方してるの? もうずっと同じ部活動なんでしょ?」

 茶化すように、言ってくる。

「いや、別に。あいつとは母さんが期待するような関係じゃないから」

「あら、そう?」

 素直じゃないわね、と言う視線を向けてくるが、あえて無視する。

「それより、結局何のための回線なんだよ」

「すぐわかるわよ」


 なんだよ、もう。さっきから、はぐらかされてばっかりだ。

 と、その時。我が家宛ての荷物が届くことを知らせるチャイムが鳴った。机の上に表示された情報を見ると、どうやら俺宛てのようなので、玄関に取りに行く。通販なんて申し込んだ記憶はないんだけど、もしかしてこれが、細川の「お楽しみ」なのか?

 玄関の扉を開けると、ちょうど配送用ロボットが到着したところだった。パレットの上に、人間が普通に抱えられるくらいのサイズの段ボール箱が載っている。

水江薫(みずえかおる)様宛てのお荷物です。ご本人様、もしくはご家族様の確認をお願いします」

 宅配ロボットが、人間と聞き分けられないレベルで流暢な日本語で俺に話しかけてくる。

「着払いじゃありませんよね?」

 手をかざすだけで決済が終了するこの世の中。正体不明の宅配便ほど、怖いものはない。

 俺宛てってことは、俺の口座から金が引かれるわけだし。

「はい。ご依頼主から、すでにお代は頂いております」

 いつも疑問に思うんだけど、リアルタイムで適切な返事ができるってことは、このロボット、瞬時に自然な声を合成してるってことだよね? 科学の力ってすごい。

「ちなみに、依頼者は誰?」

細川香織(ほそかわかおり)様から承っております」

 やっぱり細川かよ! ともかく、詐欺じゃないという確約は取れたので、受け取りの手続きをする。といっても、ロボットの頭部についているセンサーに指をかざすだけだ。なんでも、静脈のパターンで本人確認ができるらしいよ。

「はい、確認を終了しました。水江様。お荷物はこちらで渡させていただきます」

「はい」

 ロボットから、段ボール箱を受け取る。見た目よりずっしりくることに、びっくりした。



 さて、と。

 届いた段ボール箱をよく見ると、何やら見覚えのあるロゴが、青色で印刷されている。家庭用VR機器ではトップのシェアを誇る企業、「Travail Slugs」のロゴだ。いつもお世話になっています。こう綴って、「トラバーユスラッグス」と読むとかなんとか。何語なんだろう。

 ということは、だ。この箱の中に入っているのも、VR機器のはずである。

 俺の中で、まさか、という思いと、もしかしたら、という思いが膨れ上がってくる。


 箱を、開ける。

 中に入っていたのは、大量のケーブルと、見覚えのある形のVR用ヘルメット。

「これって、やっぱり……」

 黒いヘルメットの額の部分に、銀色の文字が、自らの存在を主張するように輝いている。


  "Virtual Glass Global"


 仮想空間没入中の、インターネット回線との双方向の接続を可能にし、ついにプレイヤー同士の「通信プレイ」ができるようになった、最新ハード。Travail Slugs社が技術の粋を集めて開発した「夢の機械」が、そこにあった。



 ともかく、精密機器だ。あっけにとられたまま抱えているなんて、いつ落とすかわからない。ひとまず机の上に置いて、しげしげと眺める。

 ヴァーチャルグラスだね。グローバルって書いてあるよ。最新のやつだね。


 ひとつ前の世代のやつも、俺、持ってるんだ。

 ベッドの横の引き出しを開けると、やっぱり黒いヘルメットが目に入る。寝転んだ状態でも取り出せるように、この位置に入れているのだ。表面には、「Virtual Glass Fantasia」という文字が刻まれている。

 3年前に発売された、第6世代のVRギアだ。描画能力と仮想身体の操作性が大幅に拡張され、「剣と魔法の世界」に没入して遊ぶことができるようになったことから、「ファンタジア」という名前がついた、らしい。

 発売当時、俺はまだ中学生だった。どうしても、何が何でも欲しかった俺は、ずっと貯金してきたお年玉を取り崩して、こいつを買った。預金口座の残高の数字が、俺のワンタッチで一気に減ったときのなんとも言えない絶望感は、今でも忘れられない。


 そんな俺が、今回、自分からヴァーチャルグラスの新型を買わなかったのには、いくつかの理由がある。

 ひとつ、口座の残高が回復しきっていない。

 親から借金するのは、さすがに気が引けるし。先立つ物がなければ、買うこともできないのだ。

 ふたつ、我が家の回線が貧弱である。

 もちろん、この新型の「Virtual Glass Global」ではグラフィックやディティールも強化されているらしいが、一番のウリは通信面である。ついに、没入中、ネットワークを介した通信を安定して行うことに成功し、「仮想空間の共有」ができるようになったのだ。それも、何十人、何百人という単位で。

 まあ、その通信、データ量がものすごくて、割と太い回線がないと安定して動作しないんだけど。具体的には、Tbps単位の回線がないとダメらしい。そしてこれを導入しようとすると、またお金が吹っ飛んでいく。


 そういうわけで、主に資金面の事情から、俺は泣く泣く購入を断念していた。

 それなのに。それなのに、なんか家に帰ってきたら回線は速くなってるし、ヴァーチャルグラスは届くし、なんだこれ。

 棚からぼたもち、といえばそれまでなのだが、色々なことが、とんとん拍子で起こりすぎてて、もはや怖い。


 さて。改めて、届いたヴァーチャルグラスを観察する。俺が持っているものと、頭に被る部分の形はあまり変わっていないようだ。とはいえ、段ボール箱の中を見ると、入っているケーブルの量は段違いだから、VR機器も着実に進歩しているのだろう。これも、めちゃくちゃ大量の通信をするからなんだろうけど。

 そういえば、最初のゲーム、ローンチタイトルのサービス開始は明日からだっけ? 説明書も倍くらいの厚さになってるし、配線と設定が間に合う気がしない。

 はてさて、どうしたもんか。

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